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1965年 『イパネマの娘』 アストラッド・ジルベルト

2015-08-08 11:51:45 | 続・60年代ポップス変遷史

”The Girl From Ipanema” Astrud Gilberto



1965年は洋楽ファンにとって一種のエポックであったかもしれません。アメリカのヒットチャートではリヴァプール旋風
が吹き荒れ、さらにはエレキ・ブームが巻き起こりました。そんな状況下の日本では手堅いカンツォーネ・ブームと
新風となるフレンチ・ポップスが人気を集めて、以前はポピュラー・ソングという一括りの洋楽も多角的になり、ファン
もそれぞれ好みのジャンルに突き進むという現象が顕著になってきました。そんな流れの中でさらに新しいジャンル
が勢いよく出現します。いよいよボサノヴァ・ブームの始まりです。

ジャズとサンバの融合体といわれるボサノヴァはブラジルにおいて1950年後期にアントニオ・カルロス・ジョビン、
ヴィニシウス・ジ・モラエス、ジョアン・ジルベルトなどによって誕生し、フランス映画『黒いオルフェ』などでも紹介
されていますが、実質的には1963年のジョー・ハーネルによる『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』、そしてスタン・ゲッツ
とアストラッド・ジルベルトによって作られたLPアルバム【ゲッツ/ジルベルト】がアメリカでの火付けとなりました。
そのアルバムの一曲でスタン・ゲッツをバックにアストラッド・ジルベルトが英語で唄った『イパネマの娘』が爆発的
な人気を得て、ここに本格的なボサノヴァ・ブームの到来となります。
なお、この曲はビニシウス・ジ・モライスが作詞 (英詩はノーマン・ギンベル)、アントニオ・カルロス・ジョビンの作曲
によるものです。
また、アストラッド・ジルベルトは1964年のアメリカ映画『クレイジー・ジャンボリー』でこの曲を披露したことによって、
『イパネマの娘』がボサノヴァの名曲として世界中に知れ渡ったことは、このブログの『映画音楽史』で記述した
とおりですが、実は同じ1964年のアメリカ映画『犯罪組織』においてもナイトクラブの歌手としてこの歌を唄っている
のはあまり知られていません。『犯罪組織』では台詞に邪魔されて音楽を楽しむことができなかったために印象が
薄いのかもしれませんね。

Tall and tan and young and lovely
The girl from Ipanema goes walking
And when she passes
Each one she passes goes ah
When she walks she's like a samba
That swings so cool and sways so gentle
That when she passes
Each one she passes goes ah

↓はアストラッド・ジルベルトの『イパネマの娘』 YOUTUBEより


ジルベルトの『イパネマの娘』は数多くのレコードが乱売されていますが、やっぱり↑でなければなりません。




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