徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第四十八話 それでも…逃げろってか…?)

2006-04-18 18:25:48 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 気を抜かれるたびに亮は脱力感に苛まれた。やがて頭も痛み出した。
だんだんと弱っていく亮を見てノエルは涙ぐんだ。

 「亮…ご免…。 」

 ノエルはどうすることもできずにただ亮に謝るしかなかった。
亮は何とかノエルを安心させるために力なく笑って見せた。

 「気にするんじゃない…ノエル…僕が死んでも…おまえのせいじゃないんだぞ。
無理を言っているのは奴等の方だ。 」

どうしよう…どうしたらいい? 亮を助けなきゃ…。

 「お願い…亮をここから出して! 
何でもするから…やり方さえ教えてくれれば…何でも言うとおりにするから…!」

ノエルが懇願するのを聞いて嘲るような気たちの笑い声が響いた。
 
 『おまえたちは見せしめに連れてこられた…。 ここからは出られない…。 』
 
 見せしめ…それじゃあ…どの道…殺すつもりなんだ…。
ノエルは絶望した。亮を助けてあげられない…。

 『おまえが気を産まぬとしても…その身体から気を奪うことはできる…。 』

 僕は…僕はいいんだ…。 どうせ…まともな人間には見てもらえない…。
だけど…亮は幸せに生きていけるはずなんだ…。 ここで死なせちゃいけない…。
 
 「ノエル…諦めるな…。 」

 亮が白い世界の中で少しだけうすぼんやりと灰色がかった場所を顎で示した。
亮はノエルがたびたび太極を身体に宿していたことを思い出した。
ノエルなら…気との波長が合って結界を抜けられるかもしれない…と考えた。

 「何とか振り切ってあそこまで行こう…。 もし僕が倒れても…振り返るな…。
おまえなら抜けられるかもしれない…。 」

 だめだよ…亮…逃げられないよ…。 行けたとしても…ひとりじゃ嫌だ。
否定するようにノエルは首を横に振った。

 何としても…生き延びろ…。 
おまえの身体には意味があると…西沢さんが言ってたろ…。

 躊躇うノエルを促すかのように亮は思いっきり身体を動かして、押さえ込んでいる相手を振り切った。
つられてノエルも絡みつくような気の触手を払い除けた。
 纏わりつく気の触手を払いながらふたりは外の世界へ繋がると思われる灰色がかった場所へと駆け出した。

 その場所を目前にただでさえ気を抜かれてふらついていた亮は、足をすくわれてその場に転がった。
ノエルは立ち止まった。

 「行け! ノエル! そのまま行け! 」

 亮が叫んだ…が…ノエルはその場を立ち去れなかった。
亮をおいては…行けなかった。
 ご免…と呟きながら…亮を助け起こした。
万事休す…。

 エナジーたちが迫ってくる気配がした。
高らかに勝利者として笑い声を上げながら…。

 再びふたりを捕らえようとした刹那…気に戸惑いが生じた。
ふたりの背後に別の気配を感じ取った。

グレーの世界の中から西沢が不意に姿を現した。 



  
 滝川が紫苑の気配を最も強く感じたあの校舎の前で玲人がうろうろと落ち着かない様子であっち覗きこっち覗きしていた。

 「玲人…紫苑は? 」

 玲人は申しわけなさそうに俯いた。訊かなくても分かっていた。
紫苑は校舎の中だ…。
 滝川は何とか校舎に入ろうと試みたが…玲人と同じく強力な結界に弾き返されてしまった。

 「なす術なしか! 冗談じゃないぜ…まったく! 
あんなとてつもねぇやつら相手に紫苑ひとりじゃどうにもならんだろうが!」

 滝川は携帯を取り出し…有に連絡を取った。
有なら或いは何か方法を知っているかもしれない…。
だが…有の携帯はいま切られていた。

 西沢本家にも連絡を取り…紫苑が単身結界を越えてふたりを救出に向かったとだけ伝えた。

 『恭介…何か紫苑の思念と繋がっているものはないのか…? 
チェーンでもコインでも何でも良いんだ…が。 』

状況を察した英武が助言した。

 『もしあれば…それが鍵になる…。 紫苑の傍に行ける…。 』

 生憎何にもねぇよ…。 滝川は胸の内で呟いた。
こんなことならペンのひとつでも紫苑のを持ってくるんだった…。

 「玲人…紫苑は何か言ってたか? 」

 滝川に問われて玲人は紫苑が言い置いた言葉を繰り返した。
相庭のことについては伏せておいたが…。

 「逃げろってか…。 馬鹿言ってんじゃねぇ…。 」

 紫苑…運良くこの場を逃げられたところで…このまま行きゃぁ誰も助かりゃしないんだぜ…。
それでも逃げ延びろってか…。 
 
 見えない壁を睨みつけながら滝川は大きな溜息をついた。
とにかくこいつをぶち壊さなきゃ…。



 紫苑さん…ノエルが声をあげた。
どうやってここへ…? 亮が不思議そうに西沢を見上げた。
 西沢は黙って笑いながら亮のチェーンをちょんとつついた。
気の気配のする方へ向き直り真顔で語りかけた。

 「万物の創造主…気の方々にお願いする…。 どうか…このふたりを解き放って貰いたい…。 
 もう少し時間を与えてやってくれないか…。
まだ子どもだ…何も知らない…あなた方の言葉の意味も分からない。

 あなた方の邪魔をしてきたのは僕だ…。 
僕が代わりにここに残る…。
あなた方の好きなように…見せしめにでも…なぶり殺しにでもするがいい…。 」

 気たちががやがやと騒ぎ始めた。
いくつもの触手のようなものが西沢の身体に触れた。
 辺りの空気がピリピリと振動して亮やノエルにも気たちの騒然とした様子が感じられた。
やがて話がついたのかはっきりした声が響いた。

 『いいだろう…放してやろう…ただし…お前が生きている間だ…。 
我々は見せしめとしておまえから少しずつ気を奪い取っていく…。
すぐに死ねない分…おまえは十分に苦しむことだろう…。

 おまえに命の気がなくなれば…我々はまた新たに人間を連れてくる…。
それにも飽きたら…一気に全部の人間を消してやろう…。 』

気たちは意地悪くそう言って笑った。

 西沢はふたりに向き直った。
精一杯の笑顔を浮かべ、ふたりに言って聞かせた。

 「亮…ノエルと父さんを頼むよ…。
何があっても生き延びると約束して…必ず生き抜いて…。
 ノエル…きみもだ…。
きみを大切に思う者がひとりでも居たということを忘れるな…。
心を強く持って…生きられるぎりぎりまで生きなさい。

僕のように…自ら死を選んではいけない…。 」

 紫苑さん…嫌だよ! 紫苑さんをおいてなんか行けないよ!
絡み付こうとするふたりの手を拒絶し西沢はだめだというように首を横に振った。

西沢はそっとふたりの背中を押した。

 愛してるよ…。

紫苑さん…とふたりが振り返ろうとした刹那、紫苑の居る世界が目の前から忽然と消えた。 

 

 二進も三進もいかなくて滝川は途方に暮れていた。
強力に張られた結界は滝川と玲人が協力してさえもびくともしない。

 あれから…あちらこちらの長老衆に良い方法はないかと訊ねてみたが、西沢の祥でさえエナジーの張った結界などは見たことも聞いたこともなく、どの一族の古老たちにも良い知恵は浮かばなかった。

 唯一の方法は…英武が教えてくれた紫苑の思念の残るもの…を手に入れることだが…もしそれで中に入れたとしてもおそらく戻ることはできまい…。
玲人も絶えずどこかに連絡を取っていたが良い方策はないようだった。

 もう一度、有に連絡してみようと携帯を取り出した時、目の前に突然、亮とノエルが降って湧いた。

 「おまえたち…紫苑は? 」

 滝川が訊ねるや否やノエルと亮が一斉に口を開いた。
紫苑が助けに来てくれたこと…身代わりになってくれたこと…相手は見せしめに紫苑をなぶり殺すつもりらしいこと…。   
 ふたりとも半泣き状態で話は要領を得なかったが紫苑に危険が迫っていることだけは確かだった。

 滝川は急ぎ西沢本家に事の次第を告げた。その場の皆が蒼ざめ騒然となった…。
彼等の胸にあるのは紫苑のことだけではなかった。
 何とか対策を考えなければ、すべての人々が消されてしまう…。
みんなそれぞれに背負うものがある以上、このまま手を拱いているわけにはいかない…いかないが…いったい何ができるだろう…。

 今のところ救う手立てがないと知るやノエルは校舎の二階に向かって叫んだ。
太極…太極…助けてください! 紫苑さんが殺されてしまう! 
紫苑さん…を助けて!

 狂ったように叫ぶノエルの身体を亮は背後からそっと抱きしめた。
ノエル…ノエル…落ち着いて…。

 「玲人…おまえは紫苑の言いつけを護れ…。 この子たちを連れて逃げられるところまで逃げるんだ。 
 みんなは西沢本家に集まっている…本家も安全とは言えんが…少なくともここよりはましだ…。

僕は何とかして中に入る…。 何か紫苑の物があれば…。 」

それを聞いて亮は首のチェーンをはずした。

 「これ…兄さんがくれた御守りなんです。 
ひょっとしたら役に立つかもしれない…。
兄さんはこれを手がかりに僕等を追って来ました。 」

滝川の顔が輝いた。亮からチェーンを受け取るとすぐに首にかけた。

さあ…早く行け!

 滝川がそう叫んだ時…突然…辺りはまるでバーチャル・レアリズムの世界に入り込んだかのように判然としなくなった。
 辺りがそうなったというよりは…能力者の脳に何かが立体映像を映し出しているような感じだった。
 
 その場にありもしない白い世界が展開し…中央に紫苑の姿が見えた。
決して滝川が結界を越えたわけではなかった。

 誰だ…誰が何の目的でこんなことを…。

 滝川の周りだけではなかった。 
ありとあらゆる能力者たちの脳へ何かが語りかけ始めた。

 そして驚くべきことに滝川の前では…ノエルの唇からその言葉は発せられていた…。






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