「ての字」
高校時代、手相を見るのに病みつきになってしまった男の子がいた。
頼みもしないのに五味康佑の本を片手にすり寄ってきて
「さあ、手相を見てしんぜよう」と言う。
彼は柔道部に所属していて最初は無条件でいうことをきく、
後輩をつかまえては手相を見ていたが、
あまりにしつこいので段々、
後輩も彼を避けるようになった。
そこで今度は女子に目を向けた。
ある日、授業と授業の休み時間に彼は私に
「手相を見てあげる」と言い、
乗り気じゃない私の手のひらをのぞきこんだ。
「どれどれ」と彼が目を輝かせた。
そのとたん「ひゃーー、こりゃなんだ」と叫びゲラゲラと笑いだした。
何で笑われるのか?わけがわからず、
むっとしていたら彼は皆に「こいつの手相、変!!」と言ってまた笑うのだ。
「どれどれ」と皆が私の手のひらをのぞきながら
「あらーーっ」と言うではないか!
私の手相はものすごく単純で細かいシワがほとんどなく、
掌にくっきりと「て」の字の筋があるだけなのだ。
「おい、左手も見せてみろよ」無理矢理、開かせた左の掌には、
やっぱり逆「て」の字が書いてあった。
「これは手相、以前の問題だ」
さすがのしつこい彼も、この手相には観念し、
ひとこと「おまえは、変」と言うので「ねぇ、私ってどんな運命?」
と聞いても聞こえないふりをしていた。
それから私は名字を失い、
卒業するまで「おーい、「ての字」」
と皆に名前がわりに呼ばれるハメになったのであった。
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