むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

2番、持統天皇

2023年04月03日 08時41分30秒 | 「百人一首」田辺聖子訳








<春すぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香久山>


(早も 春は過ぎゆき 夏が来たらしい
天の香久山には夏のならわしとして 
真白の衣が干されているという・・・)






・これは『万葉集』巻一に出ているのが原歌である。
『万葉集』にはこうある。

<春すぎて 夏来たるらし 白妙の
衣干したり 天の香久山>

原歌のほうが、ずっと力強くてりっぱであるとして、
私の学生時代には、改悪を嘆く声が高かった。

改悪された作品のほうは、
『新古今集』夏の部に、
「題知らず 持統天皇御歌」として出ている。

『新古今』風になると、
意味は全くちがってしまう。

定家の時代の歌は断言調というか、
直言風というか、そういう口調を嫌い、
婉曲で優美で暗示的な口吻を好んだから、

「来にけらし」「衣ほすてふ」
と勝手に変えてしまった。

万葉の訓みに新説をたてた、というより、
自分の時代の好尚に強引にねじまげてしまった。

この時代の歌人の自信、鼻っ柱の強さ、
嗜好尊重はたいへんなものである。

もっとも現代では、あながち改悪ともいえない、
という説もあり、それは万葉時代とちがう認識を、
王朝の人は持っていた、というのである。

香久山には甘橿(あまかし)明神がいて、
この神は衣を濡らして人の言葉のうそかまことを糾したという。

王朝の人はその伝説を知ってそれをふまえて、
「衣干すてふ」としたのではないかという。

この持統天皇は周知のごとく女帝である。

天智天皇の皇女。
夫の大海人皇子(おおあまのみこ)をたすけて、
壬申の乱では共に戦い、勝利を手にする。

夫は天武天皇となる。

男まさりの非情冷静な性格の女性だったらしく、
天武が崩ずると、間髪を入れず、
我が子のライバル、異腹の皇子・大津を殺したりしている。

庶民の困苦をかえりみず、
度々行幸したりして、
その生涯はまだ解明されていないなぞに満ちているが、
しかし草壁皇子夭逝ののち、
みずから即位して父と夫の悲願であった、
律令政治の礎をかためた。

また唐の都にならった藤原の宮を作り、
柿本人麻呂などの宮廷歌人を輩出させ、
『万葉集』の黄金時代を作った。

私の読んだ本には、
香久山で禊する乙女たちの斎衣(おみごろも)を、
木にかけて干したもの、とある。

干すのだから、衣は濡れたのである。
香久山は神をまつる庭で、
神聖な乙女たちは神の水に身を濡らし、
浄めたのであろう。

乙女たちの祭りは、夏に行われたのであろうか。
持統さんはその神事を思い浮かべつつ、
歌を詠まれたのかもしれない。






          


(次回へ)

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