狷介不羈の寄留者TNの日々、沈思黙考

多くの失敗と後悔から得た考え方・捉え方・共感を持つ私が、独り静かに黙想、祈り、悔い改め、常識に囚われず根拠を問う。

安保関連法は日本の自立・独立へのステップ:イルミナティ・フリーメーソンの宣伝機関マスコミの甘言の罠

2015-07-26 03:51:01 | 憲法改正
 「安全保障関連法」が成立することが、日本の自立・独立のステップとなる
 自分の国は自分で守る事が当然である。戦後70年間、日本は日米安全保障条約の下、アメリカに守ってもらう事で世界で希な平和を享受する事が出来た。先の大戦においての敗戦により、その後、米国を親として日本はその子供となり、米国の属国状態を甘受し続けて来た
 しかし、米国はいまやデフォルト直前まで陥った事をはじめ、内政問題を多く抱えて、今までの様な各国への介入を控え始めている。故に今後、今まで通り米国が日本を守ってくれるとは限らないのである。
 飽く迄も日本が戦後70年の間を平和であり続けたのは、日本国憲法のお陰ではない。米国の核の傘に入っていたからである。近隣の中国と北朝鮮は核兵器を持っている
 現日本国憲法は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が終戦直後に素人に短期間で作成させ、日本に押し付けたものである。日本の再軍備を防いで日本が自立する事が出来ない様にする為、また米国に二度と歯向かわない様にさせる為、日本が自立出来ずに米国に依存し続ける様にする為のものである。連合国軍のダグラス・マッカーサー最高司令官はフリーメーソンであるが、現在の日本国憲法はそのカルトの世界権力フリーメーソンが作ったと言っても過言ではない。
 カルトの世界権力であるイルミナティ・フリーメーソンは悪魔である。そのイルミナティ・フリーメーソンが現在世界中で進めているのがグローバリズムである。「平和」や「愛」と言う耳当たりの良い言葉、心地良い言葉を利用して、「世界は一家、人類皆兄弟」と言う聞こえの良い言葉を用いて、自分たちの目的・計画である世界統一政府へと推し進めている。その世界統一政府は「世界共産化」である。かつてのソ連は、そのイルミナティ・フリーメーソンが「世界共産化」の雛形として実験していた訳である。かつてのロシア革命はユダヤ革命であった訳で、けっしてロシア人にとって良いものではなかった。ロシア人はソ連の時代、ユダヤに奴隷化されていた。
 その様に、「平和」や「愛」等と言う言葉は一見聞こえが良く、心地良く、耳当たりが良い。その様な言葉を、世界権力のプロパガンダ機関の新聞やテレビのマスコミは垂れ流す。そしてそのマスコミは、世論や空気・雰囲気を形成する。マスコミはその様な一見聞こえの良い言葉を用いて世間一般大衆の精神・感覚を麻痺させ、バラエティー番組やそれに準ずるドラマ等の空虚で意味の無い番組を垂れ流して世間一般大衆をより一層「平和ボケ化」・「愚民化」へと導いている。そして現在、安保関連法案について戦争法案等と言って世間一般大衆をミスリードしている。先の大戦中には、世間の人達は戦争賛成と叫び、戦争反対等と言う者に「非国民」というレッテルを貼って排除していたのである。いつの時代も、世間の多くの人達はその様な宣伝・空気・雰囲気に乗せられ易く、自分で深く考える事による思想を持たず、付和雷同し、その時の一瞬の感情という浅い思いに振り回されて先の事を考えないイルミナティ・フリーメーソンはマスコミを使って、日本を自立させない様にする為に、憲法改正させないようにする為に、その様に現在、政府のイメージを落とす宣伝をさせているのである。マスコミの宣伝する「平和」等の言葉に騙されてはいけない。それは偽善である
 現日本国憲法制定後すぐに朝鮮戦争が起こった。その直前に、その憲法を押し付けて来た米国・GHQ自身が憲法改正を迫って来たのである。それは日本の再軍備である。つまり自衛隊の創設となった訳だが、憲法に懸念して名前を誤魔化しているが、事実上、自衛隊は日本の国防軍である
 日本の世間一般の多くの人達は、希望的観測をしたがる。そして現実を直視しないで空想・夢に浸りたがる。人を見る場合でも、自分の欲望を基準にして相手を見て、その欲望を相手に押し付ける。自分の希望・欲望の通りには物事は進まない。現実の此の世は決して理想郷ではない。偽善・矛盾で満ち溢れ、世界中で騙し合い、罠の掛け合いが頻繁に横行している。日本は戦後、インテリジェンス・諜報機関を持たない。外国から騙され、罠に掛けられ続けて来たのである。マスコミはその外国に加担し売国行為を行なっている。国益に反し、盗られ続けて来たのである。人が皆正しく良い人ばかりの理想通りであれば良いが、現実は悪人が多くいるから、鍵をかけた家の戸締りを行なうのである。
 決して宗教組織の書物ではない聖書には、世界最終戦争この世の終わりの事が創造主からの預言として書かれている。その事を、世界の多くの人達が知っている。しかし、日本の世間一般の人達は知らない。自分達が希望したところで、聖書には預言として書かれているので仕方がないのである。人間誰しも自ら望んでこの世に生まれて来た訳ではない。創造主によって人間は造られた。決して両親が手足・姿を形作った訳では無く、心臓を動かした訳ではない。それらは創造主によるものである。またカトリックやプロテスタントのキリスト教会は、それらの事が書かれているヨハネの黙示録やエゼキエル書等の預言については一切言わない。自分達が反社会的・反世間的な宗教組織と思われる事を恐れ、教会の生き残りの為に、自分たちにとって都合の良い部分だけを聖書からピックアップして、「平和」や「愛」等と言う世間受けする言葉ばかりを唱えているのである。日本でのクリスチャン人口は1%にも満たない極めて少数派である為に尚更、この世の終わり世界最終戦争(第三次世界大戦)等と言って世間から白い眼で見られたり後ろ指をさされたりする事を恐れているのである。
 
 旧約聖書・箴言 29章25~26節
  「人を恐れるとわなにかかる。
  しかし主に信頼する者は守られる。
  支配者の顔色をうかがう者は多い。
  しかし人をさばくのは主である。」

 国際情勢に関してもマスコミは詳しく伝えない。毎朝数十ページある新聞のうちの1ページ程しか掲載しない。テレビの報道番組も同様である。テレビの報道番組は、その時間枠をスポーツニュース、エンタメ情報、グルメ情報、天気予報等で多くを埋めてしまい、国際情報は殆ど伝えていない。その削られて伝えられている極一部の情報も、欧米寄りの偏向報道である。欧米・西側の裏にはイルミナティ・フリーメーソンが存在しているのである。その様な状況の中、日本の世間の多くの人達は勿論、国際情勢に関しては殆ど見えておらず、理解していない。世界の多くの人達が知っている世界最終戦争である第三次世界大戦や此の世が終わるということを頭がいたいと捉えて軽視し、危機意識を持てず、平和ボケしているのである。現在、安保関連法案に反対している護憲派等は、国際情勢を全く把握していないのである。現実を見ずに理想を求めているに過ぎず、世界ではその理想とはかけ離れている現実となっているのである。
 日本の世間の多くの人達は「奴隷根性」を持っている。生活の糧を得る為等と言いながら、大企業の中で日々、隷従的労働・屈辱的状態を甘受しながら働いている。お金や食べる為には奴隷になっても良いという考え方である。そしてその様な状態に甘んじる事を大人になる等と矛盾した事を言っている。もしも独立意識が強ければ、抵抗・反発するはずである。パレスチナ人は日本人と異なり独立意識が強い。故に虐げられているイスラエルに対して決して妥協せず、蜂起して抵抗・反抗を続けている。日常における戦争・紛争、基本的人権の侵害、家屋破壊、農園の破壊、貧困等の状況が平和ボケに至らず独立意識を高めているものと思われる。確かにある程度の忍耐は必要である。しかしその「奴隷根性」に甘んじてしまうのではなく、「独立自尊」の精神を持つ事が大切である。経済重視により国の大本である国家主権・自立・独立が蔑ろにされている事と同じである。
 それはあたかも旧約聖書・出エジプト記に書かれている、今から約3500年程前に指導者・預言者モーセが主の命令通りにエジプトで奴隷として苦役を強いられていたへブル人(ユダヤ人)達を率いてそのエジプトを脱出中の困難の中、「奴隷根性」に慣れ親しんでしまっていたへブル人達が、エジプトで奴隷状態に甘んじていた頃において食事や住居には困らなかった事を懐かしんでいた事と同様である。アブラハムの子孫であり主の選民である事の誇りを失い、奴隷根性を持つ事によって「独立自尊」の精神が失われてしまっていたのである。そのへブル人(ユダヤ人)に対して主は「自立」・「独立」をさせる為に、モーセをへブル人の指導者 に立てたのである。
 マスコミに騙されてはいけない。「平和」や「愛」等の甘言に騙されてはいけない。それらは世界権力イルミナティ・フリーメーソンが日本の自立を阻む為の戦略である。自分で考え、それによって自分の理論・哲学を形成し、その理論・哲学を基にして自分で物事を捉え判断することが出来る事が、本当の大人というものである。決してセックスや結婚、子供を得る事で大人になる訳ではない。自立して自分で考えて自分で判断出来るという事が大人と言えるのである。日本国憲法も日本人自らが考えて作り変えるという事が「自立」するという事になる。平和でいたいからと言って奴隷・属国状態に甘んじてはいけないのである。
 安保関連法案成立、そして憲法改正による自主独立憲法制定、そして国防軍創設を行ない、日本が自分の国を自分の国で守れるようになると、日本は自立して日米安保を解消し、沖縄からの米軍撤退が可能となるのである
 次に関連・参考文献からの引用文を掲載する。

 2015/01号 No.382・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「安倍総理の勝利、独立自尊への王手 ■第三次世界大戦と『エゼキエル書』の預言」から

 「安倍総理の本心は憲法改正」より
 「…(前略)…安倍総理は決して経済問題を第一にしようとは思っていない。しかし、それをまず第一に掲げなければ一般国民の望んでいるレベルに合わすことができないからである。…(中略)…
 しかし先にも述べてきたように2015年から世界情勢は大きく変わる。しかもガスが爆発する方向へと動いていく。それゆえに安倍総理の本心は憲法改正であり、できるだけ早く国防軍の創設をしたいと願っているのである。
 もちろん国防軍の創設といっても、かつてのように他国と戦争をするためではない
 とにかく自らの力で自らの国を守らなければならない。そのために日本国憲法改正を計って、国防軍を創設しなければならないと考えているのである。」

 いつまでもアメリカは守ってくれるかより
 「日本国民はそこに思いをひとつにできないほど、危機感を失ってしまっているのである。
 しかし、世界情勢の変化はそのように悠長に構える日本人を待っていてはくれない。日本が望まなくても世界各地で起きる戦争は恐るべき火の粉となって降りかかってくるのである。
 とにかく国防……もちろん日米安保条約がある。いざの時にはアメリカが日本を守ってくれると『条文』には書かれているが、はたしてアメリカは本当に日本を助けてくれるのであろうか。アメリカ国内における暴動、アメリカの経済衰退、そしてアメリカの日本に対する無関心……などを考えると、やはり自らの力と知恵によって自らの国を守らなければならないのである。
 しかし、選挙の公約に日本国憲法改正と国防軍の創設を挙げれば一般の日本国民はそっぽを向いてしまう。そのテストが昨年7月1日に行なわれた。それは何か。
 その日、閣議で『集団的自衛権』の決定がなされたことである。
 もちろん政治的な論評が行われ、一般国民も振り向くようになったが、世論調査の結果、すべての地域で安倍政権の支持率が急激に減少したのである。
 このことは安倍政権にとって言わばテストであった。日本国民はいったい何に最大の関心を持つのか。日本国家全体としては国防軍の創設が大切である。よくぞ今まで戦後70年間、国家が守られてきたというほかはないのである。
 しかし、総選挙においてその国防軍の創設を公約として前面に掲げることができないことがわかった。それゆえに経済問題が第一に論じられるようにというスローガンが掲げられたのである。
 よく考えてみれば安倍政権がそれを公約しなくなった時、『次世代の党』が自主憲法制定をその公約に掲げたのである。
 安倍総理率いる自民党と次世代の党はその地下水脈においてつながっていたのである。一方は温和に経済問題を論じる。そうしてもう一方は、安倍総理及び日本のエスタブリッシュメントが願っていることを強烈に掲げたのである。
 次世代の党の公約の中には明確に『自衛権及び自衛隊(国防軍)に関する規定の新設、国家緊急権に関する規定の整備』が掲げられていた。さらに『憲法改正の発議要請、要件の緩和』も取り上げられていた。
 集団的自衛権に関する憲法解釈を適正化すると共に、個別的・集団的自衛権行使の要件を明確化する安保基本法制を整備することも取り上げたのである。
…(中略)…しかし、そのアメリカもベトナム戦争での実質的敗北を通して力を失っていったのである。…(後略)…。」

 自らの国は自らが守るより
 「…(前略)…安倍政権は自らの国は自らの力で守らなければならない、さらには他国を戦争によって侵略することはないが、集団的自衛権などを通して日本の軍事的技術、軍事的経験を多く蓄えていかなければならないととらえている
 日本経済再生…(中略)…デフレから確実に脱却…(中略)…
 以上のような状況を踏まえていくならば、自民党の政権公約は雇用などの統計を列挙して『アベノミクス』の実績を強調せざるを得ないのである。しかしその本心は日本国憲法改正と国防軍の創設である。
 …(中略)…憲法96条の規定通り国会発議を行なうことができるのだろうか……安倍総理としてはそれを最も願ってはいるが、…(後略)…。」

 2013/06号 No.363・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「臥薪嘗胆、黒田官兵衛そして安倍晋三 ■『私は地獄を見た』、だから壮大な国家目標が実現する」から

 憲法改正こそ、主権回復より
 「当時の首相であった吉田茂は、その憲法草案ができるまでのことを自著『回想10年』の中で次のように述べている。
 『外国との条約締結の交渉と相似たものがあった……条約交渉の場合よりもいっそう渉外的ですらあったと言っても過言ではない。』と述べ、あわせて日本側が『消極的』『漸進主義的』であったのに対し、GHQ(連合軍総司令部)側は『積極的』『抜本的急進的』だったと述べている。
 まさに現行憲法の本質が適確に語られている
 あの被占領期、すなわち主権が停止した特殊な時期に、日本国憲法は勝者と敗者との交渉によって成立したのであった。『条約締結』の目的は、勝者による完全かつ円滑なる敗者の支配にある。そのためには『抜本的急進的』にわが国の精神と諸制度を解体する必要があったのである。
 日本が二度とアメリカに歯向かわないようにする意思が憲法草案には明確に刻まれていたのである。第1条の天皇、そして第9条の戦争放棄にはそれが集約されていた。GHQは天皇の地位を事実上の『人質』に、国防まで放棄するよう迫っていたのである。
 吉田茂は占領憲法の制約下で日本独立と経済復興を最優先の政治課題としていた。独立にあたっては憲法の不完全さを補うため、アメリカに日本防衛を担ってもらう日米安保条約の締結を働きかけざるを得なかった。その経過から考えても、吉田茂はサンフランシスコ講和条約を受けて、主権が回復する段階で憲法改正を目指すべきだったのである。
 しかし、吉田茂は現行憲法を維持しつつ、国際社会に復帰する道を選んだのである。世論の反発を恐れたわけではない。朝鮮戦争が起ころうとしていたのである。そのような中、さすがの日本人も『諸国民』には信頼できそうなものと、そうでないものがあることに気づいていた。世論は再軍備を支持し始めていたのである。
 この『諸国民』についてはおわかりであろう。現行憲法の前文には『諸国民の公正と信義に信頼する』と述べられているが、現実はそうではなかったのである。
 戦後約70年間、この世界で戦争がなかった時代はない。…(中略)…
 ……そして講和の予備交渉の過程で、アメリカは日本に再軍備を求めたが、これはほんの4年前に自ら押し付けていた憲法、すなわち不平等条約ともいうべき憲法の改訂を、アメリカ側から求めてきたに等しかったのである。…(中略)…
 ……憲法改正が具体的な動きとなることであろう。
 本格的な国家の独立が実現に向かうことになる。」

 2014/08号 No.377・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「イラク再燃、第三次世界大戦へ動くか ■安倍総理へのユダヤ人ヤコブの手紙」から

 「ユダヤ人ヤコブからの手紙」より
 「…(前略)…今日、安倍総理がその日本の指導者となっている。彼は自らの利益を求めるためではなく、限りなく日本国民を愛し、全身全霊を込めて政治を行なっているのである。
 その安倍総理が心から慕い、心から模範とするのが『吉田松陰』である。
 吉田松陰は非常に立派な人物である。わずか30歳にして政治上の問題で斬首刑になった。彼がその死を前にして書いた遺言書が『留魂録』である。
 吉田松陰はその書き出しで『身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂』と述べた。
 彼は死んでもなおこの日本を愛し、自らの魂を留め置くと述べたのである。
 一介の囚人である吉田松陰の教えを守り、その人格を慕った人々は、松陰の刑死のあと幕末維新を通じて日本の大改革を実行していったのである。
 そして後に彼らが松陰の教えを原動力として新しい時代を作っていったのである。…(中略)…
 明治天皇になった大室寅之祐もその活動の中で育てられ、かつ新たな時代を構築するために協力したのであった。

 安倍総理と吉田松陰のビジョンより
 「…(前略)…安倍総理は吉田松陰のことをよく聞いているであろうし、吉田松陰が書き残した文書も読んでいるものと思われる。日本人の原点はここにある。道徳的にも、政治的にも原点はすでに確立されているのである。…(後略)…。」

 本ブログ過去の関連記事↓↓
   ・2012/11/21付:「平和ボケ」
   ・2013/05/24付:「シリア内戦:反政府勢力が間違いで政府が正しい(3)・・・世界支配権力の欲望の犠牲になる末端の人々 & 平和ボケの日本人」
   ・2013/06/09付:「日米安保からの『自立』が、真の『戦後レジームからの脱却』」
   ・2013/06/28付:「『ユダヤが解ると世界が見えてくる』の再読(3)・・・三島由紀夫氏の『憂国』と自決直前の『檄』」
   ・2013/07/20付:「憲法改正による真の主権回復へ・・・日本の真の独立・自立で経済・社会・防衛等の問題の根本的解決が可能に 」
   ・2013/10/06付:「旧約聖書・出エジプト記を通して現代社会を見る」
   ・2014/08/28付:「終末期、イルミナティ・フリーメーソンによって計画されている世界統一政府エルサレムと第三次世界大戦」
   ・2014/12/07付:「世間に迎合する政治家・・・『経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、・・・』」
   ・2015/01/01付:「日本の集団的自衛権は旧約聖書・ホセア書の預言成就か」
   ・2015/01/02付:「世間に媚びずに落選・・・選挙は政治を理解していない人達が投票するもの」
   ・2015/01/02付:「プロテスタント教会は抗議せず世間や権力に迎合している・・・『平和』や『愛』の言葉による麻痺」
   ・2015/01/18付:「次世代の党の惨敗の要因は、反日勢力や創価学会・公明党の仕業?」
   ・2015/01/18付:「イルミナティ・フリーメーソンの唱える平和や愛の偽善に騙されてはいけない・・・グローバリズムの罠」
   ・2015/7/20付:「憲法解釈の適正化による安保関連法案・・・現実を見据えた危機感からの真心の政治は理性の法治を凌駕する」
   ・2015/7/20付:「安倍首相に存する吉田松陰の心・・・『至誠』『真心』による安保関連法案と悲願の憲法改正へ」

 引用文献↓↓
 2015/01号 No.382・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「安倍総理の勝利、独立自尊への王手 ■第三次世界大戦と『エゼキエル書』の預言」
2015/01号 No.382・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「安倍総理の勝利、独立自尊への王手 ■第三次世界大戦と『エゼキエル書』の預言」
 2013/06号 No.363・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「臥薪嘗胆、黒田官兵衛そして安倍晋三 ■『私は地獄を見た』、だから壮大な国家目標が実現する」
2013/06号 No.363・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「臥薪嘗胆、黒田官兵衛そして安倍晋三 ■『私は地獄を見た』、だから壮大な国家目標が実現する」
 2014/08号 No.377・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「イラク再燃、第三次世界大戦へ動くか ■安倍総理へのユダヤ人ヤコブの手紙」
2014/08号 No.377・国際時事情報誌 エノク(著者:宇野正美氏、出版社:エノク出版)「イラク再燃、第三次世界大戦へ動くか ■安倍総理へのユダヤ人ヤコブの手紙」

 参考動画↓↓
 

YouTube: 安倍晋三の憲法改正論
 

YouTube: 正義のカダフィ大佐は日本が自主独立憲法と国防軍を持たない事を憂えていた
 

YouTube: 橋下徹『憲法改正は絶対必要!!安倍総理しか出来ない』
 

YouTube: [宇野正美] 憲法改正とは日本独立である
 

YouTube: 【安倍晋三】安保法制と憲法改正への布石[桜H27/6/16]
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安倍首相に存する吉田松陰の心・・・「至誠」「真心」による安保関連法案と悲願の憲法改正へ

2015-07-20 19:03:43 | 憲法改正
 先日7月16日に、憲法解釈の適正化による集団的自衛権行使を可能とする事等の改正法と新法を含む安全保障関連法案が衆議院本会議で可決されて衆議院を通過した。今後、この法案が成立し、戦後70年間の悲願である日本国憲法の改正国防軍の創設の大目標に向かって行く。
 真心を伴う政治は、世間一般市民を正しい方向へと導く。現在の日本の総理大臣である安倍晋三首相は、幕末の思想家・吉田松陰を心から尊敬し慕っている
 吉田松陰は「至誠」の言葉を愛し、至誠の志を持つ至誠の人であった。そして「真心」を持ち、日本国民を愛し、その松陰の教えを基にして、幕末維新日本の独立の維持につながった。
 安倍首相は、その吉田松陰と同じ様な心を持っているものと思われる。今後の憲法改正国防軍創設にもその「至誠」「真心」が反映されるものであると思われる。
 以下に、松陰に関する事を、文献から引用し掲げる。

 「古代ユダヤの刻印―現代に蘇生する秦氏の血脈 」(著者:宇野正美氏、出版社:日本文芸社、出版日:1997/5/20)「第3部●江戸・幕末の知識人とイエスの黙契 ―イエスと同じ思想に達した吉田松陰と安藤昌益」「第5章・イエスと志を共に生きた吉田松陰 ―イエスの死も松陰の死もその後の世界と日本を根底から変えた」より、
 「早速、松陰は自分の家族に別れの手紙を書いた。とくに、実母、そして養母に宛てた文は次の通りである。
 『わたしの学問、そして教養の浅はかさのゆえに、至誠がその力をあらわすことができず、幕府の役人たちの考えを変えることができなかった』
 と書き出して、かの有名な歌が書かれていた。
 『親思うこころにまさる親ごころ きょうの音ずれ何ときくらん』
 「『留魂録』はやはり歌で始まっている。
 『身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂』
 たとえ自分が死んでも、国を想う自らの心は永遠に生きつづけるであろう、との意味である。
 松陰は常に自らの死のことより、将来のこと、なかでも日本国家のゆくえを案じつづけていたのである。」
 「ここで長くはなるが、『留魂録』のなかの有名な言葉を引用しなければならないであろう。…(中略)…
 『……今日、私が死を目前にして、平安な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。
 つまり、農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈りとり、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ちあふれるのである。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いたことがない。
 私は三十歳で生を終わろうとしている。いまだ一つも成しとげることがなく、このまま死ぬのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきかもしれない。だが私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのである』」
 「『なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が必ず四季をめぐって営まれるようなものではないのだ。
 しかしながら、人間にもそれにふさわしい春夏秋冬があるといえるだろう。十歳にして死ぬ者には、その十歳のなかにおのずから四季がある。二十歳にはおのずから二十歳の四季が、…(中略)…。
 十歳をもって短いというのは、夏蟬を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蟬にしようとするようなことで、いずれも天寿に達することにはならない。
 私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なるモミガラなのか、成熟した粟の実であるかは私の知るところではない。
 もし同志の諸君のなかに、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるのなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。同志よ、このことをよく考えてほしい……』」
 「松陰は別れのときに、その弟子である高杉晋作に人生について、死について、次のような手紙を書き遺している。
 『君は問う。男子の死ぬべきところはどこかと……。
 私も昨年の冬投獄されて以来このことについて考えつづけてきたが、死についてついに発見した。死は好むものではなく、また憎むべきでもない。世の中には生きながらえながら心の死んでいる者があるかと思えば、その身は滅んでも魂の存する者もいる。
 死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよいし、生きて大業をなしとげる見込みならば、いつまでも生きたらよいのである
 つまり私の見るところでは、人間というものは、生死を度外視して、要するになすべきをなす心構えこそが大切である』」
 「松陰は…(中略)…いよいよ死出の旅となったとき、彼は声高らかに次の歌を吟じた。
 『吾今国の為に死す、死して君親に負(そむ)かず。悠々たり天地の事、鑑照、明神にあり』
 すなわち、私はいま国のために死ぬ。死んでも君や親に逆らったとは思っていない。天地は永遠である。私のまごころも、この永遠の神が知っておられる。少しも恥じることはない……
 …(中略)…松陰は最後まで至誠の志をもち、至誠の人でありつづけたのであった。」
 「イエスもまた、死を超えた志をもっていた。…(中略)…
 イエスは大胆に語りつづけた。そのようなことをすれば、死を招くことがわかっていながらも、ますます大胆に語りつづけたのであった。…(中略)…
 おそらく一般の人ならば、そうであろう。死まで至らなくても、その地位を失うだけでも身悶えしてしまうはずである。
 松陰もそうならば、イエスも完全にそれらを超越していた。」

 新約聖書・ヨハネの福音書12章24~26節
 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。
 自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。
 わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。」


 本ブログ過去の関連記事↓↓
   ・2015/07/20付:「憲法解釈の適正化による安保関連法案・・・現実を見据えた危機感からの真心の政治は理性の法治を凌駕する」
   ・2015/07/26付:「安保関連法は日本の自立・独立へのステップ:イルミナティ・フリーメーソンの宣伝機関マスコミの甘言の罠」

 引用文献↓↓
 「古代ユダヤの刻印―現代に蘇生する秦氏の血脈 」(著者:宇野正美氏、出版社:日本文芸社、出版日:1997/5/20)
「古代ユダヤの刻印―現代に蘇生する秦氏の血脈 」(著者:宇野正美氏、出版社:日本文芸社、出版日:1997/5/20)

 参考動画↓↓
 

YouTube: [宇野正美] 吉田松陰から何を学ぶか
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憲法解釈の適正化による安保関連法案・・・現実を見据えた危機感からの真心の政治は理性の法治を凌駕する

2015-07-20 16:19:26 | 憲法改正
 先日7月16日、「集団的自衛権」行使を可能とする事等が盛り込まれた、「安全保障関連法案」が衆議院本会議で可決され、衆議院を通過した。
 「安全保障関連法案」は、「平和安全法制整備法案」「国際平和支援法案」の二本立てである。
 「平和安全法制整備法案」は、自衛隊法、武力攻撃事態法、周辺事態法、国際平和維持活動(PKO)協力法等、改正10法案を一括にしたものである。「国際平和支援法案」は新法で、国際紛争に於いて他国軍の後方支援を随時可能とするものである。
 この安保関連法案については、違憲か合憲か等と憲法学者等の論争が続いていた。その論争において違憲派は妥協せず、論争は果てしなく続きかねない状態となっていた。
 しかし、現実の世界情勢を見ると、その様な論争を延々と続ける程の悠長な事をしておれない状態にあるのである。第三次世界大戦は、世界権力のイルミナティ・フリーメーソンによって先の二つの大戦の計画と同時に計画されており、現に世界情勢の流れはその様になって来ているのである。
 また、単に宗教組織の書物ではなく本来は宗教とは無関係である「聖書」には、世界最終戦争の預言が書かれている。そしてこの世の終わりが預言されている。
 世界の多くの人達は、これらの事を知っている。勿論、日本の現政権である安倍政権も知っている。知っているが故に、日本政府は安保関連法案の可決・成立を急いでいるのである。
 しかし、日本の世間一般の多くの人達は知らない。新聞の中のたった1ページ程しか載せられない世界情勢に関する情報、テレビのニュース等も同様で、大幅に削られた極一部の世界情報に関する情報、またその一部の情報も、欧米寄りの偏向情報でありその欧米偏向情報は世界権力の意向が働いている情報である。その様な状態の中で一体何が見えてくるのだろうか?。
 それどころかテレビ等のマスコミ空虚で意味の無い番組を垂れ流しており、そのマスコミの裏につながる世界権力がマスコミを使って、世間一般市民を懐柔し洗脳して平和ボケへと導いて来た。
 政治家は、その様な平和ボケして解っていない世間一般市民に迎合せず、正しい見識と判断を基に世間一般を導く事は正しいのである。
 憲法解釈を適正化した上での集団的自衛権の行使等の改正と新法制定。従来の解釈が正確ではなく、且つ現代の世界情勢に沿うものとする事は当然である。
 その憲法解釈について。下記に関連文献からの引用文を載せている。「政治主義」は「法治主義」に優る。政治主義は「心」であり、法治主義は「理性(頭)」である。政治主義は民であり、法治主義は官僚である。国家主権は超法規的であり、法的に拘束されるものではない
 聖書におけるモーセが創造主から授かった「律法」も、罪深い人々の為に「理性」(頭)を身に付けさせる為のもので、その律法の行ない・形式主義によっては義とならず、罪から解放されない。逆に、信仰(心)によって義とされ、イエス・キリストによって罪から解放されるのである。
 「真心」の政治は理性の法治を上回るべきものである真心を基にした憲法解釈の適正化は正しいのである。日本が他国へ侵略する戦争をする事は現政権も勿論考えていないし、今後有り得ない事である。飽く迄も、現実の世界情勢を基にした危機意識を持つ事からの、日本国民を守る為の「国防」の為である。

 以下、「角栄なら日本をどう変えるか 日本再生のための処方箋」(著者:新野哲也氏、出版社:光人社、出版日:2003/12/12)からの引用。
 「主権国家というのは、自前の憲法自前の国軍をもち、国益主義をおしすすめることにほかならないが主権と国益に体を張った角栄を屠った日本の政界・官界には、他国におもねり、平気で主権や国益を放り出す者たちばかりになった。」
 「役人に政治権力をあたえてはならない理由は、かれらは国家理性よりもを優先させるからである。それが法治主義である。『日本は“法”治国家』というひとがいるが、まちがいである。法で治められるのは法廷のなかか掟社会においてであり、ひとの世を治めるのは、血のかよった“政”治でなければならない。この政治主義が国家主権・国家理性の土台となる。角栄の時代 ― 日本がまともだったのは、政(=民)が法(=官)の上位にあったからである。」
 「政治は、畢竟、この国家主権をあつかう。それが国家理性である。国家はみずから超法規的に生きようとする。ところが法治主義にたてこもる役人は、超法規的なこの国家主権を軽んじる。」
 「国家主権には、祖国愛や民族意識、歴史観あるいは国益がふくまれるが、法は血も涙もないただの“ルールブック”でしかない。法の番人に仕事をまかせると、外に対しては平伏外交、内に対しては冷血政治となる。」
 「角栄は、戦後からの『対米従属』『官導政治』を政治の力でひっくり返した。霞が関につらなる国際派政治家や中央財界を敵にまわして角栄は選挙に ― 派閥抗争に勝った。政治は選挙をつうじてあらわれる民力である。民力がはじめてそれまでの支配体制をゆるがした。」
 「角栄の政治死は、日本の近代政治の死と、前世紀的な官僚体制のよみがえりを言祝(ことほ)ぐ、フランス革命的な狂乱だった。…(中略)…このとき日本人は、法治主義(理性)を神と崇め、歴史の知恵や良識と人間の判断力を根拠とする政治主義(心)を生きたまま埋葬し、あたかも血の革命を成功させたかのような興奮に酔いしれたのだった。
 朝日新聞が延々と『ロッキード事件を風化させるな』と叫びつづけたのは、国家主権の自己否定にあたる角栄潰しに、かれらの大好きな革命の匂いが濃密にたちこめていたからである。人権擁護や少年法にかかる法務省の独断、検察ファッショ、司法の脱線や狂った判決などもその延長線上にある。心の政治をドグマの法と狂信のイデオロギーにおきかえる ― それが革命なのである。」
 「法治を政治に優先させると、空恐ろしい暗黒政治がまちうける
 他国から提供された証拠によって自国の元首相を ― 自国法をもって裁く。これこそ究極の法治主義だが、それを正当化するのが『革命権』である。フランス革命の人権宣言(圧制への抵抗権)やアメリカの独立宣言(革命権)には、これがはっきりと謳われている。」
 「ちなみに、日本国憲法にもこの“革命権”という考え方がひきつがれている。最高法規条項(第九十九条)によれば、『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負う』とある。
 総理大臣はおろか、天皇までが法の下におかれるという日本国憲法のこの法治優位主義は、フランスの人権宣言およびアメリカの独立宣言からの移植だが、これを杓子定規に採用すれば、国家理性や政治権力は法的強制力を凌駕する ― という近代的な国家主権論が根底から崩される。
 角栄を逮捕・起訴した検察、角栄を裁いた日本の司法は、憲法にしるされたこの究極の法治主義をもちいたのである。角栄潰しが朝日新聞にリードされたのも、法務省・司法が嘱託尋問などを強行して角栄有罪に固執したのも、ロッキード裁判が法治主義を奪回するための『革命権』の遂行だったからである。
 革命とは、心(政治)をドグマ(法・イデオロギー)でうちのめすことである。」
      (※フランスの人権宣言、アメリカの独立宣言はフリーメーソンによるものであるが、現日本国憲法を制定したGHQの最高司令官マッカーサーもフリーメーソンであり、現日本国憲法もフリーメーソンによるものと言って過言では無い様に、本ブログ著者は思う。)
 「角栄の政治死によって官僚政治(=法治主義)が台頭すると、それまで政治主義が支えていた国家主権がもののみごとに崩壊していったのだった。それが竹下蔵相(当時)のプラザ合意にはじまって現在に続く売国政治の系譜である。」
 「角栄には、国家主権や国益にたいする理念、ゆたかな国家ビジョンがあった。だが角栄が病に倒れたのち、教えを乞うどころか、訪ねてくる政治家もまれだった。政治家が心を忘れては何の値打ちもない。心をテコにする“政”治の時代は終わり、やがて官僚による心のない、“法”治の時代がはじまるのである。」
 「宮沢、細川、村山の三内閣は『自虐史観』路線をうちだし、そのために国家基盤がみるみる弱体化し、外交面で失点をかさねてゆく。結局、政治家は国民や国家のためには何もしなかったのだ。その一方、官導体制のもとで金融グローバリゼーション、男女共同参画基本法、ゆとり教育など国家の根幹を危うくする法令の施行が次々にすすめられ、経済や外交のみならず国家そのものが危機に瀕しはじめる
 政治家が体を張ってまもらなければならなかった国家の誇り国民の安全、国益独立自尊の気概を ― 政治家が投げ捨てて霞が関の役人にゲタを預ければ、役人たちはそれをただの役得とするだけである。外務省チャイナスクールの売国行為を咎める前に、…(後略)…。」
 「日本は『政治国家』から『法治国家』へと滑落していった。角栄とともに政治が死ぬと、国民的悲願である憲法改正の前に立ちふさがる内閣法制局をはじめ、霞が関の役人が政治の要所を巧みにおさえ、日本をミスリードしはじめる。BIS規制や国際会計法などのグローバリゼーションにかかる金融諸法、日教組との談合によるゆとり教育、男女共同参画と銘打ったフェミニズム法と、官僚が国民のあずかり知らぬところでひそかに悪法をこしらえ、日本をどんどんわるい方向へ追いこんでゆく
 角栄失脚以降、志の低い政治家が法治主義をもちあげ、マスコミが諸手をあげてこれを支持し、正義の根拠とした。」
 「高齢化や少子化、巨額財政赤字をことさらに悲観的にみて日本経済を『IMF管理下⇒アメリカ属国化』へミスリードしたがっているような男に金融・財政・経済を任せきって日本が破滅にむかわないわけがないが、…(中略)…日本人が…(中略)…『カイカクだ!』と拳をふりあげて小泉・竹中を熱烈に支持する。マスコミのミスリードに踊らされているのだとしても、空しいというしかない。」
角栄の失脚によって官僚とともに国際派が台頭し、日本は急速に精彩を失っていった『角栄ならどう変えるか』という問いは、ロッキード事件で角栄を陥れ ― 現在、日本の支配イデオロギーになりおおせている官僚主義・国際主義にたいする痛烈な批判でなければならないだろう。」
マスコミの『政治家はクリーンでありさえすればよい』というキャンペーンにのって日本人は、こうして決定的に政治的聡明さを失ってゆく。」
 「角栄の失脚以降、日本人は、政治家の資質や能力にはまったく目をむけず、マスコミと一体となってクリーンかダーティーか、という感情論をふりまわし、しかもそれを政治家を評価する唯一の選択眼にしてしまうという過ちを犯すのだ。日本人は政治の功利主義を捨てた。それが三木武夫、および竹下登以降、内務官僚出身の後藤田正晴が旗をふり、七人の宰相がかかげた“政治改革”の中身だった。」
 「中東からの石油なくしてわが国は、経済どころか、国民生活さえ成り立たない。…(中略)…
 角栄がサウジアラビアと結んだ『D-D取引』契約が、いかに日本の国益にかなったことだったか、そしてそれが、いかにアメリカの逆鱗にふれることだったか ― 激昂したキッシンジャーがこのとき角栄を名指しして『反ユダヤ的』と口走ったことからもそのことがうかがえる。」

新約聖書・ローマ人への手紙 3章28節
 「人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。」
     (※使徒パウロの手紙。)

 同書・テモテへの手紙 第一 1章8~10節
 「しかし私たちは知っています。律法は、もし次のことを知っていて正しく用いるならば、良いものです。
 すなわち、律法は、正しい人のためにあるのではなく、律法を無視する不従順な者、不敬虔な罪人、汚らわしい俗物、父や母を殺す者、人を殺す者、
 不品行な者、男色をする者、人を誘拐する者、うそをつく者、偽証をする者などのため、またそのほか健全な教えにそむく事のためにあるのです。」
     (※使徒パウロの手紙。)

 同書・使徒の働き 13章37~39節
 「しかし、神がよみがえらせた方は、朽ちることがありませんでした。
 ですから、兄弟たち。あなたがたに罪の赦しが宣べられているのはこの方によるということを、よく知っておいてください。
 モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです。」
(※「この方」=イエス・キリスト。)
(※ルカによる歴史書)

 本ブログ過去の関連記事↓↓
   ・2015/07/20付:「安倍首相に存する吉田松陰の心・・・『至誠』『真心』による安保関連法案と悲願の憲法改正へ」
   ・2015/07/26付:「安保関連法は日本の自立・独立へのステップ:イルミナティ・フリーメーソンの宣伝機関マスコミの甘言の罠」

 引用文献↓↓
 角栄なら日本をどう変えるか 日本再生のための処方箋(著者:新野哲也氏、出版社:光人社、出版日:2003/12/12)
角栄なら日本をどう変えるか 日本再生のための処方箋(著者:新野哲也氏、出版社:光人社、出版日:2003/12/12)
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