不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

もしかして……ビョーキ?

2019-01-08 10:40:02 | 日記
母が寝ている私の頭にくくりつけようとしていたのは、タイツにねじ込んだ二つのどんぶりでした。

「とにかくお母さんの言うことを聞いて耳につけなさい。
この裏のアパートに住んでる人がね、電波で耳を引っ張るの。ギーッてなってそりゃ痛いんだから。
あっちの家のそばに住んでる奴の仲間なの、それがわかったからママはおまえたちを守るために来たんだよ」

 母の声は震えていましたが、有無をいわせぬ気迫が込もっていました。

 初めて、母が冗談を言っているのではないらしいとわかりました。
とにかく逆らわないほうが良さそうだったので、私は黙ってどんぶりタイツを受け取りました。

 翌朝目覚めた姉は、耳にどんぶりがくくり付けてあるのに気づいてぷんぷん怒りました。
母は
「ごめんねえ」
とへらへら笑ってごまかしていましたが、夜になって姉がぐっすり眠ってしまうと、
またこっそりとどんぶりをくくり付けてしまうのでした。

姉は眠りが深いので、けっきょく毎朝珍妙な格好で眠っていた自分に気がついては母を怒鳴りちらす、ということを繰り返していました。

私は幼い頃から、「母に逆らっても無駄」という教訓が身に染み付いているので、
翌日から自分でどんぶりタイツを頭にくくり付けることにしました。
慣れてしまえば、そう寝心地が悪いということもありませんでした。

(でも、これって変だよね。まあ、昔から常識はずれな人だけど……)

 姉も、一週間もたつ頃には最初の腹立ちも収まったらしく、気味悪さのほうが勝ってきたようでした。
朝、どんぶりをくくりつけられた自分を発見しても、もう怒らず、二人で複雑な表情を見合わせる日々が続きました。

(もしかして……ビョー……キ?)

 姉と相談して、その頃仙台の叔父夫婦と同居を始めていた祖母に電話しました。
折り返し、叔父から連絡が来て、すぐ入院させたほうがいいから、時間を作って祖母と手伝いに来てくれると言います。
叔父は夫婦で医者をしていて、、こんな時は頼りになります。

「こういう患者さんは、自分は正気だと思ってるから、入院となると大体抵抗するから」
と言って、知り合いの医者にあらかじめ連絡を取っておいて、叔父が迎えに来てくれることになりました。

 でっぷりと太った祖母が、丸い顔をニコニコとほころばせてタクシーから降りてきた時、私は拝みたいような気持ちになりました。

右手を杖に、左手を叔父の手に預けてヨチヨチと歩いてくる祖母は、
この世でたった一人、頑迷な母に意見することのできる人物でしたから。