沖縄 8 Scene

沖縄で生まれ沖縄に生きる
      8郎家の日記

九州大会ほぼ1人旅@長崎

2024年11月09日 | 県外 8 Scene

 愛息10郎が所属する硬式野球チームの九州大会が長崎で開かれたので、8郎も別便で追いかけ応援してきました。別便だったこともあって試合会場と懇親会以外は、ほぼ一人旅の3泊4日でした。ということで、カテゴリーを「中学野球(硬式)」ではなく「県外8Scene」として報告いたします。下写真は雨天順延により初戦会場となった長崎ビッグNスタジアム(長崎県営球場)です。きれいな球場でした。

 本題入る前に、九州大会に参加するまでの8郎父子の心の変遷をつづっておきます。あくまで個人的な備忘録である上に長くなりますので、興味のない方はスクロール願います。

 

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 この九州大会に当初8郎は同行するつもりはありませんでした。理由はもちろん妻が同行することもあって、お金の節約を優先にしました。広島旅行でウン十万はたいた直後なので家計が心配だったのです。しかしこれまでに書いてきた通り、この大会に向けて10郎に与えられた背番号は二けた。それからしても初戦スタメンでないのは確実です。10郎はスタメンの実力は間違いなく持っているのですが、そこに入れなかったのはいろいろと事情があると推測しました(ちょうど1年前の1年生大会では4番レフトですよ。中学生の実力が1年でそこまで落ちるはずがありません)。スイングスピードはもちろん、肩の強さ、足の速さもチームでトップクラスだと信じています(いわゆる『野球脳』については最終ステージで使えばいいのであって、中学生の間は不要と考えています)。「10郎がスタメンじゃないのはおかしい」と言ってくれる父ちゃんもいます(もちろん小声で)。しかしこれは監督、コーチが決めることなので異論など挟みようがありません。10郎は「俺が生徒会で練習を休むことがよくあるからだ」と分析していたようです。悔しがる息子を父はこう諭しました。「生徒会や勉強のほうが野球より大事だ。生徒会活動のためにレギュラーを外されるなら、堂々と外されろ。最強バッターはグランドにいない、ベンチにいる俺なんだ、という誇りを持って素振りをしておけ🔥」と諭しました。父子ともに悔しい気持ちでいっぱいですが、8郎家の中学教育論として「一に勉強」という考えだけは捨てるつもりはありませんので。

 しかし一方で父8郎が親としてこの1年、チーム運営に全く協力してこなかったのはまぎれもない事実です(妻は毎週協力していますけど)。「俺の息子を甲子園に!」という熱血野球父ちゃんたちが毎週末グラウンドに流してきた汗には、貢献度において8郎なぞ及びません。8郎は本当に何もやっていないので。それがメンバー編成の評価基準になっているなら、もうどうしようもないです。しかし、そこで親があきらめると息子まであきらめてしまうという危機感がありました。

 そこで、お金をかけてでも長崎に飛び、沖縄から応援に来たんだという熱量を監督、コーチ陣に少しでも伝えたい(笑)と考えたのです。もちろん嫌味になるまではしませんし、それがどう効果があるのすら分かりませんが、息子のためにとりあえず動いてみようと決めたのです。

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 はい、いつも前置きが長くてすいません。本題に戻ります(本題もめっちゃ長いけどね!)。 

 そういう経緯で長崎に行くと決めたものの、先述の通り、広島旅行で5年に一度の散財をしたばかり。8郎は旅行業者がかじを取るチーム団体御一行様に帯同はせず、1泊減らしLCCを活用するなどして格安ルートを模索することにしました。当初は2泊で大会初日1試合だけを応援して帰る予定でした(初戦が優勝候補だったので2回戦は厳しいなという誤った憶測もありました)。

 しかし、出発直前に台風21号の影響で長崎の天気も大荒れだと予想が出たのです。8郎が応援できる唯一の日が「100%雨」になっているではありませんか! これはキャンセルだな~と考えたのもつかの間、もちろんとっくにキャンセル料も100%だということに気づきかされました。ということでキャンセルという選択肢は自然消滅し、逆に延泊し3泊4日となったのです。また渋沢栄一💴が飛んでいく~。まぁ結果的に延泊したからこそ2試合も応援でき、保護者飲み会にも参加できたということで良かったのですが。

 長崎には広島旅行同様、金曜日に出発しました。職場はまたしても時間休をいただ早退(感謝)。8郎の人生においても初の長崎となります。夕方の那覇空港は先月の広島旅行と同様に3連休初日だったので、またもオーバーツーリズム!

 大混雑の待合席を彷徨いなんとか席ゲッツ。飛行機の安全を祈願して、酒と豚肉と小麦粉を神に奉納します。「どうせお前の胃の中に消えたんだろ」なんて野暮なことは言わないでください。

 いざJALの福岡空港行きに搭乗。機体はジンベエジェットだったようです。野球の応援に行くだけの51歳には関係ありませんけど。

 今回は飛行機だけでなく現地での移動も時間を取ることが確定だったので、本を2冊購入していました。1冊目は映画化もされた『地面師たち』(新庄耕:著)です。

 土地にからんだ詐欺をテーマに裏社会の人間模様を描いたクライムノベルです。ご覧ください、カバーの右肩にあるキャッチコピーを。「こいつら全員土地(トチ)狂ってる」。・・・最高です。こういうの嫌いじゃないどころか、大大大好きの8郎です。コピーライターさんの腕に拍手です。まだ前半しか読んでませんが、引きずり込まれますね。後半が楽しみです。

 もう1冊は数年前にベストセラーになった芥川賞受賞作『コンビニ人間』(村田沙耶香:著)です。面白かったです。

 コンビニバイト歴18年の36歳独身女性が「普通を求めてくる社会」で感じ続ける違和感を通じて、人間社会の排他性、道徳の曖昧さ、生きづらさなどを描いています。結婚して安定した仕事に就け、などという「普通を求める」昭和の考えはとっくに淘汰されています。もちろん、それが正しくないというわけではありません。「普通に生きてちょうだい」と主人公を案ずる家族の気持ちも痛いほど分かります。ただ、ほとんどの人がそれを実現できない世の中になっていくという現実を直視しなければならないのです。普通じゃないことのどこが悪いんですか? 正社員になり子どもを産むって義務なんですか? そもそも普通って何ですか? ということを先んじて世に問いかけた傑作だと思います。主人公のような生き方を評価してあげられる世の中にしていかなくてはなりませんね。現代日本社会に息苦しさを感じる多くの人に読んでもらいたい作品です。それにしても主人公に寄生しようとした白羽さん、その後どうなったんだろう(笑)。おススメです!

 福岡空港から博多駅に移動。地下鉄を経て博多の街に出ると雨が降っていました。

 宿泊地は駅から歩いて5分の「博多ターミナルホテル」です。今回3泊した中で一番落ち着けたホテルでした。ま、普通のホテルなんですけどね。残りの2泊がちょっと・・・(後述)。

 テレビではタイミングよく『地面師』関連の特番が組まれていました。地面師やら闇バイトやら、世の中誰も信じられなくなってきています。8郎も退職したあとは、世の中の欺瞞とは一切かかわらず自分の仕事だけに没頭する『ナントカ人間』になってやりましょうかね。

 さて夕飯を食べに外に出ましたが、実は夕飯の前に8郎にはぜひ寄りたいところがありました。ホテルから歩いて30秒でたどり着きました。昨年10月に受験した中小企業診断士2次試験の際に泊まったホテルと再現答案作成に使った居酒屋です。

 ホテルです。集中して勉強したなぁ。落ちたけど。

 居酒屋です。独り寂しく再現答案を作ったなぁ。ビール飲みながら。美味しい串を勧めてくれたお姉さん、元気かなぁ。

 その受験旅の記事もリンクしておきます。記事内にリンクを張った動画の再生回数が全く伸びていません(笑)。50歳のおじさんの挑戦に誰も興味がないようです(そりゃそうだ)。ま、いいけど。

 

おっさん1人受検旅@福岡 - 沖縄 8 Scene

2023年(R5)の中小企業診断士2次試験@福岡を終えて帰宅しました。7科目もある1次試験を突破した高学歴エリートたちの8割が落とされる難関試験であり(酷)、か...

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 厳島神社のおみくじにあった「勝負事 勝ちなりを信じて、来年10月もう一度ここ福岡に戻ってくるぞ🔥と闘争心を燃やした次第です。

 さて改めて夕飯です。雨がすごいので、そこから歩いて30秒の店にしました。

 この店のネット評価は「普通」でした。期待せずに入ったのですが期待しないでよかったです。お通しの豚しゃぶは大変よかったのですが、鍋とコンロを片付けてと頼んでいるのに最後まで片付けない店員。そして何より「何が入ってるかお楽しみ!黒おでん盛り合わせ」(1,100円)と期待させておきながら5品中3品が練り物というオチに相当の減点をさせていただきます。どんだけプロテイン提供すんねん!

 餃子はおいしかったので多少の加点も差し上げます。店員さんも3人で忙しそうでしたから減点は経営者の方に、ということにしておきましょう。

 ということでコンビニ経由でホテルに帰り夜食。ご当地インスタントラーメンです。おいしゅうございました!・・・って、こんな生活もうやめよう。最近体の老化を感じるので。。。(この件に関しては次回のブログで書かせていただく予定です。あくまで自分のために)。胃もたれのまま爆睡。

 旅2日目の朝も大雨でした。博多駅近くの街灯が雨粒を黄金に照らしていました。

 長崎への移動手段は妻が抑えていた電車をキャンセルし、高速バスに切り替えました。広島旅行の反省もあった上に、この日は急ぐ必要もないので。ただし前日までにネット予約ができなかったので、窓口でチケットを直接買うために朝一で向かいます。博多バスターミナル駅です。

 午前7時の営業開始に合わせて到着。長崎行の一便がスタンバっていました。ここで乗るんだな、と田舎者おじさんは現場確認して安堵。

 午前10時半発のチケットも無事購入できました。時間があるのでいったんホテルに戻ります。

 豪雨でスニーカーも濡れてしまったので、8郎が四半世紀使ったことのないドライヤー(どうして使わないの?)で乾かします。意外に乾いてくれました。

 午前10時半。博多バスターミナルを出発! 電車よりバス旅の方がわくわくするな~。BSテレ東のロングラン番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z」にキャスティングの打診が来たら速攻で受諾し田中要次さんの代役をこなす覚悟はできているのですが・・・(打診なんて来ない来ない)。その際のマドンナ役には同い年の宮沢りえさんをお願いいたします。きっと話が盛り上がるはず。貴乃花とのなれそめとか・・・(だから打診来ないって)。

 8郎は窓側を予約していました。最初は隣の席におっさんが座っていて邪魔だったのですが(笑)、途中で別席にキャンセルが出たところで、気の利いた運転手さんがおっさんの隣にいたおっさんを空いた席に移動させてくれたのです。この運転手さんにホントお世話になりました(後述あり)。

 高速道路に入ります。

 高速に乗って1時間が立つころには信じられないほど晴天に変わっていました。

 しかし長崎のグラウンドの水はけが悪くこの日は全試合中止、と妻からLINEがありました。ということで8郎はこの日の日中することが全くなくなったのです。せっかく長崎くんだりまで来たのだから「大浦天主堂」「出島和蘭商館跡」「オランダ坂」など近場の観光名所を見学しようかと考えましたが、レンタカーを翌日にスライドし足がなくなったので動けないのです(泣)。どうしようかなぁ。

 2時間半かけて長崎市に到着。いざバスを降りようとすると運転手さんが「乗車券が必要ですので降りる際にお渡しください」とアナウンス。8郎はポケットやカバンを調べてもどこに入れたのか紛失していました。しかし、これまでのバス旅では無くなっていても大丈夫だったので、運転手さんにそう告げると「いやぁ困ります! わたしどもはこれがないと収入にならないのです!」と困り顔。「お客様に再度2,900円お支払いいただくことは絶対に嫌なので、一緒に探しましょう。なくなったというお客様は多いですが、大体がイスの下に落ちているか、ポケットに入っているので」とのこと。8郎も改めて探したのですがどこにもありません。運転手さんは座席シートを解体したり、頭上の収納スペースまで探してくれました。すると収納スペースに8郎が折りたたみ傘を置き忘れていたことに気づいてくれたのです。カバンを横に入れたときに落ちていたようです。「ありがとうございます!忘れるところでした」と受け取りました。しかし、乗車券はどこに見当たりません。

 まいったな、チームからLINE来てないかな? とスマホを開くと、なんとスマホカバーに挟まれているではありませんか! 無意識に挟んでいたようです。大チョンボ!  運転手さんに告げると、「よかったです~」と大喜び。8郎も「おかげで傘も置き忘れずにすみました」と感謝を告げました。8郎がターミナルの陰に消える手前には、「どうぞ、よい旅を」と手を振ってくれたのです。なんてすばらしい運転手さんなんでしょう。名札でお名前を確認したのですが忘れてしまいました。メガネをかけた30~40代の中肉中背の男性です。ホントありがとうございました。

 陸橋を渡って昨年11月にオープンしたばかりの大型商業施設『アミュプラザ長崎新館』を中心とする複合施設に向かいます。大型工事が行われていました。何か建てられるのかな。

 陸橋の上で振り返ると、そこには長崎県営バスターミナル。福岡のやつに比べるとかなりこじんまりとしています。こちらは帰りに利用します。

 ビルの隙間から〝坂の街 長崎〟を垣間見ました。

 正確には『アミュプラザ長崎新館』は右側の建物になるようです。

 この『アミュプラザ長崎新館』で時間をつぶそうと考えていたのですが、あまりに人が多く辟易。やっとたどり着いたスタバでさえ、行列ができ、座席も確保できそうにありません。どうやら観光客というより地元の長崎県民の週末御用達ポイントのようです。30分ほどで退館!

 翌日利用するレンタカー屋も広大な施設内に併設されているので、一応下見もしました。してよかったです。敷地が広すぎて朝一で初見で行くと迷っていたかもしれません。

 その後は、翌日のホテルの下見をしながら散策。これぞ長崎と言わんばかりの教会を発見しました。沖縄にない光景です。とんがり具合が美しぃ~。 

 120年以上の歴史を持つ「カトリック中町教会」だそうです。先の大戦の原爆でほぼ焼失したものの、数年後に世界中からの寄付で再建されたそうです。

 さすがにもう何もすることがないのでホテルに向かいます。チェックインを1時間早めてもらいました。このホテルはネットで予約したのですが、すでに「ほぼ満室」で、お一人様用に提供できるのが「カプセルホテルよりチョイ上のクラス」的な部屋のみだったのです。そこを借りたのでちょっと不安でもありました。

 指定された8階で降りると、このような隣接するドアが。うん、外観からして狭い。右が8郎が泊る部屋811号室です。801号の隣が811号ってだけで取ってつけた感が増します(笑)。

 おそるおそるドアを開けると・・・。

 いや、狭いて。監獄やて。入ってすぐベッドってどういうことやねん。

 わずかな望みを託し、窓を開けてみましたが、即閉めでした。

 ロビーの自販機でドリンクを買ったのに冷蔵庫が見当たりません。まさかないのか! と思っていたらこのような扉が。。。

 わずかな望みを託して開けてみると。。。

 即閉めでしたね。

 安心してください。ミニ冷蔵庫はトイレとベッドのわずかな隙間にひっそりと息づいていました。よかったぁ。

 はい、今はすることない~、ということでゴロ寝。当然ですがベッドは清潔で快適です。横になることで足に溜まっていた血を循環させます。老体はこれだけでもかなり楽になります。

 愛息10郎や妻ら含むチーム団体は丘の上の絶景ホテルに宿泊。8郎のホテルからタクシーで20分ほどの距離です。父ちゃんたちの後日談では「飯がイマイチだった」そうです(泣)。修学旅行御用達みたいですね。

 その夜、保護者達の懇親会があればタクシーで参加するつもりでしたが、妻からのLINEによると「どうやらなさげ」とのこと。明日が試合ですから普通そうですよね。どちらにしろ保護者達もホテルで夕飯を取るということで、8郎も早めの夕飯を食べるために外出しました。

 食事処に向かう途中、すーじぐぁわに「白樺旅館」の看板が目に入りました。出発前に、なかなか宿を抑えきれずに一度検討をした旅館です。通りの向こうは先ほど見た長崎バスターミナルです。

 長崎で最初に向かう食事処は、ある中華食堂だと決めていました。グーグルマップでホテルを検索しているときに目に飛び込んできた〝店名〟で即決しました。この店です。じゃん。

 なんて縁起のいいお名前でしょう。

 マットまで! お客様方~、誰も踏まないで入店して~。

 昭和のおじさんの食欲をかきたてるサンプルが並んでいました。ネット評価も高かったです。8郎は開店15分前に来て一番乗りだったのですが、後ろにすぐ数人の列ができました。

 カウンターに案内されると、ちゃんぽんと並ぶほど評価の高い黒おでん鍋が目の前に。おいしそうだけどこれからちゃんぽん食うからやめときます。昨日も食ったし。

 頼んだのはやはり『大八』さんの看板メニュー『ちゃんぽん』(850円)です。豚骨と海鮮ダシがコラボしたスープは絶品。何杯飲んでも飽きない味ですね。出汁がしみ込んだキャベツ、もやし、牡蠣がたくさん入っており、ガチマイ(食いしん坊)おじさんのお腹もいっぱいになりました。

 もっちり太麺は意外にも無味。海鮮スープのコクで勝負という感じでしょうか。

 『大八』さん、大変おいしゅうございました。また来店する可能性はほぼないですが、遠い沖縄からいつまでも千客万来をお祈りしています! 入口のマット持って帰りたいくらいです。

 ホテルに向かう途中の陸橋から撮影。ほろ酔いもあってか幻想的でしたね。

 妻からのLINEで「明日の試合に備えて飲み会なし」と連絡がありました。はい、今宵すること完全になくなった~。同時にLINEから妻とチームが団体で停まるホテルからの絶景が送られてきました。「世界3大夜景」こと稲佐山展望台からの夜景で有名な長崎でもトップクラスの夜景だそうです。美しい~。8郎の監獄から見た10㌢先のコンクリート壁とは大違いです。ちなみに写真奥にある赤い鉄塔の辺りが稲佐山展望台だそうです。たしかに向こうから見下ろすとさらに絶景でしょうね。

 ホテルに戻ったのですが、テレビも面白い番組がありません。長崎まで来て部屋にこもるのももったいないと再び街へ繰り出します。歩いて2分のところにあった「キッチン政」さんです。スマホで「長崎名物トルコライス」を検索していたら高評価で案内されました。

 昭和レトロが息づく店内。落ち着きます。このあとすぐ満席になりました。長崎4大グルメ「ちゃんぽん」「皿うどん」「トルコライス」「佐世保バーガー」のうち、今日で2つ攻略するつもりです!

 さみしい一人旅の身にとって心強き友(方言でどぅしぐゎ)、それは生ビール🍺です。君さえそばにいてくれたら何とかなる!

 「トルコライス」が届きました。ちょっと残念だったのが、揚げ物4つとも鶏肉🐓だったことです。通常の「トルコライス」のメーンはポークカツ🐷と聞いていたので。。。昨日の練り物といい、今宵の鶏肉といい、この長崎遠征で2試合の激戦を繰り広げた子供たちより、別便でやってきた51歳がプロテインを大量摂取していることでしょう。意地で完食。

 カレーピラフ、ナポリタンともにおいしかったのですが、食後の感想はズバリ!「51歳が食うもんじゃねぇ」。後悔先に立たず。でもU-40のメンズには超おすすめの店でした。

 しかしトルコライスもいいですが、沖縄の食堂のCランチのほうが素材も多くパンチがあるようなが気がしました。どちらにしろメタボ親父は卒業したほうが無難です。

 ホテル着。満腹でしばらく眠れそうにもありませんが、ベッドから出たくもありません。そんな時、妻からLINEが。「父ちゃんたちがコーチの部屋で22時半から飲むみたい」。。。

 もう行かん!(笑) 

 疲れもあって爆睡しました。この2日間、何だったんだろうと考えながら。

 

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 朝6時に起床。さぁ、旅3日目、いざ決戦の日です!

 当然ながらパねぇ膨満感だったので朝食も取らずに徒歩でレンタカー屋に向かいます。途中でこのような建物を発見。川の上に立っているのです。いや、橋の上に立っているのか? どちらにしろすごくないですか? なぜそこに建てる? 税金対策? まさか地面師対策?(笑)。

 空は快晴。決戦に最適な空です。

 今回利用したのは「バジェットレンタカー」さん。店員さんの対応もとてもよかったです。雨天によるキャンセル料は無料ということでした。ほっ。車はトヨタのヤリスでした。

 会場となった長崎ビッグNスタジアムに到着。監督、コーチ、保護者達にあいさつを済ませます。先着の父ちゃんたちから「大会の時だけ来てからにや~」という冷たい視線を感じたとか、感じてないとか。。。息子のためならその視線も跳ね返す!(笑)。温かく迎えてもらいましたよ。

 この「長崎ビッグNスタジアム」の概要について公式サイトから転載すると、

 両翼99.1m、中堅122m、最大収容人員25,000人、グラウンドは東京ドームと同じ人工芝フィールドタークと九州でもトップクラスの施設規模・内容を誇る球場。

 だそうです! 

 こげな立派な球場でおらがチームが試合さできるなんて夢みたいだがや(たーやが!)。はい、2年ぶりのボケをかまさせていただきました。

 初戦の相手は優勝候補の一角、福岡1位のSボーイズさんです。

 発表された初戦のスタメン表に10郎の名前はありませんでした。もちろん想定内でしたが親としては悔しいばかり。しかし、監督、コーチの采配に意義を唱えることはできません。悔しさを伏せ、チームを応援します🔥 チバリヨー、ウチナ―ンチュボーイズ! 沖縄の野球魂を見せてやれぃ!

 序盤は投手戦でしたが、相手エースが崩れかけた時点から途端におらがチームの打線が爆発。なんと想像だにしなかった6回コールド勝ちとなったのです! まさかの初戦突破、ジャイアントキリングです。

 下剋上勝利に大興奮したものの、わが息子が出場していないだけに、正直微妙なところもありました。なにせ10郎が存在感をPRする前に、10郎以外のメンバーが歴史的大勝を収めたのですから!(笑)。ということは、わが息子は2回戦もベンチの可能性高し。。。

 それにしても雲一つない青空でした!

 続く2回戦Hボーイズ(福岡3位)戦では何とかスタメンに名を連ねたものの打順は7番。打って打って、真の実力を証明するしかない!と意気込んだのですが、結果2打席でセンターフライと四球。PRできませんでした。タイミングは合っていたので3打席目に期待していたのですが、途中交代。悔しいですが、お金かけて長崎まで来た以上、全員を出さなければならないので、こればかりは仕方ありません。8郎が監督であってもそうします。10郎は仲間とハイタッチを交わしベンチに下がりました。一番悔しかったのは10郎でしょうね。

 チームも完封負け。相手投手が一枚上でしたね。快音が聞かれませんでした。あえなく2回戦敗退となりました。

 父ちゃん手作りの赤い日傘を差したビデオカメラは君の全力プレーを喜んでいたよ。君が生まれたころから撮り続けているからね。

 8郎一家は喜びと悔しさが半々の心境で会場を後にしました。

 

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 なんちゃって一人旅の8郎はチームと離れ、最終日のホテルへ向かいます。こちらです。あまりの昭和感に8郎が幼いころ住んでいた飲み屋街のビジネスホテルを思い出しました。いつも女性の嬌声が響き、しょんべんの臭いがする汚ったねーホテルだったなぁ。。。ビジネスとは名ばかりでしたよ。あ、このホテルは清潔でしたよ。

 しかし指定された部屋の前に行くと、今度は3つのドアが密接。しかも8郎は中央。もしかしてこのホテルの部屋も狭いのか!? 

 いざ開錠。

 いや、広いて。そしてなぜかツイン!(笑)。まぁ、よかったです。

 清潔感のあるいい部屋だったのですが、あまりに古くて、カーテンも閉め切っても隙間が残るし、隣の人がドアを開閉するたびに大きな音と振動が響きました。そこは落ち着けなかったですね。

 そんな時チームのLINEで保護者たちの飲み会の知らせが届きました! やっとぼっちから解放される(笑)。チームはホテルで夕飯を取ってから、ということなので8郎は三日連続ぼっち夕飯に行くことに。   

 散策しているといい店を見つけました。テレビで日本シリーズを放映していたからです。これならぼっち飲みでも全然時間潰せます。横浜DeNAベイスターズが下剋上を果たし26年ぶりの日本一を果たしましたね。おめでとうございます。巨人のセ界制覇は何だったのか。。。

 ぼっち飲みのいちどぅし(方言で親友)、再臨。うめぇ~。

 ほくほくコロッケを注文。ビールと揚げ物って最高の組み合わせ。うん、太るわ。

 ビール党の8郎ですが、長崎まで来たからにはと地元焼酎「五島灘」(550円)にもトライ。たまにはいいですね。その後ビールに戻りましたけど。

 とてもいい店でした。ビール、焼酎合わせて5杯飲んでしまいました(怖)。

 満を持して保護者たちの打ち上げ飲み会へと参加。なんと8郎泊のホテルから歩いて2分の居酒屋でした。ラッキー。監督は欠席でしたが、コーチ、父ちゃん、母ちゃん十数人が参加(飲めないはずの8郎妻も参加!)。日付けが変わるまで楽しみました🍺 県外で飲む酒はうまいなぁ。酒の肴が子どもの野球ってのも最高です。子供たちに感謝ですね。

 お開きと同時に、8郎は再びぼっち旅の身に戻ります(寂)。泥酔のまま歩いて2分のホテルに向かいます(妻と別れのあいさつをした記憶もありません)。あまりの泥酔に途中で道に迷ってしまったようです。20分近くかかったようです。スマホにも撮った記憶もないこのような写真が残っていました。膝ぱんぱんもあってか、下り坂で前のめりに転びかけた記憶がうっすらとあります。

 闇バイトの連中に出くわしていたら身ぐるみはがされていたことでしょうね。でも闇バイトどころか、人っ子一人に会った記憶もないですね。静かな街でした。

 飲み過ぎにはホント気を付けよう。

 

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 二日酔い全開ですが、なんとか身支度をし、長崎バスターミナルに移動。「乗り過ごしたら終わりだ」と最前列で待機しました。すると、行きのバスと同じ運転手さんではありませんか! 向こうも気づていくれて、笑いながら「今度は乗車券を先にあずかっておきましょうか」と言ってくれたのです(笑)。迷うことなく預けました。またのんびり2時間半かけて福岡に戻りました。広島旅行といい今回の長崎の旅といい、本土のバスの運転手さんにはプロ意識を感じましたね(ウチナンチュが見習うことは多くありますね)。

 福岡空港の『博多食堂 いっかく』さんでブランチです。

 そんなに腹は減ってなかったのですが、博多名物も食べておこうと『明太コロッケ定食』(1,958円)を注文。おいしゅうございました。やはり和食に行きつきますね。昨日ほくほくコロッケを食べたことをもう忘れている51歳です。

 帰りの便で人生初のLCCに挑戦。安さ目的で購入したのですが、出発直前に翌日にスライドしたので当初の9,000円余もそのまま追加料金に(泣)。3連休ですから仕方ないですよね。

 LCCの座席は180㌢クラスには狭すぎると聞いていたので、比較的広い「非常口側の窓側」を予約していました。確かに足元は行きのJALジンベエ便より広々としていました。ただし隣の人とは密着状態で肘掛も出せない上に終始ひじがぶつかります(これはストレスたまる)。さらに、いざと言うときの条件がいろいろ課されている非常口側窓側だけに、足元のお土産も頭上のロッカーに移動することになりました。

 2時間弱で沖縄に帰りました。自宅に戻って爆速で家事を済ませたあとは、最終便で帰ってくる妻子を迎えに、愛車ハリアーで再び那覇空港へ。

 楽しかった4日間だけど、疲れた4日間でありました。もちろん翌日から出勤です。 

 

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 愛息の厳しいスタメン争いは続きますが、星八徹🔥の教えは変わりません。狙ってゴロを打ってまでレギュラーを狙うなと。目の前の結果だけを求めていたらいいバッターにはなれない。一番大事なことは自分のスイングをすることだと。

 フル出場させてもらえなかった内容に悔しさも残った大会となりましたが、それが一方で、8郎家の子育てにおける野球の位置づけを再認識させてくれたとも言えます。

 8郎家にとって「野球は教育の一環でしかない」ということです。

 10郎も中2の冬を迎えます。そろそろ受験勉強に重点を置く必要があります。最優先の勉強においても二番手の野球においても、青春クライマックスの舞台となる高校はどこを選択するのか、それが今最も大事なことなのです。そのためには素振りより勉強です。もちろんその先に大学を見据えてほしいと思います。

 つまり8郎家にとって中学硬式チームは教育のための手段であっても目的ではないのです。11月末に始まる大会でまた全国大会(来春)に出たとしても、おそらく8郎は今回のように応援に行かないでしょう(多分)。理由はもちろん節約もありますが、自らの資格試験勉強を優先するという意図です。その学ぶことを最優先にする姿勢が受験期の息子にも伝わってくれたらと思います。

 

 最後の写真は妻がホテルから撮影した夕日です。8郎はその場にいませんでしたが、妻や仲間たちとこの夕焼けを眺めているはずの10郎の横顔が思い浮かびました。そして思いました。

 

 10郎の野球を応援しに長崎まで来られた。それだけでも十分な親孝行じゃないか! 

 

 以上、子供の野球応援のために出向いたはずが、飲んで食っただけのおっさん一人旅となってしまった初めての長崎をお届けしました。

 恒例の締めぜりふ、行かせていただきます。

 勝っても負けても、そして例えスタメンでなくても、野球って最高です!

 

【追記】次回の記事は8郎の生活スタイルと思考をリセットさせていただく記事となります。全く面白くない内容であることを事前告知させていただきます。


祝20年をかける旅@広島 (下)

2024年11月02日 | 県外 8 Scene

 8郎夫妻の結婚20周年を祝した家族3人の広島旅行記も今回の(下)で最終回です。余談ですが、今回の記事更新中に「記事は3万文字以下に収めてください」という表記が出ました。20年近い当ブログの歴史で初めてです! 3万字の記事がよほどの大作なのかただの駄文なのかは読んでからの感想に委ねさせていただきます。下写真は旅行3日目の午後に訪れた尾道千光寺鐘楼(しょうろう)。尾道水道と街並みをバックにしたその佇まいは8郎史上最も美しい鐘楼でもありました。

 さて、旅行3日目の宮島の朝に話を戻します。旅館の窓を開けると朝焼けに輝く瀬戸内海。美しゅうございました。

 昨日大混雑だったために避けていた厳島神社に向かいます。朝6時から開園しているというのでそれに合わせて眠い目をこすりながら出発。朝食も取りませんでした。前日と違いぐっすり眠れた8郎は体がかなり回復していました(両ひざはまだパンパンやで・・・)。対して14歳10郎はまたしても起きるのに時間がかかる始末。。。意外に旅疲れなのかなぁ。

 厳島神社に到着です。入園料大人300円だったと記憶しています。写真では閑散のように見えますが、奥の方を見るとすでに行列ができていました。ま、昨日の日中よりは全然ましでしたが。改めて神社入口を見ると両サイドには「世界文化遺産」「国宝厳島神社」と達筆で明記された看板が設置されていました。その看板を掲げるまでもない神秘的な厳かさが漂っていました。いざ、神宿る世界へ。

 人気のないタイミングを見計らって東回廊で記念写真。

 円形の水たまりのようなものが「鏡の池」。シロサギが一羽たたずんでいました。海面高ほぼゼロ㍍なのに湧いてくるのは山からの淡水だそうです。

 似たような構造が多いのではっきりとは言えませんが、後方に五重塔が拝めるので「客(まろうど)神社」のようです。手前が祓殿のようです。

 厳島神社の「本社」から拝む大鳥居⛩。雲一つない青空に映えています。凪なので海面に写る〝逆さ大鳥居⛩〟も美しい(波立ってますが)。

 大鳥居⛩をバックにした記念撮影の特等席である突堤(「火焼前=ひたさき」と呼ぶそうです)は早い者勝ちです。互いに交代で撮影します。

 ついに8郎一家の番。パチリ。いい思い出になりました。

 西回廊からは能舞台が拝めます。この日は潮が引いていますが、日本で唯一の〝海上舞台〟だそうです。波おだやかな瀬戸内海だからこそできる離れ業ですね。大鳥居⛩吊灯篭を構図に入れてパチリ。

 御本社にはおみくじもあったので。3人ともトライ。妻子は二人とも。父8郎だけ「平(ひら)でした。51歳の8郎のおみくじ史上、初めての占いなのですが・・・。「平」って何ですか!?(笑)。

 「平」のランクは低いと想定はしていたのですが、ネットで調べてみると、意外にもかつては一番人気だったとか。「穏な生活来たり」という意味だそうです。

 おみくじの最後にあった「勝負事」に関しては「勝ちなり」と書かれていました!🔥 厳島の神のお導きの通り、来年の診断士1次試験こそは7年分の悔しさをぶつけて勝利をもぎとってやりましょうや! 試験だけじゃありません。どんな逆境にあっても「俺は最後に勝つんだ」という意気込みでポスト50の世界に挑みます。

 下写真は西回廊にある「反橋(そりばし)。天皇の使いの者など上級国民しか渡れなかったそうです。現在も立ち入り禁止です。庶民派サラリーマンには無縁の橋ということでスルーします。そもそもこのパンパンな膝で登ったら下るときに転がり落ちることでしょう。

 スルーと言いながら逆光に映えていた光景が美しかったのでパチリ。

 西回廊のエンドも外側からパチリ。写真右側に進めばもう出口です。

 出口から迂回すると浜から大鳥居⛩に近づけます。干潮(長潮)時間帯だったので200㍍程度まで近づくことができました。

 再度、海面に写る〝逆さ大鳥居⛩〟にトライしてみました。しかし、どんなに凪とは言え全くの無風ではありません。ちょっとの風でも波が立ってしまいます。さすがに鏡のようにはなりませんね。海面に写った大鳥居⛩もぼやけてしまい失敗作です。こればかりは自然が相手なので、、、と言い訳しようと思っていました。

 ここで10郎が妻にスマホをせがみます。そして浜に降りてしゃがんで何かを撮影し始めたではありませんか。

 10郎が撮っていたのは父同様「逆さ大鳥居⛩」だったのですが、スマホ画面を見せてもらったところ、海面が全く波打っていません! 海面が正真正銘のとなっているではありませんか! ええ!どうやって撮ったんだ!

 得意げな10郎に聞くと、父のように大鳥居⛩のふもとの海面ではなく、何と自らの足元の潮だまりを活用したのだとか! 確かに浅い潮だまりなら波の影響をほぼ受けません。驚きでした。10郎によると、旅行前にスマホで情報収集し、そこで撮り方を学んでいたようです。10郎によると「砂地などが入らない角度を探すのが最大のコツ」なのだそうです。SNSの情報発信力とそれを取り入れた息子の感性に『感動した!』(by小泉純8郎)でありました(古)。 

 今さらですが大鳥居⛩について簡単に説明させていただきます。高さは約16㍍。日本三大鳥居の一つです。厳島神社と同じく約850年前に平清盛が建立。現在のは1875年に建て替えられた8代目だそうです。驚くのはその立ち方です。地面に刺しているのかと思いきや、なんと60㌧の重みで自立した状態なんだそうです!(もちろん海底の地盤自体は千本杭で補強しています)。海に仁王立ちしているようなものです。神の島・宮島のまさにシンボルでした。

 厳島神社を出ると右手にすぐ現れるのが「大願寺」(写真はその門。本殿はもっと向こうです)。

 旅館に戻る途中でいい雰囲気のカフェがあったので立ち寄ることに。「伊都岐(いつき)珈琲」さんです。Youtubeの旅チャンネルでも絶賛されていたので入店。

 朝7時なのでデザインチックな店内も貸し切り状態!

 膝パンパンのおじさんと、それを茶化す息子。

 下写真のような無礼講のおじさんに不良外国人のマナーを語る資格はなさそうです(他に客いなかったから許して)。正直、1分ほど横になるだけで停滞していた足の血は流れてくれます。

 8郎は人生史上、最も甘くておいしいアイスモカをいただきました。

 下写真は10郎が頼んだカフェラテと、広島県産企業「八天堂」さんのくりーむパン。このくりーむパンもとてもおいしゅうございました。「八天堂」さん、沖縄にも出店してくれないかなぁ。

【後記】八天堂さんの「くりーむパン」、ファミリーマート限定ですが沖縄でも販売されていました!(下写真)。うれし~。

 宮島で立ち寄ったカフェはこの「伊都岐珈琲」さんだけでしたが、超オススメです。散策しながら宿に戻ります。宮島は巨木の島でもあるそうです。

 旅館に戻りましたが、時間がないので朝食を食べずにチェックアウトしました。ついに神の島を出ます。復路のフェリー航路も晴天でした。人の少ないときに来たかったなぁ。

 さよなら宮島。最高の島でした。

 本島に到着しました。さぁ、旅の最後の目的地「尾道」に向かいます!

 尾道までの移動手段に電車を選択したのですが、これが大失敗でした(泣)。東京駅のラッシュアワーのように超混んでいたのです。途中の街で祭りがあったのが原因のようです(3連休ですから)。その駅を過ぎてからはいったん席に座れたのですが、乗り換えの電車がまたも大混雑! 結局ほぼ立ちっぱなしの移動となったのです。トランクを広島駅に預ける必要があったので、そもそもバスは厳しかったのですが・・・(尾道に泊まる覚悟ならバスも使えたはず。悔)。とにもかくにもストレスの2時間を経て、ようやく尾道駅に到着!こちらも人が多かったです。ただし外国人率は宮島に比べると大幅に下がりましたね。

 尾道駅は2019年に複合施設にリニューアルされたようです。いろいろショップなどもあったのですが、時間がないので早速駅を出ます。

 まずは昼飯だ、尾道ラーメンだ、ということで街を散策。尾道駅から歩いて5分の「ベッチャー」さんに決めました。行列ができていた上にネットで高評価だったためです。ベッチャーというのは尾道の奇祭「尾道ベッチャー祭」からとったようです。同祭は毎年11月1~3日に行われるようです。

 10分ほど並んで入店。「尾道やくみ」という七味がありました。

 家族3人とも、絵にかいたような尾道ラーメン「ベッチャーらぁ麺」(770円)を注文。「尾道やくみ」をパッとかけていただきました。

 お味はと言うと、期待していた通りの風味でした。ただの醤油ラーメンではなく、瀬戸内の魚のダシと鶏ガラ風味が香るスープ。ちょっとしたパンチを付ける背脂。そして甘みのあるちぢれ麺。チャーシューに磯海苔と、海辺を歩いたあとに食べるには最高のラーメンでした。写真がないですが、チャーハンも黒コショウ強めでおいしゅうございました(10郎も絶賛)。下写真の餃子もジューシーで大満足。ネット評価が高いのも納得しました。

  関連サイトをご参考までに。

 

尾道ベッチャー祭

尾道ベッチャー祭とは、広島県尾道市で毎年11月1~3日に開催される無形民俗文化財に指定された奇祭です。3日目に行われるベタ・ソバ・ショーキーの三鬼神とシシを先導にした...

尾道ベッチャー祭

 
 

尾道らーめん「ベッチャー」

モンドセレクション3年連続金賞受賞の元祖尾道ラーメン。雑魚節たまり醤油ベースの鶏ガラスープと熟成ちぢれ麺に、磯のり、秘伝ダレの焼豚をトッピング。小魚入り唐辛子「尾...

尾道らーめん「ベッチャー」

 

 店を出て「尾道ロープウェー」に向かいます。昨日の宮島の千光寺ロープウェーでの後遺症(笑)から正直ロープウェーという名が付く乗り物にはもう乗りたくなかったのですが、これに乗らずして尾道ワールドを体感することができないので仕方ありません。混んでませんように!と祈りながら歩いて向かいます。

 20分ほどで到着。願い叶わずめっちゃ混んでました(泣)。この列の向こうを折れ曲がってからさらに数十㍍の行列がありました。尾道は人が混む場所ではないはず!まさにオ-バーツーリズムです(お前もな)。

 とりあえず妻に並んでもらって、8郎父子は近くの神社を見学することに。境内は祭りの準備らしく大勢の地元民が作業をしていました。ベッチャー祭りかな? 8郎父子も賽銭を投げ入れ、「1秒でも早く行列が進みますように」と祈りました。

 振り返ると、登ってきた階段と尾道ロープウェー乗り場が見えました。ロープウェーと神社って異色の組み合わせだなぁ、というくらいの感想でこの神社を出ました。まさか、あの神社だったとは知らずに。。。

 軽く1時間待ってから、いざロープウェーに搭乗。カートは20人ほどの単位で混んでましたが、タイミングよく特等スペースをゲッツ。いざ、尾道の空中散歩へ!

 ザ・尾道という風景がそこにありました! 写真左下に見えるは千光寺内にある「玉の岩」と呼ばれる奇岩で、頂上に設置された玉は夜は3色に光るそうです。見たかった。

 この日も天気がよく眺めは最高でした。 

 ロープウェーを降りると、超アーティスティックな展望台がありました。「千光寺頂上展望台」です。8郎の人生で最もかっこいい展望台だったのですが、こちらも動画に注力してしまい写真をほぼ撮っていません。いつか動画で紹介いたします。どれだけアーティスティックだったかを今すぐ知りたい、今すぐでなきゃやだやだ、というせっかちな方のために参考サイトを貼っておきます。

千光寺頂上展望台「PEAK(ピーク)」(広島県尾道市)|しまなみ海道おすすめスポット

 アーティスティック展望台から絶景を眺める10郎(妻が必殺パノラマ撮影)。

 ゆったりと流れる「尾道水道」です。沖縄にこんな風景はありませんねー。

 昭和の街並み風景が残る尾道をバックに恒例の自撮りスリーショット。10郎が撮ってくれました。

 展望台を降りて、尾道の坂を下ります。尾道名物「坂道さんぽ」です。「千光寺」「文学のこみち」「天寧寺」「艮神社」「猫の細道」など、徒歩範囲に尾道を代表する観光名所が目白押しなのです! 膝パンパンのおじさんですが、チムドンドンで下ります!

 途中で鼓岩(つづみいわ)」という奇岩に遭遇。何でも、岩の一部分を叩くとポンポンという音が鳴るそうです。

 尾道の絶景を背に10郎が挑戦。

 「確かに鳴った」とのこと!

 さらに下ります。この辺りの動画は手ブレ全開であることは間違いありません。

 ついに来ました! 尾道観光の主役とも言える千光寺(せんこうじ)です。西暦806年創建と言われる歴史あるお寺です。ここもオーバーツーリズムですなぁ(涙)。人の重みで本堂が崩れたらどうするんですか。

 一昨日の「宮島交流館」にひけをとらない絶景です。8郎がイメージしてきた〝日本〟がここにもありました!

 冒頭の写真を再掲します。鐘楼です。尾道では除夜の鐘もここで鳴らすそうです。百八の鐘の音が尾道全体に届きそうですね。もっとじっくり撮りたかったなぁ。でもあまりに人が多すぎました。

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 鐘楼の隣にある東屋で絶景を眺めながら10秒ほど休憩。風が心地いいです。お茶でも飲んでもっとゆっくりしたかったなぁ。

 これから坂道をさらに下りますので、高い位置から見下ろす尾道の風景は以上となります。

 ここまでの美しい風景を見ているうちに8郎は数年前に宅シネマで鑑賞した映画を思い出しました。それは『時をかける少女』などの「尾道3部作」に続いて大林宣彦監督がさらに作り上げた「新・尾道3部作」の最終作『あの、夏の日 -とんでろ じいちゃん-』(1999年公開)です。これまた大林ワールド濃厚の作品ですが、尾道の街並みを舞台にとてもノスタルジックないい映画です。機会あればぜひご覧ください。尾道の絶景はじめ、10郎がポンポン鳴らした鼓岩(つづみいわ)も出てきます。

 さて、名残惜しくも千光寺に別れを告げ、もう一つのメーン『猫🐱の細道』へ向かいます。

 しかし、ここでこの旅2回目のチョンボをしてしまったのです! 千光寺を降りる際に、何と『猫🐱の細道』コースから外れてしまったのです! 人の流れに沿って歩いたつもりでしたが、人の流れが分散するうちに、どんどん道が分からなくなりました。妻がグーグルマップで現在位置を確認し「ここしかない」と主張するコースに入ります。誰もその道を選んでいないことが気になりましたが(そこで気づけ)、天性の方向音痴である8郎は妻とスマホに運命を託します。しかし、その道は進めば進むほど、妖怪が住んでいてもおかしくない竹林の奥に入っていくではありませんか! おい、ここで大丈夫か? こんな観光コース普通ないだろ。ビビリ8郎の心配をよそに10郎と妻はどんどん進みます。おい、父ちゃんの膝パンパンなんやで。

 薄暗い竹林の中を下ること数分、集落にたどり着きました(もちろん誰にも会いませんでした)。集落のなかの細道をしばらく歩くと、下写真のような看板を見つけたのです。それは『猫🐱の細道』の終わりを示す看板でした。写真には写っていませんが「猫の細道はここまで」と書かれていたのです。

 そうです、謎の竹林を通ってきた8郎一家は、『猫🐱の細道』の終点から逆に入ってきたのです。何というチョンボでしょう。尾道を訪れたウチナンチュは多いでしょうが、あの竹林を通ってきたのは8郎一家だけに違いありません!  

 ということで、8郎一家が『猫🐱の細道』らしき光景に出会ったのは上下写真の看板くらいです(泣)。猫は一匹しか遭遇しませんでした。原爆記念資料館に続く経路選択ミスです! 行きたかった有名カフェ『帆雨亭(はんうてい)さんにもたどり着けないまま、散策を終えることになります。千光寺の仏様ぁ、無垢なウチナンチュ家族に何という業をお与えになるのですか!

 8郎一家が下ってきた道とは違う傾斜のある細い坂道から観光客がぞろぞろと降りてきます。そこが『猫🐱の細道』だったのです。「あそこをまっすぐ行けばよかったんだな」と反省する曲がり角を思い出しましたが、時すでに遅し。膝パンパンなので『猫🐱の細道』を体感するために今から坂を上る気力はありません(笑)。さらに時間もありません。残念な気持ちを抱えて下り続けます。やはり事前調査は大切だなと反省しながら。

 出口となる路面電車の線路沿いの道が見えてきたのですが、左側の白い壁伝いに気になる玄関口があったの入ってみることにしました。8郎も何かに引かれるように、本当にたまたまでした。そこは神社の境内らしく人がたくさんいました。すると、いつかどこかで見た光景が待ち構えていたのです!

 この巨木、そして神社。まさに旅行前に宅シネマで鑑賞した『時をかける少女』のワンシーンで使われた神社ではありませんか! 原田知世さん演じる女子高生が幼いころの自分と若き両親の面影を回想しながらタイムトラベルする場所でした!

 そして同時に気づきました。ロープウェーに乗る前に賽銭を投げ入れたあの神社だったのだと! 行列から逃げるように入ってきたときは全く気付きませんでしたが、たまたま入ってきた口から違う角度で見ると、まさに映画に出てきた神社だと遅まきながら気づいたのです。「艮(うしとら)神社」と言います。

 道に迷い、行きたかった『猫🐱の細道』に行けなかったものの、偶然にも再び(うしとら)神社に入り込み、そしてロケ地だと気づくことができました。まさに8郎一家もタイムトラベルしたような感覚にとらわれたものです。

 8郎はこの一連の迷路行をこう振り返ることにしています。

 『猫🐱の細道』に行けなかったのは「尾道の猫🐱に化かされた」のだと(笑)。そして、そんな哀れなウチナンチュ一家をロケ地の延長線である竹林に案内し、本命である(うしとら)神社まで導いたのは、心優しき原田知世さんの精霊だったのだと!(昭和のおじさんの勝手な夢想をお許しください)。マイナスとプラスが組み合わさり、プラスアルファになったと考えることにしました。

 ノスタルジック尾道もここで終了となります。あぁ! 尾道に泊まりたかった! なぜこれから広島に戻らければならぬー。。。ご参考までに、尾道の映画ロケ地散策のYoutubeチャンネルがあったのでリンクを貼っておきます。謎の竹林が『転校生』『時をかける少女』のロケ地の延長線上だったことがうかがえます。

 尾道駅に向かいながら商店街を散策していると、可愛らしいカフェを見つけたので入店。店名は忘れました(謝)。膝だけでなく足裏も痛かったのでちょっと休みたかったのです。妻子は尾道レモンサワーで塩分補給。8郎は「尾道ハニーレモンビール」でアルコール除菌。尾道の風景、そして原田知世さんに乾杯。

 広島駅までの復路は高速バスにしました(電車はもう勘弁!)。駅から2分のバス停です。

 ズボンで隠れて見えませんが、結局、今日も両ひざパンパンやで!

 広島駅に到着したのは夜。またしてもekieに移動して、この旅最後の晩餐です。どの店にしようか悩んだ挙句、通りの一番手前にあった「みのる食堂」さんに入店。せっかく広島まで来て普通の食堂かよ、と思いつつ、両ひざパンパンのため入店。。。しかし、結果から言うといい食堂でした!

 旅を無事終えられることを祝って乾杯。本当にこれが家族3人最後の旅になるのかなぁと寂しく思いながら。

 3人とも当店自家製ハンバーグがメインの「ごちそう定食」(2,079円)

 自家製ハンバーグは大根おろしが載ってますが、和風というよりアメリカンな食感、風味でした。とてもおいしゅうございました。8郎のトッピングは、宮島の「牡蠣尽くし」で実は食べてなかったカキフライ。正直、この旅で一番おいしかった牡蠣がこちらになります(笑)。宮島のみなさん、すいません。揚げ物好きの51歳なので。10郎にはさらに「広島和牛ステーキ60㌘」を1,000円で追加トッピングさせました。一人っ子の特権ですね。広島駅にお立ち寄りの際は「みのる食堂」、ぜひご検討ください。

 タクシー乗り場に向かう途中で広島カープカラーの路面電車を見つけました。8郎は撮りのがしたので妻撮影。

 さぁ、初日に泊まった「広島オリ●ンタルホテル」に再びチェックインです。あの狭い部屋はどう変わっているのでしょうか? それだけが気になる51歳おじさんです(笑)。「改善してなかったらフロントの真ん中で寝てやる!」くらいの決意で入室。部屋はこんな感じでした。 

 ちょっと広い部屋になっており、なんとかトランクを整理するスペースを確保できました。野戦病院ベッドは変わらなかったのですが、この日は妻が使ってくれました。高嶋政伸(古)ばりのホテルマン魂を見せてくれた名も知らぬフロントの青年よ、だんだん!(広島弁で「ありがとう」だそうです)。シャワーを浴びて即爆睡。

 あっという間に朝。チェックアウトです。2泊お世話になったホテルをバックに自撮りで記念撮影。10郎はまたしても表情が冴えません。。。またも快眠できなかったようです。

 岩国空港まで高速バスです。バスはまたも空いており快適でした。運転手さんもとてもていねいで好感が持てました。

 8郎は旅の前に購入していた『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる著)を完読。大どんでん返しの傑作です。短いので移動中の読み切りと考えるといいサイズでおススメです。

 いつのまにか山口県に入っていたようです。運転手さんが観光名所の「錦帯橋(きんたいきょう)だとアナウンスしてくれました。「岩国錦帯橋空港」の由来ですね。車窓からパチリ。いつか来てみたいものです。

 「錦帯橋」とは何ぞや、今すぐ教えてくれなきゃやだやだ、というせっかちな方のために参考サイトを貼っておきます。1674年に建てられた世界でも希な木造5連の架け橋だそうです。

【錦帯橋】岩国市公式ホームページTOP

 やっと「岩国錦帯橋空港」に到着。空港ロビーにコクピット仕様の記念撮影ボックスがあったので14歳の一人息子を座らせて無理やり撮影。相変わらず無表情ですが、よく付き合ってくれました。自分が14歳のときは無表情どころか、無愛想だっただろうと思いながら(笑)。

 「はい。一人っ子のお役目終了~。ちょろいもんだぜ」。10郎の心を代弁(笑)。

 出発まで時間があったので、空港内のカフェで休憩することに。

 この旅で「83㌔だけは超えない」と誓ったおじさんが、旅の終わりに注文したのがこれです。カツカレーでなく〝喝〟カレーいうことで。。。言うてる場合か。

 親の記念旅行を全うし、改めてスマホに全集中する14歳です。これから沖縄に帰ったあと、休む間もなく、友達と祭りに行くのだそうです(おそるべし体力)。父は男旅で恒例の質問を、今回も投げてみることにしました。

 

 「おい、10郎。今回の広島旅はどうだった?」

 

 10郎は無表情で振り向くとこう言いました。

 

「お父さんのいびきのせいで全然眠れなかった!3日間もね!」

 

・・・。

 え? え~?

 

 息子が同行する最後の旅、という覚悟で費やしたウン十万円の旅費。

 一人だけガラガラと音を立てた古いトランクでかいた恥。

 野戦病院のような簡易ベッドで痛めた腰。

 腹十二分になりながらも胃に詰め込んだ生牡蠣2個。

 登り切った宮島の急坂、下りきった尾道の急坂でパンパンになった膝。

 原爆資料館、猫の細道をスルーしてしまった方向音痴。

 それらはすべて、息子と行く最後の旅だという覚悟があったから耐えられたのです。そしてその切なる思いは息子にも伝わっているはずだと信じていました。それが「いびき」の一言で総括されるなんて。。。去年の鼻の手術はいびきには効果がなかったのか。。。そりゃ3日間ともに息子の寝起きは悪いわな。。。 

 

 厳島の神様ぁ! こんなオチですかぁ!

 

 ・・・冗談はともかく。10郎はその後「まぁ、楽しかったけどね」とフォローしてくれましたよ(笑)。思春期・反抗期の14歳男児が少しでも楽しんでくれたのなら、親としてこんなにうれしいことはありません。

 非戦を誓った原爆ドーム

 神宿る島、宮島

 そして、昭和ノスタルジックの尾道。

 すべてが8郎一家の心を動かしました。島生まれ島育ちの一家にとって一生の思い出に残る旅となりました。10郎がいつか結婚して妻子と旅行をするときに、その時には年老いているであろう父ちゃん、母ちゃんの気持ちを分かってくれる時が来たらいいなぁ。

 以上、8郎夫妻の結婚20周年を記念した広島をかける旅、これにて大団円となります。膝パンパンの珍道中を記した長文駄文を最後までお読みいただき、

 だんだん!

 (繰り返しますが「だんだん」とは広島弁で「ありがとうございました」の意です。誤用ならご勘弁)。

 

   ⛩  ⛩  ⛩  ⛩  

 

 厳島の神様へ。3万字を超える前に、2つお願いがございます。

 1つは、おみくじの勝負事で「勝ちなり」と占っていただいた通りの神通力を来年8月にお与え下さいませ。そのための努力を全うすることを誓います。

 そして2つ目の、最も叶えてほしいお願いがこちらです。

 

 家族3人の旅をこれで最後にしないで下さいませ!

 


祝20年をかける旅@広島(中)

2024年10月19日 | 県外 8 Scene

 8郎夫妻の結婚20周年を記念した広島の旅の2日目午後となります。下写真は厳島神社と並ぶ宮島の名所、五重塔千畳閣(せんじょうかく)です。詳細は後ほど。

 原爆ドーム前駅から路面電車に乗って、1時間程度で宮島口駅に到着。海の目の前に立地しているので潮風が心地よく開放的でした! 

 そこからフェリーに乗ります。遠くに宮島のシンボル大鳥居⛩が見えてきました! もう神秘的な雰囲気が漂っています。

 約10分ほどで宮島に上陸。ついに来たぞ、神が住む島。港ターミナルを背に妻子を記念撮影。

 沖縄にも離島はたくさんありますが、こんなにも歴史伝統が息づく離島ってないですよね。沖縄の久高島も神の島とされますが、この宮島とはスケール感が天と地ほど違います。それにしても観光客が多い! 宮島の神秘性が一瞬にして吹き飛ぶほどの民族大移動! 近年世界中で問題化しているオーバーツーリズムそのものでした(お前もな)。3割は外国人でしたね。

 宿に向かって歩きます。遠くに小さきながらも、シンボル大鳥居⛩が見えてきました!

 この旅はホント天候に恵まれ、4日間ともすばらしい青空でした。生まれ島沖縄に骨を埋めるつもりのウチナンチュ8郎ですが、万一日本のどこかに移住を迫られたとするならば(どんな状況?)、勝手ながら瀬戸内地方と決めています。なぜなら、晴れが多く海が目の前にあるからです。精神衛生的に これ大事。

 ご覧ください、この行列を。海を見ようと思っても行列越しになる始末。厳島の神も仏も、そして平清盛もこんな世の中になるとは想像できなかったでしょう。オーバーツーリズム反対です(お前もな)。

 2泊目の宿「みや離宮」さんに到着。チェックインは午後なので、まずはクソ重いトランクを宿に預けることにしました。このトランクは20年前に新婚旅行に合わせて買ったものなので、かなり古いです。何といっても引きずるときのガラガラという音がうるさいのです。広島から宮島まで、音を出してトランクを引いているのは8郎だけでした(恥)。なので、この旅が終わり次第、廃棄することにしました。

 早速ランチです。宮島でのランチは島名産の『アナゴ飯』と決めていました。行きたい有名店も雑誌で確認していたのですが、実際に現地に行ってみると混雑にもまれて地図を見ている余裕などもなく、結局一番近い店を選択してしまいました(笑)。それでも10分は並んだかな。可愛らしい外観の「みやじま食堂」さんです。

 人生初の『アナゴ飯定食』(2,640円)です。おいしゅうございました。

 ウナギのかば焼きと比べてしまうとどうしても劣りますが、これはアナゴなんだと割り切ると超おいしいです(笑)。意味不明な表現に聴こえるかもですが、食べてみれば分かると思います。もし同じ料金でアナゴかウナギかという二者択一であれば、間違いなくウナギを選択するでしょう(こら)。なのでこれはアナゴだと割り切る必要があるのです。冗談はともかく、料理人さんの手間ひまを感じた一品でした! またいつか食べたいです。

 夏バテにいいというアナゴでエネルギーを充填したところで、宮島散策にいざ出発です。※栄養に関してもウナギに軍配が挙がり、ビタミンAで言えばウナギはアナゴの5倍含まれ・・・(そこまでにしておけ)。

 メーンである厳島神社は、現時点では間違いなく大混雑です。8郎一家はこの日この島に泊まるので、観光客の大半が島を出た後の夕方や翌日朝も行けます。なので、もう一つのスポットである五重塔千畳閣を優先することにしました。8郎には秘策がありました。事前に見ていたYoutubeで穴場スポットを見つけていたのです。その動画では「五重塔と千畳閣、そして宮島の古民家と海が一望できる絶景スポット。なのにほとんどの人が気づかずに素通りする秘密の場所!」と紹介されていました。そこに向かったのです。

 妻撮影の父子の背中。年々たくましくなる息子ですが、14歳になって身長は伸び悩んでいます。成人するまでには父ちゃんの背丈を追い越してほしいなぁ。いっぱい食べて、いっぱい寝て、あきらめるな、夢の「180㌢倶楽部」(笑)。

 その施設とは「宮島交流館」です。施設前に巨大なしゃもじが展示されています(数年前に表参道商店街から移転したようです)。長さ7㍍超、重さ2.5㌧の「世界一の大しゃもじ」とのことです。宮島はしゃもじの発祥地らしいです。こんなしゃもじがあったらこの施設にみな気づくだろうと思うかもですが、施設は小高い地点に立地しており、坂を上らないとこの施設は見えないのです。なので、多くの観光客が気づかずに素通りしてしまうそうです。

※正確には「杓子(しゃくし)」(飯だけでなく汁もすくう)のようですが、宮島の人は「杓子」と「しゃもじ」を同じ意味でつかっているそうなので、ここでは勝手ながら「しゃもじ」と表現しました。

 Youtuberさんが指定する宮島交流館の3階テラスに上がると・・・。Youtuberさんは嘘をついていなかったことが証明されました。まさに絶景。しかもテラスにいるのは8郎一家のみです。貸し切りです。まさにザ・宮島! 古きよき日本。 生粋のウチナンチュ8郎がイメージとして描いていた日本の原風景がそこに鎮座していました。

 五重塔とその後ろに鎮座するのが千畳閣です。このテラスで宮島ビール飲んだら最高でしょうね。

 妻がパノラマ撮影。

 ほんでもって記念撮影。Youtuberさん、沖縄から来た田舎者家族に貴重な情報ありがとうございました。

 五重塔に向かいます。角を曲がると、どーんと現れました。高さ26㍍。迫力満点! 左に屋根だけ見えるのが千畳閣です。ともに荘厳です! 

 下から見上げる五重塔の貫禄! 5年前の15周年旅行の際に見上げた東京スカイツリー(634㍍)よりインパクトがあったことを書き添えておきます。

 こちらは妻撮影。

 五重塔の映え具合は厳島神社に劣りませんね。思わず別カットを複数枚撮ってしまいました。青空に映える~。

 正式には厳島神社五重塔と言います。1407年建立。唐様(からよう)という中国の建築様式が取り入れられているそうです(道理で沖縄感も多少感じるのか)。

 こちらが千畳閣。1587年に豊臣秀吉が造らせました。正式には豊国神社(ほうこくじんじゃ)といいます。畳み千畳くらい敷ける広さということで千畳閣という愛称が生まれたようです(実際には860畳程度)。確かに広かった。でも今回撮った写真ではなかなか伝わりにくいです。いつか動画でお伝えできればと。

 ここから見える景色は紅葉のシーズンはまさに神がかり的な絶景になるのだとか。来るの早かったぁ。

 ちなみに千畳閣は、スペインのサグラダ・ファミリアのような「未完成建築物」らしいです。未完成って言葉の響き、浪漫がありますね。

 時代をタイムスリップしたかのような感覚を楽しめました。でも写真では分かりにくいですが、実際はここもアトラクション施設並みにオーバーツーリズム状態でした! もっと人が少なければ、落ち着いて楽しめたのになぁ・・・(お前もな)。

 お次はある意味アトラクションとも言える「宮島ロープウェー」に向かいます。山腹まで登って、宮島の絶景を拝むためです。頂上には「弥山(みせん)(標高535㍍)という巨大岩が居並ぶ最強のパワースポットがあるのですが、今回の旅では時間がないことから断念(泣)。途中の「獅子岩展望台」(標高433㍍)に向かいます。ゲート前で記念撮影。鹿さんとのスリーショットです!

 ゲート前と言っても、ロープウェー乗り場まではかなり歩かなければなりません。ひざの痛みをこらえて、歩きます!

 再び妻撮影。

 ロープウェーコースに至っては半分が外国人だったような気がします。見た目、日本人でも台湾、中国人も散見したからです。

 行列のため登り坂を1時間かけて上ります。まさにオーバーツーリズム!

 やっと乗り場の建物が見えました。しかしここから50分待たされたのです! 建物内でさらに行列がくねっていたのです(怖)。この様子は動画でお伝えします・・・いやする予定です(完成時期未定)。

 宮島ロープウェーは、4人乗り程度の小さなカゴに6人を押し込むという荒業! 初見の外国人とひざつめて向き合う地獄の時間が20分続きます(笑)。

 そんなロープウェーを乗りついで、ついに「獅子岩展望台」に到着。絶景!風が気持ちいい!

 しかし東屋は外国人が占領していたので、写真を撮ること以外特にすることもなく5分程度で下山を決意(泣)。ここに往復3時間以上かけたのをかなり後悔しました。その間、表参道商店街などじっくり回ればよかったと。でも、こんなに混んでいるとは想定外だったのですよ。

 下りは、上りほどではなかったとは言え、それなりに行列。ふもとに降りたのは16時を過ぎていました。いったん宿にもどってチェックインを済ませることに。

 部屋は4階でした。瀬戸内海が一望できる眺望のいい部屋でした。大鳥居⛩まで見えるか期待したのですが、新しい旅館施設が邪魔して見えませんでした(泣)。方向的にかつては拝めたのだろうと思います。ま、歩いてすぐなので部屋から見えなくても別にいいのですが。。。

 夕日に映えるフェリー航路も拝めました。

 旅館のウェルカムデザートはもちろん「もみじ饅頭」。もみじは広島県の県花だそうです。

 しばし休憩タイムに。足を上げて血のめぐりをよくする母子。

 おじさんの汚い足を見せてすいません。8郎のひざ(特に右)はパンパンに膨れ上がっていました。変形性関節症が悪化しています。もう年ですね。サロンパスと飲み薬でしのぐしかないのです。

 リセットしたところで、夕方の大鳥居を拝むために、再び外出。観光客はかなり残っていました。宮島ステイの観光客もかなり多かったということですね。妻子は宮島名物の「レモンサワー」で乾杯。「揚げもみじ饅頭」も食べていました。

 8郎は島唯一の醸造所で造られたビールを提供する宮島ブルワリーで3種飲み比べセットを購入。個人的には真ん中の「もみじLAGER」が一番おいしかったです。サンセットの海辺で飲むビールはすべて美味しいけどね! 

 ご参考までに。

宮島のクラフトビールMIYAJIMA BREWERY|宮島ブルワリー | 宮島島内唯一のビール醸造所でつくったビールが飲めます

 人生でBEST3に入るであろう夕日をほろ酔い気分で拝めることができました。

 サンセットと大鳥居⛩のコラボ。美しいという言葉以外出てきません。

 来年こそ中小企業診断士試験に受かりますように、と神頼み(笑)。

  ここで3人家族で自撮りをしようとしていたら、フランス人女性が撮ってくれました。8郎の頭に後光が射したような構図で撮っていただき、メルシーボクー! 大学時代に学んで今初めて使ったフランス語です。

 宿に戻り、楽しみにしていたディナーです。お品書きはこちらです。

 まずは前菜「旬の彩り七種盛」です。中央の煮込んだ小さな牡蠣がおいしかったです。

 土瓶蒸しを経て「鮮魚六種盛り合わせ」です。アワビの刺身は数年ぶりです。おいしゅうございました。トロ、カンパチも最高でした。

 早くも真打ち登場! 広島牛🐂です。なんだ、2枚しかないのかと思ったのですが、1枚が厚く広く、量としては十分でしたね。

 「すき焼き」にしていただきます。とてもおいしゅうございました。いつの世も牛肉は食卓の王様👑ですね。牛肉の前では、宮島で主人公のはずのアナゴも牡蠣も脇役に徹するしかありません。牛さんの命に感謝です。割り下がしみ込んだ野菜も最高でした。

 すき焼きを食べ終えた時点で腹八分状態。次は島の主人公をダブル主役に据えた「牡蠣と穴子の朴葉(ほうば)味噌焼き」登場。味くーたーで酒のつまみには最高だけど、もう満腹で~す。牡蠣はともかく、アナゴに甘い味噌は合わなかったなぁ。

 腹十分になったというのに「オレを忘れるな」と言わんばかりに豚さん🐖まで登場。宮島に来てまでラフテーかよ(角煮です)。満腹に豚の脂身はきついっす。 

 最後はとどめを刺すかのように「牡蠣のマリネ」が登場! 大粒が2つです。意地で飲み込みました。しかも妻の分2つももらったのでお腹は限界寸前。妻の食わず嫌いを植え付けられた10郎ですが、旅行効果も手伝ってか、頑張って牡蠣1つは完食しましたよ。人生は一度切り、美味しいとされるいろんなものを食べてほしいです。

 締めのデザートが到着。8郎が冗談交じりに「アイスまで牡蠣だったりして」とほざいていたところだったので、10郎が「本当にカキが入っている」と料理長の粋なダジャレ感?に驚いたのか、ついでにお茶をこぼす始末。配膳係のお姉さんが笑っていました。いい思い出です。

 スタッフの皆さん、とてもアットホームな方たちばかりでした。ご馳走様でした。

 ディナー後は満腹の腹をさすりながら、三度外出。日中は29度あった宮島ですが、夜は20度を切りました。長袖が必要でした。下写真2枚とも妻撮影。

 大鳥居⛩に接近する屋形船ツアー(下写真右)もあったので検討はしたのですが、結果、乗らなくてよかったです。51歳と●歳の夫婦、足がパンパン、とてもつかれていたからです! 散策だけで十分でした。

 写真には写ってませんが、夜もまぁまぁ人がいました。やはり宮島ステイが多かったのだと納得。

 宿に戻り、寝る準備です。疲れから3人とも大浴場には行かず、部屋付けの湯舟に入りました。8郎は一人晩酌で旅2日目を締めました。あー、疲れた。もう年だわ。

 旅館風だけあって畳間に布団です。慢性腰痛のためベッドより敷布団派の8郎としてはうれしい限り。昨日と違って気持ちよく爆睡できます! おやすみなさ~い。

 以上、2日目でした。宮島の美しい景色、美味しい食べ物と飲み物、そして神に包まれた何とも言えない安心感。。。ザ・宮島を十分に堪能させていただきました。この夜は前日の分まで爆睡したことは言うまでもありません。

 あー、楽しかったけど、超疲れた! 右ひざがパンパンやで(オール巨八登場)。

 次回(下)はもちろん最終回。早朝の厳島神社と麗しの尾道を歩いた3日目と、ほぼ帰路だけに使った最終4日目をまとめて報告いたします。記事、写真ともに今回最多でお届けする旅のクライマックスとなりますので、お楽しみに。


祝20年をかける旅@広島 (上)

2024年10月19日 | 県外 8 Scene

 8郎夫妻の結婚20周年を記念した旅行から家族3人、無事帰ってまいりました。目的地は広島県です。世界遺産の厳島神社⛩がある宮島と、昭和の街並みが残り映画のロケ地としても有名な尾道という、2大観光地を中心に巡ってきました。家族3人で長時間電車、バスに揺られ、そして足が痛くなるまで歩き回ってきました。急ぎ組んだ旅程だったため、目的地の大きな勘違い(帰宅後判明。泣)やコスパが悪い面も多々ありながら、「家族3人での最後の旅になるかもしれない」という覚悟もあってか、とても思い出に残る3泊4日(実質2泊3日)になったので、当ブログにて記録として残させていただきます(呉、鞆の浦、しまなみ海道は行けませんでした。泣)。では上、中、下の3回に分けて報告していくじゃけん、楽しんでいっておくんじゃけぇ!(誤用乱用ご勘弁)。

 下写真は宮島の瀬戸内海ブルーにそびえ立つ朱色鮮やかな大鳥居。平清盛が建立してから850年の歴史と世界に誇る日本の美を感じました。沖縄生まれ沖縄育ちの生粋のウチナンチュ8郎が体感したことのない、神宿る古くて美しい日本が、広島には燦然と息づいていました! 愛息10郎も目にスマホに(後記)しっかりと焼き付けてくれました。

 20周年の節目として広島を選んだことに特に理由はありません。前回も書いたように8郎は20年来ハワイを希望してきました。しかし歴史的な円安もあって断念。数ある国内観光地から、「10郎と行く最後の旅になるかもしれない。有名温泉や美食にこだわるのはやめて、成長期の最終段階に入った10郎の目線を大事にしよう」という観点を優先し、反戦の思いを強くする歴史的建造物があり、同時に日本の歴史、伝統文化を直に体感できる場所として広島(宮島&尾道)が残ったのです(尾道に関しては8郎のちょっとした思い入れもありました)。

 本題に入る前に、広島について簡単に紹介させてください。

 広島は、マツダに代表される自動車産業を始め、製鉄、造船などが発展し、言わずと知れた瀬戸内海工業地域の中心部です。県都の広島市は人口131万人(沖縄県144万人に近い!)の政令指定都市であり、中国・四国地方最大の都市となっています。

 広島出身者には有名タレントも多く、今やテレビ界の司会として大物三本指に入る有吉弘行さん(その子分アンガールズ田中さんも)、国民的女優の綾瀬はるかさん、故・西城秀樹さん、僕らは自由を~♪の奥田民生さん、10郎憧れのソフバン柳田選手などそうそうたるメンバーです。あ、「増税ク●メガネ」こと岸田前首相もそうですね。総理経験者で言えば池田隼人や宮澤喜一も広島県民だそうです。

 広島出身の作家としては故・那須正幹さんが挙げられます! ご存知の方も多いと思いますが、国内児童文学史上最大のベストセラー『ズッコケ3人組シリーズ』の著者です。第2次ベビーブームの8郎世代にとって小学校図書館の必須読み物でした。ハチベエ、ハカセ、モーちゃんの3人が生き生きと暴れまわった世界観は、まさに日本の縮図である広島が舞台だったのですね。40年の時を超えてそれを知り、なんだか涙腺を刺激されたおじさんです。

 そうです。「日本の縮図」と形容されるほど、広島は日本そのものをイメージしやすい県でもあります。理由はいろいろありますが、まず地形性です。山と海があり平野が少なく、またその地形性がもたらす寒暖の差(スキーから海水浴まで楽しめる)が〝日本〟をイメージさせるのです。また、所得、持ち家率、年齢構成など、全国平均とほぼ等しいそうです(なので全国展開を目指す企業が新商品のテストをする際にもサンプル市場としてよく利用するようです)。沖縄で言うと、戦跡や島自治体という理由から「沖縄の縮図」とされる伊江村みたいな感じでしょうか。厳島神社を始めとする日本古来の歴史伝統、尾道に代表される昭和の風景が残っていることも、それを後押しするでしょう(8郎もここに感化されています)。

 沖縄と共通点が2つあります。一つはもちろん、世界史上で初めて原子爆弾を投下されたことなど先の戦争で甚大な被害を受けたということです。ゆえに反戦意識の高い県民性とされています(那須先生もそうでした)。もう一つ(意外でした)は海外移民です。全国一移民が多かったそうです(ずっと沖縄だと思っていました)。ウチナンチュでいう「万国津梁」のマインドがあったのでしょうね。それによって広島弁が世界に広まり、外国人からの日本人のイメージが広島人そのものになっていたという影響も大きそうです。ただし、そういう「外に出ることを恐れない」県民気質からか、近年は若者(特に女性)の流出が全国一多いという悲しいギャップもあるそうです。

 以上、ウィキ頼り8郎先生のサクっとし過ぎる広島紹介でした。

 

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 お待たせしました。珍道中、いや旅行記を始めさせていただきます。今回の(上)では、初日から2日目午前の原爆ドーム、広島平和記念資料館(のはずだった・・・)までをお届けします。被爆地である広島を観光するには避けて通れない戦跡スポットです。

 出発当日に全裸監督状態(もちろん自宅)で乗った体重計。70㌔台どころか81㌔もオーバーしていました。70㌔台の世界いずこ~。恥ずかしい限りです。旅から戻ってきたときに83㌔だけは超えないぞ、と固く誓った51歳の出っ腹おじさんです。

 広島への便は1日1便しかないので旅程にも大きな影響を与えました(泣)。しかも今回はチケットの手配が間に合わず、お隣山口県の岩国空港を経由します。金曜日は有休を取らせていただきました。職場の仲間たちに感謝です。1年ぶりの那覇空港は3連休前だけあって混んでいました。写真では閑散に見えますけど、修学旅行生もたくさんいましたよ(旅が修学目的と言うなら平日にしてくれないか!)。

 那覇空港での10郎御用達「TULLY’S COFFEE」さんです。旅の時には必ず飲みたくなるドリンクがあるそうです。

 ドリンクを飲んでもまだ時間があったので、王様ならぬ庶民のブランチを取ることに。空港内ビアホール「キリンビア&スナック」に入りました。世界のKIRINプロデュースということで8郎も仕方なく(嘘)一番搾り黒ビールのハーフを頼みました。10郎に「昼からビール飲んでいいの?」と冷たい視線を投げられましたが「旅のビールに時間は関係ない」と飲んべぇおじさんの身勝手理論を返球! タコス(2個924円)は妻子のものだけ注文。グルメの街、広島でたくさん食べるために沖縄ではカロリーを控える決意です。

 10郎が頼んだ「タルトフランベ」。8郎も2枚いただきました(食ってるあらに)。おいしゅうございました。

 いざ搭乗。そしてスリーショット。妻子からは、8郎の顔が怖い上にでかくて邪魔だと言われました(泣)。たしかに怖かった。

 2時間かけて山口県の岩国空港到着。この空港は正式には「岩国錦帯橋(きんたいきょう)空港」と言います。近くにある錦帯橋という有名な観光スポットにちなんだようです。ところでこの空港は日米共同軍事利用となっているので、撮影の制限があります。往路の8郎家は写真を撮る余裕などなかったのですが、帰路時に撮影できたので、空港の様子は「祝20年をかける旅@広島(下)」で載せる予定です。

 駅までのバスと電車(約1時間)を乗り継いで、午後5時半ごろに広島駅に到着。3連休の花金だけあってとても混んでいました。

 ナカユクイ(休憩)のネタをひとつ。初広島で最初に感じたことがあります。広島県民って身長低くね? ということです(笑)。全国一平均身長が低い沖縄県民が言うと失礼かもしれませんが、本当に感じたのです。沖縄県民ながら約180㌢はある8郎ですが、東京はじめほとんどの県外に行くたびに「ナイチャーはウチナンチュと比べて2㌢は背が高い」というのを実感してきました。自分がちょっと小さくなった感じを受けるのです。しかし今回の広島で初めて「あれ?沖縄と変わんね」と思ったのです。お土産を買っている妻子を待つ間に、スマホで調べてみると間違いではありませんでした! 何と広島県は全国で下から4番目に平均身長が低いのだそう。理由はあきらかではありませんが、寒い地域の人ほど背が高くなる(つまり温かい地域の人ほど背は低くなる)という「ベルクマンの法則」がベースにあるんでしょうね。はい、どうでもいい話ですいませんが、個人的にびっくりしたので書かせていただきました。

 ところで、広島に着いた10月11日、広島に関する世界的なビッグニュースが飛び込んできました。 「日本被団協にノーベル平和賞🥇」です。広島の夕方のニュースはそれ一色でした。日本のノーベル平和賞受賞は同じく「非核政策推進」を推進したとされる佐藤栄作首相(1974年)以来とのことです。中国地方のブロック紙「中國新聞」が号外を出していました(下写真)。原爆の愚かさ、それは人間の愚かさを意味します。その過ちに対する反省を世界中が共通認識として持つ大きなきっかけになってほしいですね。翌日予定している原爆ドーム、平和祈念資料館の訪問にエネルギーが増しました。

 駅に着くころには日も落ちていました。駅構内で旅行最初のディナーを取ります。広島に来たからにはまずはお好み焼きじゃけん!(誤用ご勘弁)ということで、構内施設「ekie(エキエ)の「廣島ぶちうま通り」にある「麗ちゃん」さんを利用しました。ネット評価がダントツ高かったのと、実際にのれん越しにソースの香りとジュウジュウという焼く音が辺りに拡散していたので、もう即決でしたね。

 店前には行列がU字を描いていましたが、家族3人「ここにしよう」と決意。これは歴史的なことです。そうです、並ばない沖縄県民の中でも最も並ぶことを拒否る8郎が並んだのです! しかも大きなトランクを持ったまま。この店はのれんにもあるように創業1957年の老舗。ふっくら系だとか。歴史ある味に期待も高まります。

 30分くらい待たされたあとに入店。店内はソースの香りが漂っており、空腹にガツンときて、食欲をそそります。喧騒の中で食べるっていうのも食欲を刺激しますね。競争意欲がわくからでしょうか。

 愛息10郎が頼んだのは「モッツァレラチーズ」(1,050円)。旅行雑誌で最初から決めていたそうです。おいしそう! 雑誌の写真よりはチーズの量が少ないですが、優しい10郎は「味は全然モッツァレラだったよ」とのこと。

 8郎が頼んだのは「スペシャル」(1,350円)

 中はこんな感じ。広島お好み焼きのメーンである焼きそばのほかに豚肉、イカ、タコ、海老、キャベツ、モヤシが入っており、熱々であることはもちろん、ジューシーかつシャキシャキ感も失わないクオリティでした。8郎がこれまで食べたお好み焼きでもちろんナンバーワン。大満足です。

 ほんでもってYEBISU

 「麗ちゃん」さんへの勝手な評価としては、星☆3つです(いきなり堺雅八登場)。

 広島に行かれる予定のある方はご参考までに。

お好み焼きは広島の麗ちゃん 広島駅ekie1F 50年以上の老舗

 満腹に満たされながら駅を出ます。沖縄にはない路面電車も撮影。明日はこの「宮島口行き」で向かいます。

 駅からはタクシーを利用。運転手は強面のおっちゃんでしたが、話かけてみると、いろいろ情報を教えてくれました。当然ながら広島カープファンらしく、近年の成績を嘆き、新井監督の手腕に喝を入れていました(笑)。沖縄から来た8郎一家として、昨年ドラフト4位で入団した仲田侑仁君(沖縄尚学卒)を推しておきましたよ(笑)。

 変速的な今回の旅で、初日と最終日に利用するのは「広島オ●エンタルホテル」です。ネットでの評価はまぁまぁ高そうです。しかし、部屋に入ってみて驚愕! ご覧ください。本来ならあるはずの部屋の余裕スペースが、臨時ベッドが増設されたために埋まっているではありませんか。どこでトランク開けばいいんじゃい! 結果ご覧のように臨時ベッドの上で開きました。

 臨時ベッドのおかげで鏡台の椅子も引けず、冷蔵庫もちょっとしか開けない状態です。オンシーズンの3連休とは言え、ここまでやらなくても! これで3人分の正規な宿泊料金というならば明らかにおかしいです。

 しかもこの臨時ベッド、野戦病院(行ったことないけど)みたいな簡易なやつで、寝にくいったらありゃしない。音もぎしぎし鳴りまくります。腰痛再発の可能性もあって終始、寝相を変える始末。8郎はほとんど眠れませんでした(はず・・・)。

 

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 朝が来ました。なかなか眠れず午前4時半には起きていた8郎(老人か)、午後6時にはカーテンを開けます。ご覧ください。爽快な秋晴れです。5年前に一人旅で行ったお隣の岡山県同様、瀬戸内海に接する県はみな晴れの国なのでしょうか。

 秋晴れにも関わらず、寝起きの悪い10郎。何だかもの言いたげな表情で動きません。数分後に起きました。父ちゃんよりいいベッドに寝たんじゃないのか!? 

 ホテルでの朝食です。8郎一家は午前7時前に行ったので座れましたが、数分後には行列が出来ていました。

 広島らしく一口サイズのお好み焼きもありました。朝食にお好み焼きなんて広島の旅でしか食いませんから、入れておきました。広島名物の魚のすり身揚げ「がんす」も中央にあります。ブッフェ厳禁であるはずのカレー(笑)は、8郎家御用達で市販の「100時間かけたビーフカレー」に味が激似している気がしたのはご愛敬ということで(まさかね・・・)。満足度の高い朝食でした。写真を見て「51歳がベーコン摂りすぎだろ」と反省したものです。

 旅行の安全祈願をかねて乾杯。

 ホテルを出ます。ただし、今回の超変則的な旅行日程上、明日はまたこのホテルに戻ってきて泊まらなければなりません。フロントのお兄さんに「あのベッドはきついし、部屋が狭くなりすぎてトランクも開けられない。明日泊まる際には別の部屋に替えてほしい」と伝えました。青年は「あの部屋は確かに・・・。分かりました。できる限り改善します」と言ってくれました。青年を信じてチェックアウト。

※今回の旅の最大の失敗は「宿泊地の選択」ですね。ホテルの質ではなく場所という意味です。最終3日目は尾道に泊まればよかったんですよ。妻によるとパック?の都合で尾道の宿はなかったようです。。。

 非戦を願う世界遺産、原爆ドームには路面電車で向かいました。到着すると厳かな雰囲気が漂っていました。

 40年前に教科書で見て強いインパクトを受けた建物がそこにありました。

 原爆ドームを初見した人たちからは「思っていたより小さい」という反応が多いようですが、8郎は大きく感じましたね。圧倒的存在感から「お金をかけてでも絶対に後世に残すべき戦跡」という思いを痛感したものです。

 今から79年前の1945年8月6日午前8時15分。人類史上、最も押してはいけないボタンが押されたのです。「広島の空に太陽が2個できた。その後一瞬にしてすべてが焼き尽くされた」という証言も残っています。

 間近で見られた本当によかったです。原爆ドームについてはこちらのサイトが詳しいです。

 

【広島の世界遺産】原爆ドーム

広島の世界遺産「原爆ドームの基本情報」のアクセスや観光情報についてご紹介しています。

【公式】広島の観光・旅行情報サイト Dive! Hiroshima

 

 隣接する「折り鶴タワー」も行く予定だったのですが、開館が午前10時ということで断念。今回の旅はホント時間がないので。「広島平和記念資料館」に向けて徒歩で移動します。

 途中で白くて横長の大きな建物が見えたので、妻に「あれ、何だろうね」と聞きました。妻は次の乗り継ぎ方法をスマホ検索していたのか、「何だろうね・・・」と薄い反応。白い横長の建物はどう見てもこの界隈の中心的存在感を醸し出していましたが。。。オバマ元大統領が来日した際のニュースでも写っていた記憶があるので、政府機関の重要施設なんだろうか?と思ったり。でも、右手にビデオカメラ、左手で10㌔超の大型トランクを引きずっている8郎に、スマホで検索するすべはありませんでした。

 しばらく歩いていると、人気のないところにひっそりとたたずむ施設にたどり着きました。看板を見ると、やたら長い名前ではありますが、最後のほうに「平和祈念館」と書いてあります。同公園内に「平和記念資料館」(しかも「国立」)が2つもあるはずがありません。「ここに違いない。やっと着いた~」と安堵しました。「でも思っていたより、こじんまりとしているなぁ」といぶかしがりながら入館。旅行雑誌では「入館料200円」とあったような気がしたのですが、入場無料でした。昨日の「ノーベル平和賞受賞」効果で無料にしたのだろうと思い込んでしまいました。1人しかいない受付の女性は8郎一家のトランクを2台とも預かってくれました。団体旅行客の場合も預かってくれるのだろうかと不思議に思いながら…。

 それにしても人が少ない。。。見学者は日本人老夫婦と外国人数人しかいません。ノーベル賞効果が出るまでには数日タイムラグがあるのでしょうか。でも、施設内の迫力は十分。水上特攻隊が使った「マルレ」という木製の爆弾搭載船(帰りの燃料すらなかったことはあまりに有名)があり、命の尊厳などなかった当時を思うと心が重くなりました。原爆投下直後の写真も壁面パネルとなって展示されていました(下写真)。ニュースで見るウクライナ、ガザ地区と似た光景がありました。人類は人種を問わず本当に愚かです。

 被爆者の写真と氏名も映像で流れる展示物もありましたが、そこだけ撮影禁止でした。個人情報保護の観点からでしょうね。

 当時の体験者の証言を残した映像も衝撃的でした。被爆地に救助に向かった兵隊が見た地獄の光景。「黒焦げで全身の肌がただれた人間の群れが、あー、うー、わめきながら助けを求めてきた。今で言うゾンビ映画だった」「死んだ母親の傍らで立ちすくむ男の子の目の前だったが、上官に言われ母の死体を荷台に投げ込むしかなかった」「処理のために何万という死体を焼いているとどうやったら効率的に焼けるかと考えるようになる。頭がおかしくなっていく」などなど。

 同館の公式サイトをリンクしておきます。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

 施設見学によって家族3人、反戦の思いを新たにしました。8郎が亡きテルおばぁから受け継いだ「命どぅ宝」の信念をひ孫である10郎にも受け継ぎたいと思っています。この思い忘れまじと原爆ドームを背に記念撮影。

※上の家族写真を見てちょっと反省したことがあります。悲惨な戦跡の地で軽く笑顔を見せた右端のおじさんのことではありません(もはや観光地なので許容範囲でしょう)。それではなく、両親にガチっと挟まれ棒立ち(笑)の一人息子を見てです。ちょっと「子はかすがい」を期待しすぎかなぁと反省もありました。両親の愛情は時に一人息子にはプレッシャーかもしれません。わが家に大人は2人いますが、こどもは1人だけなのですから。もう少し、自由気ままに放っておいてやったほうがいいのかもしれないと思ったり。。。思春期かつ反抗期真っ盛りにも関わらず両親の記念旅に同行し、写真を撮ってくれたりボケをかましてくれたりと、よく頑張ってくれました。感謝です。とにもかくにも、親離れの時が年々近づいていることを感じました。さみしい限りですっ。

 話を戻すと同時に、ここで読者の皆様に正直に報告をさせてください。そうです。8郎一家は訪ねる施設を間違っていたのです。上記にある施設は、目指していた広島平和念資料館ではなく、近くにある広島原爆死没者追悼平和念館だったのです! ブログを書くために旅行雑誌を見返しているときに気づきました。時すでに遅し。自らの事前調査不足を恥じ入るばかりです(でもなぜ、あの白い横長の建物の圧倒的存在感をスルーできた!?)。でも、ホント悔しいです。見学したかったなぁ~。右方下がりの会社勤めのサラリーマンにとってもう一度行くお金なんてありません。10郎、いつか自分で働いたお金で見てきてください。一応、広島平和記念資料館の公式サイトをリンクしておきます。これを見て行った気になっておきます。

広島平和記念資料館

 

 ということで、平和記念資料館館をスルーしてしまうという大チョンボ💀があったものの、県外の被爆地跡で非戦の誓いを新たにすることができました。さて、いよいよ今回の旅のメーンと言える世界遺産、厳島神社⛩がある宮島に向かいます。古き日本の美を伝える景色がそこにありました! それを伝える続編(中)をなるはやで更新しますので、乞うご期待。


祝20年は〝日本の縮図〟

2024年10月12日 | 県外 8 Scene

 8郎夫妻、去った9月に結婚20周年を迎えることができました。ここまで月日を重ねることができたのも、支えていただいた皆々様のお陰です。ということで、20周年記念旅行を計画しました。この秋の3連休を利用して家族3人で楽しんできます。行き先含め、旅行記については、無事に帰沖次第、当ブログにて報告させていただきます。10月後半になると思います。下写真は徐々に秋の気配を感じさせる横長の雲。まるで遠くにアルプス山脈があるようです。5年前の長野県上高地の旅を思い出しました。台風直撃の過酷な旅でしたなぁ。

 結婚6年目に授かった愛息10郎ももう中学2年生。5年後の25周年(銀婚式)には19歳になっています。大学生になっているはずなので、親の旅行に付き合ってくれるとは到底思えません(寂)。ということで、20周年のこの旅が親子3人最後の旅になるかもしれないと、さみしい覚悟をしました。それゆえに「お金も惜しまない」と決意したものの、決断が遅かったことから3連休の旅行商品はほとんど完売。グレードを下げたりしながらなんとか妻がチケット、ホテルを抑えました。

 

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 いきなりですがナカユクイでおいしゅうございましたシリーズです。うるま市の「海の駅」にあるカフェ「海中茶屋」に行ってきました。タコミートとモズクそばを融合した「タコ混ぜそば」(1100円)です。異色の組み合わせですが、とてもおいしゅうございました。サイドメニューのモズク天ぷら(350円)は外カリカリ、中もっちりの揚げ具合。いいシェフさんがいると思われます。

 このカフェはちょっと値段は高いけど景色もいいし落ち着くので、機会あればまた行きます。

 

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 話を戻します。

 長年のブログチェッカーのみなさんはご存知でしょうが、周年旅行を計画するたびに8郎はハワイを希望してきました。ダイアモンドヘッドビーチに寝そべる金髪美女👙を見たいからではありません(多分)。息子の心がピュアなうちに、火山と波と風が造ったというハワイの大自然を見せて、地球のダイナミズム🌋🌊⛅🌀を体感してほしかったのです。同じ島国でもサンゴ礁でできた沖縄とは全く違います。その経験はきっと息子の人生観を多少なりともワールドワイドにしてくれると信じていたからです。島国生まれ島国育ちを誇りに思ってほしいのですが、島国根性だけではこれからの世の中、生き抜いていけないのです。しかし、まだ10郎が生まれていなかった5周年(湯布院)を始め、10周年(北海道)、15周年(上高地)ともに、妻の強い希望である温泉必須の観光地に譲歩してきました。それはそれで楽しかったものの、8郎の心のどこかにわだかまりが残っていたのは否めません。だからこそ「10郎と最後の旅になるであろう20周年こそは何があってもハワイに行く!」と宣言してきたのです。しかし時の流れは残酷💀。。。気づけば歴史的な円安💰になっているではありませんか!(ハワイでは2Lのコーラが630円だとか)。それでも8郎は行きたかったのですが、8郎の給与振り込みの口座カードを預けて20年の妻は海外など見向きもしません(泣)。8郎はまたもハワイを泣く泣く断念したのです。「自分の息子には幼いうちに海外の大自然を見せてあげたい」という小さなころからの夢がまた一つ、はい、消えた!(愛川欣八登場)。悲しいっ。

 

※しかしこれには後日談があります。往生際の悪い8郎が「いつか円高に戻ったら、父ちゃん1人でワイハに行ってくるかぁ」と冗談交じりに言うと、なんと10郎が「俺も一緒に行く!」と言ってくれたではありませんか! 父の網膜に写る金髪美女に思春期の息子の目もくらんだのか分かりませんが(笑)、父ちゃんの提案に賛同してくれただけでも涙がちょちょぎれるほどうれしかったです。右肩下がりの会社に勤めるサラリーマン一家だけに今後ハワイに行く可能性は残念ながらほぼないでしょうが、息子の賛同表明のおかげで心のわだかまりをクールダウンさせることができ、国内回帰に切り替えることができました。息子よ、ありがとう。

 

 ということで今回の行先はもちろん国内です。それも有名な観光地です。「日本の縮図」とさえ表現される日本古来の伝統文化、そして景観が息づく場所です。沖縄生まれ沖縄育ちの生粋のウチナンチュ8郎がテレビや映画などでしか体感したことのない日本の歴史・文化がそこにあるのです。有名温泉はないので妻も妻なりに大幅譲歩したと思われます。3泊4日(実質2泊3日)のタイトな日程ですが、思い切り〝日本〟に浸ってこようと思います。そこに8郎憧れのダイアモンドヘッドビーチはありませんが、海は常に視界にあるようなので海好きのおじさんとしてはうれしいです。8郎家3人の珍道中は、無事に帰宅次第、報告させていただきます。古き日本を感じながら、歩いて歩いて歩きまくってきます!

 

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 ここで、ナカユクイ第2弾として映画ネタを1本。アマゾンでDVDを購入してまで鑑賞した『時をかける少女』(1983年公開)です。故・大林宣彦監督の「尾道3部作」の2作目という位置づけです。ヒンスー(貧乏)小学生だった8郎は映画館で観ることはできなかったのですが、ユーミン作詞作曲の同名テーマ曲だけは耳に焼き付きました。あまりに美しいメロディーと歌詞です。古き良き日本がそこにあります。何度も書いてますが、ユーミンと桑田佳祐のご両人に国民栄誉賞を! 石破茂新総理、衆院選前にどうですか。

 映画自体の内容としては、あまりに大林宣彦カラーが色濃く、好き嫌いが分かれるでしょう(8郎は嫌いではない)。なにせ40年前の作品なのでストーリーもセリフも古いのでお勧めはしませんが、肩の力を抜いて昭和の世界にタイムトラベルしたいという同世代の方にはおすすめです。純粋無垢な女子高生を演じる原田知世さんが超絶かわいいことに異論をはさむおじさんはいないでしょう(金髪美女の遥か上に位置します)。世の中の女子高生がみなこうであったら、国粋主義者が変な音頭を取らなくても〝美しい日本〟は復活する! と幻想を抱く昭和生まれのおじさんがここにいました(もちろん冗談です)。でも、これだけ経済格差が開き、道徳心も失い、不良外国人を無制限に入国させている現状では、美しい日本なんてもう無理でしょうね(そもそも8郎は昭和に戻るべきだなんて思っていません。どんな未来であっても歴史は前に進むしかないのですから)。

 以上、何が言いたいのか分からなくなってしまったナカユクイの映画紹介でした。

 

♪ わたしは わたしは

   彷徨いびとになる

 

 

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 ということで、旅行の目的地について完全にお分かりになった方がほとんどだと思いますが(爆)、あえて文字ベースでは触れずに今日のブログを閉じさせていただきます。下写真は出発当日の自宅テラスからの光景。この3連休は全国的に秋晴れ予想!☀ 8郎家の旅としては初めて天候に恵まれそうです(笑)。

 では、時をかける8郎一家(広島ヤ●ザではありません)、日本を感じる、かつ最後になるかもしれない家族3人旅行に、

 

 行ってくるじゃけぇ!

 

 (※誤用ご勘弁)


おっさん1人受検旅@福岡

2023年11月05日 | 県外 8 Scene

 2023年(R5)の中小企業診断士2次試験@福岡を終えて帰宅しました。

 7科目もある1次試験を突破した高学歴エリートたちの8割が落とされる難関試験であり(酷)、かつ診断士の根幹とされるコンサル助言をスピーディーにまとめあげるスキルが試される記述式の2次試験。1次すら受かっていないどころか勉強時間も足りていない50歳8郎が無謀とも言える挑戦をした理由については、これまでに書いてきたところです。不運を幸運に変え、自分の強みを生かして、人生一大勝負に挑みたかったからです。その結果やいかに。右肩下がりの会社に勤めるサラリーマンの県外の地での孤軍奮闘記をお伝えいたします。

 と、かっこよく書きましたが、結果から言うと事例Ⅳ「財務会計」が不発で足切り(40点未満)になりそうです。それはつまり他3科目で合格ラインをとっても不合格となることを意味します。予備校解答などを見てもⅠ~Ⅲはそれなりに得点できているのですが、Ⅳ「財務会計」で大きな失点がありました。どちらにしろ、結果はこれから受ける1次試験同様に来年1月31日に発表されます。でもホント、今考えても1次に受かってない沖縄県民に2次を受けさせるなんておかしな話ではありますよ。主催団体は「学力の低いウチナンチュはどうせ落ちる」と処理上の観点から実施しているのでしょうね。チクショ~!

 突如現れたコウメ太8は置いといて、以下が2次試験挑戦のてんまつです。

 今回の1人受験旅は下写真のように天候に恵まれました~。帰りの福岡空港で撮影。観光旅行だったらなぁ~.。

 あらためて振り返ると2023年の診断士試験は台風6号の影響で激動しました。8月の1次試験が沖縄地区で中止→12月末に再実施と変遷し、同時に沖縄地区受験生には1次より先に行われることになった2次の受験資格が与えられ、1次と2次の合格発表が年越しの同日になるという異例ずくめの展開でした。8郎含め沖縄の受験生のメンタルはかなりボロボロのはずです。勉強をやめた人も一定いるはずです。

 下写真は1次に受かってもいないのに届いた2次試験受験票(ある意味、日本の国家試験史上においても希少価値があるでしょう。不合格となったらメルカリで売ってやろうか。笑)。今年受けてもどうせ受からないとマイナスに考えるか、逆に「1次の前に受かって歴史に名を残してやる」と燃えるかは自分次第です。8郎は後者を選択しました。養成大学校狙いの金融機関勤め人が多いであろう沖縄地区の受験生はほとんど受けていないと思います。

 さて本題に入る前に、前回お伝えした減量計画の結果をお伝えします。2週間ほど真剣に取り組んだ結果は、こちら!

 はい、70㌔台の世界には行けませんでした(泣)。残り1日水だけ飲んででも達成しようかと考えたのですが、試験日に変な反動が出てもまずいと考え直し、出発前日は普通の食事をしたのです。でもここ数年で一番身軽な状態で試験に臨むことができました。やっぱ体は軽いほうがいいですね!

 10月28日土曜日、社宅から歩いて3分のバス停から高速バスに乗って那覇空港に向かいます。人生大一番のスタートです。あとで空港で計測されたトランクの重量は10.7㌔。分厚いテキストが原因です。

 バス車内でも時間を惜しんで勉強します! 使えそうなフレーズを徹底的に頭に叩き込むのです。2次試験は直前詰め込みはあまり意味がないとされていますが、勉強時間と実力が不足している8郎、少しでも得点可能性を高めようと一心不乱に読み込みます。やはり少しの努力でも意味なくはないですね。

 朝食を取ってなかったので那覇空港でブランチ。ロイヤルホストさんを利用しました。大好きメニューのロイヤルカツカレーに目が行きましたが「これは帰沖後に取っておこう」と我慢。野菜中心メニューに切り替えました。

 2時間弱で福岡空港に到着。地下鉄経由で博多駅に移動しました。映画告知用のゴジラが出迎えてくれました。

 駅から歩いて2分のホテルセンチュリーアートさんです。

 室内はこんな感じ。HPによると米国製の硬めのベッドが売りだとか。

 ベッドに備え付けの小型ライト。出張サラリーマン対策でしょうか。8郎も「寝る前までテキストが読める」と安心。

 冷蔵庫もありました。

 最近の8郎に欠かせないアイテムも沖縄から持参しました。ヤクブーツです。訂正、鼻うがい用の塩です。これ、このまま置き忘れたら、掃除のおばちゃんビックリするでしょうね!

 小さな机で最後の調整をします。試験直前になってシャープペンシルの太さを変える決断をしました。記述式なので汚い字はマイナス要素だとネット情報があったためです。採点者のことを考えるとあながち誤報でもないと思い、0.3㍉の極細に変更しました。確かに線が細くなり多少きれいに見えます。でも従来のイメージで使うとポキポキ芯が折れます。この直前判断が凶と出るか、吉と出るか、やってみないと分かりません。あとは、心を整えて試験のイメージをします。大学受験も県内だった8郎、ホテルで勉強するなんて人生で初めてなので新鮮でした。ホテルって集中できますね。

 ホテルは博多駅近くの飲食店街に立地するので、たまに酔客の嬌声が聞こえたりしますが、部屋は10階だったので特に影響はありませんでした。

 歩いて30秒のコンビニで買った夕飯。万全を期して、この日は生もの系だけは避けると決めていました。あったかおでん、おいしかったです。

 2週間我慢していたスイーツを解禁! 明日へのモチベーションを上げるためです。これは生ものだと言われればそれまでです。

 シメにご当地カップラーメンも食べたのですが、それは別のカタチでお伝えします。完全にリバウンドしてるあらに!

 この日は緊張して眠れないかもと心配もしたのですが、朝からの移動疲れもあってすーっと眠りにつくことができました。硬い米国製マットのお陰でしょうか。。。

 

 さぁ、ついに試験本番の日です。午前6時に起床。

 とあるネット情報にこのホテルの名物朝食として「ブラックカレー」とあったので期待していました。しかし配膳されたのを見ると、明らかに普通のカレー。ちょっと幸運が遠のいたようが気がしたものです。後日ネット情報を最確認すると古い情報だったようですね(泣)。公式サイトには表記すらありませんでした。幻のブラックカレー食べたかったなぁ。

 徒歩で試験会場へ。17分で着きました。南近代ビルという建物でした(画像はネットから転用)。

 会場着入口では、予備校スタッフが受験生応援の名のもとに(笑)入校PRの販促活動にいそしんでいました。撮影はここまでなので海を越えてきた記念にと縦幕をパチリ。縦幕には「2次」の2文字を入れてほしかったなぁ~。

 下写真もネットから転用させていただきました。こんな感じの試験会場でした。

 受験生は9割が男性でしたね。もっと女性人気が高まっていると思っていましたが予想外でした。年齢は30~50代が8割超、残りを60代以降やフレッシュ20代という感じでしょうか。それにしても中年男性層の「生活に疲れた感」が漂っていること! ネットでよく書き込まれる「診断士試験会場は加齢臭おっさんのたまり場」という大変失礼な表現に思わず納得しかけた50歳です。2次試験会場なので当然ここにいる方々はすべて、8郎が4度も落ちている1次試験を突破してきた高学歴エリート集団のはずです。失礼ながら、そんな感じがまったくしませんでした(笑)。冗談はともかく、でもそれこそがこの試験、受験層の本質でもあると思います。みなさん、輝きが出ないほど勉強に注力してきた方々、というふうにとらえるべきだと思います。敵を見くびると負け戦確定です。ましてや、この視界不良の経済状況において、将来のリスクを想定し一生懸命頑張っているおっさんたち、と考えるべきなのです。休日をゴルフや昼寝に費やすよりずっと意味があると思っています(将来が間違いなく安泰だという方はゴルフや昼寝をどうぞどうぞ!)。

 では、80分×4科目の激闘🔥を振り返ります!

 

事例Ⅰ(組織・人事)

 最初の科目。ここで転んだら立ち上がるのに時間を要します。何としてでも好ダッシュで勢いを付けなければなりません! 高品質を売りとし、他社との協業を考えている、職場環境のよい「蕎麦屋」がテーマ(そんな蕎麦屋、本当にあるんですか?という質問は診断士試験の世界ではご法度です)。協業へのリスク対策と立地条件を生かした新市場開拓のための組織編成について書きました。うん、書けた、書けた。高得点が期待できそう! 想定通りいいスタートが切れたと思います。

 

事例Ⅱ(流通・マーケティング)

 なんと少年野球チームがテーマではありませんか。昨年は愛息の野球チームで保護者会長を務め金策含むチーム運営に尽力した8郎にとって願ってもないテーマです! 格安店の登場で低価格に目移りする監督、保護者を、専門性が売りの自社製品にどう呼び戻すか、自分なりに書くことができました。また女子野球人気を盛り上げるためのイベントも、かつていた女子選手たちのことを思い出し、彼女たちを野球に誘導するには・・・とイメージし書くことができました。まあまあ取れたと思います。ただし予備校講師らが第2問の正解と予想する「サブスク」については全く想定できませんでしたね。「教科書で習ったものしか書いてはいけない」という都市伝説がおっさんの思考回路をフリーズさせたのかもしれません。でも、不合格答案ではないと気持ちを切り替えます。前半戦2科目は合格ラインに乗せているんじゃないか? ミラクルのために必要な土台は次の事例Ⅲにかかっている! まずはコンビニ弁当で腹ごしらえだ。

 

事例Ⅲ(生産・管理)

 イメージにしにくい工場がよく出るので苦手な科目ではありますが「なんでも書いてやる。書き切ってやる」と闘志前面で正面から立ち向かいました。業務用食品製造業がテーマです。「一貫生産」「レシピ標準化」など重要フレーズを書けなかったことが不安材料。解答欄はほぼ埋め尽くしたものの、ちょっと組織人事風に偏ってしまったかなと反省が残ります。しかし方向性の選択で採点が二極化する第5問では「妥当」とし、具体的な理由と留意点を書き上げることができました。「妥当ではない」だと大きく減点される可能性がありました。悪くはない、うん、悪くはないぞ、と言い聞かせます。さぁ、何とかミラクルのための土台は築き上げたはずだ!(多分)。いざ、最難関の「財務会計」へ! 5割近く取れればミラクル合格可能性が高まるぞ。

 

事例Ⅳ(財務・会計)

 泣いても笑っても最後の科目かつ、ミラクル合格に向けた最大の壁です。4科目中唯一、ほぼ計算問題という特色もあります。「財務会計を制すものが診断士試験を制す」とまで言われるほど、まさに2次試験におけるラスボス👹です。8郎は全く制しておりません!(1次の財務会計は2年前に合格済ですが)。まずは絶対に高得点が必要な経営指標に時間を費やします。おかげですべて解答することができました。個別の指標の妥当性については多少の減点があるかもですが(設問1で売上高総利益率を選んだので設問2の加点は低いかもです)、算出した数字も計算は合っています。20点中最低でも14点は取れているはずです(でも時間かけすぎた。汗)。第2、第3は複雑な計算式なので、いったん飛ばし第4問のOEM(他社ブランド製造)に関する記述回答を優先します(記述式は何か書けば部分点が取れるので)。1次試験で覚えた知識をフルに活用し何とか書き上げました。20点満点中12点は取れるだろうと希望も込めて想定。第1問と合わせて30点程度。つまり50点獲得のための残り20点プラスはきついっ。40点以上の足切り回避作戦がいいか。やはりラスボス、手ごわい。

 急ぎ第2問のCVP(損益分岐点分析)に移ります。問題文を読むと、何と練習問題で繰り返してきた「連立方程式」が出ているではありませんか。心が躍りました。「もしかして今年は俺にラッキーな年なのか」と。しかし問題文を読み込んでも、なぜか解答方法につながりません。「あれ?どうしてだ?先日やった問題と同じはずだ。何が違うんだろう」。おそらく20分は考えました。しかし、何度やっても途中で計算が止まってしまいます。何かが足りない、しかし何が足りないのか全く分からない! 脇から汗がどっと出てくるのが自分でも分かりました。「こんなときこそ落ち着け。焦ってパニくったらその時点で負けだ」と言い聞かせます。しかし目の前の暗雲は晴れません。

 いったん第3問に移りました。ここは毎年高難度の問題が出されるところです。今年はNPV(正味現在価値)で予想通り、問題文から難解です。「これは触るだけ時間の無駄。俺にとっては完全に捨て問だ」と判断。30点を遠慮なく捨て、第2問に戻ります。時計を見ると残り5分! 恥ずかしながらシャーペンを持つ手も震え始めました。

 再び第2問の問題に取りかかりましたが、やはり解答の道筋が見えません。何かが足りないのは分かっているのですが。。。心理的にパニック寸前です。このパニックから逃れるためには、あきらめるしかなさそうです。もう今さらあがいても無駄だ、30点ちょっとでは足切りで不合格確定だ、と。追い込まれた50歳です。胸の動悸が「もうレフリーにタオルを投げて楽になれ」と言わんばかりに激しく鳴ります。

 その時、8郎は自分の胸に問うてみました。俺はなぜ、この試験を受けたんだと。理由はいくつかあります。右肩下がりの将来に対するリスク対策、純粋な自己成長、社業貢献で評価アップ、ポスト50歳に向けたアイテムの確保などです。しかしそれはすべて利己的なものです。沖縄から筆箱に忍ばせてきた、愛息10郎が作ってくれたお守りが違う観点を教えてくれました。

 そうです。有言実行です。10郎には「父ちゃんは必ず受かる」と約束しました。そのために行動すると誓いました。なので4回落ちてもあきらめずに5回目の挑戦を始めたのです。そして今現在、試合は終わっていません。なのに、あきらめるという選択肢があるのでしょうか。あろうはずがありません!(イチロー風)。最後の最後まで全力で戦うのです。それこそが真の有言実行です。終わってもいないのに自分から負けを認めるなんて戦士としてあってはならないことです。そんな姿を息子に教えたくないのです。おっさんは闘志を取り戻しました。そのために1分間費やしてしまいましたが(笑)。

 結果を予想し嘆いている時間など1秒たりともありゃしない。今ここは戦場で勝つためだけに時間を費やすべきなんだ。時間を気にせずあえて深呼吸をします。そして「これが最後だ」と言い聞かせ、第2問の問題文を血眼になって読み込みます。そしてようやく過去の練習問題との違いに気づいたのです。第2問は2カ年度の損益分岐点の変化を比べる問題なのですが、「変動費」については「2年とも同じ」と書いてあるのですが「固定費」については一切触れていないのです。練習問題では「固定費も同様に変わらない」等注釈は付いていました。「注釈がないため固定費が分からないから次に進めないんだ」と気づいたものの「では固定費をどうやって算出するのか」どう考えても思い浮かびません。過去の練習問題と似ているように見えて実は異次元レベルの難問なのか? それならもう手の打ちようがない。。。などと考えていて、また気づきました。

 「固定費だから2年とも『固定』されている、つまり変わっていない、と出題者は言いたいのでは?」

 と。

 その瞬間に8郎の左手が急稼働しました。高速で電卓を叩きまくります。まさに秒速8連打の高名人です。問題文のおかしさ、不親切さなどを気にしている時間はありません。もう残り1分を切っています。それに懸けるしかないのです。とりあえず固定費は2年度とも同じだという前提なら連立方程式が組み立てられます。それから3問くらいは正解につなげるはずだからです。左手も緊張のあまり震えます。しかも計算が長い! 数字の桁も長い! ようやく①変動費率を算出しました。そして次はそれを元に②固定費と③損益分岐点売上高を算出します。時計を見るともう秒単位で終わりが近づいています。検算などしている時間はありません。解答欄に数字を書き込みます。ちょっと早めに設定していた自分の時計はすでに終了時刻を過ぎました。と、そこで、大きなミスに気付いたのです! ②の単位がおかしい! 問題文では数字の単位は万円ですが、解答欄は千円になっているのです。②を万円のまま解答していたのです。またずるっこい落とし穴作りやがったな! 計算は当たっているんだぞ!

 千円単位に直すべきか、そのままで行くべきか、今試験最大の選択を迫られました。

 結果、直しませんでした。理由は、万一修正している間に終了タイムが鳴ったら、その時点でペンを置かねばならないからです。万から千に書き直すと数字が増えるので記入ミスも想定されます。書きかけであればもちろん正解にはなりません。

 一方で現在の万円単位なら正解ではないが、大枠の数字では当たっているので部分点を取れる可能性は少ないながらも残っています(あって1点ですが)。本当は1点でも積み上げたいので直すべきなのですが、リスクを取るのはやめました。現時点での総括としては、直さなくてよかったです。すぐにタイムが鳴り「ペンを置いてください。何か書く仕草を見せた受験生は不正行為と見て不合格となります」とアナウンスが鳴ったからです。書き直してたら大変なことになっていた可能性があります。

 ミスを直さなかった選択が結果にどうつながるかは今のところ分かりません。しかし、足切り回避を絶対条件に掲げた財務会計においては大きな分岐点となるのは間違いありません。練習してきた内容だったのにと思うと悔しくてなりません。どうして固定費についてああいう不親切な書き方をするのでしょうか。また問題文と解答欄の単位を変えるのでしょうか。最初からそれが分かっていれば、②と③は正解できていたはずです(計算がほぼ間に合わなかった③は結果不正解でした。悲)。出題の在り方は、もちろんネットでも炎上していました。でも1次試験と違って没問がないとされる2次試験(そもそも回答すら公表しないという唯一の国家試験)なので、加点等もないでしょう。2次はまさに出題者完全優位の世界なので。

 

 以上、激動の80分×4科目でした。書いてきたように最後の事例Ⅳで半分以上のエネルギーを使ったことは言うまでもありません。まさに「財務会計を制すものがなんとやら」です。

 悔しさに押しつぶされそうになる心境ではありましたが、10郎のお守りによって逆境から立ち直り1問を正解に結びつけたことについては充足感がありました。息子に最後の最後まであきらめるなと言える親であれたかな、という意味で。

 

 ・  ・  ・  ・  ・

 

 後悔と少しの充足感にメンタルバランスを操られたまま、帰路に着きます。「加齢臭ただようおっさんたち」も一言も交わさずに黙々と行列で駅方向に集団帰路に就きます。日曜の夕方に異様な光景だったでしょうね。この中から合格できるのは2割弱だけという過酷なサバイバルレースがやっと終わったのです。

 ホテルでシャワーを浴びて、近くの居酒屋へ向かいます。沖縄から電話で個室を予約していた「楽蔵」さんです。

 居酒屋に入る目的はもちろん一人打ち上げもありますが「再現答案」を作るためでもあります。「再現答案」とは、提出した解答を、記憶と問題用紙に残したメモを頼りにもう一度作り直すことです。理由は後日の自己採点や口述試験対策です。なのでPC打ち込み作業が必要なので、個室が絶対必要だったのです。だったらホテルでやればいいあらに、という至極ごもっともなツッコミは受け付けません。そうです、ホテルから出てビールが飲みたかったのですよ!(笑)。コンパクトな造りで希望以上の個室でした。

 早速、YEBISU瓶ビール! ほかの名だたる国産ビールと比べてもゴールド感が違う。味も1ランク上ですね。

 まず頼んだのは刺身三点盛と、オムライス同様におっさんを永遠の少年に戻らせてくれるメニュー、ポテトサラダです。

 こちらは奇をてらったメニュー「カマンベールチーズのラー油漬け」です。つまみにはいいのですが、ちょっと量が多かったです。複数人で頼むやつだったかも。味は何だか懐かしい感じ。沖縄名産の豆腐ようと似ていることに気づきました。

 今回の受験旅で一番おいしかったのがこの「中落カルビの牛串 北海道産わさび掛け」(税込み429円)です。愛想のいい女性店員さんのおススメ。例えて言うとフィレステーキ肉にわさびとチーズをのせた感じでしょうか。思わずお代わりしてしまいました。ニセ豆腐よう(失礼)を頼むくらいだったらこっちを3本頼めばよかった。ビールとの相性もよかったです。

 ビールを3杯飲みながら1時間半かけて再現答案を完成させました。試験が終わって2時間しかたっていなかったので記憶が十分に残っていましたね(でも正確に反映できるのは8割程度と聞きます)。この時間帯からはネットでも正解予想が徐々に出てくるので一喜一憂しました。自信をもって解答した経営指標が模範解答と違うことに落ち込み、終了間際に書き上げた小数第二位の変動費率が正解だったことに安堵したり。。。これは受けた人にしか分からないメンタルの乱高下です。

 これ以上のネット検索はやめよう、ネットには負け組の不満も爆発しているので同じ環境にいないようにしよう、明日以降に続々出てくる大手予備校やYoutuberさんの模範解答を待つのみだ、と決め、お会計。

 それにしても財務の問題つくった大学教授~。どうしてあんな不親切な問題文作るの~。固定費が2年連続で同じってどこの誰が決めたんですか! 万円単位で質問しておきながらなぜ千円単位で答えさせるのですか!(まだ、言う~。いや、不合格だったら一生言う~)。

 

 店を出てシメ飯へ。歩いて2分の博多駅に向かいます。2階にラーメン街道みたいなスペースがあったので、そこで客が並んでいない店を選びました。わたし並ぶの嫌いなんで(ドクター8登場)。豚骨しょうゆを頼みます。

 お味はというと、おいしかったのですが、ラーメン激戦区博多のおひざ元であることを考えると採点は厳しくなりますね~。沖縄の通堂さんやもとなりさんの方が上かなと思いました。なので店名は書きません。※好みは人それぞれ。普通においしかったですよ!

 その夜は午後10時にはベッドに入りました。自分が思っていたより、疲れがたまっていました。「冷静に考えると、やっぱ不合格だろうなぁ」という気持ちとともに寝入りました。

 

 朝が来ました。日程はタイトなので朝食を食べたらすぐチェックアウトです。トーストにしました。普通においしゅうございました。店員さんは男性、女性ともに対応のいい方々でした。福岡に所用のある方は「センチュリーアート」さん、ぜひご利用ください。立地のよさにおどろかされます(コンビニ、薬局、駅、飲食店すべて隣接しています)。

 福岡空港のカフェで最後の休憩。冷たく超甘のアイスカフェモカでこの熱く燃えたぎった受験旅を締めます。

 余談ですが、帰りの便にはお相撲さんが数人いました。沖縄で相撲イベントがあったのですね。その中に沖縄出身の美ノ海関がいたことを後で知りました。本人とは知らずすれ違ったのですが8郎より背がちょっと低かったことを覚えています。その体格でよく入幕を果たしてくれました。けいこ、けいこのたまものでしょうね。沖縄の誇りです。幕内でチバリヨー!

 那覇空港に着くと、空港飯の定番ロイヤルホストのロイヤルカツカレーには目もくれず、バス停に向かいました。食欲より帰宅欲が強かったからです。思っていた以上に疲れていたんでしょうね。

 往路と同じバスで無事帰宅しました。ザ・単身赴任男の殺風景な部屋が待っていました。散らかったままの部屋を見て、この2カ月間の自分の努力を確認することができました。仕事以外の時間をほぼ勉強に充ててきたと、限られた時間の中でできるはすべてやってこれた、という充足感です。自分で自分をほめてあげようと思います(独学の身では誰も褒めてくれませんので)。おつかれ、おれ。→今年の流行語大賞に推薦願います。

 さて、冒頭にも書いたように2次試験合格の可能性ははっきり言って低いです。しかし、前述の通り短い時間で全力を投入できたという達成感と、自分には2次試験の方が向いているということを再認識できたことで、満足度の高い受験旅となりました。ポスト50歳の挑戦として実行して本当によかったと思っています。2次試験の内容は負担は大きいけれど勉強していて楽しい分野ですね。本当に診断士の核となる内容だと思います。この日をもって1次試験に完全シフトなので、分厚いテキスト、長い問題文とお別れです。ちょっと寂しい気持ちもこみ上げてきました。

 応援していただいた方々には厚くお礼申し上げます。こいつ、一体いつ受かるんじゃ、と思われている方も多いと思いますが(笑)。

 受験旅の様子を動画にまとめYOUTUBEにアップしました(丸一日かかりました。勉強せい!)。勝手ながら8郎が敬愛してやまないYOUTUBEチャンネル『たっちゃんねる おっさんの旅』に対するオマージュの意味も込めました。本家とは違い、こちらは相変わらずストーリー性も構成力もない駄作ではありますが、いい記念になったので、お暇な方はご覧ください。

※ついでに本家本元もリンクしておきます。「たっちゃん」さんが沖縄を訪れた際の動画です。ご参考までに。

 では、クリスマスイブイブ&イブ🎅の1次試験2DAYSに気持ちを切り替えて、また勉強と体力改善の努力をリスタートさせます。何度も書いてますが、今度の1次に落ちると例え2次に合格していても2次も同時不合格となるのです。なので今年の本丸はなんだかんだ言っても1次試験なんです! これだけ疲れたのに本当のヤマ場は年末に待ち構えているのです。そしてその1次挑戦は今年が最後と決めています。2次試験で培ったリズムを維持し、いつか「一生で一番勉強した」と振り返られる1カ月半にしたいと思います。

 50歳最後の挑戦🔥に応援のほど、よろしくお願いいたします!


仲間と架けた虹@佐賀(後編)

2022年09月06日 | 県外 8 Scene

 準決勝から舞台はSHOWAハンバーガースタジアム唐津に格上げされました。ところで不思議な名前のスタジアムですが、全国大手ハンバーガーチェーン店をフランチャイズ運営する地元企業のネーミングライツだそうです。両翼96メートル、中堅121メートル。LEDのスコアボードや照明灯を備え、スピードガンも設置されています。総工費は約16億7千万円で2年前に完成したばかりのまだピッカピカ。こげな立派な球場でおらがチームが試合さできるなんて夢みたいだべさ。たーやが!

 さぁ、事実上の決勝戦と見据えた準決勝です。相手は、同じく沖縄県勢で先の九州大会も制していた優勝候補筆頭のTMを下した地元のNHが相手です。あのTMを破ったのか!とチーム内にも衝撃が走りました。監督はもちろん10郎を先発に指名。マウンドにたった息子を見てると、さすがに10郎の胸にもこみ上げるものがありました。うしろの8太郎👻の怨念も年々薄れていくね!

 自慢のストレートで真っ向勝負だ!

 そしてついに出ました! 自己最速110㌔/hです。ボールスリーから連続3球ストレートで三振を奪った最後の1球がそれでした。電光掲示板にしっかり表示されていました。妻がその瞬間を逃さずに激写! 息子は父との約束をまず1つ果たしてくれました。

  そのシーンを動画で。いい音出してまっせ!

 しかし10郎より背の高い相手技巧派エースもさるもの。初回のワイルドピッチによる1失点を守ります。わがチームも打ちあぐねるまま、5回表まで1-0と心臓バクバクの緊迫した展開。10郎は4回を無安打無失点5奪三振🔥と大舞台の先発の役目を十分すぎるほど果たして、あとにマウンドを継ぎます。投球制限まであと11球残していたので5回も十分行けるのでは?と思いましたが、監督が決勝戦のために温存したのは明らかでした。

 そして、5回表、ついにその時が来たのです!

 仲間たちが連続四球で1,2塁とし、2番Y君が芸術的な犠牲バントで2,3塁と舞台をお膳立て。3番10郎に回ってきたのです。今大会でまだホームランの出ていない10郎。某プロ野球団ジュニア選考会での打撃テスト不調をそのまま引きずっているのではないかと不安でもありました。しかし、ここで打たなきゃ、男じゃない! 迷わず振れよ、振れば分かるさ! チバリヨー 🔥

 その結果も動画でお伝えします。

 痛烈に右中間を破るランニングホームランでした。3打点! スタンドの盛り上がりでカメラも揺れたので映像もブレブレです(笑)。このダメ押し3点を皮きりにチームついに猛打爆発。相手中継ぎ陣も力尽きたようで、結局9-0の完封リレーで勝利、夢にも思わなかった(笑)決勝進出を果たしたのです! 10郎は大役を見事に果たしてくれました。そして父との2つ目の約束も。ありがとう。

 

 ついに決勝戦です。相手は同じく沖縄勢のTSが勝ち上がってきていました。このチームは今年の強化大会で、10郎が先発2回で4三振を奪うなど力でねじ伏せた相手です。チームにも「もしかして本当に優勝しちゃう!?」という期待感(油断?)が高まりました。油断大敵を実感した試合となりました!

 決勝戦の始球式では、開会式で頑張っていたご当地ゆるキャラからワンが始球式。ワンバウンドで打者の胸元を突いていました。

 泣いても笑っても最後の試合。全43チームの頂上に立つチームが決まるのです。監督はまたしても10郎を先発に指名。11球しか残っていなかったので抑え起用かと思っていた8郎もビックリ。でも、決勝戦の先発を10郎を立たせたかったのだと理解しました。

 しかし10郎、緊張と連戦の疲れからか、先頭打者から2連続フォアボールを出してしまいます。球速もMAX105㌔/hです。先発の役目を果たせません。それでも意地を見せ3番打者から空振り三振を奪ったところで、投球制限によりマウンドを降りました。変わったN君が直後4番に3塁打を打たれるなど一気に3点献上! 10郎の大会自責点も一気に3点になりました(笑)。ベンチにまたも嫌な雰囲気が漂いました。

 しかし、この夏に成長した子供たちのエネルギーはすごいものがありました。相手に先制3塁打を打たれたN君がその裏に2点タイムリーを放つなど3点を取り返したのです。そのあとも5点を追加し、8-3。優勝へのリミットが近づきました。しかし、相手も海を渡ってきた意地があります。4点を取り返してきました。実は準決勝で力投したR君がひじを痛め、決勝には出ていません。残りの投手陣に不安が残ります。

 最後の最後まで一致団結して戦おう! 監督の激に18人が心を一つにします。

 しかしもう一人、成長していました! 経験は不足ながら身体能力の高さで4番目の投手として急成長したT君がMAX96㌔/hで相手の反撃を抑え込んだのです。あっぱれ!

 そして5回裏の攻撃中に時間切れで見事優勝が確定! 県外大会としてはもちろんチーム初です! 歴史的な快挙を達成してくれました。おめでとう~! 県大会の出場を2度も失った悔しさを、この栄冠が思い切り晴らしてくれました。えらいぞ、子供たち!

 10郎は準決勝ほどの大活躍ではありませんでしたが、2打数1安打1打点1四球2盗塁で見事勝利に貢献しました!

 

 この世代としてはすべての大会を通して初優勝! 表彰式で整列する子供たちを誇りに思いました。もちろんわが息子が一番輝いて見えました 

 ところで、10郎。最後の最後のベースタッチプレーでまたも骨折してしまいました。今回は左手親指です。近くの整形外科で「全治一カ月」と診断されました。オーマイガッ。栄冠と引き換えの名誉の負傷、と考えるしかないね~。骨細の家系ですね~。今も固定具をはめていますが、元気なのでご心配なく。

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 大会4試合での10郎の成績を記録として残しておきます。チームの中心としてよくやったと思います。両翼96㍍のスタンドに打ち込めなかったのだけが残念!(それは求めすぎですね)。

【打撃走塁】

13打席10打数5安打

打率 5割 

HR 1本(公式戦第10号)

打点 5

盗塁 3

四死球 3

出塁率 6割1分5厘

【投手】

投球回数 8回

勝利 1

自責点 3

奪三振 11

最高球速 110㌔/h

 

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 その夜は、父ちゃんたちで飲み会。父ちゃんたちも疲れと嬉しさの混じり合ったいい顔をしていましたね。佐賀で飲むビールもおいしかったです!

 以上が夏の夢を実現した子供たちの激戦記です。つたない文章ですが伝わったでしょうか。

 

 ・  ・  ・  ・  ・

 

 大きな夢を与えてくれたご褒美にと、最後の予備日は熊本県にまで足を運んで遊園地を満喫しました。

 8郎はあまりの暑さで、入口付近のパーラーで1人缶ビール。しかし、あっという間にぬるくなり全部飲み干すことはありませんでした。

 妻から送られてきた写真には、ジェットコースターを楽しむ10郎の姿が。安全のためメガネを外した顔にまだ幼さを感じました。楽しそうだね~。高所恐怖症の父の遺伝は薄いようです!

 30分経つころには、一人ブラブラしているのも限界だったので、ついに10郎たちと合流。その流れで8郎もジェットコースターに乗ることに。ほかのお母さんがいたので逃げるわけにもいかなくなったのです。

  

 立ち乗り型ジェットコースター「ミルキーウェイ彦星」です(こんな怖い乗り物つくって、こんなかわいい名前つけんけ!)。隣の着席型「ミルキーウェイ織姫」のほうがよかったな~。妻と10郎は楽し気でしたが、8郎は死刑台に立たされた気分。いざ、発射!

 最後まで目をつぶって恐怖を耐えしのごうと思ったのですが、予想以上に上下のが激しいのです! 膝がガックンと思ったら、次は空に向かって放り出されるでのはないかというくらいの反重力! 目を空ける恐怖より、次に何が起きるか分からない恐怖が勝りました。高所恐怖症の49歳が、無理やり目を開けてみた地獄の光景を言葉にするのは難しいので、公式サイトのYoutubeをご覧ください(笑)。

 恐怖感が伝わったでしょうか。あまり伝わってないと思います・・・(笑)。後半失速型のアトラクションでしたね(だからこそおじさん耐えられたのでしょう)。

 フリーパス5千円相当を払ったにもかかわらず、アトラクションはこの1台だけ。めっちゃ高く付きました。でも、子供たちはみな満足そうでした。

 バスで空港に移動。5日間機敏に貢献してくれたF田さんという高齢の運転手さんに子供たちからお礼を告げました。いい感じのおじいちゃんでしたね。大型バスで忘れものを取りに行ってもらい(酷)、一部の保護者にビールの買い出しに付き合わされ(再酷)、本当にお世話になりました。

 福岡空港で最後のランチ。10郎はハンバーガー、8郎はカツカレー。遊園地に時間をかけすぎて、空港でゆったりできませんでしたね。お土産も足りなかったかもしれません(謝)。

 帰りの飛行機では機内アナウンスでチームの偉業をたたえてくれるハッピーサプライズがありました。JTAさん、粋だね!

 貸し切りバスで地元の公園に到着。すると、在沖組のメンバーらが横幕を作って歓迎をしてくれていました。感動です! 遠路の疲れも吹っ飛びました。ありがとうございました。優勝という最高の報告をすることができてうれしいです。下写真は他の保護者さん撮影を無断借用しています(謝)。

 10郎、チームメート、その保護者の方々、そして何といっても、金銭面でご支援いただいた多くの方々に感謝ですね。

 

 この夏、父子はそれぞれの大きな目標に挑戦しました。しかし、父は油断した挙句に国家試験4度目の不合格。10郎も頑張ったけど長期計画での準備不足が否めなかったためジュニア2次選考会を落選。いずれも虹を架けることはできませんでした。しかし、10郎は仲間たちと力を合わせて佐賀唐津の地で、九州大会優勝という美しいを架けてくれたのです。夏の終わりに架けた。甲子園のようなサイレンが鳴り響く中で見た光景はそれはもうこの上なく美しいものでした。8郎家にとって一生忘れられない思い出となるでしょう。

 以上、2022年夏、野球の神様がくれた熱い熱いクライマックスのてんまつでした。何度でも言いましょう、野球って素晴らしい! 


仲間と架けた虹@佐賀(前編)

2022年09月01日 | 県外 8 Scene

 野球の神様が用意してくれた2022年夏のクライマックス、と前回書きました。それは、愛息10郎が所属する学童野球チームが、九州・山口大会で見事優勝👑した!ということです! 夢のようで今でも信じられません。また優勝という偉業だけでなく、家族以外の部員とその保護者達約40人の大所帯で過ごした4泊5日の旅も、学生時代に部活経験などなかった8郎の49年間の人生において非常に貴重な体験となりました。下写真は、今大会の開催地となった佐賀県唐津市の観光シンボル唐津城から妻が撮影した、同じく観光シンボルの虹の松原という名所です。風光明媚な観光地の野球大会で10郎とその仲間たちが見せた熱き夏のドラマを前後編の2回に分けて報告いたします。仙台育英が東北初の甲子園優勝を果たしたのと同じ日に、おらがチームも初めて県外大会で栄冠を勝ち取ったのです! 子どもたちに感謝。そして野球って素晴らしい!

 8郎10郎父子にとっては先週の某プロ野球団ジュニア選考会から2週連続の飛行機。8郎にとって人生初ですね。今回はともに天候に恵まれ最高の空の旅でした。何度でも言いましょう。沖縄に生まれてよかった~、そして絶対にまた帰ってくるぞ~。40人の大所帯なので飛行機内もにぎやかでした。

 福岡空港から貸し切りバスで唐津市へ。1時間ちょっとのバス旅でした。開会式には保護者会長である8郎も監督と出席。佐賀県知事も出席するなど、35回目を迎えるこの大会に懸ける地域の思いが伝わりました。からワンというご当地ゆるキャラがおり、いろいろ頑張っていましたよ!(笑)

 トーナメント初戦の相手がコロナで辞退していたので、わがチームの初戦突破は旅立つ前から決まっていました。いろんな方から金銭面でご支援いただいているので、辞退したチームさんには悪いのですが、初戦敗退がなくなったことを素直に喜びました~。下写真は唐津城の天守閣。唐津城は豊臣秀吉の家臣が7年かけてつくったのだそうです。天守閣は登ることができ、子供たちは観光してきたようです。保護者会長の8郎は調整・雑務でそれどころではありませんでした(汗)。

 唐津城は夜はライトアップするそうです。妻がママ友と散歩しながら撮影した写真をアップします。会長8郎はこちらも拝むことはできませんでした。

 宿泊場所は全国チェーン展開のホテルでした。部屋の窓からは、川越しに唐津市内を一望できる絶景。毎日美しい夕焼けを拝むことができました。

 廊下の窓からは反対側の景色。虹の松原越しの朝日が拝めました。

 夜は子供たちにも自習の時間をしっかり確保。でもほとんどお互いの部屋を行ったり来たりで遊びまくっていましたけどね!

 さて、試合ですが、われらがチームは3回戦からの登場となりました。長崎代表のIW。10郎が先発しました。3回を投げ2失点(明らかな誤審とエラー)でしたが、相手打線から5者連続含む6奪三振を奪い(ロッテの佐々木朗希か!)、力で押さえつけました。打撃は3打数2安打1打点1四球。試合も7対2で勝利! 1回勝っただけで早くも準々決勝、ベスト8進出です(学童野球あるあるですね)。

 ズバッ!

 カキーン!

 セーフ! ユニフォームも泥まみれのハッスルプレーでした。

 スリーボールから三振につなげた場面が複数あり、マウンド上で自分をコントロールできたことをコーチ陣も褒めてくれました。前週の某プロ野球団のジュニア選考会の大舞台が経験として生きているのを実感しましたね!

 

 さぁ、準々決勝です。地元の強豪OR。ネット調べでは7月の市大会で優勝していました。初戦で65球を投げていた10郎はファーストです(学童野球は1日70球の投球制限があります)。この試合は盗塁2つと好守備で貢献しましたが、打撃は3打数ノーヒット(相手エラーで2回出塁)。記録上はヒット2本でしたが、鬼父8郎はエラーと認定しました。ということで大活躍とはいきませんでしたが、仲間たちが意地の猛反撃。最終6回裏に3点を取り、逆転サヨナラ勝ちを収めたのです。ベスト4進出です! 保護者たちも大喜び。沖縄の応援組からの熱いメッセージもLINEを通して数えきれないほど届きました。

 まさか、大会最終日までグラウンドに立てるとは本当に想像もしていませんでしたよ。子供たちに感謝です。 

 実は佐賀に来る前に、父8郎と息子10郎は2つの約束をしていました。1つは、公式戦通算10号のホームランを放ち2桁に乗せる、もう1つはピッチングで時速110㌔を達成する、です。ここまでの2試合では達成できませんでした(スピードガンがないだけで球速は測りようがなかったのですが)。事前に調べていた8郎は、準決勝からの舞台となるメーン球場SHOWAハンバーガースタジアム唐津の電光掲示板には球速表示があることを知っていたのです。本当にその舞台に行くとは考えてもいませんでしたが!

 父と息子の約束は実現するのか!? 10郎と仲間たちの夢を追った熱き戦いの行方は? いずれも後編でお伝えします。今日はもう寝ます!


12歳 真夏の大冒険@福岡(後編)

2022年08月27日 | 県外 8 Scene

 愛息10郎が挑戦した某プロ野球団のジュニアチーム選考会の2次選考会に参加してきました。600人から選抜された100人をさらに30人に絞るという狭き門に果敢に挑んだ10郎ですが、残念ながら最終選考に残ることはできませんでした(泣)。やはり、2、3年かけて準備してきた子がいっぱいおり、レベルが高かったですね。でも49歳8郎としては、息子とともに夢を追った、とても楽しい夏の旅だったので、満足感でいっぱいです! 早速ご報告いたします。

 往路のANA機から撮影。いつ見ても「どこに行こうが必ずこの島に戻ってくるぞ!」と郷土愛に突き動かされる光景です。沖縄に生まれてよかった~。10郎にもそう思ってほしいな。

 10郎がまだ1歳のときに旅した与論島もきれいに見えました。あまりに美しいヨロンブルーに、窓を開けてダイブしたくなりました(これから息子の大事な試験あらに!)。

 天気もよくとても美しかった窓からの光景を動画にしました。編集もほぼしていない切り取り垂れ流しコンテンツですが、お暇な方は45秒間の空旅をお楽しみください。一応BGM付です。

 福岡空港から地下鉄で博多駅に到着。乗り換え快速の切符を買うのに、結局、沖縄にいる母ちゃんに☎してしまった方向音痴父子です(笑)。宿泊地である羽犬塚(はいぬづか)駅へ向かいます。10郎がかぶるのは1次試験のさいに購入していたソフトバンクホークスのキャップです。おっしゃれ~。

 羽犬塚駅に到着。地名の通り、背に羽根がついた謎の犬の銅像がありました。

 謎の犬について興味のある方のために、筑後市観光協会の説明を転載しておきます。

 地名の由来になっている羽犬伝説には、豊臣秀吉が九州遠征の際にこの地で羽の生えた怪犬に出くわし、退治して塚に葬ったという説と秀吉の愛犬(羽の生えたように速い犬)が病死したため塚を立てて弔ったという2つの伝説が伝えられています。

 だそうです。

 ホテルは「エルモント」というヨーロッパ風のミニホテル。さらにその向かいの、アーティストの作品が飾られているという別館に案内されました。芸術と言われても、選考会前日の8郎父子にとって、そんなのカンケーねぇ!(笑)。しかも芸術性を重んじるためかテレビもありません。

 壁に飾ら得た絵画はそれなりに味がありました。温かいような、さみしいような、怖いような・・・でもやっぱり選考会前日なので、そんなのカンケーねぇ!

 早速2人で近くの公園に移動し、キャッチボールをしました。自分の人生で、県外の初見の地の公園で息子とキャッチボールをする日が来るとは思いもしませんでしたね(ほとんどの父子がそうですよね。笑)。10郎のコントロールは不調でした。バッティングは大丈夫なので、コントロールと守備が課題だという共通認識を持っていました。本番までになんとか少しでもコントロールの精度を高めようと決めていたのですが、特効薬なく不安なまま練習終了。

 遅めの昼飯。近くの中華そば屋に入りました。初老男性が一人で切り盛りしていました。

 豚骨の中華そばでした。見た目より薄味でしたね。10郎は「あんまりおいしくない」とポツリ(大将、すいません!)。写真には写ってませんがギョーザはあっつあつでおいしかったです。

 ホテルに戻り、シャワー。最近色気づいてきた12歳。ドライヤーを使って髪型を整えます。ラスベガスの高級ホテルに宿泊しているハリウッドスターのような後姿です。最近よく「お父さんみたいなハゲチャビンにはなりたくない!」と主張します

 中華そばを食べたばかりなので、夕飯は軽めに。駅の軽食屋で買った総菜です。なぜか缶ビールはロング。

 その日は旅の疲れもあり、ぐっすり眠ることができました。未明には雷が鳴るほどの大雨でした。

 さぁ、本番当日、午前6時に起床。早速、昨日の公園に出向き、ピッチング練習です🔥

 前日から迷える息子を前に、父は大勝負に出ました。

 

 「お父さんが構えたここにドンピシャで投げ入れたら1万円💴くれてやる!」

 

 そうです。金で釣ったのです(爆)。

 効果はてきめん。次の球は、あやうく1万円を払うことになりそうなところにバシッと来たのです! 8郎は内心焦りながら「惜しい!そうだ!投球は守りじゃない。自分で攻めて取りに行くんだ!」と呼び掛けました。それからはほとんどがストライクコースに決まりました。 

 本当に1万円を払うことになったら大変(この旅でさらに1万円はきつい)なので「前日に肩を消耗しないよう、そろそろ終わりにしよう」と大人の事情で練習を終えることにしました。10郎は1万円をもらえなかった不満こそあるものの、ストライクを取る感覚を得たようで、表情にも満足感が見えました。よかった!

 さぁ、朝飯を食べて決戦の地へ移動だ。ホテルのフロントのお姉さんは優しくてとても愛想のある方でした。朝飯も和洋選択でき、おいしかったです。エルモントさん、テレビはないけど(まだ言う)快適な宿でした。お世話になりました。羽のある犬の像がある地に用事のある方はぜひ! 

 一駅だけ電車に乗って、筑後船小屋駅という長くて珍名の駅に到着。そこから歩いて3分で某プロ野球団の2軍スタジアムがあるのです。先日の1次選考会に次いで再び訪れた10郎。誇り高く記念写真! 俺は帰ってきたぞー!

 

 受付で支給されたビブスの番号は106。「まさにジュ―・ローだな!」と2人で無理やり縁起をかつぎました。参加する野球少年たちは大きかったですね。170㌢超えも数人いました。190㌢の父親もいました。負けんな、われらがウチナンチュボーイ!

 と、勢いづけて臨んだ2次選考会ですが、冒頭にお伝えしたように涙の落選でした(1週間後に球団公式サイトで公表)。早朝練習のかいもあってピッチングテストはよかったのですが(ただ1球だけフェンスを超える大暴投!しかも監督の目の前で!)、最大の強みであるバッティングテストで大きなアピールができませんでしたね(一番えぐいスイングをしていただけに残念です)。なので、詳細をここに書くことはしません。その代わり選考会の模様を動画でアップしておきます。スマホ画像なので画質が悪いことをご了承ください(ビデオカメラも持っていったのですが、撮影する場所がネットの目前。ピント合わせの関係でスマホのほうがよかったためです)。

 では、12歳10郎の奮闘をどうぞ!

 選考会終了後、先にグラウンドを出た10郎に8郎が追いつくと、ほかの少年2人と楽し気におしゃべりをしていました。なんと相手2人とも沖縄の子でした。互いに初見だったようですが、ユニフォーム袖の沖縄県章やイントネーションでウチナンチュだと分かったのだとか(笑)。2人とも「バッティングが全然だめだった」と不満げでしたね。8郎も2人の父親とも交流、情報交換ができ、とてもいい経験となりました! ウチナンチュ野球少年たちよ、これからも切磋琢磨していってほしい。

 帰りは豪華に新幹線!(時間がないので)。駅で先のウチナンチュ父子と、さらに別の父子と遭遇。結局ウチナンチュ3組と顔を合わせたことになります。選考会のライバル同士ではありますが、ウチナンチュと言う意味では同士でもあります。海を渡った挑戦を互いに讃え、別れを告げました。10郎もライバルたちと「また美ら島リーグ(卒業前に県内の選抜組で構成するリーグ)で会おうぜ」と約束していました。別れにちょっと寂し気な10郎です。突然の出会いがあればあっという間の別れもある。それが夏だよ! 

 帰路の新幹線でも地下鉄でも、自慢の打撃が振るわなかったことを10郎が悔しがっているのは重々承知していました。ピッチングの好調さをもみ消すくらいの悔しさだったと思います。でも、親の身勝手ではありますが、父としてはすべてが楽しかったです。挑戦することすら許されなかった幼少時代の自分の夢を、今息子が体験してくれている、という感慨もあったかもですね。

 空港のレストランで2人反省会。父は「ストレートは最高だった。バッティングは他のみんなもよくなかった。守備含め最後まであきらめずに攻めの姿勢はよかった」と褒めてあげました。大きな悔しさとほどよい達成感(この時点で合否は分かりませんので)に翻弄される息子の顔を見ながら飲むビールは最高でしたね(笑)。息子よ、夏の思い出をありがとう!

 以上、12歳 真夏の大冒険 のてんまつでした。1週間後に判明した落選はもちろんショックでしたが、息子のひと夏の挑戦🔥を間近で見ることができたことは、8郎にとって一生の思い出、宝物となることは間違いありません。お金はそこそこかかりましたが、後悔などあろうはずもありません!(byイチロー)。ホント、楽しかったです!

 もちろん息子にとっても大きな経験となったはずです(それが今回の狙いでしたから)。経験値とは野球のスキルだけではありません。高いレベルで頑張っている同世代の存在を知ったというメンタル的な経験値ですね。8郎は息子に井の中の蛙🐸だけにはなってほしくありません(知らなかった、というのは人生最大の損だと思っています)。勉強してほしい、たくさん本を読んでほしい、というのはそこですね。人生には、経験だけでは乗り越えることができないことがたくさんあります。知らないまま生きるより、勉強して、本を読んで、たくさん知っておいたほうが絶対にいい。8郎が息子に伝えたい人生訓です。それを野球、そして今回の選考会を通して体感してくれたはずだと思います。

 

 さて、前後編の2回にわたってお伝えした12歳の大冒険は上記のような結末となりましたが、2022年夏、野球の神様は10郎にさらなる興奮をクライマックスとして用意してくれていました! 野球の神様、あなたは本当に存在するのですね!

 その記録を当ブログでなるはやでアップするために今日はこれにて。


12歳 真夏の大冒険@福岡(前編)

2022年08月11日 | 県外 8 Scene

 前回は49歳の哀れな惨敗報告でしたが、今日は一転、12歳のおめでたいニュースを報告させてください! 

 愛息10郎が某プロ野球チームのジュニアチーム選考会に参加し、めでたく1次選考突破しました! 応援ありがとうございました。選考日が8郎の試験とかぶっていたので、妻が開催地の福岡県まで同行してくれました。ということで今日の写真はすべて、激闘の1日に密着してきた妻のスマホ撮影です。下写真は選考会を終え、充実した表情の12歳です。

 600人から105人に絞られるサバイバルレースを自慢の強打、強肩、俊足で勝ち残りました! 30㍍走では、初の人工芝ですべったようですが(笑)。トスバッティングでは、その飛距離を見た10郎より大きい子に「お前、化け物か!」と驚かれたそうです。でも遠投では「俺より遠くに投げたやつがいた。あいつはすごい」と、県内ではなかなか遭遇しない全国レベルの身体能力に驚愕もしたそうです。170㌢超の小学生(驚)も数人いたようです。いい経験になったね! そして妻ともどもコロナにも感染せず元気に帰沖してくれました。

 下写真は受け付け時。ここだけでも163㌢の10郎より大きな子が2は人いますね。

  選考会の雰囲気を少しでもお伝えするために、妻撮影の打撃テストの動画(無修正)をアップしておきます。左から2番目が10郎です。画質が悪く打球の行方が分かりにくいですが、妻いわく「誰よりも遠くに飛ばしていた」そうです。

 合格が発表された8月10日は、メジャーの大谷翔平選手が初の10勝目を挙げ、ベーブ・ルース以来104年ぶりの「二けた勝利、二けたHR」という偉業を成し遂げた日でもありました(大谷がHR打った日には10郎もよくHRを打つんです!)。仕事中の8郎に、10郎自らがLINEで合格の知らせを送ってきたのには驚きました。HPをみずから検索し、自分の受験番号をスクショして送ってきたのです(今の小学生なら普通ですかね?)。

 

 ということで、今週末、2次選考に挑んできます。105人から30数人にまで絞られます。今回は妻ではなく、先日試験に落ちたばかりの8郎が同行します!(縁起わりぃ!)。ビデオでいっぱい撮影したいと思います。

 試験に落ちたチルダイ感は8郎の胸からもちろん消えないものの、横に目を向けるとワクワクすらする2022年の不思議な夏☀です。すべて愛息12歳のおかげですね。

 さぁ、10郎、相手にとって不足はない。九州の野球エリート少年たちを相手にフルスイングしてこようぜ🔥

 チバリヨー、沖縄生まれ沖縄育ちの小さなホームランバッター! 

 12歳 真夏の大冒険@福岡の経過については、当ブログで報告していきます。応援のほど宜しくお願いいたします!