『貴方は もう忘れたかしら 赤い手拭いマフラーにして
二人で行った 横丁の風呂屋 「一緒に出ようね」って言ったのに
いつも私が 待たされた 洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸 カタカタ鳴った 貴方は私の身体を抱いて
「冷たいね」って 言ったのよ
若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった
貴方は もう捨てたのかしら 二十四色のクレパス買って
貴方が描いた 私の似顔絵 「うまく描いてね」って言ったのに
いつもちっとも 似てないの 窓の下には神田川
三畳一間の小さな下宿 貴方は私の指先見詰め
「悲しいかい」って 聞いたのよ
若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった』
かぐや姫「神田川」
名曲「神田川」が流行った頃、私を含め東京に住む多くの学生達は、三畳、四畳半もしくは六畳一間のトイレもお風呂もない1.5万円以下のアパートで学生生活を送っていました。貧しいけれど愛し合う二人の慎ましい姿に共感し、私たちの心に「神田川」は今も残っています。電子レンジもビデオデッキもiPodやウォークマンもない時代、あらゆる季節に快適空間を提供できるクーラーや沢山の冷凍品が入る大きな冷蔵庫もない時代でした。今から考えればとても不自由な時代ですが、不自由と感じたことは一度もありませんでした。周囲の多くの学生が同じような境遇であり、将来の夢が実現できる可能性を感じていたからです。
愛し合っているお互いの心さえあれば
あなたさえそばにいてくれたら 私は何も怖くはない
でも、もしあなたがそばにいなくなったら
あなたの優しさを感じられなくなる
そのことを想うとあなたの優しさが反対に怖くなってしまう……
「神田川」の切ない詞を理解できなかった母。
私に「優しさが怖いって、どういう意味? わからへん…、教えて」と尋ねた今は亡き母。
そんな母が可愛くて愛しくてしたかがなかったことを思い出します。
「何も怖くなかった時代」は誰にも存在します。
人を妬むことも憎むことも、自分の限界にも気づかなかっ時代。
必死で手を伸ばせば、なんとかなると思えた時代。
金よりも自分の夢を求めた時代。
自立して生きていくことの辛さを現実的には知らなかった時代。
わずかな給料でも自分が向かう行き先にまだ明るさを感じた時代。
親や先輩や上司が眩しく立派に思えた時代。
そんな時代を私たちは必ず通り過ぎて来ます。
通り過ぎてきた時の途中で人は、何か大切なものを落としてくるように思えてなりません。
それは光り輝いていたものが、知識を得たばかりに、また真実をも知ったばかりに、
輝きを失ってしまい幻滅を味わったことと似ています。
マジックショーのタネを知ったばかりに興味を失うことと似ています。
サンタさんがクリスマスプレゼントを運んでくるものだと思っていた時代、
私たちは「何も怖くなかった」ように思います。
誰もが通る天然素材の時代。
それはアダムとイブがエデンの園にいた時代です。
悲しみや楽しみ、孤独や喜び、妬みや恨み、辛い想いを感じなかった天然時代から
言葉や知識を得ながら一人で生きていくための(自立)力を身につけていく中で、
大切なものを気づかずに失って行くのです。
その大切なものとは<素直さや謙虚さ>と呼ばれているものだと思います。
この「素直」や「謙虚」は、受け入れる度量が大きければ問題なく吸収して自身の規範造りに多大の影響を与えていくのですが、度量が小さい場合、一杯になると受け入れを拒否していくことになります。若い頃の反抗期が最初の拒否にあたります。一杯になったのです。つまり、忠告や指導、意見された内容を受け入れることは、一旦できてしまった自らの規範を否定しなければなりません。「うるさい!」「分かっている」「ガタガタ云うな!」と云った言葉でそれを拒絶し始めるのです。
人が自立していく上で、反抗期は当然必要なことなのです。さらなる飛躍のためのしゃがみ込む時期と表したらいいのでしょうか。しかし、知識として受け入れるべき内容まで拒絶して、教養を構築していく時、不都合な場合が発生することが多々あるようです。このとき心の遮断機が無意識に降りてしまう現象を取り除く為に、心のスタンスをどのように作り上げておくかが重要なポイントとなります。(いつもこの問題に心を悩ませています)
私はこれを「幸せになるスタンス」と呼んでいます。素直さや謙虚さを失わない、しかも自立するために必要なスタンスです。これを構築するためには、妬みや憎しみという負の感情を発生しないスタンスがとても重要です。その為には<知識がもたらす喜び>を感じることが大切なような気がしています。本やTVドラマ、映画やアニメのストーリーから他人の人生(行動や心の動き)を吸収しながら妬みや憎しみは自らの心を貶(おとし)め、いずれ崩壊を招くことを気づいて欲しいと願っています。
この歌も私が「何も怖くなかった」時代に流行った名曲です。
今でもこのメロディーが聞こえてくると、胸がキュンとなります。
そしてあの頃の自分を想い出します。
「明日に架ける橋」(Bridge Over Troubled Water)
『When you're weary, feeling small
When tears are in your eyes, I will dry them all
I'm on your side, when times get rough
And friends just can't be found.
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
When you're down and out
When you're on the street
When evening falls so hard
I will comfort you
I'll take your part
when darkness comes
And pain is all around
Like a bridge over troubled water
I will lay me down (Copyright: Paul Simon)
君が疲れて しょげているなら
瞳に涙があふれているなら、僕がすべてふいてあげる
君のそばにいるんだ、辛い時だって
友達が近くにいなくても
荒れた海にかかる橋のように
僕が体を横たえるから
君がうちのめされ
道で立ちすくんでいて
ひどい夕暮れになったら
慰めてあげるよ 君の代わりになる
暗闇が襲い痛みでたまらないなら
荒れた海にかかる橋のように
僕が体を横たえるから』
二人で行った 横丁の風呂屋 「一緒に出ようね」って言ったのに
いつも私が 待たされた 洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸 カタカタ鳴った 貴方は私の身体を抱いて
「冷たいね」って 言ったのよ
若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった
貴方は もう捨てたのかしら 二十四色のクレパス買って
貴方が描いた 私の似顔絵 「うまく描いてね」って言ったのに
いつもちっとも 似てないの 窓の下には神田川
三畳一間の小さな下宿 貴方は私の指先見詰め
「悲しいかい」って 聞いたのよ
若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった』
かぐや姫「神田川」
名曲「神田川」が流行った頃、私を含め東京に住む多くの学生達は、三畳、四畳半もしくは六畳一間のトイレもお風呂もない1.5万円以下のアパートで学生生活を送っていました。貧しいけれど愛し合う二人の慎ましい姿に共感し、私たちの心に「神田川」は今も残っています。電子レンジもビデオデッキもiPodやウォークマンもない時代、あらゆる季節に快適空間を提供できるクーラーや沢山の冷凍品が入る大きな冷蔵庫もない時代でした。今から考えればとても不自由な時代ですが、不自由と感じたことは一度もありませんでした。周囲の多くの学生が同じような境遇であり、将来の夢が実現できる可能性を感じていたからです。
愛し合っているお互いの心さえあれば
あなたさえそばにいてくれたら 私は何も怖くはない
でも、もしあなたがそばにいなくなったら
あなたの優しさを感じられなくなる
そのことを想うとあなたの優しさが反対に怖くなってしまう……
「神田川」の切ない詞を理解できなかった母。
私に「優しさが怖いって、どういう意味? わからへん…、教えて」と尋ねた今は亡き母。
そんな母が可愛くて愛しくてしたかがなかったことを思い出します。
「何も怖くなかった時代」は誰にも存在します。
人を妬むことも憎むことも、自分の限界にも気づかなかっ時代。
必死で手を伸ばせば、なんとかなると思えた時代。
金よりも自分の夢を求めた時代。
自立して生きていくことの辛さを現実的には知らなかった時代。
わずかな給料でも自分が向かう行き先にまだ明るさを感じた時代。
親や先輩や上司が眩しく立派に思えた時代。
そんな時代を私たちは必ず通り過ぎて来ます。
通り過ぎてきた時の途中で人は、何か大切なものを落としてくるように思えてなりません。
それは光り輝いていたものが、知識を得たばかりに、また真実をも知ったばかりに、
輝きを失ってしまい幻滅を味わったことと似ています。
マジックショーのタネを知ったばかりに興味を失うことと似ています。
サンタさんがクリスマスプレゼントを運んでくるものだと思っていた時代、
私たちは「何も怖くなかった」ように思います。
誰もが通る天然素材の時代。
それはアダムとイブがエデンの園にいた時代です。
悲しみや楽しみ、孤独や喜び、妬みや恨み、辛い想いを感じなかった天然時代から
言葉や知識を得ながら一人で生きていくための(自立)力を身につけていく中で、
大切なものを気づかずに失って行くのです。
その大切なものとは<素直さや謙虚さ>と呼ばれているものだと思います。
この「素直」や「謙虚」は、受け入れる度量が大きければ問題なく吸収して自身の規範造りに多大の影響を与えていくのですが、度量が小さい場合、一杯になると受け入れを拒否していくことになります。若い頃の反抗期が最初の拒否にあたります。一杯になったのです。つまり、忠告や指導、意見された内容を受け入れることは、一旦できてしまった自らの規範を否定しなければなりません。「うるさい!」「分かっている」「ガタガタ云うな!」と云った言葉でそれを拒絶し始めるのです。
人が自立していく上で、反抗期は当然必要なことなのです。さらなる飛躍のためのしゃがみ込む時期と表したらいいのでしょうか。しかし、知識として受け入れるべき内容まで拒絶して、教養を構築していく時、不都合な場合が発生することが多々あるようです。このとき心の遮断機が無意識に降りてしまう現象を取り除く為に、心のスタンスをどのように作り上げておくかが重要なポイントとなります。(いつもこの問題に心を悩ませています)
私はこれを「幸せになるスタンス」と呼んでいます。素直さや謙虚さを失わない、しかも自立するために必要なスタンスです。これを構築するためには、妬みや憎しみという負の感情を発生しないスタンスがとても重要です。その為には<知識がもたらす喜び>を感じることが大切なような気がしています。本やTVドラマ、映画やアニメのストーリーから他人の人生(行動や心の動き)を吸収しながら妬みや憎しみは自らの心を貶(おとし)め、いずれ崩壊を招くことを気づいて欲しいと願っています。
この歌も私が「何も怖くなかった」時代に流行った名曲です。
今でもこのメロディーが聞こえてくると、胸がキュンとなります。
そしてあの頃の自分を想い出します。
「明日に架ける橋」(Bridge Over Troubled Water)
『When you're weary, feeling small
When tears are in your eyes, I will dry them all
I'm on your side, when times get rough
And friends just can't be found.
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
When you're down and out
When you're on the street
When evening falls so hard
I will comfort you
I'll take your part
when darkness comes
And pain is all around
Like a bridge over troubled water
I will lay me down (Copyright: Paul Simon)
君が疲れて しょげているなら
瞳に涙があふれているなら、僕がすべてふいてあげる
君のそばにいるんだ、辛い時だって
友達が近くにいなくても
荒れた海にかかる橋のように
僕が体を横たえるから
君がうちのめされ
道で立ちすくんでいて
ひどい夕暮れになったら
慰めてあげるよ 君の代わりになる
暗闇が襲い痛みでたまらないなら
荒れた海にかかる橋のように
僕が体を横たえるから』