韓国・尹新大統領 文在寅氏の逮捕に全力か、野党議員の見せしめ検挙も
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3月9日の韓国大統領選で、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が当選を果たした。
親日的ともいわれるが、歴代政権の反日転向をみれば、日本側も警戒するのは当然だろう。だが、尹政権に危機感を抱くのは日本だけではない。
むしろ青ざめているのは文在寅大統領と「共に民主党」の面々だ。
「当然、(捜査を)する。大統領は関与せず、(捜査機関の)システムによってする」
3月9日、保守系大手紙・中央日報のインタビューで、「大統領に就任したら、文政権への捜査をするか」と問われた尹氏はそう断言した。
この発言に当の文大統領は、
「現政権を根拠なく積弊(積もった弊害)捜査の対象に追い込むことに強い憤怒の意を表し、謝罪を要求する」と反発し、
「共に民主党」の大統領候補の李在明氏も「大統領に公然と政治報復する意思を表明し、威嚇した」と尹氏を痛烈に批判した。
当事者たちが激しくやり合うのは、韓国では権力者の「捜査する」という言葉が単なる“脅し”では終わらないからだ。
韓国では政権交代の度に前大統領が訴追、弾劾、逮捕されてきた。
第11・12代の全斗煥大統領は大統領退任後、光州事件や不正蓄財を追及され、死刑判決を受け(減刑後に特赦)、
第13代・盧泰愚大統領も政治資金隠匿や粛軍クーデター、光州事件の責任などを理由に懲役刑に処された(後に恩赦)。
文大統領の盟友である第16代・盧武鉉大統領は実兄が収賄で逮捕された後、自身も収賄疑惑で検察の事情聴取を受けて、自殺にまで追い込まれた。
記憶に新しい朴槿恵前大統領は現職中に弾劾され、収賄などで懲役22年の実刑判決を受けている(後に恩赦で放免)。
第14代・金泳三大統領と第15代・金大中大統領は、本人は訴追されていないが、どちらも息子が収賄で逮捕された。
こうした厳しい追及の背景には、韓国独自の文化があるという。
元朝日新聞社ソウル特派員の前川惠司氏が語る。
「韓国には『旧官は良官』との諺があり、これは李氏朝鮮時代から、新しい権力者が出てくると、より過酷な圧政をすることを表わした言葉です。
そのため現政権は『旧官よりも良い官であること』をアピールしたがり、古い権力者を叩くことに躍起になります。
前の権力者の罪を糾弾することにより、自分の政権の求心力を高めるのです」
政権浮揚のため、前政権の腐敗を徹底的に追及する――それが韓国政治のお家芸なのだ。
個人的な「恨」
一連の“実績”があるだけに、新政権を担う保守派は文大統領の訴追に前のめりのようだ。
前川氏が語る。
「保守派からは、北朝鮮との融和策を示しながらまったく結果を残せなかった文氏に対し、国家内乱罪で即刻逮捕すべきという声が上がっています」
さらに尹氏には、文大統領に対する個人的な「恨」がある。
そもそも尹氏は、朴前大統領の収賄事件捜査で名をあげて、文政権下で検察トップの検事総長に抜擢された。
だがその後、曹国元法相ら文大統領の側近に対する疑惑や検察改革をめぐって文政権と対立するようになり、「反文在寅」を掲げる野党の大統領候補となった経緯がある。
コリア・レポート編集長の辺真一氏が語る。
「尹氏は検察時代、曺氏に10以上の罪状をつけて徹底的に捜査しました。さらに曹氏の娘の不正入学問題にまで切り込んで、文氏と激しく対立した。親分肌の血気盛んな性格だけに、今後の文氏の追及についても妥協せず、徹底的に追い込むでしょう」
文大統領の敵は尹氏だけではない。韓国に詳しいジャーナリストの室谷克実氏が語る。
「文氏は親日清算を掲げて、朴政権の要人を監獄に送り、保守派の公務員や文氏の側近を捜査する検事を一斉に左遷するなどの理不尽な人事を繰り返しました。
歴代大統領は不正や腐敗で裁かれたが、文氏に対しては冷や飯を食わされた者の恨みが募りに募っている。
このため多くの人間が躍起になって文氏を標的にする可能性があります。
文氏には2018年の蔚山市長選に不当に介入した疑惑や、特別扱いで私邸の土地を購入した疑惑もあります。
こうした疑惑についても徹底的に追及されるでしょう」
ただし現在、韓国の国会は「共に民主党」が議席の3分の2近くを占めており、尹氏は厳しい政権運営を迫られる。
このため前川氏は「尹氏が動くのは2年後ではないか」と指摘する。
「尹氏としては今すぐにでも報復したいはずだが、少数与党の状況下ではなかなか実行に移せません。
尹氏は時勢の流れを見るのに長けているので、世論と政局の動きを見ながら最も効果的なタイミングで文氏の疑惑を立件し、一気に逮捕・収監する構想を描いているはずです。
まずは堅調に政権を運営して、2024年4月に行なわれる次期国会議員選挙に勝利を収めたタイミングで動くことになるでしょう。
ただし文氏もその時期については熟知しているはずなので、いざとなれば海外逃亡や同盟国への亡命に踏み切るかもしれません」(前川氏)
尹氏の報復相手は、文大統領にとどまらない。冒頭の中央日報インタビューで尹氏は、対立候補だった李氏の土地開発をめぐる疑惑についても、「再捜査すべきだ」と断じた。
この先、尹氏が李氏を中心とする野党議員を相手に大立ち回りを演じる可能性は否定できないという。
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の李鐘元氏が語る。
「あくまで噂ですが、野党となる『共に民主党』を切り崩すために、一部の議員を見せしめ的にスキャンダルなどで検挙するのでは、との話も出ました。
国会の劣勢を補うために強引な野党分断に走れば、また政治闘争となって韓国国内が大混乱に陥るのは必至です。
その韓国内の政治の停滞は、ひいては日韓関係改善の遅延にも繋がりかねません」
李氏朝鮮の祖・李成桂は前王朝の高麗王家を女子供まですべて処刑した。
その後も王姓の者を皆殺しにしようとしたため、多くの者が改姓したとされる。
尹氏もまた、文政権につながる者を根絶やしにするつもりだろうか。
※週刊ポスト2022年4月1日号