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感動で行動が変わる

2009-02-01 02:03:20 | Weblog
    <行動変容は感動が鍵・・・写真は光トポ>


私と健康心理学(4)感動で行動が変わる

●感動がブーム
 今、感動という語がちょっとしたブームである。テレビなどで、感動を呼ぶ○△というキャッチフレーズによく出くわすからである。
 超人気横綱であった貴の花が、長い休場の後ライバル武蔵丸と優勝を争った末、鬼の形相で勝ち名乗りを挙げたことがあった。小泉首相は優勝杯授与にあたって、「感動した」と叫んで以来、「感動」は一世を風靡し市民権を得た。
 感動の結果、製品に感動したならそれをぜひ使いたい、欲しいなどと思い、購買行動がひきおこされる。映画や芝居なら、また観たい、そのシーンを真似してみたい、演じた俳優のブロマイドが欲しい、原作を読みたいなどとなる。このように、
 体験 → 感情の動き → 行動
と連なるプロセスは、いわゆる認知-行動の連鎖である。
 名スピーチに感動して、人は大きな意思決定をする。私が心理学の領域に足を突っ込むきっかけの一つは、恩師宮田洋教授が掛けて下さった言葉に感動したことが一因である。小生の教え子の一人は、某所で行った私の講義に感動したことが縁だったと言う。
 この例を出すまでもなく、「感動」は人を行動に駆り立てる機能をもつ。オリンピック観戦の感動から、厳しい練習も苦にせず競技生活に入る若者は確かにいる。天覧試合でホームランを打った長島繁雄に感動した団塊世代はいまだに巨人ファンである。映画の一シーンに感動した体験から、自分の人生の一シーンにこだわる人を知っている。
 製品の外観やデザイン、新機能や隠し技などを知ったあと、なんらかの強い感情や衝動が生じたら、それが「感動」の正体である。映像や芝居を観賞していてある場面で思わず涙したとき、あるいは大笑いしてしまったとき、心的状態は「感動」に近い情動体験をしている。それが感動に形作られるには別の要素が必要となる。
 
●小泉首相感動発言の経緯
 野暮な話だが、小泉首相が土俵上で「感動した」と放った経緯を分析してみよう。
 ①相撲の取り組みを見た(観戦体験)
 ②動悸、激しい息づかいなど強い感情の発生を自覚(情動認知)
 ③観戦体験が動悸の原因と推測(原因帰属)。
 ④記憶と照合し、希有な観戦体験と認知(記憶照合)
 ⑤自らの苦境とだぶる(共感)
その結果、
 ⑥今後もあなたを応援する(行動予測)
 ⑦「感動した!」と土俵上で奇声(行動実行)
 という流れであったのではないだろうか。
 このとき、国民は総じて小泉首相の心情を直感的に理解していた。鬼の形相が生まれる背景をも。
 舞台は連続休場開けの場所。横綱の名誉を掛けた一戦を、まさに不屈の闘志で戦ったのである。嬉しいだろうし、身体は痛かろうが、口には出さない横綱貴の花。苦境に耐える自分の心境とだぶる体験であったであろう。観衆は「感動した」の台詞を大声で叫んだだけの首相にも共感した。知的に整理はできないものの、激しく感情が揺れていることは子どもにも理解できた。その場の体験は、記憶に刷り込まれ、将来の自分の行動に変化が生じると予測もできる。そのようなもやもやした状態を、「感動した」と表現し、大相撲ファンに共通の体験を自覚させ、首相の苦境をも強く印象づけることに成功した。
 
●「感動」成立の認知説
 心理学では感動を含む、激しい感情の動きを「情動(emotion)」と呼ぶ。情動の成立については、100年も前からの末梢起源説(ジェームズ・ランゲ説)と、神経生理学的研究を元にたてられた中枢起源説(キャノン・バード説)とが対立していた。涙が出るから悲しくなるのか(末梢起源説)、場面を認識して悲しいと判断するから涙が出るのか(中枢起源説)という不毛な議論の後、認知説(シャクタ説)が生まれた。
 シャクタによると、心臓の鼓動や冷や汗などの交感神経系の反応(生理的覚醒)を知覚したとき、私たちはその理由を環境内に探るという。そして帰属すべき原因をみつけたら、以後類似した状況などは、驚きや悲しみ、喜び、驚き、快不快などの感情とともに認知される。草原風景を映し出す映画を観ている最中に生理的覚醒が発生した人は、その原因が直前に服用したアドレナリンの副作用だと知らされるか知らされないかによって、映画に対する評価は著しく異なる。心臓ドキドキの原因がアドレナリンの副作用であれば、映像との関連づけは無意味だが、アドレナリンの副作用について知らされていなければ映画によって自分はおおいに感動したとラベル付けするからである。
 「感動」を、こうした認知説に従って理解を試みると、権力の座にある一首相の「感動した」発言は、視聴者の生理的覚醒の原因認知プロセスに少なからざる影響を与えたことは間違いない。
 
●「感動」のラベル付け・レッテル貼り
 「感動」体験は、他の情動体験と違う点は、その強度と将来予測性の2点であろう。感動と認知される限りは、生理的覚醒体験の衝撃は、通常の水準に留まらず、過去の体験リストの最上位を占めるほど強いものと予測される(衝撃強度)。また、快感情で修飾された体験に関連する事物は、将来においても概ね好感をもって迎えられ、好んで選ばれる(選好)度合いが高い。さらに行動変容など、その波及効果は広く強く、さらに高い質的評価が与えられる。
 オリンピックやワールドカップを観戦するとき、私たちは安易に感動という言葉を使ってはいけない。心臓活動などの生理的覚醒がいかほどのものであったか、過去の記憶との照合や先行きへの期待も含めて感動という語を使いたいものである。うっかり、その選手の着衣や用具メーカを店先で選んでしまう可能性が高いからである。
 健康行動を形成するとき、感動体験をうまく演出すると効果的である。詳細は別の機会に。

------------余計な注釈
 「感動」は広辞苑でひくと、「深く物に感じて心を動かすこと」とある。「名画に感動する」、「感動を覚える」、「感動にひたる」などの用例が載っている。なお心理学辞典には、「感動」という語は掲載されていない。心理学の研究テーマとしても、感動は主要な研究対象とはなってこなかったようだ。今こそ感動研究の好機かもしれない。 

校了:2006/2/13



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