私の様に定職にも就かずに夜の街をウロウロしてると
ヤクザ社会の人間とも接する事は必然的に多くなります
・・・今はそうでもない。
関西・四国のヤクザと言えば、かなり高い割合で山口組の系列なんです。
大昔は山口組系列の組と地元の組とで
揉め事はよく有りましたが
今はそれも無くなる所か、ヤクザ自体を見ることが少なくなりました。
そのヤクザ社会の最大組織の山口組で分裂騒ぎが起っている様子で・・・
80年代の分裂騒ぎを思い出しました。
その中でも最大の事件は山口組の組長と若頭(No2)が射殺された事件です(他に1名)
組織のトップを殺されたのですから、、、、そう簡単には終結する事はありえません。
当然の様に何年にも渡り報復合戦になり、多くの犠牲者が出ることになりました。
巻き添えで一般の人も被害者になり、連日の様にテレビでその抗争関連のニュースが流れていました。
その当時の夜の街からは大半のヤクザが消えたのですが・・・・
中には何事も無いように、何時もと変わらず夜の街で飲んでいた人も・・・。
ある日、、、ラウンジで偶然に知ってるその手の人と会ってしまった。
その人は山口組を出た側(一和会)の人、しかも組織を持つ人、、、、そう組長と呼ばれる人なんです。
抗争中の相手すれば名も無い組員を攻撃目標にはしません、敵対する組織のトップに近いほど手柄になるわけですから・・
ですから、、、その日に会った組長は的になる可能性のある人なんです。
そんなに大きな店じゃなかったので・・私を見つけた組長は
「お~い、タムタム君。コッチ来て飲もう。」 ・・・お声が掛かってしまった。
断る訳にも行かず、、、、、、、
一緒にいてる最中は心の中で・・・・「頼むから、今は襲撃するなよ。」
80年代と同様に内部でもめて別れた場合、困るのは当事者と付き合いのあるヤクザだけじゃなくて、
私の様な遊び人もけっこう困った立場になります。
分裂するまでは同じ組織の人達ですから、私も同じ様に接していたのに・・・
分裂後だと、片方と仲良くすると、もう一方が面白くないんです。
・・・で、両方と距離を置こうとしても、相手から近づいてくる場合はどうしようもないんです。
さてさて今回はどうでしょ
まぁ私的には昔(80年代)の時と違って、顔見知りのヤクザは極少数だし、皆さん私より年上の人で・・
現役バリバリと言う人は知り合いにはいてませんので完璧に傍観者です。
前回の分裂騒動の時に多くの犠牲者と共に多くの懲役者もだした、
たぶんですが、今は一人を除いて懲役を終了して社会に出ていると思います。
堅気になって社会の一因として暮らしている者。
ヤクザに戻り、その世界で出世した者。
ヤクザに戻ったが、その事件を起こした当時の組織は無くなり冷や飯を食ってる者と色々です。
・・一人を除いて、、、
その一人は石川裕雄と言って、ヤクザ社会に身を置く人なら知らない人はいないと思います。
無期懲役で未だに服役しているそうです。
無期懲役と言っても終身刑じゃなくて、ある一定の期間を過ぎると仮釈放される場合があるのです。
もう30年位なるので仮釈放の請求は出来ると思うのですが、、、、チト問題があるのです。
ヤクザなら、ヤクザを辞めると言わなければなりません。
普通は仮釈放を受けたい為に「ヤクザを辞めて堅気になる」と言い
出所後、表向きには組織から離脱したようにつくろいます。
ところが、、、この石川裕雄は「私は一生涯ヤクザ」と言う人なんです。
実は、、、私は若い時に石川裕雄と少しですが話をしたことが有ります。
場所は伊丹空港のロビーです。
私と一緒に居た人に 「兄貴~
」って言いながら近づいてきたのです。
その時は分裂していなかったし、山口組古参の北山組の若衆だったと思います。
私と一緒に居た人はヤクザじゃありませんが、石川裕雄や私よりはかなり年上の人だったので、
年長者に敬意を払っての「兄貴~」だったのでしょう。
その年長者は石川裕雄の事を
「今売り出し中で将来有望な若衆だ」と私に紹介した。
時間があったので色々と雑談をしたのですが、石川裕雄は「インドネシアにイシを買いに行きます。」と言ってた。
その当時、私はイシが庭石と理解したのですが、、、たぶん宝石の石だったのでしょうね〔笑〕
後にも先にもその時だけの話で石川裕雄の事は忘れていたのですが、、、、
分裂による抗争が毎日の様にニュースになっている時に、あの組長射殺事件の首謀者として指名手配されたのです。
そのニュースにはビックリしましたねぇ~
自分の親(北山)が山口組を出たので、そう言う事になったのでしょうね。
今回の分裂も前回の様になるのですかねぇ~
警察もかなり力を入れてるので、前回より動きはやりにくい状態と思いますが・・・
どちらかが、、、一撃すると、止まらなくなる、、、その日は来るのだろうか・・・
維新の党も分裂だし、、、関西は騒がしい日々が続くのかな・・・
ヤクザ社会の人間とも接する事は必然的に多くなります

・・・今はそうでもない。
関西・四国のヤクザと言えば、かなり高い割合で山口組の系列なんです。
大昔は山口組系列の組と地元の組とで

今はそれも無くなる所か、ヤクザ自体を見ることが少なくなりました。
そのヤクザ社会の最大組織の山口組で分裂騒ぎが起っている様子で・・・
80年代の分裂騒ぎを思い出しました。
その中でも最大の事件は山口組の組長と若頭(No2)が射殺された事件です(他に1名)
組織のトップを殺されたのですから、、、、そう簡単には終結する事はありえません。
当然の様に何年にも渡り報復合戦になり、多くの犠牲者が出ることになりました。
巻き添えで一般の人も被害者になり、連日の様にテレビでその抗争関連のニュースが流れていました。
その当時の夜の街からは大半のヤクザが消えたのですが・・・・
中には何事も無いように、何時もと変わらず夜の街で飲んでいた人も・・・。
ある日、、、ラウンジで偶然に知ってるその手の人と会ってしまった。
その人は山口組を出た側(一和会)の人、しかも組織を持つ人、、、、そう組長と呼ばれる人なんです。
抗争中の相手すれば名も無い組員を攻撃目標にはしません、敵対する組織のトップに近いほど手柄になるわけですから・・
ですから、、、その日に会った組長は的になる可能性のある人なんです。
そんなに大きな店じゃなかったので・・私を見つけた組長は
「お~い、タムタム君。コッチ来て飲もう。」 ・・・お声が掛かってしまった。
断る訳にも行かず、、、、、、、

一緒にいてる最中は心の中で・・・・「頼むから、今は襲撃するなよ。」
80年代と同様に内部でもめて別れた場合、困るのは当事者と付き合いのあるヤクザだけじゃなくて、
私の様な遊び人もけっこう困った立場になります。
分裂するまでは同じ組織の人達ですから、私も同じ様に接していたのに・・・
分裂後だと、片方と仲良くすると、もう一方が面白くないんです。
・・・で、両方と距離を置こうとしても、相手から近づいてくる場合はどうしようもないんです。
さてさて今回はどうでしょ
まぁ私的には昔(80年代)の時と違って、顔見知りのヤクザは極少数だし、皆さん私より年上の人で・・
現役バリバリと言う人は知り合いにはいてませんので完璧に傍観者です。
前回の分裂騒動の時に多くの犠牲者と共に多くの懲役者もだした、
たぶんですが、今は一人を除いて懲役を終了して社会に出ていると思います。
堅気になって社会の一因として暮らしている者。
ヤクザに戻り、その世界で出世した者。
ヤクザに戻ったが、その事件を起こした当時の組織は無くなり冷や飯を食ってる者と色々です。
・・一人を除いて、、、
その一人は石川裕雄と言って、ヤクザ社会に身を置く人なら知らない人はいないと思います。
無期懲役で未だに服役しているそうです。
無期懲役と言っても終身刑じゃなくて、ある一定の期間を過ぎると仮釈放される場合があるのです。
もう30年位なるので仮釈放の請求は出来ると思うのですが、、、、チト問題があるのです。
ヤクザなら、ヤクザを辞めると言わなければなりません。
普通は仮釈放を受けたい為に「ヤクザを辞めて堅気になる」と言い
出所後、表向きには組織から離脱したようにつくろいます。
ところが、、、この石川裕雄は「私は一生涯ヤクザ」と言う人なんです。
実は、、、私は若い時に石川裕雄と少しですが話をしたことが有ります。
場所は伊丹空港のロビーです。
私と一緒に居た人に 「兄貴~

その時は分裂していなかったし、山口組古参の北山組の若衆だったと思います。
私と一緒に居た人はヤクザじゃありませんが、石川裕雄や私よりはかなり年上の人だったので、
年長者に敬意を払っての「兄貴~」だったのでしょう。
その年長者は石川裕雄の事を
「今売り出し中で将来有望な若衆だ」と私に紹介した。
時間があったので色々と雑談をしたのですが、石川裕雄は「インドネシアにイシを買いに行きます。」と言ってた。
その当時、私はイシが庭石と理解したのですが、、、たぶん宝石の石だったのでしょうね〔笑〕
後にも先にもその時だけの話で石川裕雄の事は忘れていたのですが、、、、
分裂による抗争が毎日の様にニュースになっている時に、あの組長射殺事件の首謀者として指名手配されたのです。
そのニュースにはビックリしましたねぇ~

自分の親(北山)が山口組を出たので、そう言う事になったのでしょうね。
今回の分裂も前回の様になるのですかねぇ~
警察もかなり力を入れてるので、前回より動きはやりにくい状態と思いますが・・・
どちらかが、、、一撃すると、止まらなくなる、、、その日は来るのだろうか・・・

維新の党も分裂だし、、、関西は騒がしい日々が続くのかな・・・
