延び延びになっていた山形遠征の観光ブログを書こうと思います。
なんというか、タイミングというのが大事なようでして、これを逃がすとなかなか書けないもんだという事が、今回よく分かりました。
というような言い訳をしつつ、当時のメモを片手に書いていきます。
自宅を出発したのが、山形戦の前日(11月16日)AM6時。
大分空港の2階には"監督や選手のメーセージ"がありました。
一つ一つの言葉に熱いモノを感じながら、飛行機に乗り込みます。
中部空港(セントレア)で乗り継ぎ、仙台空港到着がAM11時50分。
仙台空港から仙台駅まで約30分。
『松島定期観光バス』
仙台駅の自由通路をとおり東口へ、階段を下りて定期観光バス72番乗り場へ急ぎます。
午後コース=3000円(1人分)
13時30分発の観光バスに乗り込み、いざ、松島へ!
4時間のバスの旅です。
東北楽天イーグルスの本拠地をバスの中から見ながら、日本三景の一つである松島湾の景色を一望できる"西行戻しの松公園"を目指します。
この日の天気は晴れ。
遠くまで綺麗に見えます。
紅葉に彩られた木々の間から見える赤い橋は、福浦島を結ぶ橋で福浦橋、別名"出会い橋"と言います。
ここから観光バスは駐車場に。
私たちは90分間の自由行動となります。
『観瀾亭 (かんらんてい)』
その前に"観瀾亭 (かんらんてい)"で抹茶をいただきながら松島湾を眺め、優雅なひとときを楽しみます。
『観瀾』とは さざ波を観る、と云う意味です。
もともと 豊臣秀吉の伏見桃山城にあった茶室を伊達政宗がもらい受けます。
その茶室を江戸の藩邸に移築していたものを二代藩主、忠宗がここに移したそうです。
『円通院』
ゆっくりお茶を飲んで、という訳にもいきません。
すこし急ぎ足で”国宝 瑞巌寺(ずいがんじ)を目指します。
その途中にあった"円通院"の紅葉が綺麗という評判だったのですが、時間の関係でスルーしました。
『国宝 瑞巌寺(ずいがんじ)』
瑞巌寺の正式名称は「松島青龍山瑞巌円福禅寺」
場所はJR松島海岸駅から歩いて10分ほど。
松島湾の程近くにあり、松島観光では絶対にはずせないスポットです。
本堂は2009年9月より"平成の大改修"をしておりましたが、平成28年4月5日より拝観を再開しました。
今回の"平成の大改修"は地盤沈下による建物のゆがみなどを直すことが目的で、瓦や壁、建具の解体・修復、さらに耐震補強工事なども行われる大がかりなものでした。
大屋根の瓦は5万枚以上あるうちの約3万枚を新たに葺き替えたそうです。
『五大堂』
この瑞巌寺の目の前にある島が”五大堂”
五大堂は瑞巌寺が管理する小堂で、海岸広場の東端、五代堂島の上にあります。
松島の名勝地として知られ、国の重要文化財に指定されています。
天長五年(828)に円仁(えんにん)が延福寺(現瑞巌寺)を開基した際、大聖不動尊を正面に五大明王像を安置したことから、五大堂とよばれるようになりました
橋の名前は"透かし橋"
そうなんです。
下を見ると海が見えてしまうんです。
人が落ちることはありませんが、スマホなどは気をつけるに越したことはありません。
ここからの夕日が綺麗だったので、我が家の“クマちゃんズ"を撮っていたら、いつの間にか外国の人たちも一緒に撮っていたのでビックリしました。
なんとも穏やかな海でした。
遠くの赤い橋は"出会い橋“です。
さて翌日。
2018年11月17日。
大分トリニータはリーグ戦第2位で「J1に昇格」しました。
「NDソフトスタジアム山形」は、私にとって忘れることのできないスタジアムになりました。
この日の歓喜とこのスタジアムの景色を生涯忘れることはありません。
//////////////////////////////////////////////////////
2018年11月18日(試合 翌日)
『蔵王観光』
試合後に“J1昇格 祝勝会"を仲間で祝ったものの、どうも現実感が無いまま朝を迎えました。
大分にいれば、どのニュースでも取り上げられるし選手が出演する番組を見て、その嬉しさが湧いてくると思うのですが、ここは山形。
スポーツ新聞を買ったものの、いまいちピンときません。
AM 8時40分 山形駅から蔵王温泉行のバスに乗ります。
AM9時15分 蔵王温泉に到着。
バスから降りたとたん、温泉の臭いがします。
見上げれば空はトリニータブルー。
もう何度も、何度も嫁が私に言った言葉「私たち本当にJ1に行けるんよなぁ」
J1昇格を決めて、解放された気持ちで山形観光を楽しむ、そんな予定のはずだったのに、なぜか緊張がほぐれていません(笑)
温泉は後回しにして景色を楽しもう、という事で”蔵王スカイケーブル”に乗ります。
やって来たのは”15番”
「やった~! キヨピーやん! ラッキー!」
係りのおじさんの視線が痛いんです(笑)
スカイケーブルの窓から見た景色です。
上から下りてきたのは”容平”さらに”レイチェル”と続きます(笑)
(なんやねん、それは!って突っ込みは無しで)
気温は9度。
寒さは全く感じません、というか風はあるものの暖かさを感じます。
あと1ヶ月もすれば、この辺は雪で覆われスキー客でごった返すのでしょうか。
『ドッコ沼』
湧水のため、水が枯れることはないそうです。
さらにこの水は宝沢に流れこみ、山形市の水源として利用されるそうです。
真っ青な空に真っ白な飛行機雲が見えます。
知っていましたか?
エンジンが2つの飛行機は飛行機雲が2本です。
エンジンが4つの飛行機は飛行機雲が4本なんです。
飛行機雲がなかなか消えません。
こんなときは天気が崩れる可能性が高いんです。
なぜかというと、上空の空気に水蒸気がたくさん含まれている、ということになるからです。
逆に飛行機雲ができない時は晴天が続く時と言われています。
翌日は雨になりました。
リフトを見ると20代のころに行ったスキー場を思い出します。
年末年始の1週間、毎日スキー三昧でした。
今度はスキーではなく、スノボーに挑戦したいと思っている65歳です(笑)
『健康の鐘』
幸せの鐘というのはよく見かけるのですが「健康の鐘」というのは、初めてかもしれません。
当然ですが、何度も鳴らしました(笑)
この日の予定はここまで。
さてどうしようか?
時間があるので山形駅まで帰って”山寺”に行こうか?
行き当たりばったりはいつものこと。
決定です。
山形駅まで帰って”山形そば”をいただいて、”山寺”に向かって出発。
/////////////////////////////////////////
『山寺駅』
午後1時 山寺駅に到着。
『宝珠山立石寺』
”山寺”は、正しくは『宝珠山立石寺』といいます
貞観2年(860)慈覚大師が開いた、天台宗の山です。
登山口の階段を登り、まずは体を清めます。
奥に見える建物が『根本中堂』
国指定重要文化財です。
『笑福布袋尊』
その前にあるのが『笑福布袋尊』
体を撫でて願い事をお願いします。
『芭蕉句碑』
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
元禄2年(1689)、おくのほそ道をたどり、今の7月13日に山寺を訪れた松尾芭蕉の句で、門人たちが嘉永6年(1853)にたてた句碑です。
まずは階段を登る前に”力こんにゃく”をいただきます。
1本=100円
『山門』
鎌倉時代の建立といわれる山門は、開山堂などへの登山口です。
大仏殿のある奥之院までの石段は930段を超えます。
さて気合を入れなおし、ストレッチを充分にして、いざ出発です。
ところが少し登ると普段の運動不足がたたってか、息が切れ、足が棒のように重くなってきます。
気持ちが折れそうになるのですが、おじいちゃんやおばあちゃんが世間話をしながら平地を歩くように階段を下りてくるんです。
”負けちょられん”て気になり、再び登り始めます。
自然にそってつくられたこの参道は、昔からの修行者の道です。
一番せまいところは約14センチです。
『せみ塚』
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
芭蕉の句をしたためた短冊をこの地に埋めて、石の塚をたてたもので、せみ塚といわれています。
ここまで420段。
まだまだ半分も来ていません。
汗が噴き出てきます。
『仁王門』
仁王門が見えてきました。
嘉永元年(1848)に再建されたけやき材の優美な門です。
ここで半分と考えたほうが良いようです。
残り半分。
気合を入れます。
下を向くと階段しか見えないので、時々空を眺めます。
トリニータが頑張ったけん、俺も頑張る(笑)
生き甲斐があるのは良いものです。
下にはさっき通り過ぎた仁王門が見えます。
もう少し。
『修行の岩場』
正面の岩に巌をかさねた岩場は、”釈迦が峰”といい、今では修行者以外の登山を禁じています。
『納経堂』と『開山堂』
向かって左、岩の上の赤い小さな堂は、写経を納める『納経堂』です。
右の建物が『開山堂』
立石寺を開いた慈覚大師のお堂で、大師の木造の尊像が安置されています。
『五大堂』
頭上の建物は五大堂といい、五大明王を祀って天下泰平を祈る道場です。
山寺随一の展望台でもあります。
注意書き
『五大堂』から見た眺めです。(その1)
(その2)
(その3)
800段ほど登ったところに”お茶屋さん”があります。
ここで休憩して甘酒をいただきました。
そこのお姉さんに聞いてみました。
「毎日歩いて登るのですか?」
「毎日ではなく交代ですけど、歩いて登ります」
「大変ですけど、健康には良いですね」
「はい、ただ雨の日や雪の日もあるので」
お仕事とはいえ、ご苦労様です。
さて残り133段。
頑張ります。
『奥之院』
正面右側の古いお堂が奥之院ともいわれる如法堂です。
『大仏殿』
左側の大仏殿には、像高5メートルの金色の阿弥陀如来像を安置しています。
ここまで約1時間。
気持ちの良い汗をかきました。
この日の観光はここまで。
山形駅まで電車で帰り、翌日の観光をどこにするのかこれから決めます。
///////////////////////////////////////////////////
2018年11月19日(月) 天気は雨。
朝になっても行き先が決まりません。
いろいろ調べていると”世界一のクラゲ水族館”があるようです。
ただアクセスが厳しいんです。
電車でもバスでも時間がかかります。
しかし、レンタカーなら高速を使って1時間30分ほどで行けそうです。
そこで近くのレンタカー屋さんへ。
保険を付けて12時間=7000円
「勇往邁進のステッカー」を付けて出発。
ここのお兄さんが気さくな人で「大分から? もしかしてサッカーで来ましたか?」
「ハイ、大分トリニータです」
「おお! J1昇格おめでとうございます。良かったですね」
「ありがとうございます」
山形駅前の日本レンタカーのお兄さん、良い人でした。
『鶴岡市立加茂水族館』
AM11時20分 『鶴岡市立加茂水族館』 到着
愛称は「クラゲドリーム館」
51種類ものクラゲを展示する「世界一のクラゲ水族館」(ギネス認定)です。
「入館料」
個人 1,000円
小・中学生 500円
年間パスポート 一般 2,500円
なんと入館料1,000円なんです。
さらに年間パスポート2,500円です。
近くに住んでいたら年パスを絶対に買っています。
それぐらい何度でも行ってみたい水族館です。
館内に入ると”アシカショー”の時間でした。
ゴマフアザラシとアシカのショーは、シンプルに楽しめました。
(その2)
(その3)
(その4)
「クラゲ展示エリア」
アシカショーも面白かったのですが、この水族館で圧巻なのは”クラゲ展示エリア”です。
この時は写真を撮る事が出来ましたが、混雑している時は写真がNGのようです。
今は世界一のクラゲ水族館と言われる”加茂水族館”ですが少し前まで「落ちこぼれ水族館」と言われていました。
ではなぜ「落ちこぼれ水族館がどうやって世界一の水族館になったのか」
興味津々です。
加茂水族館の開設は古く、1930年ですから、今から88年前です。
山形県加茂町(当時)の有志によって設立され、民間の水族館としてスタートしました。
1955年に鶴岡市立加茂水族館となり、1964年に現在の場所に新築移転され、年間20万人を超す入館者が集まる人気スポットとなりました。
しかし1967年に鶴岡市は加茂水族館を民間会社に売却し、手を引くことになったんです。
売却から4年後の1971年、民間会社の経営不振から水族館は閉館されることになってしまいました。
残された職員4人(村上館長以外の3人はすでに故人)は水族館に泊まり込み、魚や動物の世話に奔走することになりました。
困窮ぶりを知った地元の人たちから募金や餌などが寄せられ、村上館長さんたちは必死に耐え忍ぶのですが、先の見えない暗闇の日々が続きました。
一度地獄の底に叩き落とされた村上さんらは、入館者を増やそうとそれこそ必死で、色々な集客策を懸命に打ち出したのです。
しかし入館者数は鶴岡市立時代の20万人台を大きく下回ります。
とうとう「落ちこぼれ水族館」という不名誉な称号までつけられてしまいました。
縁切りされた鶴岡市から補助金などの援助は一切ありませんでした。
水族館の誰もが、もはや起死回生はないと諦めていました。
1997年、「最後の悪あがき」(村上館長)に出ることにしました。
当時、流行っていたサンゴの企画展「生きたサンゴと珊瑚礁の魚展」です。
しかし、結果は散々なものでした。
この年の入館者数はわずか9万2000人に終わりました。
でも、神様はこの水族館を見捨てませんでした。
企画展の準備をしていた飼育員が、サンゴの水槽から小さな生き物が泳ぎ出すのを偶然、見つけたんです。
それはサカサクラゲの赤ちゃんでした。
餌をやったところ、500円玉くらいの大きさに成長しました。
それらを展示してみたところ、お客さんは大喜び。
「これだ!」となり、どん底からの大逆転劇が始まりました。
しかしその飼育と繁殖の方法がわからず、お手本となるものがありませんでした。
つまり、自力で工夫を重ね、自ら答えを導き出すしか他に手はなかったのです。
お金はありませんでしたが「世界一のクラゲ水族館を造る」という夢に、全員が一丸となりました。
そのかいあって、加茂水族館は2000年にクラゲの展示数で日本一となり、入館者数も右肩上がりに増えていきました。
クラゲ関連の商品(クラゲアイスにクラゲラーメンなど)も次々に開発し、水族館は黒字経営となりました。
こうしたV字回復が評判となったためか、加茂水族館は2002年に鶴岡市に買い戻され、35年ぶりに「鶴岡市立加茂水族館」に。
2005年にクラゲ展示数世界一になり、翌年にはクラゲレストランがオ―プンしました。
いまでは山形県の人気スポットとなり、世界中から観光客が来館するまでになりました。
クラゲのなにがそんなにいいのでしょうか?
一度ここに来れば分かります。
本当に可愛くて、神秘的で癒されます。
ずーっと見ていられる不思議な空間でした。
「クラゲドリームシアター」
なかでも圧巻なのが、直径5メートル(可視部分)の大水槽「クラゲドリームシアター」です。
2000ものミズクラゲが悠然と浮遊する光景を目の当たりにすると、感動し、立ち尽くします。
もう一度書きますが、クラゲに感動するのです。
ゆらゆら漂うクラゲ。
つくづく癒やされる生き物だと感じました。
何度でも訪れたくなる不思議な水族館です。
///////////////////////////////////////////
2018年11月20日(火) 天気は晴れ
夕方の飛行機に乗る前に仙台駅の周りを観光することにしました。
便利なのが「るーぷる仙台」
簡単にいうと仙台の主な観光地をぐるぐる循環する”シティーバス”のことです。
1日何回乗っても=620円
1回=260円なので3回乗ればお得という事になります。
私たちのタイムリミットは3時間。
ピンポイントで回らないと時間が足りなくなります。
まずは”仙台城跡”でバスを降ります。
「青葉城」
伊達62万石の居城、仙台城(青葉城)です。
将軍家康の警戒を避けるために、 あえて天守閣は設けなかったといわれています。
『政宗公騎馬像』
バスの時間を気にしながら、大崎八幡宮に向かいます。
『国宝 大崎八幡宮』
慶長12(1607)年、伊達政宗公によって創建されました。
昭和27年に国宝指定されています。
大崎八幡宮は厄除け、除災招福、必勝、安産を願って創建されました。
そこで仙台に本拠地を置くプロスポーツチームは毎年、シーズン開幕前に必勝祈願にきます。
長床に奉納されている東北楽天イーグルスの必勝祈願絵馬です。
楽しい時間はすぐに過ぎていきます。
ここで観光を終了しました。
仙台空港に急ぎます。
今季最後の遠征が終わりました。
仕事を辞めたら毎日が暇で仕方が無いんだろうなぁ、と思っていましたがトリニータのおかげで今季も嘘のように忙しい毎日を過ごすことができました。
今季は42試合。
そのうちホームは21試合、アウェーは14試合の合計35試合に行くことができました。
健康で応援できることのありがたさを痛感しています。
今季から始めた自走遠征車中泊では金沢、甲府、松本山雅、岐阜、山口、町田の6試合に行きました。
松本山雅の自走は2,500kmを超えました。
我ながらよく走ったものだと感心しています(笑)
今季最後となった山形遠征ですが、当初は自走も考えました。
しかし天候の急変に対処できるだけのスキルが私に無かったので、断念して飛行機で行くことに。
でも結果として観光をする日にちが伸び、トリニータのJ1昇格の喜びを胸にルンルン気分で観光することができ、最高の遠征となりました。
今季もたくさんのトリニータの仲間に支えられた1年間でした。
皆さん、本当に感謝しかありません。
ありがとうございました!
なんというか、タイミングというのが大事なようでして、これを逃がすとなかなか書けないもんだという事が、今回よく分かりました。
というような言い訳をしつつ、当時のメモを片手に書いていきます。
自宅を出発したのが、山形戦の前日(11月16日)AM6時。
大分空港の2階には"監督や選手のメーセージ"がありました。
一つ一つの言葉に熱いモノを感じながら、飛行機に乗り込みます。
中部空港(セントレア)で乗り継ぎ、仙台空港到着がAM11時50分。
仙台空港から仙台駅まで約30分。
『松島定期観光バス』
仙台駅の自由通路をとおり東口へ、階段を下りて定期観光バス72番乗り場へ急ぎます。
午後コース=3000円(1人分)
13時30分発の観光バスに乗り込み、いざ、松島へ!
4時間のバスの旅です。
東北楽天イーグルスの本拠地をバスの中から見ながら、日本三景の一つである松島湾の景色を一望できる"西行戻しの松公園"を目指します。
この日の天気は晴れ。
遠くまで綺麗に見えます。
紅葉に彩られた木々の間から見える赤い橋は、福浦島を結ぶ橋で福浦橋、別名"出会い橋"と言います。
ここから観光バスは駐車場に。
私たちは90分間の自由行動となります。
『観瀾亭 (かんらんてい)』
その前に"観瀾亭 (かんらんてい)"で抹茶をいただきながら松島湾を眺め、優雅なひとときを楽しみます。
『観瀾』とは さざ波を観る、と云う意味です。
もともと 豊臣秀吉の伏見桃山城にあった茶室を伊達政宗がもらい受けます。
その茶室を江戸の藩邸に移築していたものを二代藩主、忠宗がここに移したそうです。
『円通院』
ゆっくりお茶を飲んで、という訳にもいきません。
すこし急ぎ足で”国宝 瑞巌寺(ずいがんじ)を目指します。
その途中にあった"円通院"の紅葉が綺麗という評判だったのですが、時間の関係でスルーしました。
『国宝 瑞巌寺(ずいがんじ)』
瑞巌寺の正式名称は「松島青龍山瑞巌円福禅寺」
場所はJR松島海岸駅から歩いて10分ほど。
松島湾の程近くにあり、松島観光では絶対にはずせないスポットです。
本堂は2009年9月より"平成の大改修"をしておりましたが、平成28年4月5日より拝観を再開しました。
今回の"平成の大改修"は地盤沈下による建物のゆがみなどを直すことが目的で、瓦や壁、建具の解体・修復、さらに耐震補強工事なども行われる大がかりなものでした。
大屋根の瓦は5万枚以上あるうちの約3万枚を新たに葺き替えたそうです。
『五大堂』
この瑞巌寺の目の前にある島が”五大堂”
五大堂は瑞巌寺が管理する小堂で、海岸広場の東端、五代堂島の上にあります。
松島の名勝地として知られ、国の重要文化財に指定されています。
天長五年(828)に円仁(えんにん)が延福寺(現瑞巌寺)を開基した際、大聖不動尊を正面に五大明王像を安置したことから、五大堂とよばれるようになりました
橋の名前は"透かし橋"
そうなんです。
下を見ると海が見えてしまうんです。
人が落ちることはありませんが、スマホなどは気をつけるに越したことはありません。
ここからの夕日が綺麗だったので、我が家の“クマちゃんズ"を撮っていたら、いつの間にか外国の人たちも一緒に撮っていたのでビックリしました。
なんとも穏やかな海でした。
遠くの赤い橋は"出会い橋“です。
さて翌日。
2018年11月17日。
大分トリニータはリーグ戦第2位で「J1に昇格」しました。
「NDソフトスタジアム山形」は、私にとって忘れることのできないスタジアムになりました。
この日の歓喜とこのスタジアムの景色を生涯忘れることはありません。
//////////////////////////////////////////////////////
2018年11月18日(試合 翌日)
『蔵王観光』
試合後に“J1昇格 祝勝会"を仲間で祝ったものの、どうも現実感が無いまま朝を迎えました。
大分にいれば、どのニュースでも取り上げられるし選手が出演する番組を見て、その嬉しさが湧いてくると思うのですが、ここは山形。
スポーツ新聞を買ったものの、いまいちピンときません。
AM 8時40分 山形駅から蔵王温泉行のバスに乗ります。
AM9時15分 蔵王温泉に到着。
バスから降りたとたん、温泉の臭いがします。
見上げれば空はトリニータブルー。
もう何度も、何度も嫁が私に言った言葉「私たち本当にJ1に行けるんよなぁ」
J1昇格を決めて、解放された気持ちで山形観光を楽しむ、そんな予定のはずだったのに、なぜか緊張がほぐれていません(笑)
温泉は後回しにして景色を楽しもう、という事で”蔵王スカイケーブル”に乗ります。
やって来たのは”15番”
「やった~! キヨピーやん! ラッキー!」
係りのおじさんの視線が痛いんです(笑)
スカイケーブルの窓から見た景色です。
上から下りてきたのは”容平”さらに”レイチェル”と続きます(笑)
(なんやねん、それは!って突っ込みは無しで)
気温は9度。
寒さは全く感じません、というか風はあるものの暖かさを感じます。
あと1ヶ月もすれば、この辺は雪で覆われスキー客でごった返すのでしょうか。
『ドッコ沼』
湧水のため、水が枯れることはないそうです。
さらにこの水は宝沢に流れこみ、山形市の水源として利用されるそうです。
真っ青な空に真っ白な飛行機雲が見えます。
知っていましたか?
エンジンが2つの飛行機は飛行機雲が2本です。
エンジンが4つの飛行機は飛行機雲が4本なんです。
飛行機雲がなかなか消えません。
こんなときは天気が崩れる可能性が高いんです。
なぜかというと、上空の空気に水蒸気がたくさん含まれている、ということになるからです。
逆に飛行機雲ができない時は晴天が続く時と言われています。
翌日は雨になりました。
リフトを見ると20代のころに行ったスキー場を思い出します。
年末年始の1週間、毎日スキー三昧でした。
今度はスキーではなく、スノボーに挑戦したいと思っている65歳です(笑)
『健康の鐘』
幸せの鐘というのはよく見かけるのですが「健康の鐘」というのは、初めてかもしれません。
当然ですが、何度も鳴らしました(笑)
この日の予定はここまで。
さてどうしようか?
時間があるので山形駅まで帰って”山寺”に行こうか?
行き当たりばったりはいつものこと。
決定です。
山形駅まで帰って”山形そば”をいただいて、”山寺”に向かって出発。
/////////////////////////////////////////
『山寺駅』
午後1時 山寺駅に到着。
『宝珠山立石寺』
”山寺”は、正しくは『宝珠山立石寺』といいます
貞観2年(860)慈覚大師が開いた、天台宗の山です。
登山口の階段を登り、まずは体を清めます。
奥に見える建物が『根本中堂』
国指定重要文化財です。
『笑福布袋尊』
その前にあるのが『笑福布袋尊』
体を撫でて願い事をお願いします。
『芭蕉句碑』
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
元禄2年(1689)、おくのほそ道をたどり、今の7月13日に山寺を訪れた松尾芭蕉の句で、門人たちが嘉永6年(1853)にたてた句碑です。
まずは階段を登る前に”力こんにゃく”をいただきます。
1本=100円
『山門』
鎌倉時代の建立といわれる山門は、開山堂などへの登山口です。
大仏殿のある奥之院までの石段は930段を超えます。
さて気合を入れなおし、ストレッチを充分にして、いざ出発です。
ところが少し登ると普段の運動不足がたたってか、息が切れ、足が棒のように重くなってきます。
気持ちが折れそうになるのですが、おじいちゃんやおばあちゃんが世間話をしながら平地を歩くように階段を下りてくるんです。
”負けちょられん”て気になり、再び登り始めます。
自然にそってつくられたこの参道は、昔からの修行者の道です。
一番せまいところは約14センチです。
『せみ塚』
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
芭蕉の句をしたためた短冊をこの地に埋めて、石の塚をたてたもので、せみ塚といわれています。
ここまで420段。
まだまだ半分も来ていません。
汗が噴き出てきます。
『仁王門』
仁王門が見えてきました。
嘉永元年(1848)に再建されたけやき材の優美な門です。
ここで半分と考えたほうが良いようです。
残り半分。
気合を入れます。
下を向くと階段しか見えないので、時々空を眺めます。
トリニータが頑張ったけん、俺も頑張る(笑)
生き甲斐があるのは良いものです。
下にはさっき通り過ぎた仁王門が見えます。
もう少し。
『修行の岩場』
正面の岩に巌をかさねた岩場は、”釈迦が峰”といい、今では修行者以外の登山を禁じています。
『納経堂』と『開山堂』
向かって左、岩の上の赤い小さな堂は、写経を納める『納経堂』です。
右の建物が『開山堂』
立石寺を開いた慈覚大師のお堂で、大師の木造の尊像が安置されています。
『五大堂』
頭上の建物は五大堂といい、五大明王を祀って天下泰平を祈る道場です。
山寺随一の展望台でもあります。
注意書き
『五大堂』から見た眺めです。(その1)
(その2)
(その3)
800段ほど登ったところに”お茶屋さん”があります。
ここで休憩して甘酒をいただきました。
そこのお姉さんに聞いてみました。
「毎日歩いて登るのですか?」
「毎日ではなく交代ですけど、歩いて登ります」
「大変ですけど、健康には良いですね」
「はい、ただ雨の日や雪の日もあるので」
お仕事とはいえ、ご苦労様です。
さて残り133段。
頑張ります。
『奥之院』
正面右側の古いお堂が奥之院ともいわれる如法堂です。
『大仏殿』
左側の大仏殿には、像高5メートルの金色の阿弥陀如来像を安置しています。
ここまで約1時間。
気持ちの良い汗をかきました。
この日の観光はここまで。
山形駅まで電車で帰り、翌日の観光をどこにするのかこれから決めます。
///////////////////////////////////////////////////
2018年11月19日(月) 天気は雨。
朝になっても行き先が決まりません。
いろいろ調べていると”世界一のクラゲ水族館”があるようです。
ただアクセスが厳しいんです。
電車でもバスでも時間がかかります。
しかし、レンタカーなら高速を使って1時間30分ほどで行けそうです。
そこで近くのレンタカー屋さんへ。
保険を付けて12時間=7000円
「勇往邁進のステッカー」を付けて出発。
ここのお兄さんが気さくな人で「大分から? もしかしてサッカーで来ましたか?」
「ハイ、大分トリニータです」
「おお! J1昇格おめでとうございます。良かったですね」
「ありがとうございます」
山形駅前の日本レンタカーのお兄さん、良い人でした。
『鶴岡市立加茂水族館』
AM11時20分 『鶴岡市立加茂水族館』 到着
愛称は「クラゲドリーム館」
51種類ものクラゲを展示する「世界一のクラゲ水族館」(ギネス認定)です。
「入館料」
個人 1,000円
小・中学生 500円
年間パスポート 一般 2,500円
なんと入館料1,000円なんです。
さらに年間パスポート2,500円です。
近くに住んでいたら年パスを絶対に買っています。
それぐらい何度でも行ってみたい水族館です。
館内に入ると”アシカショー”の時間でした。
ゴマフアザラシとアシカのショーは、シンプルに楽しめました。
(その2)
(その3)
(その4)
「クラゲ展示エリア」
アシカショーも面白かったのですが、この水族館で圧巻なのは”クラゲ展示エリア”です。
この時は写真を撮る事が出来ましたが、混雑している時は写真がNGのようです。
今は世界一のクラゲ水族館と言われる”加茂水族館”ですが少し前まで「落ちこぼれ水族館」と言われていました。
ではなぜ「落ちこぼれ水族館がどうやって世界一の水族館になったのか」
興味津々です。
加茂水族館の開設は古く、1930年ですから、今から88年前です。
山形県加茂町(当時)の有志によって設立され、民間の水族館としてスタートしました。
1955年に鶴岡市立加茂水族館となり、1964年に現在の場所に新築移転され、年間20万人を超す入館者が集まる人気スポットとなりました。
しかし1967年に鶴岡市は加茂水族館を民間会社に売却し、手を引くことになったんです。
売却から4年後の1971年、民間会社の経営不振から水族館は閉館されることになってしまいました。
残された職員4人(村上館長以外の3人はすでに故人)は水族館に泊まり込み、魚や動物の世話に奔走することになりました。
困窮ぶりを知った地元の人たちから募金や餌などが寄せられ、村上館長さんたちは必死に耐え忍ぶのですが、先の見えない暗闇の日々が続きました。
一度地獄の底に叩き落とされた村上さんらは、入館者を増やそうとそれこそ必死で、色々な集客策を懸命に打ち出したのです。
しかし入館者数は鶴岡市立時代の20万人台を大きく下回ります。
とうとう「落ちこぼれ水族館」という不名誉な称号までつけられてしまいました。
縁切りされた鶴岡市から補助金などの援助は一切ありませんでした。
水族館の誰もが、もはや起死回生はないと諦めていました。
1997年、「最後の悪あがき」(村上館長)に出ることにしました。
当時、流行っていたサンゴの企画展「生きたサンゴと珊瑚礁の魚展」です。
しかし、結果は散々なものでした。
この年の入館者数はわずか9万2000人に終わりました。
でも、神様はこの水族館を見捨てませんでした。
企画展の準備をしていた飼育員が、サンゴの水槽から小さな生き物が泳ぎ出すのを偶然、見つけたんです。
それはサカサクラゲの赤ちゃんでした。
餌をやったところ、500円玉くらいの大きさに成長しました。
それらを展示してみたところ、お客さんは大喜び。
「これだ!」となり、どん底からの大逆転劇が始まりました。
しかしその飼育と繁殖の方法がわからず、お手本となるものがありませんでした。
つまり、自力で工夫を重ね、自ら答えを導き出すしか他に手はなかったのです。
お金はありませんでしたが「世界一のクラゲ水族館を造る」という夢に、全員が一丸となりました。
そのかいあって、加茂水族館は2000年にクラゲの展示数で日本一となり、入館者数も右肩上がりに増えていきました。
クラゲ関連の商品(クラゲアイスにクラゲラーメンなど)も次々に開発し、水族館は黒字経営となりました。
こうしたV字回復が評判となったためか、加茂水族館は2002年に鶴岡市に買い戻され、35年ぶりに「鶴岡市立加茂水族館」に。
2005年にクラゲ展示数世界一になり、翌年にはクラゲレストランがオ―プンしました。
いまでは山形県の人気スポットとなり、世界中から観光客が来館するまでになりました。
クラゲのなにがそんなにいいのでしょうか?
一度ここに来れば分かります。
本当に可愛くて、神秘的で癒されます。
ずーっと見ていられる不思議な空間でした。
「クラゲドリームシアター」
なかでも圧巻なのが、直径5メートル(可視部分)の大水槽「クラゲドリームシアター」です。
2000ものミズクラゲが悠然と浮遊する光景を目の当たりにすると、感動し、立ち尽くします。
もう一度書きますが、クラゲに感動するのです。
ゆらゆら漂うクラゲ。
つくづく癒やされる生き物だと感じました。
何度でも訪れたくなる不思議な水族館です。
///////////////////////////////////////////
2018年11月20日(火) 天気は晴れ
夕方の飛行機に乗る前に仙台駅の周りを観光することにしました。
便利なのが「るーぷる仙台」
簡単にいうと仙台の主な観光地をぐるぐる循環する”シティーバス”のことです。
1日何回乗っても=620円
1回=260円なので3回乗ればお得という事になります。
私たちのタイムリミットは3時間。
ピンポイントで回らないと時間が足りなくなります。
まずは”仙台城跡”でバスを降ります。
「青葉城」
伊達62万石の居城、仙台城(青葉城)です。
将軍家康の警戒を避けるために、 あえて天守閣は設けなかったといわれています。
『政宗公騎馬像』
バスの時間を気にしながら、大崎八幡宮に向かいます。
『国宝 大崎八幡宮』
慶長12(1607)年、伊達政宗公によって創建されました。
昭和27年に国宝指定されています。
大崎八幡宮は厄除け、除災招福、必勝、安産を願って創建されました。
そこで仙台に本拠地を置くプロスポーツチームは毎年、シーズン開幕前に必勝祈願にきます。
長床に奉納されている東北楽天イーグルスの必勝祈願絵馬です。
楽しい時間はすぐに過ぎていきます。
ここで観光を終了しました。
仙台空港に急ぎます。
今季最後の遠征が終わりました。
仕事を辞めたら毎日が暇で仕方が無いんだろうなぁ、と思っていましたがトリニータのおかげで今季も嘘のように忙しい毎日を過ごすことができました。
今季は42試合。
そのうちホームは21試合、アウェーは14試合の合計35試合に行くことができました。
健康で応援できることのありがたさを痛感しています。
今季から始めた自走遠征車中泊では金沢、甲府、松本山雅、岐阜、山口、町田の6試合に行きました。
松本山雅の自走は2,500kmを超えました。
我ながらよく走ったものだと感心しています(笑)
今季最後となった山形遠征ですが、当初は自走も考えました。
しかし天候の急変に対処できるだけのスキルが私に無かったので、断念して飛行機で行くことに。
でも結果として観光をする日にちが伸び、トリニータのJ1昇格の喜びを胸にルンルン気分で観光することができ、最高の遠征となりました。
今季もたくさんのトリニータの仲間に支えられた1年間でした。
皆さん、本当に感謝しかありません。
ありがとうございました!