最近、五木寛之の「林住期」を読んだ。小生は、ちょうど林住期の真只中に相当しており、この本に書かれている”林住期とは”について、書き留める。
紀元前後の古代インドで「四住期(シジュウキ)」という考え方が生まれたものであり、現在に当て嵌め、二十五年毎に区切っている。
「学生期(ガクショウキ)」:青年時代(~25歳)。心身を鍛え、学習し、体験をつむ。
「家住期(カジュウキ)」 :社会人( ~50歳)。就職し、結婚し、家庭をつくり、子供を育てる。
「林住期(リンジュウキ)」:人生の黄金期(~75歳)。生活のためでなく生きる。
「遊行期(ユギョウキ)」 : (76歳~)
前半の五十年は、すべて「必要」から働く。家庭を維持し、子供を育てるための必要から定職をもつ。あるいは、自己の夢を実現する必要性から社会的な活動にも従事する。林住期は、「必要」から開放されて、「興味」「人生の生甲斐」によって何事かする。
としている。
現実社会は林住期に入っても生活のために働かなければならない人も居られるであろう。また、本人もしくは近親者が健康を害した場合は、闘病、介護の必要に迫られるであろう。
このことについて、著者は
「発想を変えるだけで世界が変わる」などというう提言もない。地味で、つつましい日常の努力の積み重ねが重要なのだ。
「そして大事なことは、人は努力しても必ずそれが報われるとは限らない」と覚悟することだろう。人生は矛盾に満ちている。不条理なことが無数にある。それが「苦」である。
「苦」の世界のなかで、「歓び」を求め、真の「生甲斐」をさがす。
それが「林住期」の意味だとしている。
なかなか、薀蓄のある言葉である。