むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

3番、柿本人麿 

2023年04月04日 16時24分16秒 | 「百人一首」田辺聖子訳










<あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む>


(山鳥のながながしいしだれ尾のように
まことに長き秋の夜を
山鳥の雄と雌が離れて恋い合うに似て
あなたを恋いつつ
ひとり寝することよ)




・『拾遺集』巻十三・恋に、
「題知らず 人まろ」として出ているが、
この歌、人麿の作かどうかは未詳。

『万葉集』巻十一に、

「思へども 思ひもかねつ あしひきの
山鳥の尾の 長きこの夜を」

とあり、左註に、「ある本の歌にいはく、
『あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む』」

として出ている。

しかしここには人麿の作とは書いていなくて、
詠み人知らずになっている。

いつ、なぜ、人麿作とすりかわったのか、
くわしいことはわからない。

ただしこの歌、
王朝びとに愛されそうな、
しらべなだらかでやさしい歌である。

山鳥を図鑑で見ると、
赤銅褐色の、キジくらいの大きさの鳥である。

尾がまことに長い。
体の二倍くらいはあるのを引きずっている。

柿本人麿は、持統、文武朝(七世紀末~八世紀初頭)において、
皇族讃美の歌や挽歌の秀作を『万葉集』に多く残した、
白鳳時代の宮廷歌人である。

兵庫県明石市の、人麿をまつる人丸神社は、
火災よけの神さんとして知られている。

ヒトマル~火止まる、である。
ヒトウマル~人産まる、で安産の神さんでもある。

人丸さんは、不思議な伝説に満ちた人である。
庶民だけではない、インテリたちも、人丸を歌聖と呼ぶ。

他の歌人はそう呼ばれない。
山部赤人も大伴家持も歌聖とはいわれないが、
すでに『古今集』序に、貫之は、
「柿本人麿なむ歌の聖なりける」と書いている。

ともあれ、「山鳥」の歌、「の」の音がつづくので、
ひびきがやわらかく、読み手が読みあげる時に、
まことに楽しい、よき歌である。

「山鳥」は山の神への挨拶の歌のつもりで、
昔の人は、この歌を人丸作としたのではあるまいか、
などと考えたりしてしまう。






          


(次回へ)

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