皆様ごきげんよう。黒猫でございます。
今日は小説の感想を。
『瞳の中の大河』(沢村凛著、新潮社)
国土の八割強が山河を占めるとある国。
険しい山中の寒村で育った少年アマヨク・テミズは、軍学校を終え、少尉として最初の任務に就こうとしていた。育ちは田舎の寒村だが、亡くなったアマヨクの母はとある大貴族の庶子で、身分の高い生まれだった。母は貴族の暮らしを捨て、己の家に仕える庭師とともに駆け落ちしたのだ。
母の異母兄であり、国を護る南域将軍でもあるファダティザフに目をかけられ、軍学校に入れてもらったアマヨクは、この伯父に強い恩義を感じており、伯父の望むような立派な強い軍人となり、国の平和のために全てを捧げようと決意する。
さて、国王を戴いてはいるものの、政のほぼ全てを有力貴族が好き勝手に行うようになって久しいこの国では、各地で野賊と呼ばれる勢力の反乱が起こっていた。その中でも大きな勢力である六人は六野賊と呼ばれていたが、アマヨクは最初の任務でその中でも一番曲者とされるオーマの一党と遭遇する。捕らえられ、殺されかけたアマヨクだったが、オーマ一党の女幹部カーミラに命を救われる。
美しい理想を掲げるアマヨクにとって、野賊たちのやり方は野蛮で間違ったものではあったが、それでも国を正すために筋の通ったところもあり、一概に排斥していいものではないと思われた。
そんな折、カーミラが捕らえられたとの報を受け、捕らえているという貴族の館に会いに行ったアマヨクは、カーミラが予想以上に酷い扱いを受けているのを見て、ショックを受ける。
貴族は堕落している。野賊が跋扈しているというのに、軍内部も賄賂が横行し、兵士たちの士気は低い。国の未来を憂うアマヨクは、自分の信じる正しいやり方で、ひたすら国のためを思い、目をかけてくれた伯父に恥じぬよう、野賊討伐に邁進するが・・・?
というようなお話。
1999年の日本ファンタジーノベル大賞で優秀賞を受賞された作家さんだそうですが、わたしは今まで未読で、今回の作品で初めて知りました。
主人公アマヨクの人生を辿る一代記です。すごく読み応えがあり面白かったです。
特に暑くもない本なんですが、この尺の中に主人公の人生を凝縮しているというのがまずすごい。
主人公アマヨクは複雑な生まれに伴う周囲の風当たりにも関わらず、ひたすら伯父を尊敬し、周囲からしたら痛いくらいの強い意志で理想を掲げて邁進します。最初は本当に風当たりが強く、部下からも上司からもきつく当たられるんですが、次第に周囲に受け入れられ、慕われるようになります。ですが貴族や軍の腐敗ぶりも著しく、その辺の描写も容赦ないので、やや大人向きかも。
アマヨクのと野賊の女、カーミラとの関係もひとつの大きな柱です。数えるほどしかない短い邂逅の間に、惹かれあうふたり。ロマンスとかいう生易しいものではありません。
さらにアマヨクと実父の関係。庭師というより植物学者であるアマヨクの父は、自分とかけ離れた世界に行ってしまったアマヨクがたまに帰郷してもろくに目を合わせることもできません。そのくせ最後の最後では・・・泣けますよ。
あと敵方であるオーマがどこか飄々としていて好きでした。年とっても一人称が「僕」なところとか、何か可愛かったです。
主人公アマヨクの、慕われてはいてもどこか孤独な英雄ぶりに、銀河英雄伝説を思い出しました(笑)。
これ、某掲示板でおすすめされていたのを覚えていて読んだんですが、見事に当たりで嬉しかったです。インターネットって素晴らしい。