毎年恒例、単なる自己満足の、1年を振り返る『今年の漢字』
今年こそは明るい漢字を…と思っていたのだけど。
年明け早々、恩師が亡くなりました。
今でも舞台の話題になると、当時の思い出話になります。
3月には応援していた大衆演劇の座長が若くして急逝しました。
あまりにショックでしばらく信じられませんでしたが、彼の劇団の舞台を観るたびに、ずっと心の中で彼の真摯な姿を思い返していました。
6月には叔母が亡くなりました。
身内・親戚がどんどんいなくなる寂しさを一層感じました。
そして、4月には愛する小次郎が…
自分のせいで苦しんで逝かせてしまった後悔は、今でもこれからも拭えません。
毎日毎日、小次郎のことを思っています。
iPhoneに保存した写真をスクロールしているうちに、小次郎が通院していた頃、亡くなった頃の写真が出てくると、辛くて目を瞑ってしまいます。
未だに小次郎への懺悔で泣いてしまいます。
新しい猫を迎えたい気持ちはあっても、最期まで面倒を見る責任は持てても、安らかな最期を迎えさせてあげられる覚悟が持てないまま、小次郎の影を追い求めています。
「偲ぶ」という段階にまではまだいけず「悼む」日々だった2019年。
見送ることの増える年齢とはいえ、今年は特に哀悼の1年だったかな。
小次郎。
8回目の月命日だね。
おねーちゃんは今日も小次郎の仏前に飾るお花を探して胸が締め付けられてるよ。
箪笥の引き出しから手袋を出したら、小次郎の毛がくっついてて泣きそうになったよ。
小次郎が迎えられなかった令和元年がもうすぐ終わるよ。
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