徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第五十七話 最終回 捨てたもんじゃない…な。)

2006-05-03 22:28:51 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 海外にも本社支社を置いている国内でも指折りの大企業が大幅に予算を組んで環境問題に取り組み始めた…と今朝の新聞に大々的に取り上げられた。
 これまでにもリサイクル活動や自然保護団体などの活動に協賛してきた企業ではあるが、他所の団体の活動に協力するだけでなく、率先して動き出したというものだった。

 「どれほどの効果があるのかは知らないが…いい傾向だ。 」

滝川は朝の食卓で新聞を読みながらそう言った。

 「能力者がその気になって動けば…周りの連中も大なり小なり影響を受けてそれなりに動き出す。
まあ…力の及ぶ国内だけなら…今までよりは多少はましになるかもな…。
 何にしても…企業を動かせる能力者ばかりじゃないから…期待できるのはむしろ草の根的な運動の方だが…。

 それでも…大きいとこがより積極的にエコロジー問題のPRと対策に努めれば…国際的な保護団体なんかへの関心度もちょっとは高まるか…。
 希望的観測に過ぎないけど…何にしろ…ことが起きなきゃ他人に関心をもたねぇ人間が多いし…。 
関心があっても…他国の紛争までは…個人の力じゃなんともし難いが…。 」

 相変わらず…寝ぼけ眼でトーストを齧りながら西沢は滝川の話を聞いていた。
ばたばたと騒がしい足音がしてノエルが寝室から飛び出してきた。

 「紫苑さん…起こしてよぉ! 遅刻しちゃうよ! 」

 それだけ言うと忙しなく洗面所へ走って行った。
おはよ~! 玄関から元気そうな亮の声が響いた。

 「お早う…。 亮…朝飯は? 」

 西沢がのんびりした声で訊いた。
すんだ~! ノエル~行くぞ~!

 小脇にテキストを抱えてカーゴパンツのジッパーを上げながら、ノエルがまたどたばたと戻ってきた。
 西沢の手から齧りかけのトーストをひょいと取り上げて自分が銜えたまま玄関に向かった。

行ってきま~す!

滝川がさも可笑しそうにくっくっと笑った。

 「おまえのお母さんなんだぜ…あれで…。 」

ま…一応はね…。 西沢も笑いながら二枚目のパンを焼いた。

 西沢がリハビリを終えて完全に回復するまでノエルはずっと傍についていた。
介護する滝川や有のやり方を見よう見まねで覚えた。
それは結構上手くいった。

 退院して来たら世話をするつもりで、それまでやろうとしなかった洗濯とか掃除の仕方を輝から教わり、亮から簡単な食事の作り方も教えてもらった。
 西沢のために一生懸命努力したのは誰もが認めた。
残念なことには…ノエルが家事を覚えるより西沢の回復の方が早かった…。 



 家に戻ると西沢はすぐに仕事を再開した。
休止していたわりには幾つか急ぎの仕事も入ってきて、これも相庭の繋ぎのお蔭かな…と少しばかり感謝した。

 モデルとしての遺作になるのではないかなどと噂されていた滝川の写真集『素』は突然の原因不明の重病危篤が宣伝になって結構売れたらしく、そんな写真集のことなどすっかり忘れていた滝川は世の中何が起こるか分からん…と首を傾げた。

 もう二度と向かうこともないと思っていたまっさらな白い紙に…新しくペンを入れる…。
その瞬間…まだ生きている…ということを改めて実感した。

 滝川の姿を目の当りにしてさえ…もはやこれまでと思った刹那に…西沢を後押ししてくれる不思議なほど大勢の力を全身に感じた。
 生命エナジーなど一欠けらも残っていなかったはずの自分の中に次々と注ぎ込まれる能力者たちの想いが西沢を突き動かした。

 人間は時に思っても見ない力を発揮する。
西沢の中に結集された強大な想いの力はエナジーの結界をぶち壊し、太極の心を揺り動かした。

 西沢は今…それらの人たちにどうしたら恩返しができるかと考えている。
勿論…彼等は自分たちが西沢を助けたことなど全く知らない。
 意図されたものではないからだ。
逆に西沢に助けられたと思っている者も多い。
 
 御使者仲間には宗主を通じて感謝の言葉くらいは伝えられる。
けれども…何の関わりもない能力者には言葉さえ伝えようもない…。 

 西沢にできることは仕事を通じて太極との約束を果たしていくこと…。
この小宇宙から失われつつある大切なものを護るために…人間は何をなすべきかを訴えていくこと…。
ひとりでできることと言えば…そんなささやかなことでしかない…。

 「西沢先生…調子はいかがっすか? 」

 玲人が仕事部屋を覗いた。背後から滝川の怒鳴り声が聞こえた。
また…勝手に鍵を開けて入ってきたな…。
こいつには鍵ってものの存在自体が意味を成さないわけだ…。

 「悪かねぇけど…あんまり恭介の血圧を上げるなよ…。
あいつは立派に中年なんだからな…。 」

玲人がにやっと笑った。

 「滝川先生のお留守時に参上しようって思うんですが…どういうわけか予定が合っちゃうんですねぇ…。 」

玲人は持っていたバッグの中から包みを取り出した。

 「こいつをね…お返ししようと思いまして…。 」

 それは…家族や仲間に宛てて西沢が書いた遺書や手紙の束だった。
亮たちを助けに行く前に玲人に頼んでおいたものだ。

 西沢は何気なくそれを受け取ろうと手を伸ばした。
不意に…その手を玲人の両手が掴んだ。玲人の両の手は小刻みに震えていた。

 「無駄になって…よかった…。 こんなもの…渡さずに済んでよかった…。 」

 肩を震わせて泣いていた…。
これを渡す時は…紫苑が死んだ時…その時よ来るな…と何度願ったか…。
その重さからやっと解放された…。
 
 「玲人…ご免な…重い荷物背負わせて…。 」

 西沢は申しわけなさそうに言った。
いいえ…と玲人は首を振った。

 「私のお役目ですよ。 そんなお役目が務まるのは私しか居ない。
先生は…良くご存知だ…。 」

 少しばかり切なげに玲人は微笑んで見せた。
が…すぐに繋ぎ屋の顔に戻った。
さてと…お仕事の話ですが…本職の方じゃないんだけど…いいっすかね?



 『超常現象研究会』の部室の窓からあの校舎の二階の端の部屋が見える。
この大学の何処にも…もう…彼等の気配はない。
ない…と言い切るには少々語弊があるけれど…。
 彼等は何処にでも存在する。ありとあらゆるところに…存在する。
あまりに規模が大きくてそれを身近に感じることが難しいだけで…。

 宮原夕紀は以前の少々性格のきつい美少女アイドルに戻っている。
あの記憶は消えてしまって全然残っていないようだ。

 その方がいいんだ…と直行は笑った。
婚約者を人に襲わせたり、囮に使ったなんて記憶は残っていない方が幸せさ…。
僕も夢だったと思うことにした…なんて…ちょっとだけ男らしく胸を張った。

 亮が今でも不思議に思うのは…67億の人間の中のほんのひとつまみに過ぎないこの国の能力者たちの行動を以って…特に西沢の自己犠牲を以って…太極が寛容にも人間全体に生き延びる機会を与えたということ…。

 海外の能力者たちがどんな行動に出たかは分からないが…人間も捨てたもんじゃないと太極に思わせるようなファクターが他の国の能力者たちの行動の中にも多々あったのかもしれない。 

 窓の下でノエルが手を振っている。
亮…そろそろバイト行こうぜ…。

 智哉がノエルに少しだけ理解を示して以来…ノエルはまた時々実家にも顔を出すようになった。
 西沢の部屋と亮の部屋を行ったり来たりするのは今まで通りだが、気が向くとふらっと実家に帰る…。
 顔を見せに行くだけですぐに戻って来るが…今までのことを思えば大進歩。
智哉に怒鳴られたり貶されたりすることも少なくなったようだ。 

  
 西沢は…と言えば、鳥籠と呼ばれるあの部屋から、今更何処へ逃げ出す気もないようで…いつもと変わらぬ毎日に取り立てて不平を言うわけでもなく…相庭の持ってくる仕事にほぼ満足しながら暮らしている。

 時折…西沢の部屋の小さな陽だまりの中に太極はそっと降りてくる。
仕事部屋であったり寝室であったり…今はノエルが居なくても西沢と直接対話ができるから場所は何処でも構わないようだ。

 西沢の中の生命エナジーの基盤がノエルの産んだ児だから太極の言葉を理解できるようになったのか…それとも…単に太極が直接語ることを望んだだけなのかは分からないが…。
 
 太極と西沢は普通に対話するだけでなく談笑していることもある。
気に冗談が通じるとは思えないが…確かに笑っているのだと亮には感じられた。


 西沢…はつくづく不思議な男だと亮は思う。
おそらくずっと自分の存在の意味を問いながら生きてきたのだろうけれど、答えが出ないからといって悲観するわけでも絶望するわけでもなく、答えがなければ作ってしまえとばかりに周囲に惜しみない愛情を振りまく。

 西沢の愛情は偽りではないから…多少なりと反応が返ってくる…。
ほんとお節介ね…って程度の答えだって一向に構わない。
 そう…ほんとお節介…でもね…あなたを少しでも大切に思っている僕がここに居るってこと忘れないでくれたら…嬉しいな。

 誰かを…あなたを…そしてみんなを思ってあげられる人でありたい…それが僕の存在の意味…。

 だけど西沢は聖人じゃない。怒ったり笑ったり悲しんだり…傷ついたりしながらできる限りそうありたいと努力しているだけ…。

 そういう人間っぽい半端なところが亮は好きだ。
神さまみたいな完全無欠の精神の持ち主じゃないから…かえってみんなに愛されているのだろう…。

 太極が好んで西沢を対話の相手に選ぶのも…案外そんなところが気に入られてのことかもしれない…。
 この先…西沢と太極の関係がどうなっていくのか…それは気と人間の関係にどう影響していくのか…亮にとっては不安なところでもあり興味のあるところだった。 


 この世に生まれて来るものはすべて何かの意味を持っている。
命あるもので必要とされないものなどひとつもない。
 価値のない命なんて何処にもない。
そこに生きて存在すること…そのことがすでにこの世界を支える柱。 

 この世を支える柱…なんて御大層なもんじゃなくってもいいから…誰かに必要とされたい…そんなふうに思っている人が大勢居るんだろう。  

 僕もそうだよ…あなたと同じ…。
笑顔見せて…。 その素敵な笑顔…。 
 その笑顔…明日も見られるなら…ちょっとだけ頑張って生きてみようかな…。
あなたがその笑顔を明日も見せてくれますように…。

笑顔の明日が永遠に続きますように…。



 
 


現世太極伝 ― 完 ―

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