旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

結果は大事だ。しかし経過が全てだ。

2007年06月14日 | 旅行一般
"経過は大事だ。しかし結果が全てだ"

高校生の頃に、少し用事があって訪問した、自衛隊の連絡事務所に張られていた言葉であります。その頃、いかに勉強をせずに、試験で点数を取るかばかり考えていた私にとっては非常に納得できる言葉であって、気にいっておりました。

ちなみに勉強せずに試験で点数を取るという意味はカンニングするという意味ではなく、試験問題の傾向と、先生のクセの解明によって、ヤマ張りだけで点数を取る方法の話ですから勘違いしないように。

仕事をしていく上でも同じ結果が出るのであれば極力経過はシンプルにした方が良いにきまっています。だからこの言葉は時々思い出す言葉の一つです。

しかし、自分が今考えている事はこの全く逆の言葉。前回の記事に続いて読んでいる方には薄々感ずいているでしょうが、"結果は大事だ。しかし、経過が全てだ"という事です。

自分の"与えられた"役割を果たすために何かをする位の事であれば、"結果が全て"である事は間違いないでしょう。ですから、自衛隊のような組織に於ては正しい言葉ですし、多くの場合、仕事をするというのはこちらに当てはまるでしょうね。ただ、自分自身で何かをやる時、結果が全てというのはどうも違う気がするのです。たとえば、何かをやってみて結果がダメだったとしても、その結果に至るまでに自分が経てきた経過というのは次回の反省材料にもなりますし、その経過の中で自分が得られる新しい能力も沢山あると思うのです。結果が悪くても経過を大切にしていれば次の結果は良い物が導き出せる可能性がありますから、結果は別に"全て"ではないと思うのです。

旅においてはどうでしょうか。私は"経過"に"無駄な努力"をしてみるのも良いと思います。たとえば、ルーブル美術館に行ってモナリザを見るという結果を導く場合、結果のみを追うならそういうツアーに入るとか、現地ツアーを探すとか、ガイドブックで調べるとか、結果を効率良く導く方法はいろいろ考えられます。ここで敢て、何も調べずにパリに行って、そこで調べながらたどり着くというのは人によっては無意味な事と思えるかもしれませんが、例えば5年、10年経ってから、何かの機会にテレビなどでモナリザを見た時に、自分がかつてモナリザにたどり着くために話をした数々の人々の事や、言葉が通じなくて動揺しながら歩いた街角、その時食べた昼食などが濃厚な思い出となって甦ってくる事間違いなしです。

さて、どちらの方が良い旅なのか。私は経過を大切にする旅の方がずっと素敵な旅だと思うのです。経過の方が結果よりも大切な事もあるという事を忘れないようにしたいものです


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