Ikoma Shinchi, Ikoma City, Nara Pref.
さてさて、久々に奈良県生駒市を訪れたワタクシですが、生駒ケーブルの宝山寺駅で下車し、
ワタクシは宝山寺の参道の方に向かって歩いて行きました。
このあたり、昭和で時間が止まったようなレトロな、懐かしい光景をあちらこちらに見ることが出来るんです。
宝山寺に向かう参道の両側には料理旅館が数軒並んでいるんですが、これらの旅館がちょっと艶かしい場所なんですよ。
1914年に大阪電気軌道(現在の近鉄奈良線)の生駒駅が開業します。生駒駅から宝山寺の門前まで1.4kmの新たな参道が設けられると、
多くの参詣客が宝山寺を訪れるようになり、参道の両脇には土産物屋や茶屋など多くの商店が立ち並びました。
参道脇の町は生駒新道と呼ばれて活況を呈します。
この人出と大阪の上本町から電車で30分足らずという好立地に目を付けたのが大阪の花街の幹部で、
生駒駅開業の翌1915年に置屋「巴席」を開業させると、生駒新道では置屋と料理旅館の出店が相次ぎました。
やがて置屋15軒、芸妓約130名を数え、奈良県最大規模の花街に成長しました。
同年には生駒新道一帯が芸者居住指定地となって、生駒新地が誕生するのですな。
そして、宝山寺に参拝した男たちが、参拝の後に遊女達と遊ぶ場所となり、生駒新地は活況を見せます。
昭和初期までの生駒新地は御座敷遊びを楽しむ場というより、事実上の「遊郭」であったというのが実態のようです。
もちろん現在は法律上、遊廓というものは存在しないはずですし、女性が身体を売るという行為はあってはならないものです。
しかし、かつての遊廓があった場所では、今でもそのような行為が公然と行われているのも事実です。
大阪では飛田新地、今里新地、松島新地などという名前を出せば、ニンマリする男性も多いことでしょう。
もう廃業している旅館だと思うのですが、このような看板が玄関にありました。うーん、艶かしいですなぁ。
現在も5軒の料理旅館が営業しています。もちろん、本来の料理旅館としての営業がメインでしょう。
ただし、その手の女性の手配もしてくれるようで、たまたまワタクシが喋った地元の人は
「風俗雑誌みたいなものを見たら詳しく載ってるで」とのことでした。
ただ、現在はこの写真のような今風のカフェなども増えており、山道には子供を連れた家族連れがたくさん歩いているので、
安心して歩くことが出来ますよ。ではでは、宝山寺の方に向かうとしましょうか。
使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2
個人的には遊廓というのも一種の歴史遺産だと思いますし、遊廓建築やカフェー建築などは歴史的価値がある建物も多いと思うのです。
ただ、地元にとっては遊廓というのは「負の歴史遺産」というイメージが強いようで、観光資源に利用している例を私は知りません。
できれば遊郭の歴史的価値が認識されて、建物や町並みの保存が進めばいいのですがねぇ。無理かなぁ。
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ワタクシは宝山寺の参道の方に向かって歩いて行きました。
このあたり、昭和で時間が止まったようなレトロな、懐かしい光景をあちらこちらに見ることが出来るんです。
宝山寺に向かう参道の両側には料理旅館が数軒並んでいるんですが、これらの旅館がちょっと艶かしい場所なんですよ。
1914年に大阪電気軌道(現在の近鉄奈良線)の生駒駅が開業します。生駒駅から宝山寺の門前まで1.4kmの新たな参道が設けられると、
多くの参詣客が宝山寺を訪れるようになり、参道の両脇には土産物屋や茶屋など多くの商店が立ち並びました。
参道脇の町は生駒新道と呼ばれて活況を呈します。
この人出と大阪の上本町から電車で30分足らずという好立地に目を付けたのが大阪の花街の幹部で、
生駒駅開業の翌1915年に置屋「巴席」を開業させると、生駒新道では置屋と料理旅館の出店が相次ぎました。
やがて置屋15軒、芸妓約130名を数え、奈良県最大規模の花街に成長しました。
同年には生駒新道一帯が芸者居住指定地となって、生駒新地が誕生するのですな。
そして、宝山寺に参拝した男たちが、参拝の後に遊女達と遊ぶ場所となり、生駒新地は活況を見せます。
昭和初期までの生駒新地は御座敷遊びを楽しむ場というより、事実上の「遊郭」であったというのが実態のようです。
もちろん現在は法律上、遊廓というものは存在しないはずですし、女性が身体を売るという行為はあってはならないものです。
しかし、かつての遊廓があった場所では、今でもそのような行為が公然と行われているのも事実です。
大阪では飛田新地、今里新地、松島新地などという名前を出せば、ニンマリする男性も多いことでしょう。
もう廃業している旅館だと思うのですが、このような看板が玄関にありました。うーん、艶かしいですなぁ。
現在も5軒の料理旅館が営業しています。もちろん、本来の料理旅館としての営業がメインでしょう。
ただし、その手の女性の手配もしてくれるようで、たまたまワタクシが喋った地元の人は
「風俗雑誌みたいなものを見たら詳しく載ってるで」とのことでした。
ただ、現在はこの写真のような今風のカフェなども増えており、山道には子供を連れた家族連れがたくさん歩いているので、
安心して歩くことが出来ますよ。ではでは、宝山寺の方に向かうとしましょうか。
使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2
個人的には遊廓というのも一種の歴史遺産だと思いますし、遊廓建築やカフェー建築などは歴史的価値がある建物も多いと思うのです。
ただ、地元にとっては遊廓というのは「負の歴史遺産」というイメージが強いようで、観光資源に利用している例を私は知りません。
できれば遊郭の歴史的価値が認識されて、建物や町並みの保存が進めばいいのですがねぇ。無理かなぁ。
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奈良県の生駒市に、生駒新地という
新地があるのを知らなかったです。
しかも奈良県一の新地だったのですね。
生駒市は、四国の金比羅山を思わせる
坂の町ですね。
花魁さんとかも、いたのかしら?
子供の頃、場所は忘れちゃったけど、
そういう通りを歩いた事があって、
ド派手なお姉さま方が、男性を誘ってるのを
見て、ちょっとした衝撃を受けました。
凸
これはまたスゴイ石段。
上り下りたいへんなところがあるんですね。
とにかく登らない事には、
目的地には行けなくて足腰駄目なものは、
行けないでしょう。18歳未満、
お断りのこの看板が気になりました・・。🤩
前バスガイドだった女性の話では、バス会社が経費節減のため運転手とバスガイドを同じ部屋に泊まらせるのが普通で、一緒の部屋になったガイドと運転手はほとんど100%関係を持ってしまったそうです(汗)
ぽち
街並みにもそんな感じが残っているとか・・・
ここ数日急に涼しくなりましたね。
心地よい季節を過ごしたいのに、一気に冬に変わっていきそうな予感がします(..;)
今でもそういうところが残ってるところがあるのですね
一枚目のお写真、好きな雰囲気です
レトロな街並みも素敵ですね
しかし石段が凄いです
💻先日はコメントや応援ポチを有難う御座いました・✌&感謝です!
@☺@今日の「宝山寺駅~参道・ブログ」を興味津々で見せて貰いました・👍&👏で~すネ!
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*👴:今朝もblogはアップしてますので憩いの一時を過ごして頂ければ幸せます!
🎥を見て頂いた感想コメントも楽しみにお待ちしてますネ。
🔶今日も元気で頑張りましょ~👋・👋!
表道しか歩きませんが昭和を感じるものがありますね
最近では新興住宅地が増えて新しいカフェやイタリアンなどが多くなりました
「生駒は哀しい女町」ですね。
宝山寺の石段は「男はつらいよ」で
寅さんも歩いていましたね。
テレビで見るだけですね
名前は変わってもそういったと無くならないでしょうね
若い頃忘年会などで温泉旅行行くと必ずそういった場所からお迎えが来てましたね
おじさん連中ぞろぞろ言ってましたが
当然若い連中は行きませんよね
ナンパの方が楽しかったですものね
今でも温泉街などはあるのかな?