<写真は、まばたき研究の仲間Terry Blumenthalとリスボンでツーショット>
私と健康心理学(6)うつむく鬱と瞬く鬱
はじめに
朝のラッシュ時に乗客の行動を観察するのが好きである。いろんな人がいる。
吊革2つを占領したうえ、さらに網棚に手をかけて威張る初老。
座席で口を開け、うとうとするキャリア風女性。その垂れる頭を避けるOL。反対側の男は大げさな仕草で新聞を広げたり畳んで音を立てる。
立ったままいびきをかく酒臭い中年。
イヤホンからサーサー騒音をばらまく大学生。
ケータイメールをシコシコ打つバイト風若者。
ノートパソコンで仕事するサラリーマン。
化粧道具を前にアイラインをひく若い女。
そして、新聞越しに人々の行動を横目で観察する私。
うつむく行動とうつ
駅につくと、こうした人々も一斉にホームに降り、乗り換え口まで最短ルートを急ぐ。ところが皆とは違う行動をとる人がときどきだがいるものである。
もう何年も前のことだったが、ホームで出会った中年男を思い出す。その男は、うつむ(俯)いたまま歩く。コートの襟を立てて顔を見せないばかりか、完全に足下・つま先を見て歩くので目立った。
気になったので尾行したことがある。階段の端をうつむき歩き続けた先が、反対側のホームだったのには驚いた。その人に何度か会ったが、いつも同じ姿勢、同じ歩き方、そして同じコース。ついぞ顔は見せてくれなかった。うつむき歩くその男、何か辛いことでもあるのだろうか。
精神疾患をもつ人が、時として特異な行動によって症状の悪化や改善を示すことが知られている。
うつ病に固有の特徴的な行動が、このうつむき歩きだということは知る人ぞ知る事実である。
私がこの事実を知ったのは、30年も昔。さる長老の精神科医から教わった。
「うつ病の人は、必ずうつむいて歩く。症状が軽い時は、1~2m前方を見おろすに過ぎないが、症状が重くなるにつれて60cm、30cm、そしてついにつま先をみるようになる。」
私の前でその様子を真似て歩いてくださったその先生も、うつ病の経験があるのか妙に真実みがあり、説得力にも凄みがあった。
精神科で心理士として働いていたとき、いろんな患者さんの中に、うつ病と診断された人を何名かみたので、ああなるほどと納得したことを覚えている。
精神生理学という学問領域を専門とするようになってからは、脳波やまばたきなどの生体反応、姿勢や視線などの行動から、心のはたらきを探ることが仕事となった。そして今でも、うつ病などの心の病を身体の反応で記述することに関心があり、常に人々を観察し続けているわけである。
うつとまばたき
うつ病と関係する行動の一つに、まばたきがある。
まばたきとは、瞬目(blinking)と言い、瞼(まぶた)を一瞬閉じることである。ゴミが目に入らないように、角膜に刺激を感じたら0.05秒ほどでまばたき反射が始動する。たいへん素早い応答である。
まばたきには、こうした生体防御を目的とした反射だけでなく、意図的に目を閉じるウィンクや、自発的に現れるものもある。ふだん何気なくしている瞼の開閉は、まさにこの自発性瞬目である。いろんな実験や観察から、成人で1分間に20回*くらいまばたきをしていることがわかっている。
新聞を読み流している人のまばたきはおよそそんなものである。ところが関心のある記事を食い入るように読んでいる時には数回に抑えられる。ゲームに浸る時にはさらに減る。電車の中で人を観察すると、その様子は手に取るように分かる。
逆に緊張するとまばたきが増える。小説の中で心理描写にまばたきが登場するときは、大概「緊張」と関係している。研究論文の一号は、ポンダーとケネディという二人のスコットランド人生理学者による。彼らはバスの中の乗客のまばたきも観察し、人目を避ける女性のまばたきが多いと書いている。緊張がまばたき発生を促すことを、彼らは多くの観察から明らかにした。以来、神経症傾向の強い人、不安の強い人のまばたき頻度が、そうでないグループよりも高いことが報告されるに至っている。
また、まばたきが多い人は、神経質で緊張しているとみられやすい。米国はボストンカレッジ教授のJ・トエッツは、父ブッシュの時代の米国大統領選TV討論の録画映像を分析し、討論中のまばたき回数を計測して見事選挙結果予測に役立てた。討論現場でまばたきを多発する候補を視聴者は厳しく査定するようである。
トエッツはまた、まばたきがうつという感情・気分障害の症状判定に役立つと考えている。抗うつ剤の効果を、まばたき頻度で測る手法で多くの論文を書いている。外の世界へ関心が減り、内的世界であれこれ悩んで不愉快な気分が支配する時、まばたきが大いに多発するというのが彼の主張である。
電車の中で隣あわせになった人のまばたきをときどきみてみましょう。そしてもし、あなたをみつめる眼差しの主のまばたきが普通より多ければ、不快だと訴えているのです。i-podのボリュームを下げると戻るかもしれません。
以上
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*余計な注釈
ある化粧品のCMで、人は1日2万回まばたきをするといっていた。
この数字の根拠はこうである。1分間に20回まばたきをするので、1時間あたり20×60回=1200回。1日8時間寝るとして起きている時間は16時間なので、1200回×16=19,200回。見事に1日2万回くらいまばたきをしていることになる。そう考えると、目元の皺が気になりますね。
まばたき関係の本ならこれが定番
1)田多英興・山田冨美雄・福田恭介(編)1991 まばたきの心理学.北大路書房.
2)田多英興・山田冨美雄・福田恭介 1998 瞬目活動. 宮田洋(監修)、藤澤清・山崎勝男・柿木昇治(編)新生理心理学I:生理心理学の基礎,p266-279、北大路書房
2007/2/23校了
私と健康心理学(6)うつむく鬱と瞬く鬱
はじめに
朝のラッシュ時に乗客の行動を観察するのが好きである。いろんな人がいる。
吊革2つを占領したうえ、さらに網棚に手をかけて威張る初老。
座席で口を開け、うとうとするキャリア風女性。その垂れる頭を避けるOL。反対側の男は大げさな仕草で新聞を広げたり畳んで音を立てる。
立ったままいびきをかく酒臭い中年。
イヤホンからサーサー騒音をばらまく大学生。
ケータイメールをシコシコ打つバイト風若者。
ノートパソコンで仕事するサラリーマン。
化粧道具を前にアイラインをひく若い女。
そして、新聞越しに人々の行動を横目で観察する私。
うつむく行動とうつ
駅につくと、こうした人々も一斉にホームに降り、乗り換え口まで最短ルートを急ぐ。ところが皆とは違う行動をとる人がときどきだがいるものである。
もう何年も前のことだったが、ホームで出会った中年男を思い出す。その男は、うつむ(俯)いたまま歩く。コートの襟を立てて顔を見せないばかりか、完全に足下・つま先を見て歩くので目立った。
気になったので尾行したことがある。階段の端をうつむき歩き続けた先が、反対側のホームだったのには驚いた。その人に何度か会ったが、いつも同じ姿勢、同じ歩き方、そして同じコース。ついぞ顔は見せてくれなかった。うつむき歩くその男、何か辛いことでもあるのだろうか。
精神疾患をもつ人が、時として特異な行動によって症状の悪化や改善を示すことが知られている。
うつ病に固有の特徴的な行動が、このうつむき歩きだということは知る人ぞ知る事実である。
私がこの事実を知ったのは、30年も昔。さる長老の精神科医から教わった。
「うつ病の人は、必ずうつむいて歩く。症状が軽い時は、1~2m前方を見おろすに過ぎないが、症状が重くなるにつれて60cm、30cm、そしてついにつま先をみるようになる。」
私の前でその様子を真似て歩いてくださったその先生も、うつ病の経験があるのか妙に真実みがあり、説得力にも凄みがあった。
精神科で心理士として働いていたとき、いろんな患者さんの中に、うつ病と診断された人を何名かみたので、ああなるほどと納得したことを覚えている。
精神生理学という学問領域を専門とするようになってからは、脳波やまばたきなどの生体反応、姿勢や視線などの行動から、心のはたらきを探ることが仕事となった。そして今でも、うつ病などの心の病を身体の反応で記述することに関心があり、常に人々を観察し続けているわけである。
うつとまばたき
うつ病と関係する行動の一つに、まばたきがある。
まばたきとは、瞬目(blinking)と言い、瞼(まぶた)を一瞬閉じることである。ゴミが目に入らないように、角膜に刺激を感じたら0.05秒ほどでまばたき反射が始動する。たいへん素早い応答である。
まばたきには、こうした生体防御を目的とした反射だけでなく、意図的に目を閉じるウィンクや、自発的に現れるものもある。ふだん何気なくしている瞼の開閉は、まさにこの自発性瞬目である。いろんな実験や観察から、成人で1分間に20回*くらいまばたきをしていることがわかっている。
新聞を読み流している人のまばたきはおよそそんなものである。ところが関心のある記事を食い入るように読んでいる時には数回に抑えられる。ゲームに浸る時にはさらに減る。電車の中で人を観察すると、その様子は手に取るように分かる。
逆に緊張するとまばたきが増える。小説の中で心理描写にまばたきが登場するときは、大概「緊張」と関係している。研究論文の一号は、ポンダーとケネディという二人のスコットランド人生理学者による。彼らはバスの中の乗客のまばたきも観察し、人目を避ける女性のまばたきが多いと書いている。緊張がまばたき発生を促すことを、彼らは多くの観察から明らかにした。以来、神経症傾向の強い人、不安の強い人のまばたき頻度が、そうでないグループよりも高いことが報告されるに至っている。
また、まばたきが多い人は、神経質で緊張しているとみられやすい。米国はボストンカレッジ教授のJ・トエッツは、父ブッシュの時代の米国大統領選TV討論の録画映像を分析し、討論中のまばたき回数を計測して見事選挙結果予測に役立てた。討論現場でまばたきを多発する候補を視聴者は厳しく査定するようである。
トエッツはまた、まばたきがうつという感情・気分障害の症状判定に役立つと考えている。抗うつ剤の効果を、まばたき頻度で測る手法で多くの論文を書いている。外の世界へ関心が減り、内的世界であれこれ悩んで不愉快な気分が支配する時、まばたきが大いに多発するというのが彼の主張である。
電車の中で隣あわせになった人のまばたきをときどきみてみましょう。そしてもし、あなたをみつめる眼差しの主のまばたきが普通より多ければ、不快だと訴えているのです。i-podのボリュームを下げると戻るかもしれません。
以上
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*余計な注釈
ある化粧品のCMで、人は1日2万回まばたきをするといっていた。
この数字の根拠はこうである。1分間に20回まばたきをするので、1時間あたり20×60回=1200回。1日8時間寝るとして起きている時間は16時間なので、1200回×16=19,200回。見事に1日2万回くらいまばたきをしていることになる。そう考えると、目元の皺が気になりますね。
まばたき関係の本ならこれが定番
1)田多英興・山田冨美雄・福田恭介(編)1991 まばたきの心理学.北大路書房.
2)田多英興・山田冨美雄・福田恭介 1998 瞬目活動. 宮田洋(監修)、藤澤清・山崎勝男・柿木昇治(編)新生理心理学I:生理心理学の基礎,p266-279、北大路書房
2007/2/23校了
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