「海の危機」は待ったなし
宝石サンゴ密漁か 小笠原に押し寄せる中国船」-。産経新聞は10月12日付1面で、小笠原諸島(東京都)沖で大量の中国漁船がサンゴを密漁している実態をスクープした。密漁船はその後も増え続け、10月末には海上保安庁が伊豆諸島(同)周辺と合わせて計212隻を確認、大きな社会問題となった。
これを受け、外国人の違法操業への罰則を強化する改正外国人漁業規制法と改正漁業主権法が衆院解散を目前に控えた11月19日、駆け込みで成立した。12月7日に施行する。だが、罰則強化だけで日本の海洋資源を貪(むさぼ)る中国船の不法行為を抑止することはできない。
「中長期的観点から領海警備体制を整備しなければならない」
11月19日の自民党部会で、国防部会長の佐藤正久参院議員はこう訴えた。
まず急務なのは、海上保安庁の態勢強化だ。海保の巡視船は尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で領海侵犯を繰り返す中国漁船の対応にも追われ、ギリギリの運用を強いられている。違法操業を取り締まろうにも手が回らないのが実情なのだ。
問題はさらに根深い。中国海軍は、中国漁船の動きに同調するように、対米防衛ラインとして自ら設定する「第1列島線」(九州~沖縄~台湾~フィリピン)を越え、「第2列島線」(伊豆諸島~小笠原諸島~米領グアム)まで勢力を拡大しつつあるからだ。佐藤氏はこう打ち明けた。
「太平洋は対岸が同盟国の米国だったこともあり『海の守り』はスカスカだった。だが、小笠原諸島の父島、母島には住民がいる。グレーゾーン事態が起きたらかなり厳しい…」
グレーゾーンとは、有事には至らない緊急事態を指す。例えば、漁民に偽装した武装集団が離島に上陸・占拠した場合、武力攻撃を受けた事態とはいえず、自衛権の発動対象とはならない。そうなると警察権による対処を強いられ、武器使用も大幅に制限される。
安倍晋三首相が7月1日、集団的自衛権行使を限定的に容認する閣議決定に踏み切ったのは、こうした事態が絵空事ではなくなったと判断したからだった。
行使容認といっても閣議決定だけでは絵に描いた餅にすぎない。解釈変更に伴い、グレーゾーン事態を含む幅広い安全保障法制を整備してこそ実効力を伴う。
首相はもともと、安保法制関連法案を先の臨時国会に提出する考えだった。その上で自衛隊と米軍の役割分担を定める「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を年末に再改定し、日米同盟を実態に合わせて運用できる態勢を整えようと考えていたのだ。
ただ、一抹の不安があった。
昨年秋の臨時国会で成立させた特定秘密保護法。欧米各国と機密情報を共有するには、情報漏(ろう)洩(えい)を防止する国内法制の整備は不可欠となるが、朝日新聞など一部メディアと民主党などの激しい批判にさらされた。事実を歪(わい)曲(きょく)した批判も少なくなかったが、内閣支持率は一時的に急落した。昨年秋の臨時国会で成立させた特定秘密保護法。欧米各国と機密情報を共有するには、情報漏(ろう)洩(えい)を防止する国内法制の整備は不可欠となるが、朝日新聞など一部メディアと民主党などの激しい批判にさらされた。事実を歪(わい)曲(きょく)した批判も少なくなかったが、内閣支持率は一時的に急落した。
安保法制の審議での野党の抵抗は特定秘密保護法の比ではないはずだ。自衛隊法や周辺事態法など過去に国会を紛糾させた法律を最低10数本は改正しなければならないからだ。一部メディアはさらに激しい批判キャンペーンを繰り広げるに違いない。
そんな法案の束を今年秋の臨時国会に提出すれば、昨年以上に紛糾するのは火を見るより明らかだった。そうなると米軍普天間飛行場移設問題を抱える沖縄県知事選だけでなく来春の統一地方選にも影響しかねない。自民、公明両党の連立は揺らぎ、自民党内がガタつく恐れもある。そうなれば消費税再増税に関する判断も鈍る-。
こう考えた安倍晋三首相は秋の臨時国会への安保法制提出を見送った。
そこで首相が描いたのは、来年の通常国会で予算成立後に解散し、統一地方選と合わせて4月の衆院選に踏み切るという筋書きだった。ここで盤石な態勢を敷いた上で臨時国会を召集し、夏までに安保法制を整備する考えだったのだ。
11月18日夜、消費税再増税の1年半先送りを決めた首相は衆院解散を表明した。唐突にも見えたが、理由ははっきりしている。
1つは、首相の「再増税先送り」判断を恐れた財務省が自民党議員に説得攻勢をかけ、政局めいた不穏な空気が覆ったことが大きい。首相は当時、周囲にこう漏らしている。
「俺はすでに消費税を3%上げている。税でこれ以上つまずいたらもっと大事な目標を見失いかねない」
首相の言う「もっと大事な目標」とは安全保障を指す。そして当面の目標は安保法制の整備となる。
もう1つは民主党がスキャンダル国会を仕掛け、女性閣僚2人が辞任に追い込まれたからだ。首相は「こんなことで国会が空転するようでは安保法制の審議はできない」と考えた。
「安全保障政策についても党の公約にきっちりと書き込んで選挙戦を堂々と戦っていきたい。有意義な論戦を行っていきたい」
首相の解散表明に、朝日新聞など一部メディアと野党は「大義なき解散」と批判を浴びせる。
集団的自衛権行使容認に関する閣議決定に際し、民主党の松原仁国対委員長(当時)は記者会見で「衆院を解散して国民に信を問うくらい大きなテーマだ」と断じた。生活の党の村上史好幹事長代理も衆院予算委員会で「国民に信を問うべきだ」と首相に迫った。
この衆院選でも自民党は政権公約に「閣議決定に基づき、いかなる事態に対しても国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、平時から切れ目のない対応を可能とする安全保障体制を速やかに整備します」と明記している。民主党はマニフェストに「集団的自衛権閣議決定の撤回」を掲げた。
これほど主張が対立し、しかも先に安保法制整備を控えているならば、信を問うべき大義となるのは自明だ。消費税再増税やアベノミクスの是非以上に重い政治課題ともいえる。
「いま集団的自衛権をやっておけば日本は今後50年安全だ…」
かつて首相は周囲にこう語った。ならば衆院選で堂々と国民に説くべきだろう。そして野党も正面から論戦を挑み、対案を示さねばならない。