Genの思いつ記(Gen建築設計所)

人はいろいろであります。いろいろな日常を思いつくままに記録していく建築設計事務所のブログです。

トマトジュース

2007年07月23日 | インポート
トマトジュース
トマトジュースは好きである。特にアルコールを飲んだ次の日は効きそうな気がする。デルモンテの塩味たっぷりもいいが、写真のキリンのトマトジュースはクセがなく、飲みやすい。完熟がいい。美味しいし、体にいい。


上棟

2007年07月21日 | ブログ

R0012377 今週は協働事業提案のプレゼンの用意でバタバタしていたが、現場の方は着実に進んでいる。昨日も雨が降り、今日も心配していたがなんとか天気がもってくれ、無事に上棟することができた。今回の現場は皆の行いがよいのか?天候に恵まれている。

 

この日は設計者にとっても楽しみで、時間があれば実際に骨組みが出来ていくのを見に行くのだが、今回は残念ながら見にいけなかった。しかし~夕方に行ってみればしっかりと棟が上がっていた。嬉しがって早速2階に上がり、窓から見える景色を確認したり、空間のボリュームをチェックする。自分でいうのもなんですが、結構いい感じ~。

 

略式の上棟式を行い、御幣を柱にくくりつけて無事終了。その後、クライアント、工務店、大工さんなどと簡単な座談会。アルコールが入るともっと盛り上がるのだが、飲むと車を運転出来ないのでお茶にて乾杯! いつも思うのであるが、建築というのは骨組みで決まる。構造体がきれいな建物というのはいい空間になる。構造体で空間の良し悪しが決まるといってもいいくらいだ。

 

現場のほうもこれからが肉付けである。これによってキリっとしたものになったり、ふわっとしたものになったりする。さ~て現場のほうもこれから詰めて現場監理をしていかねばいけない。楽しみである。


プレゼン(協働事業提案)

2007年07月21日 | インポート
プレゼン(協働事業提案)
今日の昼か始まった協働事業提案の公開プレゼンテーションが無事終了。終ってホッとしたのが正直な感想。今回の提案は多分採択されるだろう。まだスタートラインだ。これからが本番、正念場である。がんばるぞ!!!


プレプレゼン

2007年07月19日 | ブログ

 21日(土)に公開プレゼンがあります。協働事業提案制度という制度にゆにばっぷが事業提案をしていて、昨年プレゼンがうまくいかなかったのでプレプレゼンを水曜日にやることになっていて、夕方から ゆにばっぷの事務局でプレプレゼンの開催~。なんと今年もボクがプレゼン担当なのです。(昨年のうまくいかなかったプレゼンも担当していました)

 準備不足ながらプレプレゼンの日程は決まっていたので朝から仕事をしながら気になるので資料を見直し、また仕事をしてと どちらも中途半端に終わる結果に~。プレプレゼンというか中身はプレゼン検討会議みたいなものでありまして 取りあえずやってみて、批判を受けつつ・・・。15分の持ち時間が30分弱もかかるあり様で~。反省~。

 それからご飯を食べて資料の見直しをして再度 詳細を詰めていく。事務局長(師匠)、事務局次長 直々に指導を受ける。そして資料をつくっていただいた。そう、イラストレーターなど使えないボクは横でウンウンとウナズキ君。まったく手伝えない状態~。何とか形になって時計をみれば0時をまわっていた。この場をかりて、「ありがとうございます」

 さて、それでも不安なので金曜日の夕方にもう一度 師匠に指導を仰ぐ予定です。本番はたったの15分ですが、この15分のためにすんごく時間を費やています。ぼーとしてるとすぐに過ぎ去る15分ですが、プレゼンの15分はギュッと濃縮された時間の使い方をしないと。それまでかかった皆の時間を考えるとしっかりやらねば!!!と気合を入れなおす。向き、不向きもあるのでしょうが、なんとかなりそうな気はしています・・・。が・・・


地震体験

2007年07月17日 | ブログ

 台風4号の直後、新潟県中越沖地震が発生。被災された方々、お見舞い申し上げます。2次災害がない様にお祈り申し上げます。詳細が明らかになるにつれて被害状況が大きくなっていくので気がかりです。建築関係者としては倒壊した建物の多さ、負傷者の多さに心を痛めます。

 日本という国はどこにいてもいつ地震が発生してもおかしくない国でこのことをもっと自覚しなければいけないのかもしれません。建物の耐震性はモチロン必要ですが、建物本体だけでなく、建物の中身にも日頃から備えておかなければいけないということが地震のたびに言われています。家具の配置等もいざというときには重要な要素になります。

 ボクの阪神大震災のときの体験です。その当時は、大阪の吹田というところのボロ?アパートに住んでいました。なぜか5時過ぎに目がさめて(日頃はこんなことはない)そのあと寝れないなぁ~と思っていたら、その10数分後に、ドンとタテゆれがあり、その後、ヨコに大きくゆれ始めました。ベッドの上で四つんばいになり、逃げられる体制でじっとするしかありません。そのときに大きな本箱があったのですが、ゆれの方向が本箱の幅方向だったのでよかったのですが、直行方向であれば倒れていてとんでもないことになっていたと思います。急にゆれがくると非難するよりじっとしているしか出来ません。その場で動ける人はすごい行動力だと思います。

 その当時は家にテレビがなく、ゆれが終わったら、すぐさまラジオのスイッチを入れ、地震のニュースを聞きました。長田での火災、家屋の倒壊、そして阪神高速が倒壊しているなど想像を絶する状況が伝えられ世の中どうなったのか!というのが正直な思いでした。地震が落ち着いて外を見ると道路のアスファルトに亀裂が入っており、びっくりしました。この当時は関西に地震が来るなど全然思っていませんでしたから。その後、とりあえず、会社に行き、会社のひっくり返っている荷物を整理し、昼休みにテレビで地震の報道をされているのをみて本当にすごいことになってしまったというのを感じました。

 神戸の友人などの話を聞くと報道されていないことでも様々なことがあり、大変なことがあったことを知らされ、神戸を訪れたときには驚きと自分の無力さを痛感させられました。これがボクの地震の体験談です。

 地震があった直後は電話が通じていてすぐさまボクと妻の実家両方から電話が入り、その後友人からも連絡があり、建物のせいかなぁ~などと思ったものです。それにしてもいまだにわからないのは、京都の父が地震のあと、すぐに風呂に入ったそうなのです。父の言い訳は地震で水が止まったら風呂に入れなくなるということだったのですが・・・。それはそれで先見の目?があったのかもしれませんが、余震があるかもしれない状況でガスを使うのは・・・。その後、夫婦喧嘩が激しく行われたのはいうまでもありません。