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達磨寺の鐘


少林山達磨寺のだるま市には
寒風を村人たちがてんでに出かける
幾重にも着込んだ姿は
福を願う気持ちで溢れている

女は狭い石段を踏みしめた
ぼくは背に負ぶわれて
肩と毛糸帽のすき間から覗いた
朱色に照らされた
だるまや風車が回っている
女が立ち止まり躰をかがめると
ぼくはトンと背を叩いた

広い境内の腰かけに降りると
軒先の電球が無数にまぶしく
人だかりはシルエットだけだった
女は甘酒の椀にフーッと息を吹き
ぼくの口元にあてた
水滴が白霧となってすべてを包んだ
それからぼくの両手に椀を持たせ
待っててと言った

冬は何度もくり返した
ぼくは待ちくたびれて独り
家に帰るしかなかった
嘘だったのだろうか
ある日 玄関の開く音がして
ひょっこり現れるのではないだろうか

小学三年生のときに見た
墓石に刻まれた姉の名前
白い夢から醒めると
脱け殻の分身とベッドに横たわった
達磨寺の鐘が深い闇に
変わらずに鳴り響いている  
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マス目


はじめはたどたどしかった
四辺は空き地だった
書き順をまずおぼえた

余白はカラス口で
均等に割りふった
そのとき社員の一人になった

書かれることよりも
その収まり具合で計られた
つまずいた傷は
整った筆跡でかくした

ドレスの女性はその枠の向こう
名札を提げた中年が追いかける
ケモノたちが繁殖をする
扉ごしに大樹が茂る

マス目がならぶので
しつらえた場所に
家を建てた

暮らしはマス目どおりに
時間とともに区切られた
そうして誰かがやって来て
自由をしたり顔で説明した
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中古本


三十冊の現代詞華集
経年の汚れシミあります
それでも千円ならと
クリックして落札する

あのとき親身にしてくれた詩人が
目のまえで話してくれた
書けないときは読みなさい

段ボールいっぱいを
うえから順よく手にとって
セピアの行にしばたたくと
いよいよ詩の匂いが舞いあがり
鼻先がむず痒くなった

指紋に触れる かさついた凹凸
まだらに浮いた 粉状の群れ
筆記具の擦れか口紅か
灰褐色の微小物が紙端をよぎった

ふみとどまる廃品
協調などしない

マーカーの線に導かれて
のどを拡げると
栞のかわりに蝶の死がい
コトバの意味に追いつけなくて
手のひらで払いのけた

あんのじょうほとんどがまだ
読まれないままだ
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十年



高崎市制百周年の記念イベント
“十年後の未来へ手紙を届けます”
便せん二枚に
十年後の存在と不在をめぐらしながら
父宛に手紙をしたためた

忘れたときに届いた手紙を
幸か不幸か自ら開けることになり
すこしだけときめく

私が生きている日ごろの感謝
人の命のはかなさゆえ
だからこそその一瞬を
両親や親せきの皆が幸福であってほしい
などの文字がならび
その気障ったらしさに
額はほてりドラマさながら
涙までもがこみ上げてきた

十年なんてあっという間だった
でもこれからの十年は
まったくわからないな
私は届かないであろう手紙を
ふたたびしたためた

 前略。そちらの暮らしはいかがですか。ぼくも母も元気で
 やっています。父ちゃんがいなくなってから大きな地震が
 二回ありました。中越地震に東日本大震災です。あんなに
 揺れたのは初めてでした。神経がまいりました。津波や原
 発事故が起こりました。この辺は被害もなく平穏です。む
 かしの平和とはべつの平和が流れています。
 そうそう、父ちゃんが旅立つ前日、消毒をしておけと言っ
 ていた桃の木は、一年も経たないうちに母が切ってしまい
 ました。本当に先のことはわからないものですね。
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駅ビル喫茶


平日の一角はゆったりとして
注文はいつものと決めているのに
メニューをひらきながら
きのうの夢や
いたらなさがちらついて
ウェイトレスを待たせている

ケーキセットのアイスティー
と彼女は復唱した

花模様の皿にかたむいたケーキは
見かけほど甘みがなく
気づいてカメラに収める
正面の椅子が
空間をもてあましている

柱の反射鏡に
ウェイトレスの横顔が
ふり向いて
ばっちり目線があってしまい
シャボンがあふれて
グラスから香気がこぼれた

まだ いるだろうか 
あの髪のながさで
あのままで

釣り銭とレシートをつかむと
指先が手のひらに触れた
目線はそむけて
暗がりの階下へ 約束はなく
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ひとつの種子


「このたねをひろったら、おてがみをください」
小学生だった頃、学校の運動会で、花の種子をつけた風船を
全員で飛ばしたことがあった。後日、一通だけ返事が届いた
と先生から報告があった。それはずいぶん遠くからだったと、
子供ごころに覚えている。

   *

今年もまた花が咲きました
一粒だった種子が
毎年 花を咲かせ
色とりどりの
広い庭園になりました

出会いは
偶然でもあり
運命だったのかもしれませんね
私の足もとに
コトリと触れたのですから

辿りつき また別れ
喜びや哀しみは
半分半分なのでしょうが
なぜか哀しみのトンネルばかりが
ながく感じられます

生きることの不条理に
立ちすくむときもありますが
この地上に在るものとして
受け容れなければならないと
気づきはじめています

こんなふうに話せるのも
歳月を重ねたからでしょうか
貴方はどうしておられますか
幸せですか?

家族に囲まれ
暖かな日々を過ごされているのなら
なによりですが
もし 孤独であったとしても
貴方のことは忘れておりません

この花の香りが
どうか届くように祈っております
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耳もと


あさ
付けっぱなしのラジオから
時報がきこえる

おはようございます
今日は青空がひろがり…

予定は決まっていない
眠りにもたれながら
女性のこえにそのまま耳を
ゆだねる

ふれず
みえない なのに
あのとき
いまのまま でいいの?

ゆれる
うす明かりの中
能楽の拍子
ピアノの和音

ゆめの
続きはまたたいて
母のこえがする
ふたたび今日に置かれる
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坂道


さんぽの道すがら
かならず出会う坂道
のぼったり くだったり
息を切らし 口笛を吹き

地形にそった勾配は
その日の表情で
私の意欲を
ためそうとする

きつく感じるのは
不規則な生活
捨てばちなとき
楽にのぼれるのは
新しいなにかを
予感しはじめたとき

季節の寒暖とともに
坂道によって
気づかぬ自分を
知るようになった

それでも年ごと
坂道をきらいになるのは
筋肉のおとろえか
気力の萎えってやつか

榛名山のふもとが
なだらかにはじまる辺り
のぼったり くだったり
車輪を握る手はしっかりと
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曇り空の風景


うっすらとした雲に包まれている
まばゆい光と
おびえる影はなく
建物や林は 溶けあっている

意志さえも無彩色に塗られ
ささくれは
フラットになる
だれかと歩きたい

二人は
細線で囲われ
隔たりをなくし
ひとつの平面になる
人型がゆれている

窓辺の球体は
転がり落ちず
かすかなバランスを保ち
薄白色の空を映している
その下でたたずむ

もとめていた
つかの間の幻
どこへも向かわず
曇り空は曇り空のままで
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冬のシャッター


エアコンの止まない部屋から
怠惰を振りはらって
昼どき近い玄関に身をさらす

ちょうど風はわずかで
赤城山も榛名山もくっきり見える
山なみの稜線から
冷気は伝ってくるのか
無造作に建つ鉄塔をよけながら
シャッターを切る

頬にさす痛みは慣れて
そうして進むと赤い屋根の家が
真ん中あたりに置かれて
よい構図になった
あの自動販売機のある場所まで行こう

バス停に向かう人
積み荷を降ろすドライバー
人は影を引きずらず
それぞれがまばらで
よこたわり 重なりあい

立ち枯れの枝の先には
長くのびた電線が矩形をつくり
青い空を分けている
その一片一片にシャッターを切る
まだ続きそうなこの寒さ
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