『舞姫』現代語訳 第二〇段落 金澤 ひろあき
【要旨】
エリスの第二の手紙
【現代語訳】
またしばらくたってから届いたエリスの手紙は、ひどく思いがせまってくるような書き方をしていた。手紙を「いいえ」という字から書き起こしている。
「いいえ、あなたを思う心がこれほどまで深いということを今こそ知りました。きみあなたはふるさとにたよれる親族がないとお話になったので、もしこのベルリンによい世渡りの手段(職業)があれば、とどまりにならないことは決してないでしょう。また、私の愛でつなぎとめないではおきません。それがかなわず、日本にお帰りになるというならば、母親と行くのはたやすいけれども、これほど多い旅費をどこから得たらよいのでしょう。どんな仕事をしても、このメルリンにとどまって、あなたが世の中でご活躍なさる日を待とうといつも思っていますが、ほんのしばしの旅だといってあなたがロシアに出発なさった時からこの20日ばかり、別れの悲しみは日に日にはげしくなっていく。別れはただ一瞬の苦痛だと思ったのは迷いでした。私の身体が普通の状態でなくなってきたのがだんだん目立つようになってきました。そのことまでがあるので(太田の子供を妊娠しているので)、たとえどのようなことがあっても、私を決してお捨てにならないように。母と激しく争いました。しかし、私が以前とは違って、強く決心しているのを見て、母も折れました。私が日本に行くような時には、ステツチンあたりの農家に、遠い親類があるので、そこに身を寄せようと言っています。あなたが書き送って下さったように、大臣があなたを重く信用して用いることになったならば、私の旅の費用はなんとでもできるでしょう。今はひたすらあなたがベルリンにお帰りになる日を待っているだけです。」
ああ、私はこの手紙を見てはじめて私の立場をはっきりとみとめることができた。恥ずかしいのは私の鈍い心である。私はわが身ひとつの将来のゆくえも、またわが身に関係しない他人のことについても、決断することができると自分で内心誇っていたが、この決断は順調な時にだけあって、順調でない逆境の時にはないのだ。私と他人との関係を映そうとするときには、たよりにしていた胸の中の鏡は曇ってしまう。
【ポイント】
1、エリスは、太田への愛情を示す。太田が必要不可欠。
太田と生活する場合を想定して、生活設計する。現実を見つめ、しっかり対処しようとしている。けなげで賢明な女性に変貌。二つのケースを予想している。
①太田がベルリンに残る場合・・・ベルリンで家庭を築く。
②太田が日本に帰国する場合・・・エリスも日本に行き生活する。エリスの母は別れて、ポーランドのステッチンにいる親類の家に身を寄せる。
2、太田 追いつめられる
わが地位をようやく自覚=日本復帰を選ぶのか、エリスとの生活を選ぶのか、決断を迫られる。
しかし現実は、エリスに対して「捨てない」とだます。同時に、友人相沢には「エリスと別れて日本帰国」とだます。
3、自分の弱さ=自分で決められない人間であることを再認識。
【要旨】
エリスの第二の手紙
【現代語訳】
またしばらくたってから届いたエリスの手紙は、ひどく思いがせまってくるような書き方をしていた。手紙を「いいえ」という字から書き起こしている。
「いいえ、あなたを思う心がこれほどまで深いということを今こそ知りました。きみあなたはふるさとにたよれる親族がないとお話になったので、もしこのベルリンによい世渡りの手段(職業)があれば、とどまりにならないことは決してないでしょう。また、私の愛でつなぎとめないではおきません。それがかなわず、日本にお帰りになるというならば、母親と行くのはたやすいけれども、これほど多い旅費をどこから得たらよいのでしょう。どんな仕事をしても、このメルリンにとどまって、あなたが世の中でご活躍なさる日を待とうといつも思っていますが、ほんのしばしの旅だといってあなたがロシアに出発なさった時からこの20日ばかり、別れの悲しみは日に日にはげしくなっていく。別れはただ一瞬の苦痛だと思ったのは迷いでした。私の身体が普通の状態でなくなってきたのがだんだん目立つようになってきました。そのことまでがあるので(太田の子供を妊娠しているので)、たとえどのようなことがあっても、私を決してお捨てにならないように。母と激しく争いました。しかし、私が以前とは違って、強く決心しているのを見て、母も折れました。私が日本に行くような時には、ステツチンあたりの農家に、遠い親類があるので、そこに身を寄せようと言っています。あなたが書き送って下さったように、大臣があなたを重く信用して用いることになったならば、私の旅の費用はなんとでもできるでしょう。今はひたすらあなたがベルリンにお帰りになる日を待っているだけです。」
ああ、私はこの手紙を見てはじめて私の立場をはっきりとみとめることができた。恥ずかしいのは私の鈍い心である。私はわが身ひとつの将来のゆくえも、またわが身に関係しない他人のことについても、決断することができると自分で内心誇っていたが、この決断は順調な時にだけあって、順調でない逆境の時にはないのだ。私と他人との関係を映そうとするときには、たよりにしていた胸の中の鏡は曇ってしまう。
【ポイント】
1、エリスは、太田への愛情を示す。太田が必要不可欠。
太田と生活する場合を想定して、生活設計する。現実を見つめ、しっかり対処しようとしている。けなげで賢明な女性に変貌。二つのケースを予想している。
①太田がベルリンに残る場合・・・ベルリンで家庭を築く。
②太田が日本に帰国する場合・・・エリスも日本に行き生活する。エリスの母は別れて、ポーランドのステッチンにいる親類の家に身を寄せる。
2、太田 追いつめられる
わが地位をようやく自覚=日本復帰を選ぶのか、エリスとの生活を選ぶのか、決断を迫られる。
しかし現実は、エリスに対して「捨てない」とだます。同時に、友人相沢には「エリスと別れて日本帰国」とだます。
3、自分の弱さ=自分で決められない人間であることを再認識。