とりあえず、ネタばれなしで書くことにするが、これから
全くの先入観なしにこの小説を読まれたい方にはやはり
この先は読まないことをお勧めする。
まず去年久しぶりに本を読みたくなった私が「最後の2行で
物語がガラリと変化する、2度読みたくなる小説」という
触れ込みの“恋愛推理小説”『イニシエーション・ラブ』
(乾くるみ作)に飛びついてしまった。
推理小説の前に“恋愛”とついているのもちょっと気に
食わなかったが、果たしてアイリッシュを越えるほどの
衝撃を味わえるものなのか、興味があったわけだ。
まぁその触れ込みのおかげで注意深く読んでしまったので、
残念ながら最後の2行は期待外れだった。2度読みたくなる?
まさか。確かに細かいところをチェックしたければもう1回
読みたくなるのかもしれないが・・・。
そんなこと有り得る話やろう? なんでこれがそれほど
話題になっているのか??
どうもすっきりしなかったので、自分の解釈が間違って
いるのかと思い、結局この小説を解説(解読?)している
サイトを参照してみた。
私は重大なことに気づいていなかった(笑) というか、
そこまで気づいておきながら、なぜそのことに気づか
なかったのだろうという間抜けぶり。
この物語はside Aとside Bと分かれているが、side Aを
読み終えた時に想像したside Bの展開は私の予想通り
だったのだ。にも関わらず、騙されてしまった。なるほど、
これはお見事である。
しかし、堂々とミステリーとして紹介されているが、私は
これを推理小説とは認めなーーーい! このような言葉や
文章巧みに読者を騙すテクニックを“叙述トリック”と
呼ぶらしいが、この小説は物語よりもその叙述トリックに
重点が置かれたものである。
やはり推理小説は事件が起こらなければ!これは単なる
恋愛小説・・・にしても、どこにでもあるような平凡な
恋愛やし、推理小説しか読めない私には読みにくい小説だった。
恋愛推理小説というからには、推理小説が主でなくてはいかん!
“恋愛”は飾りでないと! 私が思う恋愛推理小説はだな、
やはりウイリアム・アイリッシュの『暗闇へのワルツ』となる。
これこそが恋愛推理小説と呼ぶにふさわしい。
全くの先入観なしにこの小説を読まれたい方にはやはり
この先は読まないことをお勧めする。
まず去年久しぶりに本を読みたくなった私が「最後の2行で
物語がガラリと変化する、2度読みたくなる小説」という
触れ込みの“恋愛推理小説”『イニシエーション・ラブ』
(乾くるみ作)に飛びついてしまった。
推理小説の前に“恋愛”とついているのもちょっと気に
食わなかったが、果たしてアイリッシュを越えるほどの
衝撃を味わえるものなのか、興味があったわけだ。
まぁその触れ込みのおかげで注意深く読んでしまったので、
残念ながら最後の2行は期待外れだった。2度読みたくなる?
まさか。確かに細かいところをチェックしたければもう1回
読みたくなるのかもしれないが・・・。
そんなこと有り得る話やろう? なんでこれがそれほど
話題になっているのか??
どうもすっきりしなかったので、自分の解釈が間違って
いるのかと思い、結局この小説を解説(解読?)している
サイトを参照してみた。
私は重大なことに気づいていなかった(笑) というか、
そこまで気づいておきながら、なぜそのことに気づか
なかったのだろうという間抜けぶり。
この物語はside Aとside Bと分かれているが、side Aを
読み終えた時に想像したside Bの展開は私の予想通り
だったのだ。にも関わらず、騙されてしまった。なるほど、
これはお見事である。
しかし、堂々とミステリーとして紹介されているが、私は
これを推理小説とは認めなーーーい! このような言葉や
文章巧みに読者を騙すテクニックを“叙述トリック”と
呼ぶらしいが、この小説は物語よりもその叙述トリックに
重点が置かれたものである。
やはり推理小説は事件が起こらなければ!これは単なる
恋愛小説・・・にしても、どこにでもあるような平凡な
恋愛やし、推理小説しか読めない私には読みにくい小説だった。
恋愛推理小説というからには、推理小説が主でなくてはいかん!
“恋愛”は飾りでないと! 私が思う恋愛推理小説はだな、
やはりウイリアム・アイリッシュの『暗闇へのワルツ』となる。
これこそが恋愛推理小説と呼ぶにふさわしい。