鼻腔通気度検査はいくつかの方法があるのですが、現在標準的に行われているのは、Anterior法と言う方法です。これは、左右の鼻を片方ずつ測定する方法です。上咽頭(鼻のうしろ)の圧を反対側の前鼻孔に詰めたプローブから導出し、マスクを当てて呼吸をして、マスクにつながった圧センサーの値と上咽頭圧の値との圧差をPとします。呼吸の流速をVとすると、鼻腔抵抗値RはR=P/Vで表されます。昔、理科で似たような式を習ったことを憶えていらっしゃる方もあると思います。抵抗と電圧と電流の関係と同じです。横軸に流速、縦軸に鼻の前後の圧差をとって描かれるS字型の曲線を、圧流速曲線といいます。Anterior法では、左右合わせた通気度は、直接測定することはできませんので、Rt=Rr・Rl/(Rr+Rl)という計算式から求めます。
物理的に鼻の通気が悪いことを”鼻閉”と言い、人が鼻が詰まったと感じることを”鼻閉感”と言います。鼻閉感は鼻の広さと関係はありますが、直線的な相関ではありません。一般に流体の抵抗値は、断面積の変化と直線的には相関せず、断面積の2乗に反比例して変化します(Hagen-Poiseuilleの法則)。鼻腔通気度は通常、鼻腔抵抗値(単位cmH2O/L/sec)で表しますが、鼻閉感は鼻腔抵抗値と強い相関があります。元々狭い鼻では、わずかな変化でも鼻閉感が大きく変わります。元々広い鼻では、けっこう広さが大きく変化しても、鼻閉感に変化はありません。
一方、鼻閉が無くても(通気度が良くても)鼻閉感(鼻が詰まるという感覚)が起きることもあります。鼻閉感の原因を知るためには、まず鼻閉を客観的に評価する検査が必要です。それが鼻腔通気度検査です。下に鼻閉と鼻閉感が一致しない場合をいくつか例としてあげます。
動物の鼻中隔はまっすぐですが、人間の鼻中隔は、皆ある程度曲がっています(チンパンジーでも、一部は曲がっているそうです)。前頭葉が大きくなりすぎて、鼻がその犠牲になって押しつぶされたと言うことでしょう。また、鼻粘膜にはnasal cycleと呼ばれるリズムがあり、左右合わせた通気度は一定でも、左右の鼻の広さは交互に広くなったり狭くなったりしています。このような理由で、左右の鼻腔の広さは異なるのですが、左右の広さが多少違っても、普通、左右両方の鼻で呼吸しますから、左右を合わせた通気が十分であれば、必要な換気は行えていることになります。しかし、左右の鼻腔の広さの差がある程度以上に大きいと、空気が足りていても、鼻閉感を感じることがあります。
アレルギー性鼻炎などでは、鼻粘膜の腫脹がそれほど強くなくても、鼻閉感を感じることがあります。これは、鼻粘膜の感覚神経が過敏になっているためです。
鼻が広すぎても、鼻閉感を感じることがあります。粘膜が乾燥してしまうことが、主因と考えられます。
全く原因なく鼻閉感を訴える心因性鼻閉の方も、けっして少なくなくありません。このような方にご本人の訴えに沿って鼻腔を広くする手術を行ってしまうと、症状が消えないどころか、悪化することがしばしばあります。鼻腔通気度検査は、そのような誤った治療をしてしまうことを避けるために、必要です。さらに、心因性鼻閉の治療は、鼻腔通気度を客観的に数字で示すことによって、ご本人鼻閉がないことを知っていただくことが、第一歩です。
このように、鼻腔通気度計が必要なことは、しばしばあるのですが、保険点数の設定がきびしく、購入した機械の費用を賄うことは、まず不可能です。導入すれば収支は赤字になることが確実です。それが、この検査が普及しなかった、最大の理由です。
20年前には、3社から販売されていた鼻腔通気度計ですが、1社が撤退してしまい、もう1社は解析や記録を行うコンピュータ部分を、汎用パソコンをそのまま使用するような形で、製造コストを下げて販売しています。昨日デモしてもらった通気度計の会社でも、専用の鼻腔通気度計は製造中止となり、呼吸機能検査(スパイロメータ)のオプションという形で、造られています。鼻腔通気度計だけが欲しくても、スパイロメータを買わなければならないということです。その機械を数日貸してもらえることになり、今日は税理士さんの来院日で、クリニックに行ったついでに、いろいろと試してみました。


スパイロメトリーは下気道の検査で、上気道を扱う耳鼻咽喉科の専門からはずれますが、最近よく言われるように、one airway one diseaseです。鼻副鼻腔、咽喉頭、気管、気管支、肺は、ひとつづきのものです。私は、咳の患者さん、とくに小児の場合は、胸の音も聴くようにしています。小児では、喘息でなくても、風邪がきっかけで気管支が狭くなり、胸の音がヒューヒューいっていることはよくあります。
もちろん明らかな気管支喘息やCOPDの場合は、小児科の先生、あるいは呼吸器内科の先生をご紹介しますが、鼻やのどの病気で受診されていても、下気道にも症状が出る場合は少なくなく、その診断のために、スパイロメトリーは耳鼻咽喉科医にとっても、必要な検査なのかも知れません。