☆☆ universo & me ☆

猫の事、世の中の事、歌の事、ソプラノ歌手のつれづれ

神霊写真館

神と悪霊・私が撮影した神様・龍神様・稲荷狐さんの写真館・妖精も写っています。

1997年の思い出

2018-01-07 22:48:13 | Weblog

わらび座の岡村さんと。

岡村さんとは1995年夏に田沢湖音楽祭で共演したので、奥村さんが江別市まで公演にみえた時に母と一緒に観に行きました。

音楽祭では、岡村さんのリクエストでトンジョバンニの二重唱をやりました。

私の役は、ドンナアンナかドンナエルヴィーラですが、この時はやった事のないツェルリーナだったので、ほぼ初見で 譜面を見ながら、演技しながら、楽しくやっていたのですが、うけました。

 
笑いが起きたりして、面白かったです。
 
彼は良い声のバリトンで、へたなクラシック歌手よりずっと上手です。
 
ホーミーも出来るし、蒸気機関車の汽笛の音まで出せてしまう、非常に器用な方で、
 
和太鼓も上手で多芸多才で、183cmで足が長く、とても舞台姿の良い俳優さんです。
 
 
 
 
'97年二月の写真 アップにして、母の縫ったワンピースを着て記念撮影しました。
41歳ですね、この時は。まだ28歳くらいに見られていました。
 
 
雪まつりの時の写真です。
 
'97年には、まだ両親が元気でしたから、一緒に出掛けて写真も撮れました。
 
これが、’99年には母の痴呆症の病名も分かり、どんどんと酷くなっていきました。
 
酷くなる前の、未だ、普通に暮らせていた時の思い出です。
 
 
 
 
 
にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昭和58年六月赤城の山に風車

2018-01-07 17:40:30 | Weblog
昭和58年6月18日
群馬県 赤城の山 注文で「国体色」に塗った父の風車
全部父が一人で作成した風車は、まていに作られていて芸術品の様だった。
 
 
父と私 当時父65歳 私27歳。 うちでは私が一番大きい。
大叔父は六尺超えの大男だったそうだけど、両親は小さい。
 
母と私 母は、十代の頃には、走り幅跳びで5m60 の北海道記録保持者だった。
国体に出るはずが、戦争で国体が中止に成ってしまった。
 
足も速かったし、スケートもバドミントンも、とても上手くて、
私は学年トップクラスの運動神経だったけど、全く太刀打ちできなかった。
 
全道の代表に成れる人とは、もって生まれた才能が全く違う。
勉強も全教科今で言うと、オール5の優等生で、当時スターだったと母の親友から聞かされた。
 
母の家系には、やたらとオール5の子が多い。
 
父は学校に通う必要が無い程に頭が良過ぎて、高校の物理の先生に、小学生の時に質問したら、目を白黒してなんにも答えられなかったので、父は自分から学校へ行かない事を決めたのだった。
 
小5で独学で流体力学まで習得して、風力発電装置を完成させる人の脳味噌は、全く普通ではなかった。
 
頭が良過ぎて、誰にも理解される事はないので、孤独な人だった。
 
「天才とは孤独なものである」と言う事は、真実である。
 
 
運動神経もとても発達していて、習った訳でもないのに、鉄棒で大車輪が出来て、大倉山シャンツェから、飛んでみたり出来るし、40代半ばで、家の丸太で作った塀で、跳馬をやって、空中でくるっと一回転して、すたっと降りてみせてくれた。
 
柔道は講道館で、師匠の嘉納治五郎を相手に「空気投げ」を決めたら、吹っ飛ばされた先生がすたすたと戻ってきて、父の頭を「ようした、ようした(良くできました)」と言って撫でてくれたと言っていた。
 
反射神経が凄く良いし、動体視力も恐ろしいくらい良かったので、柔道も強かった。
 
絶対音感が有って、ギターの調弦も完璧だったし、もう、発明の話も面白かったし、色々とびっくりする様な能力が有って、
 
子供にしたら「遊園地」の様な人だった。
 
絶対音と神通力は、私に遺伝した。
 
あの「良い脳味噌」は、受け継がなかった。 残念でした・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

手編みのセーター

2018-01-07 13:02:48 | Weblog
 
1,999年に姪っ子の為に手編みしたセーター
 
 
背中側
 
今日は久しぶりで昔のアルバムを開いてみました。
 
私は編み物が得意ですが、暇がないので編む事はあまりありません。
 
これは、姪っ子にプレゼントしようと思い立って、デザインする所から始めて
 
図面も描き、機械編み様の細い毛糸がいっぱい有ったので、一か月掛けて仕上げました。
 
当時姪っ子は早稲田文学部の学生でしたが、届いたら直ぐに、このセーターを着て、大学へ行ったそうです。
 
チャン・ツィイー似で、演劇部に入っていました。
 
 
編み込みは、設計図に沿って、色の違う糸を何本も入れ替えながら作るので大変なんです。
 
こう言う事に関しては「几帳面」なので出来るのだと思います。
 
家事に関しては、結構ずぼらなんですけどね。(水回りに関しては、几帳面です)
 
 
こう言う作品を見て、すご~~い!仕事出来るよ!!等と言われますが、一か月に一枚しか出来ない物は、いくらで売れますか?!
 
仕事になんか成りません。まあ、一月2万円で暮らせるのなら、別ですが。
 
ハンドクラフトが出来る人達って、かなりの数、「私にも作ってくれ~~!ただで」
 
と言う被害に遭ったり、泥棒されて、「これは私の物だ!」と開き直られる被害に遭っていると聞きます。
 
幸いにして私は人と付き合いが少ないし、そんな図々しい常識の欠片も無い人はぶった切って付き合わないので
 
そういう目に遭った事はありません。
 
図々しい女に、朝食を盗られた事はありますけど・・・・・
 
 
 
 
 
 
にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

式守伊之助のセクハラ問題

2018-01-07 00:02:58 | ニュース

真っ黒けな 宮城野部屋

集団リンチをした黒幕モンゴル力士が居たと思ったら、今度はセクハラ行司。


こんな短期間に二人も処分を受ける相撲部屋の親方は、一体何を普段指導してるのでしょうかね。

親方も処分を受けるべきだと思いますが、リンチの黒幕白鵬は大甘な減給処分だけ。

理事長なんか、処分も無し、暴行犯日馬富士も処分無し、自分から減俸と引退をしただけなんだから。

そのくせ、被害者を十両まで落とし、貴乃花親方には二階級降下処分を下す不公平さ、異常さ。


ヘンタイ行司がセクハラ事件を起こしても、所属横綱が集団リンチを企て実行しても

その親方には何の処分も無く、おかまいなしで済ますんでしょう、どうせ・・・・・


やっぱり、財団法人はやめさせて、相撲協会は潰して、新しくやり直すべきだと思いますよ。


貴乃花親方の応援をします。頑張ってくださいね。





 

 
にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする