脳出血で無職になった親父のブログ

株式投資に腕時計が好きなオッサンのブログです。年齢を重ねスピリチュアルにも興味を持ったお蔭で人生感も変わりました。

我が家はいつ?困窮となってもおかしく無かった(^。^)その3

2018年06月24日 18時30分19秒 | 困窮
私が脳出血で倒れた後、一番の心配は医療費。
労災を申請していたものの入院半年の間に回答がなく不安が大きく募っていました。
長女は大学へ進学出来ましたが次女が中学3年で高校受験を控えていました。
『また私立??に行く事になったら?』
平成26年1月。労災保険が承認され、ホッと胸を撫で下ろしたのが、つい昨日のようです。

その年の4月。次女は何とか公立高校へ進学しましたが
なんと長女が『大学やめたい!』と言い出す始末。妻は『学費なら心配しなくていいから学校へは行って!』妻の願いは届かず。
長女は大学を中退。その後、派遣やバイトを繰り返したあと、夜のスカウト業へと足を踏み入れたのです。
次女は次女で、せっかく入学した公立高校を中退し通信制の高校へ編入。
親の心配は増幅するばかり。
通信制の高校の学費の大半は労災保険で賄えたので助かりました。
ほんと、労災保険の手厚さには感謝しかありません(^。^)

リストラの時、もし?住宅ローンが残っていたら
困窮第1歩。
もし?労災保険が認定されなかったら
間違いなく困窮状態。

生まれて必ず誰でも苦難困難はやってきますが。
人生の歩み方で天と地の差が出るのかな。

リストラにしても
脳出血にしても
世間では普通に起こっている現象です。
その現象が自分への火の粉として降ってきたとき
それまでの人生の歩み方で決められるのかも知れないです。
その時の為に
備えは必要。
労災も、キチンとタイムカードを打刻し
日報もつけて
サボることなく働いた結果(^。^)

一つ間違えていれば間違いなくどん底生活をしていた私達家族。

仮に労災保険が認定されなかったとしても
退職金で住宅ローンを完済できるまでローンを減らしていた努力の成果がありまふ。

もし?年収が高かった時に
高級車を買い替え
海外旅行にも何度も行ったり
高級ブランドも買ったり
贅沢していたら
住宅ローンは完済できなかったでしょう。

日頃から身の丈に合った生活。
ちょっと多くボーナスを貰ったから?
昇進したからとお金を使っていると
何かあったとき
困窮生活を送ってしまうことになりますよ。
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