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茂原市の『旭市への災害ボランティア』は、市外の人もOK

飯岡中(旭市)の卒業式が
報道されました。

東日本大震災:津波被災地から 発生1週間 涙こらえ巣立つ--旭・飯岡中 /千葉毎日新聞 2011年3月19日 地方版

茂原市ボランティアセンターの
『旭市への災害ボランティア』は
茂原市外に人でもOKだそうです。
受付終了しました3/23

都合をつけて、何とか参加したいものです。

もしも、参加できなかったとしても
こうして紹介することも、
ボランティアのひとつだと思ってこの記事を書いています。

そして、旭市(飯岡)を支援する取り組みを
これから始めたいと思っています。

--
飯岡の復興はこれから

九十九里浜の北端の飯岡町の状況は、
九十九里浜の南端の一宮町で暮らす
私たちにとって
とても他人事とは思えない。
そうでしょ。

本当に、
何かできることはないのだろうか。

ピュアに考えていこうと思います。
よろしくお願いします。


東日本大震災:津波被災地から 発生1週間 涙こらえ巣立つ--旭・飯岡中 /千葉
 ◇116人巣立つ

 卒業生たちの「巣立ちの歌」は、涙で声にならない。式の最中も体育館は余震に見舞われた--。東日本大震災から18日で1週間。津波により県内最多の犠牲者を出した旭市でこの日、同市立飯岡中学校(小川雅章校長、生徒310人)の卒業式があった。「被災して経験しましたが、人と人とが互いに助け合って生きています」。小川校長の式辞に116人が悲しみをこらえ、巣立った。【荻野公一】

 津波に襲われた旭市は、これまでに電気と水道が市内全域でほぼ復旧。災害救助法が適用され、ボランティアたちも集まり、被災者支援やがれきの撤去など復興に向けた動きが本格化している。

 それでも死者12人を出し、今なお3人が行方不明となっている。さらに18日現在、被災者523人が市内の飯岡小学校や飯岡健康福祉センターなど4カ所で避難所暮らしを強いられている。

 飯岡中の卒業式では一人一人が名前を呼ばれ、大きな声で返事をして卒業証書を受け取った。途中で余震があり、少しざわめいた。小川校長は、困難な局面で人が助け合うことの価値を説き、「多くの人との出会いを大切にしてほしい」と励ました。卒業生を代表して阿部滉平君(15)が「僕たちを大切に育ててくれたお父さん、お母さんありがとう」と答辞を述べた。

 「巣立ちの歌」を歌う場面では、こらえられなくなった卒業生たちがさかんに涙をぬぐう。手でぬぐいながら必死に前を向き、声を出そうとする。それでも声にならない生徒たちもいる。

 式後、卒業生たちはクラスに戻った。3年3組では一人一人があいさつした。「みんな、大好き」「みんなのこと絶対忘れない」

 境川なつみさん(15)がクラス代表で、黒板の前に進み出た。自宅は津波で全壊し、もう住めないという。教室にいる保護者たちに向けて感謝の手紙を読もうと紙を広げたが、思いが込み上げ、言葉が出てこない。

 「がんばれ、なつ」。そばで見守る母純子さん(35)が小声で励ました。「たくさんの困難がありました。地震や津波。そんな時でもお父さん、お母さんは一番に私たちを心配してくれた。怖くても両親がいてくれたから、今日まで安心して過ごせました。しっかり前を向いて進んで行きます。あともう少し見守ってください」

 卒業生の一人、高野寧々さん(15)の曽祖母フクさん(85)は今も行方不明だ。自宅にいて津波にのまれたとみられる。「早く見つかってほしい。なんか、おばあちゃんが生きてると思わないとつらい」。高野さんは涙ながらに話したが、最後に少し笑顔を見せた。「もしおばあちゃんが死んじゃったら、天国で見てると思う」
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