キャロリン。の日記

いつも、熱く、楽しく、全速力で、生きること。

呪い治療院支店〜背中と肩の盛り上がり

2019年04月17日 | 家族
ドロは、ちょっと変えたサプリが合わないようで、背中と肩の盛り上がりが、酷い。なので勿論腰や背部痛が酷い。

副腎や腎臓疲労も酷くなってしまった。

ドロは、ダウンしております。

足裏の痛みも半端でなく、マッサージを何時間もしている。

呪い治療院は、良く良く、預金が尽きて
諦めることにした。

でも、ごんたが、見様見真似で何となく
やってくれるので、
その感覚を覚えて子どもたちで
練習中です。

ごんたは、昔から器用で、マッサージがとても上手なのです。背骨も人差し指と中指でなぞりながら、すっと悪い部分で止まって揉んでくれます。
力加減もちょうどいい具合です。

でもね、昔から難点なのは、
例えば
アイスクリーム作っておじいちゃんおばあちゃんにプレゼントしてお駄賃貰ったら、
いくつ作って売ったら、いくらになる。
これを週何回作って売ったらいくらで、材料費がいくらで〜
算数が得意でもないけど、円が絡むと恐ろしいくらい猛威発揮することです。

このマッサージも、必ず
「一回50円!」
と口から先に出て来ます。

ま、今まで一度も払ったことは無いのですが、
面白い息子です。


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お味噌作り〜健康祈願

2019年04月14日 | 至福
息子の卒業式 入学式も終わりました。
双方の父のことなどもあり、
今年もよろしく今頃になってしまった。





結婚した時に友達の貰った圧力鍋が遂に底がペケペケになってしまったので、
ビタクラフトにしたのですが、
田舎育ちで大量に作りたい私には不向きのようです。
煮こぼしては、ガスが点かない事態にイライラしながら、金曜日から、
もう
何十回もお豆を煮続けている。

やっぱり、大きい圧力鍋が欲しい!

それでも、お味噌作りをしてる時は楽しい。
無農薬のお豆が、最近は手に入り難くて、

大阪府柏原市の根っこ屋さん
から、調達しています。

麹と粗塩を混ぜて、待機中!


お味噌の作り方は

福井県越前市のマルカワ味噌さん
のサイトから、教えて頂いて作っております。

手前味噌ですが、
本当に簡単で失敗がないのです。
カビたこともないのです。


今年は、初めて週末に夫も手伝ってくれました。

私が入眠後も
起床前から、
シューシュー音がして良い匂いが立ち込めていました。

美味しいお味噌が出来て家族全員が健康でいられますように!

最近ハマってるのは、
沖縄のたち汁
っていうの。

そうそう
友達が気仙沼市で海産物屋小野信分店というお店をやっていて
出汁用かつお節(かつおは、東北の日本海側産ではない)を買ってるんだけど、
厚くて凄く美味しいのです。

なんか今日はセールスみたいなブログになってしまった。

今朝は、鯛めし(鯛の頭を格安で買ってくる)とお味噌汁作って
青汁ジュース作った!

そうそう
味噌作りに使えると思ったジューサーが、やはり、潰れなくて
人海戦術で頑張っています。


お味噌が出来たらまた、載せますね。

冬頃かな?
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食堂かたつむり(小川糸)~父の死①

2019年04月02日 | 家族
久しぶりに、本を読みました。
食堂かたつむり 小川糸著

本らしい本は本当に久しぶりで、心の奥に置き去りにされた大切な気持ちを再認識させてくれたひと時でした。

先日、父が亡くなりました。
そんな直後のハイジの書棚から手にした一冊は、ちょうど深く父の死を反芻することを誘ってくれました。

あっという間の出来事でした。
でも、なんとなく、私は、その死を予感していたことも事実である。
いつのころだろうか。少し前から、なんとなく、父の死がそう遠くないという気がしていた。

でも、そんなことは誰にも言えるはずもなく自分の胸にだけしまっておいた。

珍しく、母が「父が入院した」ことを電話してきた。
母は、いつも淡泊で、よほどのことがない限り、電話などしてこない。してきたとしても、用件だけ言ったら切ってしまう。
病院がインフルエンザ対策で会えないのだと言って心配そうだった。
急いでいた私は、
「わかった、明後日行くから。」
そう言っていつもと逆で、私から電話をぶっきらぼうに切った。


その日の夕方、母のところへ行くと、母は父が来ても会えないからということを気にしていた。
(会いたきゃ、妻なんだから会いに行けばいいのに…
そういう母の性格が嫌いなんだよね。内心呟く。)

明後日のその日は、結局私のスマートフォンを卓上に置いて、スピーカーにして、父も含めた家族みんなであーでもない、こうでもないと話をした。

そこから、数日、弟から、電話があった。
「延命措置をどうするか医師から提案があった。どうしようか。」
とのこと。
私は、
「母ちゃんは何て言っているの。母ちゃんと本人が良いようでいいよ。」
と伝えた。
弟は、もう兄ともみんなで話し合っていた。
私は、それなら、もう口を出す必要はないと思ったので、異論はないよと伝えた。

医療介護の現場で食べてきた私として、内心一物を抱かないわけではないが、すべてが流れゆくもの、遷ろうものだと思う。

自分は、案外、冷たい人間だなあと思う。

そんな話があった翌日の夕方には、子どもの病院で遠出していた私の元に電話が入った。
父危篤の報である。

翌日の夜に辿り着くと
既に延命措置をなされ麻酔で眠らされてしまっていた。

延命措置は、効いてるとは思えない状況だった。
既にこの状態では、低酸素脳症状態だと思った。
延命措置をしていてもそう長くはない。

そう感じた部屋に看護師が入ってきた。
「泊まることも出来ますよ。」
と言う。

「少し医師と話が出来ますか。」
と伺うと、
「担当医は、帰宅して当直医になります。また、キーパーソンの方を通して話をしているので、そちらにお聞きになって下さい。」
と看護師は話された。

実家に帰って話したが、母も弟たちも、そう緊迫感はなく、最大の医療が最善であると信じ、回復を期待していた。

付き添って泊まることについて、母と弟の希望は行くと父の体力を消耗させるから安寧を与えたいという意向だった。弟には、父は、見舞いに来なくて良いから仕事に行くように促すのだと言う。

(はあ?この場に及んで、そう来る?内心怒りが込み上げる。)

仕方なく兄にヘルプコールを送ってみた。

家族の一生懸命さが今生界に引き留められることや、生きることに貪欲で無く惰性になった人が天上界に呼ばれる奇跡を何度も見てきた。

そんな話もしてみたけれど、現実に泊まれる人がいるわけでもなく、それぞれが必死で生きる為に働いている。

父も母も弟夫婦も農家で生計を立てているので、気持ちもわからないわけではないのです。

その晩、1人で考えた。
もう会話をすることも無いだろう。








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子宮頸がんワクチン接種後の体調不良について

娘と同じように子宮頸がん予防ワクチンの副作用を疑う症状のある方、ワクチン接種後数ヶ月から遅い方は3年も経ってから頭痛、めまい、不随意運動、麻痺などが出て来る方もいます。 もしかしたらと思われる方は、 下記まで 全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会 電話・FAX:042-594‐1337 ご連絡下さい。