すでに数千人が発症か、中国の新型肺炎、疫学者らが発表
1/23(木) 18:19配信
ナショナル ジオグラフィック日本版
すでに数千人が発症か、中国の新型肺炎、疫学者らが発表
閉鎖された海鮮市場に立つ、防護服姿の作業員。中国、武漢の海鮮市場は、新型コロナウイルス流行の発生地と考えられている。(DARLEY SHEN, REUTERS)
注目の海鮮市場では野生動物を取引、SARSに極めて近いウイルス、今後の可能性は
歴史は繰り返す。
20年ほど前、中国南部の野生動物市場に、あるウイルスが現れた。それは、以前に知られていたどのウイルスとも異なっていた。2003年の冬、ウイルスに感染した患者は、発熱、悪寒、頭痛、痰が出ない乾いた咳を訴えた。いずれも風邪やインフルエンザの季節には珍しくない症状だ。
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しかしこの病は、肺にハチの巣状の穴を開け、患者の4分の1に重度の呼吸不全を起こす致命的な肺炎をもたらした。多くの感染症では、1人の感染者が新たに感染を広げる人数は3人までとされるが、一部の患者はいわゆる「スーパー・スプレッダー(感染拡大に拍車をかける人)」になり、数十人に感染を広げた者もいた。7カ月後に終息するまでに、重症急性呼吸器症候群(SARS)は32カ国に広がり、感染例8000件以上、およそ800人の死者を出した。
このため、各国の当局者は今、中国中部の武漢市に出現した、SARSと同じくコロナウイルスの仲間である新型ウイルスに大きな懸念を抱いている。感染は、北京、上海、深センなどの主要都市だけでなく、わずか3週間で近隣の台湾、タイ、日本、韓国にも広がった。米国疾病予防管理センター(CDC)は21日、米国初の感染者がワシントン州で確認されたと報告した。
「人から人への感染拡大が確認されていますが、このウイルスがどれだけ容易に広がり、また感染力が持続するのかは分かっていません」。CDC国立予防接種・呼吸器疾患センター所長、ナンシー・メッソニエ氏は記者会見でこのように述べ、武漢のウイルスの迅速な検査方法を開発すると発表した。「現在、CDCでこのウイルスの試験を行っていますが、今後数週間で、結果を国内外の連携先と共有できるでしょう」
ウイルスの感染者は22日までに500名を超え、17名の死者が報告されている。世界保健機関(WHO)は同日に緊急会議を開き、この大発生が、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態に相当するかどうかを日本時間の23日午後8時からの会合で協議するとしている。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンの疫学者である今井奈津子氏らは、実際の発症例は数千に上るという推定を22日に発表した。CDCは17日、新型ウイルスの検査を米国の主要空港3カ所で始めると発表したが、米国最初の患者は、このチェックが始まる前に米国に入っていた。
SARSのとき同様、この騒ぎはすべて野生動物の売買から始まったようだ。これは、ウイルス学者にとっては驚きではない。
「野生動物の市場を閉鎖できれば、このようなアウトブレイク(大流行)の多くは過去のものになるでしょう」。米コロンビア大学感染症・免疫センター所長、イアン・リプキン氏はこう話す。氏の研究室は、かつて中国当局と協力し、SARSの早期診断検査を開発した。
リプキン氏がこう考えるのは、SARSも今回のウイルスも、動物から人間へと広がる「人獣共通感染症」だからだ。
人獣共通感染症は、世界で最も悪名高い病気のひとつといえる。たとえば、エイズ、エボラ、H5N1鳥インフルエンザはいずれも野生生物の間で徐々に広がり、それが人間との密な接触を機に、世界的な大流行を起こした。SARSの場合、野生動物を取り扱い、殺し、販売していた人や、調理していた人が、最初の感染例の40パーセント近くを占めた。また、野生動物市場から徒歩圏内に住むとみられる人々の間で最も早く症状が現れた。
感染源は食用のネズミかアナグマか
昨年12月31日、中国の保健当局は、この感染症の発生を初めて報告。肺炎のような症例が急増しており、武漢市の魚介類市場に関連するとした。人口1100万人を超す武漢市は、中国中部の交通の要所だ。
一方CNNは、武漢の「華南海鮮市場」が海産物以外も扱っていると報じた。小さなケージに、タヌキとシカが入れられているらしい映像を入手したと伝えている。中国政府の専門家チームのトップを務める鍾南山氏は、1月21日に中国国営中央テレビのインタビューで、感染源として疑われる動物として食用のタケネズミやアナグマを挙げた。
だが、市場での野生動物の売買が、なぜ人獣共通感染症の温床になりうるのだろうか?
「動物をこうした不自然な状態で一緒にすると、人にうつる病気が発生しかねません」と、非営利団体「エコヘルス・アライアンス」の疾病生態学者・保全学者のケビン・オリバル氏は話す。「ストレスの強い劣悪な状況で動物が飼育されている場合、ウイルスをばらまいたり、病気にかかりやすくなったりします」
ウイルスと動物のこのような関係は、流行の原因を突き止めるのにも役立つ。ウイルスは、拡散して増殖するうちに変異を起こす。この特性から、ウイルス学者や野生生物学者は、たとえウイルスが動物の種を飛び越えていたとしても、病気の変遷をたどることができる。
武漢で流行を起こした新型ウイルスとSARSは、どちらもコロナウイルスに含まれる。このウイルスの仲間は多く、人間に病気を引き起こすものもあれば、ラクダ、ネコ、コウモリなど複数の動物の間に広がっているものもある。
SARSの大流行が2003年初めに始まってから4カ月後、香港の研究チームがタヌキ、ハクビシン、アナグマを検査し、SARSコロナウイルスの近縁種を発見。人間以外にこの病気が存在した初めての証拠となった。
この発見を機に、野生生物を対象にウイルス探索ラッシュが始まり、最終的に、中国のキクガシラコウモリがSARSの発生源だろうと特定された。世界的な調査が行われ、SARSの祖先と近縁種が、アジア、アフリカ、ヨーロッパ各地のコウモリに長く潜んでいたことが判明。今では、主要なコロナウイルスの発生源(自然宿主)は、いずれもコウモリと考えられている。
「ウイルスの遺伝子配列から、発生源までさかのぼれます」とオリバル氏は話す。「武漢の場合、最も一致度が高いのはSARSのものに近い他のコロナウイルスで、やはりコウモリに見られるものです」
ラクダに潜むコロナウイルスも
これまでのところ、動物由来のコロナウイルスが人間にうつり、重篤な病気を引き起こすケースは珍しい。記録上、最初に流行したのはSARSであり、それに続いたのが中東呼吸器症候群(MERS)だ。2012年にサウジアラビアで発生し、各国に広まったSARSに近いウイルスによる重症呼吸器感染症である。
MERS流行の経緯は、SARSで動物が関与したシナリオを補強している。MERSコロナウイルスの発生源はコウモリだったが、家畜の哺乳類(この場合はラクダ)が、人間への感染を橋渡しした。
リプキン氏の研究室と、サウジアラビア、キングサウード大学の動物学者アブドゥルアジズ・アラガイリ氏は、2014年の研究で、MERSに対する抗体(感染の証拠となるサイン)をラクダの血液サンプルから発見。このサインは1993年にまでさかのぼるものだった。MERSウイルスは、誰にも気づかれないまま20年以上前から広まっていたのだ。
出現から1年以内で終息したSARSと異なり、MERSは2017年にもサウジアラビアで症例が報告されるなど、人の集団にいくらか定着した。しかし、これだけ長く続いていることで、ワクチン開発の可能性も大きくなっている。実際にその有効性を確かめられるからだ。
「ベドウィンや食肉処理場の従業員など、ラクダとよく接触する人々に、ワクチン接種をすることが考えられます」とリプキン氏。
しかし、広範な努力にもかかわらず、MERSワクチンは実現していない。現在、SARSにもMERSにも、決まった治療法はない。
医学的治療法がないとすれば、SARS、MERS、そして今回の新型コロナウイルスを封じ込める唯一の手段は、手を洗う、検疫、衛生といった感染を抑える対策だけだ。
今回の流行はこれからどうなる?
武漢のコロナウイルスがどれほどの脅威なのか、予測はまだ難しい。流行の程度で言えば、SARSは最悪のケースだった。対して、死者は出たものの、SARSに比べればMERSの被害はかなり小さかった。
ほとんどの場合、肺炎や同様の症状が最も重症化しやすいのは高齢者だ。だがSARSは、死者の年齢の中央値が40歳前後と、比較的若い成人の肺にも打撃を与えた。これとは対照的に、MERSが重症化したの多くは50歳以上で、おまけにもともと持病があった患者だった。
「今回のウイルスがただ消えていくのか、もっと病原性の高いものに進化するのかは分かりません」とリプキン氏。「スーパー・スプレッダーが現れたという証拠はまだないですし、今後もないように願っています。しかし、この新しいコロナウイルスが表面上どれだけ長く持続するのかも、感染した人がウイルスを排出し続ける期間も分かっていないのです」
中国当局は当初、新型コロナウイルスの感染にはすべて動物との接触が関わっていると発表したが、今や人から人へも広がっているようだ。中国当局は20日、医療従事者14人がウイルスに感染したことを確認。また、ワシントン州の患者は武漢を旅行していたという。
武漢のコロナウイルスが、どうやって人間にまで行きついたのかも謎のままだ。今や悪名高い場所となった海鮮市場で何が扱われていたのか、中国が詳しく発表するまでは明らかにならないだろう。今年の1月1日、当局は市場を閉鎖して出入りを禁じた。新たな情報が発表されれば、どの動物が中国内外でウイルスを運び、広げた可能性があるのか、研究者が絞り込む手がかりになるかもしれない。
武漢のアウトブレイクは、野生動物の売買にいっそうの監視が必要なのか、あるいは完全に禁止したほうがよいのかという問題も投げかけている。
「考えられる介入は非常にシンプルです。野生動物の取引を減らし、野生動物市場を浄化するだけです」とオリバル氏は言う。「野生動物の取引を減らせば、人間にも動物にもプラスになります。捕獲の対象となる種を守ることができ、新型ウイルスの流行も抑えられるのですから」
文=NSIKAN AKPAN/訳=高野夏美
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