旅をしてきた人間どうしで話をしていて、必ず盛り上がる話題といえば、食べ物の話題と、トイレの話題。人間皆平等に食べ物を食べるわけですし、排泄も行うのですから、これらに関しては回数や頻度の差こそあれ、皆平等に体験があるわけです。
さて、今回はその中でも排泄の話なので、お食事中の方は申し訳ないのですが、食事が終わってから読み進んでくだだい。
排泄といっても、男性の小用のお話。最近、男性でもトイレで小用を足す時に便座に座って行うという話題を時々耳にするので、その内容はよくわからないまま、思い出したお話です。
最初に発見したのはパキスタンでの出来事でした。日本とちがって、こちらの男性方は座って小用を足します。パキスタンの人達は"シャルワール、カミース"とか呼ぶのでが、少し裾の長いシャツとゆったりしたズボンをはいているのですが、裾の長いシャツのおかげで、ただ単にしゃがんでいるのか、小用を足しているのか区別がつかなくなっています。ですから、街中の路地裏を歩いていて、壁のところにしゃがんでいる男性の足元から"水"が流れ出したのを見たときは正直驚きました。そして、この習慣を知った時、どうにも不思議な事に思えたものです。
ところが、都市から出て、荒野の真ん中で自分自身が小用を足す事になった時、発見したのです。どういう本能なのか、"マト"というか、何らかの目標物が無い事にはどうにも落ちつかないのです。地平線まで見渡せる大地で、どこにでも小用をたして良いという環境なのに、小さな灌木や、それも無い時は砂のちょっとした盛り上りとか、小石とか、そんな目標物を必ず探してしまいます。きっと私だけでなく、男性なら皆わかりますよね。この気持。
だから、あまりにも目標物の無い所では、男性もしゃがんで用を足すという習慣ができたのではないかと想像しているのですが、どうでしょうか。
それにしてもどうして目標物が無いと落ちつかないのか、人間に備わった本能の中で、これはどういう役割を担っているのか興味は尽きません。
さて、今回はその中でも排泄の話なので、お食事中の方は申し訳ないのですが、食事が終わってから読み進んでくだだい。
排泄といっても、男性の小用のお話。最近、男性でもトイレで小用を足す時に便座に座って行うという話題を時々耳にするので、その内容はよくわからないまま、思い出したお話です。
最初に発見したのはパキスタンでの出来事でした。日本とちがって、こちらの男性方は座って小用を足します。パキスタンの人達は"シャルワール、カミース"とか呼ぶのでが、少し裾の長いシャツとゆったりしたズボンをはいているのですが、裾の長いシャツのおかげで、ただ単にしゃがんでいるのか、小用を足しているのか区別がつかなくなっています。ですから、街中の路地裏を歩いていて、壁のところにしゃがんでいる男性の足元から"水"が流れ出したのを見たときは正直驚きました。そして、この習慣を知った時、どうにも不思議な事に思えたものです。
ところが、都市から出て、荒野の真ん中で自分自身が小用を足す事になった時、発見したのです。どういう本能なのか、"マト"というか、何らかの目標物が無い事にはどうにも落ちつかないのです。地平線まで見渡せる大地で、どこにでも小用をたして良いという環境なのに、小さな灌木や、それも無い時は砂のちょっとした盛り上りとか、小石とか、そんな目標物を必ず探してしまいます。きっと私だけでなく、男性なら皆わかりますよね。この気持。
だから、あまりにも目標物の無い所では、男性もしゃがんで用を足すという習慣ができたのではないかと想像しているのですが、どうでしょうか。
それにしてもどうして目標物が無いと落ちつかないのか、人間に備わった本能の中で、これはどういう役割を担っているのか興味は尽きません。
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