※歩道に設置されたオルガン記念碑♪
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京浜急行「日の出町」は、オルガンの発祥地です♪
それを記念して駅前広場は『オルガン広場』という名が付けられ、広場の向いには『オルガン記念碑』も設置されました。
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千葉県出身の三味線職人の西川虎吉氏は、明治13年(明治16年?)頃に西川オルガン製造所を横浜市中区日ノ出町2丁目にに設立しました。明治19年の小学校の義務教育化で、唱歌の伴奏楽器として使われるほか、音楽楽校・軍楽隊・教会などで盛んに演奏されました。
※昭和30年代の小学校の教室には必ずオルガンがありました♪
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虎吉氏が大正9年に亡くなり、当時の不況も重なって大正10年に「ヤマハ楽器」に合併されてしまいます。それでも、西川オルガンの人気は高く、ヤマハのオルガンには、戦前まで「Nishikawa」の文字が刻まれ、製作が続いたそうです。
※オルガンに刻印されたNishikawaの文字♪
※本体部分のレリーフ♪
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今になって思うと、足踏み式リードオルガンは電気も使わずCO2削減になるし、ピアノの様に重量も嵩もないから設置場所も選ばず、音も小さく騒音の害も少ないし、足で踏めばメタボ解消の一助にもなりそう…気軽に楽しめる楽器として現代に甦ったらステキじゃないかな~?などと考えました。
※日の出町駅前の「不二家」
伊勢佐木町の不二家は改装されて現代的なデザインに変わってしまいました。昔のままの「不二家」は、横浜でも日の出町でしか見られなくなりました。
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市電が走っていた頃の
横浜の画像(武相高校鉄研HP)で、古き佳き時代の日の出町の風景を見ることが出来ます。
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この記事を書くにあたりオルガン画像は全て
二十四の瞳映画村様より、ご提供いただきました、ここに厚く御礼申し上げます。
機会があれば、どうぞ一度小豆島へもお越し下さい。
風向明媚な良い所です。今年はオリーブが植栽されて100年を迎えるということでオリーブ百年祭が開催中で島も賑わっております。
というメールもいただき、子供の頃よく遊んだ『社会科カルタ』に、
【お】オリーブ 花咲く小豆島
とあったのを懐かしく思い出しました。いつか美しい小豆島に行ってみたいです。