むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

19、別居結婚の内情 ③

2022年05月26日 08時44分34秒 | 田辺聖子・エッセー集











・別居結婚を成立させる条件の最たるものは、
経済的に自立できること。
(どんなに貧しくても、その気概をもてること)

その自信が女性の、妻の側になければ不可能である。

夫からの経済的援助をうけて、
別居結婚がいとなめるわけではない。

それだけに不要の出費がかさんで、
お互い苦労しているが、
その損失は私には元が取れているように思う。

それから二人が会うのは週に一、二日なので、
衝突しても次の機会には、かなり中和されている。

私のように結婚生活のキャリアが少ないものが、
言うべきではないかも知れないけれど、
すさまじい倦怠におそわれる関係までには、
並の結婚生活よりずっと時間がかかりそうである。

私と彼の、それぞれの家は、二十キロ離れており、
第三の私たちの家は、彼の家の近くにある。

私はそこへ五十分くらいかかって、
電車やタクシーを乗りついでいくので、
車を運転してわが家から乗りつける彼のほうが、
いつも先に着いている。

たいがい私の挨拶は、
「ごめんね、おそくなって」から始まるが、
一週間分のおしゃべりをしているうちに、
下の女の子二人が顔を出し、
おさらいや予習と手伝っていると、
もう夕食の時間である。

私たち二人とも、どんなにゆずりあったつもりでも、
主として彼よりも私の場合。
彼は私よりずっと大人だから・・・

自我がむき出しになり、
しかも私はわがままで片意地なところ、
しつこいところがあるから、
一人で考える時間が充分あることはよかったと思う。

それに先に触れたように、
お互いに家族や複雑な家庭事情のある男性や女性が、
結婚しようとするときは、
この第三の家庭を作って普段は別居しているという形も、
もっと考えられてよいと思う。

私は今まで意識的に別居結婚の利点ばかりのべて来たが、
現実にそれを十ヵ月実験して来て、
思いがけない、落とし穴があることも知った。

さきにいった、経済的な出費がかさむ不利などは、
大きな意味を持つものではない。
少なくとも致命的な欠陥ではない。

それから私自身が、
精神的や肉体的に過労になりやすいことについても、
人を雇うとか、何とか打開する方法はあると思う。

幾分なりとも、
より別居結婚を有利にできる技術にも習熟すると思う。

それより現実に意表をつかれたのは、
子供の問題だった。

といっても、現在いる彼の子供たちは、
彼と一緒に住んでいて、週に何日か私と暮らすだけで、
私は母親代わりであるが、母親ではない。

私は「おばちゃん」と呼ばせているし、
仲良しになってもべとべとした関係で育てるのは、
不健全だと思うから、「おばちゃん」として育てる方が、
自然だと思う。

彼との結婚をえらんだときに、
子供たちのこともひっくるめて運命を甘受したのであって、
彼と子供たちを切り離して考えたことはなかった。

彼と一緒に子供たちを育て上げ、
手放すまでの責任は私にもあると思っている。

ただ現実のところ、
私たちの場合の子供は彼のほうにより密着していて当然、
彼と一緒に暮らしているからそれですむ。

しかし、これが私の生んだ子供で、
彼との間に出来た子供だったら、
どちらへ従属させるべきだろう。

そんな環境に生まれた子供は不幸ではあるまいか。

両親が別居の形をとって、
互いに人生を快適に充足しているとき、
子供はどんなに不当な試練で、
その埋め合わせを強要させられることだろう。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 19、別居結婚の内情 ② | トップ | 19、別居結婚の内情 ④ »
最新の画像もっと見る

田辺聖子・エッセー集」カテゴリの最新記事