今年のジロ・デ・イタリアはディフェンディングチャンピオンも含め、昨年のグランツール優勝者が一人も顔を見せていません。コンタドールが優勝した2008年はコンタドールは勿論、前年のグランツール優勝者が全て顔を揃えたいたのとは対照的です。
2008年はコンタドールも前年のアスタナのドーピング問題の影響でツール・ド・フランスへの出場が危ぶまれていたために急遽出場することになったという経緯があります。結果として、コンタドールはこの年、ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャを共に優勝し、前年のツール・ド・フランスを加えグランドスラムを達成するのですが、ご承知の通り、この年コンタドールはツール・ド・フランスへ出場すらできなかったのです。
ランス・アームストロングの連覇が始まって以来、世界の注目はツール・ド・フランスにばかり集まるようになりました。勿論、それまでもツール・ド・フランスは世界最高峰の自転車ロードレースだった訳ですが、ジロ・デ・イタリアもブエルタ・ア・エスパーニャも欠場し、ツール・ド・フランスだけを狙うという悪しき傾向をランスが作り上げたと言われています。
それだけツール・ド・フランスで勝つことは難しいことなのですが、今のコンタドールなら同年でのグランドスラムも可能と考えている私としては、有力選手のツール・ド・フランス優先という傾向は残念で仕方がありません。
今年のジロ・デ・イタリアも残すところ後1日となりました。私の優勝予想は大きく外れ、イヴァン・バッソの2度目のマリアローザが見えて来ました。昨年までのバッソの走りを見る限りでは到底復活は無理と思っていた私にとっては嬉しい誤算ではあるのですが、ここにコンタドールが出ていれば8分程度の力でも十分勝てたのではとも思ってしまいます。
勿論、コンタドールはスペイン人ですからイタリア人のバッソとはジロ・デ・イタリアに対する思い入れが違うことは否定できません。ツール・ド・フランスに出られるのならここで無理をする必要はないのかもしれません。シュレック兄弟にしてもルクセンブルク人ですから、ツール・ド・フランスが最大の目的なのも分ります。昨年復帰し、今年はレディオシャックのチームリーダーであるランス・アームストロングもアメリカ人ですから、時期が重なるツアー・オブ・カリフォルニアを優先するのも、スポンサーのメリットを考えれば当然のことなのかもしれません。
過去10年のツール・ド・フランスを振り返ってみてもアメリカ人が6勝でスペイン人が4勝となっています。過去20年まで遡ってもイタリア人の優勝は1998年のマルコ・パンターニただ一人なのです。そしてこの年パンターニはジロ・デ・イタリアも征しているのです。
ジロ・デ・イタリアは過去10年で8人ものイタリア人優勝者を出していますので、地元ではステータスが最も高いレースといえるでしょう。逆にツール・ド・フランスは過去20年まで遡っても地元フランス人の優勝はないのです。フランス人が最後にツール・ド・フランスで総合優勝を果したのはベルナール・イノーが5連覇を達成した1985年ということになります。
以後の25年間はアメリカ人10勝、スペイン人10勝とアメリカとスペインの独壇場になっているのです。特に象徴的なのはミゲル・インドゥラインでジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスでの優勝はあるのに、ブエルタ・ア・エスパーニャの優勝記録がないのです。また、ブエルタ・ア・エスパーニャの優勝者を見てみると過去10年では7人の優勝者を地元から出してしますが、過去20年に遡ると半分以下の9人という結果になっているのです。
これはブエルタ・ア・エスパーニャの開催時期が世界選手権の時期に近いため、他国の有力選手が途中棄権して世界選手権に向かう為なのです。つまり、ブエルタ・ア・エスパーニャはジロ・デ・イタリアほど地元でのステータスは高くないのかもしれません。また、先に開催されるツール・ド・フランスで優勝してしまうと、インデュライン以降ほとんどの優勝者がブエルタ・ア・エスパーニャには顔を見せなくなってしまっているのです。過去10年の優勝者の顔ぶれを見ても、コンタドールを除けば皆ツール・ド・フランスで勝てなかったメンバーばかりなのです。
ヨハン・ブリュイネールはランスのツール・ド・フランス7連覇中に、ジロ・デ・イタリアをサヴォルデッリでブエルタ・ア・エスパーニャをロベルト・エラスでツアー・オブ・カリフォルニアをジョージ・ヒンカピーで優勝させるという離れ業をやってのけています。これは明らかにアシストたちへの配慮です。
先にツール・ド・フランス優先傾向はランスが残した悪しき傾向と書きましたが、当時のUSポスタルにはこうした配慮も欠かせなかったことは事実なのです。後にタイラー・ハミルトン、ロベルト・エラス、フロイド・ランディスといった選手たちがブリュイネールの元を離れ、それぞれチームのエースとしてツール・ド・フランスに挑むことになるのですが、それそれがドーピング問題でレースから離れて行きました。
考え方を変えればツール・ド・フランスに勝つためには、エース級のアシストが必要になってきている為に、そのアシストたちの活躍の場を用意してあげなければならず、ツール・ド・フランスの優勝者はアシストたちへの配慮から他のグランツールには出場しないとも考えられます。その最たる例がUSポスタル時代のランスだったのかもしれません。前人未踏のツール・ド・フランス7連覇はそうした最強のアシストたちの献身がなければ成し遂げられなかったと私は考えています。
ところがランス引退後にチームに合流したコンタドールにはもうそうしたアシストを必要としない選手になっていたようです。アスタナへ移った直後のジロ・デ・イタリアではライプハイマーが不調で、厳しい山岳をほとんどアシストなしで走り続けなければならかったのです。また、コンタドールはランスとタイプの全く異なる選手です。後半のランスは見ている側がじれったくなるほど、計算を重ね、最も効率よく自分の力が発揮できるところでしか動きませんでした。
一方、コンタドールはといえば、ご承知の通り、いつも積極的に自ら動き勝機を見出す選手です。昨年のパリ・ニースのようなこともありますが、そこが彼の魅力でもあるわけです。そんな彼にランスのようなツール・ド・フランスに拘るレース選択をして欲しくはないのです。ツール・ド・フランスの連勝記録もあるのでしょうが、彼がランスの記録を破るとすれば、エディ・メルクスのようにグランドスラムを重ねることだと思っています。グランツールの勝利数の新記録という金字塔を打ち立ててもらいたいと願って已みません。
ジロ・デ・イタリアを見ての通り、今年のアスタナのチーム力は昨年の半分以下。ヴィノクロフのマリアローザをわずか3日で明け渡してしまうことになってしまいました。それは第11ステージで集団での大逃げを許し13分近い差をつけられてしまった結果でした。リタイヤが続出してさらにチーム力が落ちていたことも影響したのでしょうが、本来マリアローザを持っているチームがレースコントロールをしなかればならないのですが、1日にしてマリアローザが総合TOP10以下に順位を落とすなど、本人にアクシデントでもない限りあってはならないことです。
レースは生き物ですから、どこで何が起こるか予測などできませんが、きちんとレースコントロールができていればこうしたリスクは回避できたはずです。レースコントロールといえばUSポスタル時代のヨハン・ブリュイネールや現サクソバンクのビャルネ・リースが有名ですが、この日の第11ステージでマリアローザを手にしたのはサクソバンクの若手リッチー・ポートでした。奇策で有名なビャルネ・リースならではの作戦に、ブリュイネールの抜けたアスタナは成す術もなくマリアローザを明け渡すことになってしまいました。
チーム力の強さはアシストのレベルだけではなく、監督の手腕も大きく影響します。例えばヨハン・ブリュイネールは過去10年でチームがグランツールで1勝も挙げられなかったのは、ランス引退の翌年(2006年)だけで、それ以外の9年間にツール・ド・フランス8勝、ジロ・デ・イタリア2勝、ブエルタ・ア・エスパーニャ3勝と勝ちまくっているのです。そのブリュイネールと袂を分ったコンタドールが果たしてアスタナというチームでツール・ド・フランスを本当に勝てるのか興味が尽きないところです。
おそらくマリアローザを手に再びツール・ド・フランスへ挑むことになるであろうイヴァン・バッソ。知将ビャルネ・リースの秘蔵子アンディ・シュレック。昨年始めてブエルタ・ア・エスパーニャでグランツールを征して望むアレハンドロ・バルベルデ。個人的にはコンタドールの敵ではない選手達ですが、リクイガスにはフランコ・ペッリツォッティとヴィンチェンツォ・ニバリ、ロマン・クルイジガーという強力な若手のアシスト達がいます。アンディ・シュレックには兄フランクと知将リース監督がいます。今のアスタナのチーム力でこれらに立ち向かうのは相当に厳しいと見ています。
今年もコンタドールがツール・ド・フランスを征することがあれば、まさに本物中の本物で、歴史に名を残す名レーサーの仲間入りは間違いないでしょう。ただ、今年はそうは簡単には勝たせてはもらえないと見ています。
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