覇王の馬券密議

中央競馬の壮大な演出劇の真実・・・ターフ裏の怪人が饒舌に説き聴かせる回顧と予想

サイゴウ

2005年10月20日 23時09分58秒 | Weblog
 春シーズン、このようなことを申し上げた。
 NHK,朝の連ドラ、競馬会が舞台に採り上げられ、サイゴウジョンコなる馬が登場するがもとは実は競走馬で、名は ダンスアワルツ。
 この馬は3戦して未勝利で引退したが、その出走ゼッケンを見ると、


 02年 9月 7日   6番
 02年11月23日  14番
 02年12月 7日   5番

 この内、話題のディープインパクトが皐月賞を 14番、 ダービーを 5番 で優勝したので、ひょっとしたらもう一つの3冠レースで、6番 が意味を帯びるのかも知れない・・・と。6番は菊花賞ゼッケンであるかどうか、疑い濃厚だが、6番はアドマイヤジャパン となった。まあ、残った格好の6番のこの馬の出走レースの結果を示しておいても好いだろう。

 1着 4枠 7番 パシオンクレマンス
 2着 1枠 2番 ホールドタイトリー  池江泰郎 厩舎


 が、今週、このサイゴウジョンコこと、ダンスアワルツの馬名にまつわる、西郷特別が組まれているとなると、ジョンコちゃんに注目が行く。何と言っても、ジョンコは13番ゼッケンで武豊を背にGⅠを勝っているのである。
 古い話だが、西郷で思い出すのが、1987年春の天皇賞。私は、自信を持って、4-6を買い、府中の競馬場のテレビで見ていた記憶が残る。6枠6番が抜けて、外から4枠4番が迫り、4-6で入線したが、ゴール前は4番が差したように見えた。待つこと数分。場内アナウンスは4番の失格、5番の繰り上がり2着入線という行司軍配をもたらす。??? 勝ち馬は ミホシンザン 2着には、アサヒエンペラー。失格馬はニシノライデンという。このレース後、直線で不利を蒙らせ失格の憂き目をみたジョッキー田原成貴の指を庇っての病院通いが写真週刊誌にも載った。ま、私はこの ニシノライデン=西郷隆盛 と思っている。西郷さんは、史上に残る英傑であり、上野のお山の銅像は弟大山のくりそつで、その旨除幕式で奥さんが独りごちたのを慌てて周りが口を抑えたと漏れ聞く。西郷さんは、征韓論を唱え、謂わば賊軍となって、田原坂で決定的な敗走をした。西ノ雷電 西郷さんが田原を背に天皇賞 では、寄せ付けてもらえなかったのである。西郷さんにはこれが御本人と特定できる写真、肖像の類が一枚もないという。これは本人の志であり、下級武士出身でありながら、世界に類例を見ない平和的革命=維新を成し遂げた偉人は、自らを歴史的偉人として後世に残す努力を全く払わないどころか、拒否した。その志は、冥利に忙しない昨今の平和な時代の政治家、国の司々に腰を据える人々にどれくらい息づいているのだろうか。また、西郷は後醍醐帝、鳥羽上皇の配流せられた田原成貴の故郷島根県は隠岐島の中心町名である。天皇家のレースで忌み嫌われるも無理からぬ演出と言える。失格、今は降着だが、全て仕掛け、演出である。
 11月号66ページの、石山騎手の写真で思い出すが、さる若手ジョッキーがレース中の事故で亡くなる悲劇が起こった。この追悼の献花台が競馬場内にしつらえられ、その模様が、「優駿」誌冒頭の今で言う、クローズアップに載った。そして、その月のGⅠで、競馬会はその亡くなった騎手の遺影の帽色の枠 を堂々と発射させたのである。レース自体は未熟ゆえの悲劇であったのだろう。が、その振り返り方は、ここまでやるか! と思うものだった。


 3年前、同じ皐月賞を勝った馬、同じ厩舎の馬で、ある今回人気になる馬のジョッキーは菊花賞でスタート直後、落馬して見せた。上手だった。また、冷静無比であったことである。凡百に傑出した腕前かどうかは疑問だが、このスター役、主演級を張り続けるさだめを担わされた男は、無類の、岡部さんクラスの沈着冷静で、皐月賞の落馬し損ないも、マックでの内切れ込み降着も、見事にやってのける。一歩間違えば、数百億の金の行方に繋がりかねない大舞台でである。無論、脇が上手いからだが、彼らは、何でもやってのける。言葉が通じない外国人と一緒でもである。ゆめ、甘く見る勿れ。また、馬もよくその人の操作通り動くものである。流石、プロの調教師さんたちである。
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