源氏物語と共に

源氏物語関連

朝顔

2009-08-25 10:35:02 | 

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朝晩涼しくなってきました。
夕べと今朝はかなり寒かったです。


以前から不思議に思っていた「あさがほ」の花。


A新聞高橋睦朗「花をひろう」の記事で納得しました。


万葉集の「あさがほ」は桔梗のこと。
その後に槿(むくげ)が輸入され桔梗より美しいので朝顔の名をあてた。
後に現代のつる性朝顔(牽牛子)が入ってきて木槿(むくげ)より美しいので
朝顔の名前になった。比喩的な名の移動とありました。
万葉集では色々だった朝顔は、
平安時代に今の朝顔が輸入され、その名前が確立されたようです。
ちょっとややこしい朝顔ですね。


藤原公任撰 和漢朗詠集(1012年)秋
槿(あさがお)の名の2首は、
白居易・中書王にあわせてあるから、木槿(むくげ)のことだそうです。


今の朝顔の種子は牽牛子(けんごし=けにこし)といいます。
七夕の牽牛・織姫と同じ漢字。
朝に咲いて夕方にしぼむので、朝の寝起き顔という比喩の意味もあります。
夕顔は夕方から咲く花。こちらは朝顔よりかなり大きい白い花です。
実はかんぴょうになります。


万葉集「萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花また藤袴朝顔の花」 山上億良
   (はぎ)(おばな)(くず) (おみなえし)
現代では朝顔は夏の季節ですが、昔は秋の季語。
秋の七草の一つです。


古今和歌集 けんごし
「うちつけにこしとや花の色をみん おく白露のそむるもとを 」
   (けにこし)


朝顔は源氏物語では巻名にあり、女君の一人を指します。
光源氏の求愛を断った人。


源氏「見し折の露忘れぬ朝顔の 花の盛りは過ぎやしぬらん」(朝顔)


この「みし」が男女関係を表すのかということで、
以前に1度そういう関係にあったのかという説もあるようです。


紫式部日記では道長と紫式部とのやりとりに
朝顔=朝の顔という意味の言葉があります。


道長が朝早く庭を歩いて遣水のゴミを家来にのぞかせ
女郎花の花を折って式部に早く歌を読めという場面。
「わが朝顔の思ひ知らるれば・・」とあります。


ここはちょっと不思議。
朝早く、化粧もしていない女房の部屋にずかずかとふみこむ道長。
道長のいたずら心?女郎花という花の意味あいも男女関係を表すようですが、
お産に帰ってきた彰子のために遣水のゴミさえ気をつかう道長です。





2009-08-17 09:43:35 | 

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少し湿気が少なくなってきました。
お盆も過ぎ、秋の風の気配がします。


昨夜にフランスのモネの庭をBSTVでしていました。


何年か前にお花が好きな友人がここへ行ったと
写真を見せてもらったことを思い出しました。
庭もさることながら、部屋の内装もカラフルでした。
モンサンミッシェルの名前も、その時にはじめて教えてもらいました。


比較的、印象派の絵は好きなので、見ていたら、
あの睡蓮の絵や池もTVで紹介していました。


ちょっと泥沼でしたね。


しかし、蓮はやはり日本では仏教のイメージです。


先日に器のお店「madu」へ行った時、
http://madujp.shop3.makeshop.jp/html/newpage.html?code=22
てっきり蓮の箸置きと思って、買うのを躊躇して見ていたら
桔梗といわれて戸惑った事があります~


たしか源氏物語にも蓮は出ていたと思い、調べてみました。
以下「古典文学知っ得」より。


蓮は「古事記」にもすでに見られるとのこと。
花蓮を女性の姿に例えています。
食用として「常陸風土記」にも載っていることから
古くから日本にあったようです。
鹿島神宮の北の沼地の蓮根(はちす)が香り
味わい深いとか。
万葉集にも蓮葉の上に食物がのっていたようです。
その上の露を詠んだ歌があります。
「ひさかたの雨も降らぬか蓮葉に溜まれる水の玉に似たるみむ」 巻16


源氏物語では蓮は仏教に関連する言葉で登場。


日本では仏様の台座として、蓮は有名ですね。


(鈴虫)
源氏「へだてなく蓮の宿をちぎりても 君が心やすまじとすらむ」


(手習)
「君にも蓮の実などやうのもの・・」
これは、食用として蓮の実を
妹尼が婿の中将に接待の肴に出しています


京都のお寺へ以前行った時に蓮の鉢が置いてあって、
色々名前がつけてあったのには驚きました。
桜同様に品種があるのでしょうか。
葉や花の感じもモネの庭の沼のようでなく、
いわゆる日本的な蓮のイメージでした。


蓮の花は私の実家近くの池や、山のお寺近くにも咲いています。
蓮の花は人があまりいない朝早く咲く花のイメージで、
実際にそこではあまり見た記憶がありません。
今ならしっかり朝早くでも見られそうです。


新幹線に乗った時にも、名古屋あたりでしょうか、
蓮根畑ような葉が沢山繁っている所が気になっています。


ちなみに、私は食べる方の蓮根も大好きです(笑)


写真は
万葉の花と緑サイトより
http://manyo.web.infoseek.co.jp/index.html



紫式部集より

2009-08-11 16:34:13 | 紫式部
すざましい大雨から一転、今日は静岡の地震。


被害にあわれた皆様には、お見舞いを申し上げます。


さて、今日は紫式部集よりちょっと心に残った歌を紹介します。


紫式部は暗いと思っていたけれど、
前回に山本淳子先生のコメントご指摘で、
目からうろこの解釈が出来るようになりました。。


今回も、この並べてある2句が面白いと思いました。



 身を思はずなりと嘆くことの、やうやうなのめに、
 ひたぶるのさまなるを思ひける

  「数ならぬ 心に身をば まかせねど、
    身にしたがふは 心なりけり 」

  「心だに いかなる身にか かなふらむ
    思ひ知れども  思ひ知られず    」  (紫式部集) 

 


何となく実感できるように思います。


最初の句は「幸せは自分の心が決める」という
どこかで聞いたような言葉と同じように思いました。


どちらかというとポジティブな表現でしょうか?


2句目はそれにくらべて少しネガティブな表現かもしれません。


紫式部という人は客観的な見方をする人なのでしょうか。


彼女がひきずる「憂し」が何かまだわかりませんが、
「いづくとも  身をやるかたの 知られねば
       うしと見つつも ながらふかな  」    (紫式部集) 

 
山本先生のおっしゃるように
肯定的に思うようになったことは、一歩前進かもしれません。


色々な考え方があると思いますけれど。



湖月抄

2009-08-03 11:37:44 | 関連本

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暑中お見舞い申し上げます


葉月になり、やっと梅雨も明けたようです。


夏休みという事で、
思いきって講談社学術文庫「湖月抄(上)」を買ってみました。


しかし、用事もあり、なかなか前へ読み進みません。


しかも、序文が非常に長い!


いっそ、桐壺本文から読もうかと考える今日この頃です。


暑い日が続きますが、皆様お体をご自愛ください。