聖教新聞(2016/ 5/30) 社説 「苦悩する友に寄り添う」
〈社説〉 苦悩する友に寄り添う
学会は温かな「人間力」で光る
人工知能という言葉を、よく耳にする。米国の未来学者レイ・カーツワイル氏は、人工知能が人類の知能を超える日が2045年に到来すると予測した。
だからこそ、と言うべきか。コンピューターでは代替不可能な人間ならではの特性や力――すなわち「人間力」をいかに磨くかが焦眉の課題となってきている。ところが「人間力」の定義となると議論百出。ある人は「生きる力」と言い、ある人は「助け合う力」と言う。
青少年の支援に携わり続けている友は語る。「私は『おせっかいを焼く力』だと思います」
「生きる力」「助け合う力」は動物にもある。だが、援助を必要としているようには見えない仲間に寄り添うことはない。
深夜のコンビニで楽しそうにたむろする若者に、「家に帰りたくないのかい」と声を掛けたり。「全然、大丈夫」と強がる人を、陰ながら支えたり……。「“見えない心”に想像力を働かせ、おせっかいを焼くのは人間だけ」と友は言う。
学会は温かな想像力に支えられた励ましの世界だ。熊本地震でも、それを実感した。
今も避難所に身を寄せる熊本の婦人部員。同じ避難所に自宅が全壊した小学2年生の少女部員がいる。今月、小学校が再開したものの「別にいい」と言って行かない。だが、避難所内では元気そうに遊んでいた。
ふと、少女が「おうちの中にあるランドセルが取れないの」とつぶやいていたことを思い出す。ちょうど福岡から救援活動に来ていた男子部員に頼み、ランドセルを取り出してもらった。少女は大喜び。うれしそうにランドセルを背負い、翌日から登校した。その姿を見た少女の母親も笑顔を取り戻し、避難所の人々を励ますようになったという。
その婦人部員は言う。「励ますって、まず相手が一番してほしいことに応えることなんですね」と。そして続けた。「今思うと、地震後に池田先生が贈ってくださった随筆には“一番つらい時に、一番掛けてほしい言葉”があふれていたんです」
どこに苦悩があり、どこに希望があるのか。相手の視点から見ようとする努力なくして、心のひだに触れる励ましは生まれない。その想像力こそ「人間力」の極致とはいえまいか。御書に「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(758ページ)と。人それぞれの悩みを受け止め、励まし合う創価の連帯を、一段と広げていきたい。
だからこそ、と言うべきか。コンピューターでは代替不可能な人間ならではの特性や力――すなわち「人間力」をいかに磨くかが焦眉の課題となってきている。ところが「人間力」の定義となると議論百出。ある人は「生きる力」と言い、ある人は「助け合う力」と言う。
青少年の支援に携わり続けている友は語る。「私は『おせっかいを焼く力』だと思います」
「生きる力」「助け合う力」は動物にもある。だが、援助を必要としているようには見えない仲間に寄り添うことはない。
深夜のコンビニで楽しそうにたむろする若者に、「家に帰りたくないのかい」と声を掛けたり。「全然、大丈夫」と強がる人を、陰ながら支えたり……。「“見えない心”に想像力を働かせ、おせっかいを焼くのは人間だけ」と友は言う。
学会は温かな想像力に支えられた励ましの世界だ。熊本地震でも、それを実感した。
今も避難所に身を寄せる熊本の婦人部員。同じ避難所に自宅が全壊した小学2年生の少女部員がいる。今月、小学校が再開したものの「別にいい」と言って行かない。だが、避難所内では元気そうに遊んでいた。
ふと、少女が「おうちの中にあるランドセルが取れないの」とつぶやいていたことを思い出す。ちょうど福岡から救援活動に来ていた男子部員に頼み、ランドセルを取り出してもらった。少女は大喜び。うれしそうにランドセルを背負い、翌日から登校した。その姿を見た少女の母親も笑顔を取り戻し、避難所の人々を励ますようになったという。
その婦人部員は言う。「励ますって、まず相手が一番してほしいことに応えることなんですね」と。そして続けた。「今思うと、地震後に池田先生が贈ってくださった随筆には“一番つらい時に、一番掛けてほしい言葉”があふれていたんです」
どこに苦悩があり、どこに希望があるのか。相手の視点から見ようとする努力なくして、心のひだに触れる励ましは生まれない。その想像力こそ「人間力」の極致とはいえまいか。御書に「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(758ページ)と。人それぞれの悩みを受け止め、励まし合う創価の連帯を、一段と広げていきたい。
『おせっかいを焼く力』と聞いて、中学校のPTAにあった厚生部を思い出したよ。