な~んにもない

もう、わけわからんわ。

それぞれの春

2025-04-05 08:32:34 | で、どうする?
田舎では、早朝気温は1℃

そこにある春の空気感は、数字ならどう表すことになるのだろう

水の中の春も、手をつければ一瞬でわかるけれど、科学的にはどんな表現になるのだろう



山鳩や鶯が、鳴きたい時に鳴きたい様に声を響かせている

羽を空中で休めながら、遠くで波の様に飛んでいるのもいる

ソメイヨシノは咲き始めたばかりで、しなだれていた草種は逆立ち始めている



「遅い春ほど暖かい」なんてどこかで聞いた

謳歌している人達が身近にあれば、一緒になって喜びのお裾分けに浸ればいいのだろう

春は、そうやって伝播していくものに見える



風はヒノキスタイルに変わってきた

目の痒みが変化を教えてくれている

早く終わって欲しくもなる、移り気な季節に入ってきた


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時間を止めてみもわからない、かな

2025-04-04 08:39:11 | で、どうする?
チラホラと家が建て替わっている

梅の木は減ったけれど、バラが今年も葉を茂らせ始めているし

椿はすべての花を落とし、何事もなかった様子で佇んでいる




4月を迎えて通勤路上の顔ぶれにも変化が起こっている

良さそうな人というのは、何処か既製的に見えるケースが多い

きっと、距離感程よく脳へ残り易い、微かな印象作りと関係があるのだろう






時計を見ていると時間というのは、過去から未来へと進んでいるように思える

けれども今という一点の感触としては、未来から過去へ向かってやって来る感じの方が近い

どちらも本当の事だけれど、社会システムとなると統一した方が効率的なので、一方は無視される




ちょくちょく、本当の自分は何を望んでいるのか、あるいはどちらを選びたいと認識しているんだろう、なんて思う事がある

これも時間の流れをどう捉えるかと関わっている気がしている

生まれた時、既に何者かと言う存在で流れ出しているのか、
五感で捉えられない未来の自分自身が、確率変動を繰り返し絶えず脱皮しながら近づいて来ているのか


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あなたの大河の一滴を

2025-04-01 07:49:21 | で、どうする?
家主が家を売った様子

梅の木が根元から切られていた

通勤路にあった3本の梅が、ついに残り一本





環境配慮型社会、持続可能な社会を目指している人が増え

在来種に成りすました外来種が、更なる外来種を招き入れるようになってきている

狙いは、多様性という言葉で、個を排除することだったのかもしれない






街には百姓一揆と称してデモが起こり

山に棲む動物までが食べ物を探して里へ下りてくる

選挙で選ばれた人達の不成果は、ちゃんと選挙で変えるより他ない。民主主義で行くならば





4月1日。今日から新期

ウインウインと握手がなされた、あの時決まった新たな搾取が始まる

三方良しの時代へ修正させなくちゃ。えっ、今のままが美味しい?
取り分を減らしたくないなんて言わないで、そこへ一人でも多くの人を巻き込んでいきましょうよ


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二日酔い

2025-03-28 08:13:33 | で、どうする?
近所のソメイヨシノにも花が付くようになった

今年も来てくれたか、と感慨にふける

似つかわしくない生暖かい風



久しぶりに飲み会へ参加

仕事のトラブルが続き、飲んでいる場合じゃないんだけれど

4人残って二次会へも



理由なんてどうでもよかった

そこまで飲みたくなった原因なんて所詮後付け

動機が必ずある前提で、理性的に把握できないものはない、
なんてことに拘るからAIが怖くもなる



人間そんなに賢い生き物とは思えない私にしてみれば、理性より感覚の愛おしさを守りたくなる

大層なロボットは作れても、コピーしなけりゃ単細胞ひとつ作ることが出来ない

雨の帰り道でへそ曲がりな事を考えていたが、気分はとても良かった

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球児先生

2025-03-26 07:18:46 | で、どうする?
春の選抜高校野球が開催されている

今大会も数々のドラマを生んで準々決勝

彼らの清々しさに、訳の分からない感情とそれを心に落とし込もうとする思考が混じり合う





今だに丸坊主にまでする若者がいて、十代の自由すべてを捧げ、青春を野球という舞台にひたすら注ぐ

その姿勢に「生きているからには苦しいのが当たり前」というのは

決してあきらめなんかではない事に気付かせてくれる




もっと利口に青春を謳歌する選択にも、輝きはあるだろう

それなのに、こんな馬鹿げた意味不明なドラマに

それ以上の希望という輝きを色濃く感じてしまう






一方通行でたった一度の人生

心に響くってのは、幾つになってもうれしくて辛いものじゃないんだろうか

願わくば、もっと人様の役に立つ馬鹿になりたいもんだ

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