今日はマルチな芸術活動家・寺山修司氏の誕生日にあたります(生きていれば74歳)。好奇心旺盛なチャレンジャーでした。(ちなみに桂文珍さんも今日が誕生日であります)
「青い鳥っていうのはみんに見えるとは限らないんだ。人によって見えたり見えなかったりする不思議な鳥さ。世の中には、そんなふうに人によって見えたり見えなかったりするものがよくあるんだよ」(裸の王様から)
最初はなんか胡散臭い人だと思ってましたが、彼の前衛的な作品の底流には母に対するコンプレックスが流れているのだと気づいてからは共感を持って鑑賞できるようになりました。特に若い人に対する美辞麗句を排除したパンチのあるアドバイスには衝撃を受けましたね。するどい刃物のような感性は三沢の「寺山修司記念館」で触れることができます。
1967年に寺山は「書を捨てよ、町へ出よう」(芳賀書店)という評論集を出版。その後、同年に旗揚げした演劇実験室「天井桟敷」の第7回公演(1968年)で「ハイティーン詩集 書を捨てよ町へ出よう」が演劇作品として発表されました。
「青い鳥っていうのはみんに見えるとは限らないんだ。人によって見えたり見えなかったりする不思議な鳥さ。世の中には、そんなふうに人によって見えたり見えなかったりするものがよくあるんだよ」(裸の王様から)
最初はなんか胡散臭い人だと思ってましたが、彼の前衛的な作品の底流には母に対するコンプレックスが流れているのだと気づいてからは共感を持って鑑賞できるようになりました。特に若い人に対する美辞麗句を排除したパンチのあるアドバイスには衝撃を受けましたね。するどい刃物のような感性は三沢の「寺山修司記念館」で触れることができます。
1967年に寺山は「書を捨てよ、町へ出よう」(芳賀書店)という評論集を出版。その後、同年に旗揚げした演劇実験室「天井桟敷」の第7回公演(1968年)で「ハイティーン詩集 書を捨てよ町へ出よう」が演劇作品として発表されました。
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