長崎市長の抹殺につひて。

2007年04月18日 22時05分54秒 | 巻二 起居注
さすがに黙って見過ごす気にはなれない。

非業の死許せぬ 悲しみの街雨包む 長崎市民 イッチョウさん悼み(西日本新聞) - goo ニュース

事件の背景はよくわからない。
私憤か、「義憤」か。
それはこの場合関係ない。
言論活動(政治活動も広義の言論活動)を暴力で封殺することは、
あってはならない。
当たり前すぎて書くのも恥ずかしいが、
恥ずかしながらイマの世の中、
暴力肯定の空気が皆無ではないだろう。


過去記事

たとえば先日
見事に東京都の「知縣事」に当選あそばされたあの人物。
以前、外務省高官に対する政治的テロルを肯定あそばされていた。
こういう人間が圧倒的に支持あそばされているというのが、
この現世の現実でもある。暗澹。

たとえ自分とは正反対の思想の持ち主であっても、
たとえばそれが石原慎太郎であったとしても、
暴力によって封じられてはいけない。

…とここまで書いてふと思った。
1944年に起こったヒトラー暗殺計画(未遂)。
この、ある意味勇気溢れる行動も、
「政治家を抹殺する暴力」として否定すべきなのか?
線引きって難しいね。
真っ当でない政治家は除外?
その思想も危険だな。

ご冥福、おいのりします。

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