思いつくままに書くブログ

基本旅行記と日本ハムファイターズの事しか書きません。そして忖度なくものを言う。いいものはいい悪いのは悪いと。

北海道の最新鋭 737系で室蘭まで乗りとおす

2023-06-24 06:53:54 | 2023年の旅行記(国内旅行)
乗っていた客の半分くらいは白老で降りた、案外登別とか室蘭まで乗りとおす客が少ないんだなって。北吉原は駅舎が取り壊されてプレハブ。昭和40年に開業した北海道初の橋上駅舎、なんとも斬新なデザインと言うか。しかし橋上にする必要など実はなかったし(そばに踏切がある)無人化されてから直接ホームに出入りするようになり駅舎の待合室はあまり使われなくなった感じ。一度だけ入ったことがあるがうらぶれた感じで、しかも改札外と改札内がぱっと見わかりにくい構造だったというか。



登別では特急通過待ちで10分停車。



3番ホームの使われていない先の部分は地盤沈下なのか波を打ってて、初めて来た頃から変わってない。このへんから室蘭へ向かう客がぽつぽつ乗って来て幌別・鷲別で高校生もぽつぽつ。きょうはテスト期間か?でも6月上旬で考えにくいけど。中間なら5月半ばで期末は6月末から7月頭というかで。その高校生も9分停車の東室蘭で殆ど降りる、運転士も変わって別列車によう。〈北斗5号〉が遅れているとかで駅員がブザー鳴らして発車しないよう促した。しかし遅れてきた特急から乗り換えてきた人などいなかった。なんと寂しい話。



結局終点の室蘭まで乗りとおしました。室蘭支線もしばらくぶりだったから。いまでこそ複線で持て余している区間だけど、かつては普通列車もいまの3倍は走ってて室蘭に機関区あったから23時台に東室蘭発が3本もあったり、反対は深夜24時以降に室蘭発東室蘭行きがあったり。貨物列車なんて頻繁にあっただろうね。昭和40年代の苫小牧~岩見沢で40往復以上あったらしいから、石炭列車は勿論だが函館から釧路方面への地域間急行貨物もあったと聞いた。



この写真の左手は広大なヤードに機関区でした、高校時代に初めてこの区間を乗った時はまだそうでした。駅のホームは8両編成まで対応。なぜ8両?駅が移転した当時はコンサドーレが室蘭で試合が開催されてて、特急は781系であった頃。開催日には増結や臨時運転があったが2編成つないで8両編成にすることが多かったので。



このクラスならみどりの窓口閉鎖されても文句言えないしJR東日本なら問答無用にするだろうけど委託ながら営業。



トイレなのに糞流すなと言うパワーワード!? 散歩の犬の糞を流しているんだろうけど溶けないんだ。確かに固そうだもんね。



まもなく12時になるところだが周囲に飲食店はあるだろうか?いまの時代は無さそうなんだよな。初めて来た頃はまだ活気があったというか、ラーメン屋に入った覚えあるけどもそれがどこかは全く覚えていない。



と思えば目の前に回転寿司、いいね!と思ったけども駐車場に車は無く本日休業日。



ほかに見えるものはスーパーが2軒、アークスとしが。しがとはあるが実態はコープさっぽろ。そして「しが」といっても余市のスーパーしがとは無関係なのでちょっとややこしい。総菜を大皿で陳列して量り売りが強みとWikipediaにはある。さすがにコロナ禍以後はしていないように見えるが、鮮魚コーナーはいかにも魚屋で丸魚が多く並ぶのはよい。



ここのカレーラーメンは以前食べたけど、凄い美味しいとは思わなかった。カップヌードルのカレーにどことなく似てたというか。



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