昔、パキスタンをバイクで旅していたとき聞いた話。ある旅行者がペシャワールの近くの村、ダッラーを訪ねたそうです。ダッラーは、鍛冶屋の村。造っているものは世界中の小火器の複製。供給先はアフガニスタンのムジャヒディン。その人が言うには『やたらと”made in Japan”の刻印が打ってあるんだよね』。
日本製品は”安価で””精度が高く””信頼性が高い”の代名詞のようになっていて、"made in Japan"の文字はそれ自体が信仰に近いくらいのブランドイメージを持っている。そんな体験を他にもしたことがある方がいるんじゃないでしょうか。そんな体験をしたとき、少なからず自分自身が日本人であることを誇らしく思ったりしたもんです。
狭い国土。資源無し。さらに敗戦国。そんな条件の中、日本が世界に認められる存在になってきたのは”他の国では作れないような良いものを造ろう”という魂があったからじゃないかと思います。
でも、最近の日本製品は"良いもの”ではなく”売れるモノ”を造ってるだけになってきてるみたいですね。それだけじゃなく、無理して”売ろう”としてるように感じたことはありませんか?
昨年末、故郷に帰ったときのこと。私の父親が”コンパクトカメラを買い換えたから要るんだったら古いほうを持って行って良いよ。一部故障してるけど”と故障したカメラを持ってきました。私の父親は照明器具の設計技術者であった人物。それだけに当然カメラの故障も修理できるものと思ってメーカーに電話したそうです。ところが、”それは修理する方が高くつく故障なので、買い換えてください。”的な案内を受けて、もう直らないとあきらめたとのことでした。
故障の内容は液晶の部分が表示されないというもの。私は元、バイク屋メカニックなので、”使わないんだったら、捨てるつもりで分解してみるか?"ということで、液晶部分への電力供給元を裏蓋と想像して裏蓋を分解し始めました。
裏蓋を分解してみると、そこにはボタン型電池がひとつ仕込まれています。つまり、この電池を使い切っただけなんですね。ホームセンターで240円ほどの電池を交換してこのカメラは完全に直りました。
もちろん、ココに電池があって定期的に交換するようにという指示は何処にもありません。このメーカーにとってはココに電池という形でこのカメラの寿命を設定していたわけでしょう。だからたった240円の電池代が”買ったほうが安い修理”になるわけですよね。
狭い国土。資源なし。製品の信頼性なし。倫理もなし。
それが今の日本の現状になりつつあるんじゃないでしょうか。旅行商品も然り。その内容は”スケールメリット”で述べたとおり。
先人たちが血のにじむような努力で築きあげた”made in Japan"に対する世界の信頼を、それを引き継いだ人たちが人を騙して金儲けをする手段に使い始めています。人々が環境に目を向け始めたこの世界で消費者に大量消費を”強いる”ような産業活動を行っている日本はやがて世界から孤立するのではないかと心配します。
また、そんな社会になったとき、我々は海外において、世界の人々からどのような目で見られるのでしょうか。
日本製品は”安価で””精度が高く””信頼性が高い”の代名詞のようになっていて、"made in Japan"の文字はそれ自体が信仰に近いくらいのブランドイメージを持っている。そんな体験を他にもしたことがある方がいるんじゃないでしょうか。そんな体験をしたとき、少なからず自分自身が日本人であることを誇らしく思ったりしたもんです。
狭い国土。資源無し。さらに敗戦国。そんな条件の中、日本が世界に認められる存在になってきたのは”他の国では作れないような良いものを造ろう”という魂があったからじゃないかと思います。
でも、最近の日本製品は"良いもの”ではなく”売れるモノ”を造ってるだけになってきてるみたいですね。それだけじゃなく、無理して”売ろう”としてるように感じたことはありませんか?
昨年末、故郷に帰ったときのこと。私の父親が”コンパクトカメラを買い換えたから要るんだったら古いほうを持って行って良いよ。一部故障してるけど”と故障したカメラを持ってきました。私の父親は照明器具の設計技術者であった人物。それだけに当然カメラの故障も修理できるものと思ってメーカーに電話したそうです。ところが、”それは修理する方が高くつく故障なので、買い換えてください。”的な案内を受けて、もう直らないとあきらめたとのことでした。
故障の内容は液晶の部分が表示されないというもの。私は元、バイク屋メカニックなので、”使わないんだったら、捨てるつもりで分解してみるか?"ということで、液晶部分への電力供給元を裏蓋と想像して裏蓋を分解し始めました。
裏蓋を分解してみると、そこにはボタン型電池がひとつ仕込まれています。つまり、この電池を使い切っただけなんですね。ホームセンターで240円ほどの電池を交換してこのカメラは完全に直りました。
もちろん、ココに電池があって定期的に交換するようにという指示は何処にもありません。このメーカーにとってはココに電池という形でこのカメラの寿命を設定していたわけでしょう。だからたった240円の電池代が”買ったほうが安い修理”になるわけですよね。
狭い国土。資源なし。製品の信頼性なし。倫理もなし。
それが今の日本の現状になりつつあるんじゃないでしょうか。旅行商品も然り。その内容は”スケールメリット”で述べたとおり。
先人たちが血のにじむような努力で築きあげた”made in Japan"に対する世界の信頼を、それを引き継いだ人たちが人を騙して金儲けをする手段に使い始めています。人々が環境に目を向け始めたこの世界で消費者に大量消費を”強いる”ような産業活動を行っている日本はやがて世界から孤立するのではないかと心配します。
また、そんな社会になったとき、我々は海外において、世界の人々からどのような目で見られるのでしょうか。
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