八(はち)に拘るエコグリーン石井光暢のブログ

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He's the MAN !!

2016年03月07日 | American football

 遂にこの日が来てしまいました。


スーパースター、ペイトンマニングの引退

1998年に全体1位で指名され入団して以来、首のヘルニアで

全休した2011年を除き、入団後から2010年までの全試合に

先発出場し、NFL歴代トップの通算パス71,940ヤード、539TDを獲得。

18年間のキャリアでリーグ最多の5度のシーズンMVP選出など眩しすぎる

ほどの実績を残してきたマニング。

だが、マニングのフットボール人生は決して全てが順風満帆というわけで

はありませんでした。


プロ入り後最大の試練は、首のヘルニアによる2011年シーズンの全休。

そして、同年非情にも「インディアナポリスから放出」されたことだった

のではないでしょうか。


華やかなシーンばかりがイメージにあるマニングですが、僕が最も忘れられ

ないのは、涙をこらえながらインディアナポリスの退団会見に臨んだ

「悔しさと悲しさを滲ませたマニング」記者会見のシーンです。

2012年デンバーブロンコスに移籍したマニングは同年にカムバック賞を受賞

するなど、以前の輝きを取り戻しました。

しかしながら、自身としてもデンバーとしても悲願であるスーパーボウルの制覇

をニューイングランドの高い壁に阻まれ続けますが、移籍3年目の2013ー2014

シーズンにやっとスーパーボウル出場を果たし悲願達成の挑戦権を得ます。


相手は新人QBラッセル・ウィルソンが率いるシアトル。

大方の予想は「マニングのスーパーボウル」でした。

しかし結果は8−43という屈辱的な大敗。

2013年−2014年シーズンのデンバーはマニング率いるハイパーオフェンスが看板でし

たが、一方でシアトルが誇るリーグ1位の強力ディフェンスに完璧に封じ込められ、最

後まで試合のモメンタムを引き寄せることができずに大敗を喫することとなりました。


この点差は長い歴史を誇るスーパーボウル史の中でも史上2番目に大差がついた

試合となってしまいました。

(因みにスーパーボウルでの最大得点差の試合は1986年の10−46でシカゴがニューイングランドを破った試合)


迎えた2014−2015シーズン。レギュラーシーズンで第二シードを獲得したデンバーは

デビィジョナルプレーオフで満を持してホームでのインディアナポリス戦を迎えます。


勝って2年連続でニューイングランドとチャンピオンシップを戦うと誰もが予想してい

たことでしょう。少なくとも僕はそのように妄想していました。

だか、結果は非情にも敗戦。しかも、オフェンスは殆ど機能しませんでした。


マニングの限界説が一気に噴き出したのもこの一戦が契機でした。

そして、結果としてマニングが引退を決意した2015−2016シーズンは実に多くのドラ

マがありました。

シーズン開幕から、マニングのパスの精度・威力は明らかに往年の姿からは想像もでき

ないほど衰えており、メディアは連日マニングの限界を報道。

しかし、マニングはここでも強靭な精神力でグリーンベイとの無敗対決を制し、完全

復活をファン、チームメイト、他チーム、メディアにみせつけました。

 

がしかし、、、。

 

今度は足の故障で数週間の故障者リスト入りとなってしまったのです。

しかも、マニングの代役で出場した25歳のオスワイラーが大活躍。

オスワイラーはマニングの欠場を補って余りある活躍をみせ、「マニング不要論」の議

論を再びメディア内に提供する形となってしまいました。

マニングの代役を完璧に果たしたオスワイラーはチームをプレーオフに導きました。


こうなると周囲の話題はプレーオフのQBはどちらが務めるかということになります。

台頭著しくチームのプレーオフ出場に大きく貢献した若き次代のエースQBか、

往年の実力は既にないものの数多くの修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦のスーパー

スターQBか。

デンバーのコーチ陣がくだした決断は「マニングの経験」でした。

プレイオフという負けたら終わりの緊張感は、テレビを通してもビンビンに伝

わってきます。

その特別な戦いの場には、やはり「マニング」という決断だったのでしょう。

そして始まったプレーオフ。

プレイオフでのマニングのプレーは決してスーパーなものではありませんでした。

しかし、2013-2014シーズンのデンバーと今季のデンバーが大きく異なっていた点が

あります。2013-2014シーズンのようなオフェンスのチーム」ではなくボンミラーを

はじめとする「ディフェンスのチーム」となっていたことでした。


それを十分に理解したマニングの司令塔振りはまさに目を見張るものがありました。

「ミスをしない」

「試合の立ち上がりでの集中力」

「ディフェンスが作ったチャンスをものにする」

文章にすると簡単なようですが、これらの難しいことをエクスキューションしました。

やりきったのです。

往年のマニングのプレースタイルからは想像もできない「勝つことに徹した司令」

で彼はチームを勝利に導いたのです。



彼は彼自身の引退の花道を自分で完成させました。

He's the MAN.


マニングのいないNFLは想像がつきませんが、彼の不屈の精神に心から敬意を表します。