書家・金澤翔子さんの母、泰子さんの講演を聴きました。(1月6日)
翔子は生まれて五十日くらい未熟児のカプセルに入っていた。
誰に抱かれることもなく、私はお乳を冷まして運んでいた。
そして初めて抱いた日が「ダウン症だ」と言われた日だった。
五歳で書を教え、十歳で書いた「涙の般若心経」272文字に翔子は道を開きます。
頼りにしてた夫が亡くなり、自分の亡き後、翔子を託そうとした妹まで末期がんで亡くなります。
私は祈ることしか出来ない、奇跡は起きない、ダウン症は現代医学では治らない。
自分の遺書として、この娘が二十歳まで生きてきた証にと、
一度だけ開いた個展が大きな反響を呼びます。
写真は資料から。
三十年前、私は世界一悲しい母親だろうと日記に書いたが、今は世界一幸せな母親と言える。
神は世の中に、要らないものは作らない。
苦しい闇の中に落ちた時こそ、光は見えてくる。
生きてさえいれば、絶望することはない。
三十歳になる翔子さんは、今年からひとり暮らしを始めるそうです。
お母さん、子供を信じて生きるあなたの姿に感動しました。
新年早々、良いお話を聴くことが出来ました。感謝です。
(「書家・金澤翔子 特別展」阪急うめだ本店 ~1/11日まで)