独断と偏見甚だしい本書は「夏彦迷惑問答」がサブタイトルで、山本夏彦氏の明るい戦前観を
縦横無尽にこれでもかと披露しています。何しろ「鑑賞にたえる映画は昭和三十五年まで。以
後ない」とまで断定するのです。私が観て感動してきた映画は全て鑑賞にたえるものではない
のです。様々な事象を二十代女性の対談相手を前に切りまくりますが、相手の女史は分からな
い事が多いながらもボケ、ツッコミ、鋭い指摘で切り返したり、実に愉しい!
例えば、寿司屋にあるのは「つけ台」でカウンターではない、カウンターは勘定台です。と始
まる。日系二世を寿司屋に案内した古い友人との話で、寿司をつまんでいる人と言うから食べ
ている人かと思ったらどうも話が変で、つけ台の向こうにいる職人のことらしい。つまむのは
客だと教えると、そうでしたねお寿司をつかんでいる人。つかむんじゃない寿司ならにぎるん
で、にぎるのが職人でつまむのは客。日本語は難解だ。
戦前を話して理解が得られないのは言葉が滅びたからで、山本氏は学校教育と核家族化が原因
だと断じる。今や昭和があちこちでもてはやされているが、本書は大正の話をしている。戦争
から、活動写真、郵便局、牛鍋屋、食べ物、きもの、洋行と幅広い。
最後の菊竹六鼓と桐生悠々の章は二人とも知らない人物でしたが、軍部に言論で正面から立ち
向かった人物。彼らに対してまじめ一方ではいけない、親孝行も過ぎてはいけない。直情径行
は誤りで、言葉は二重三重でなければいけない。とは名言。
誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答 山本夏彦 文春新書