2月21日、金融庁は「バーゼル銀行監督委員会による『金融と実体経済の波及経路に関する文献サーベイ(The transmission channels between the financial and real sectors:a critical survey of the literature)』の公表について」と題するリリースを行った(日本銀行もまったく同内容のリリースを行っている)。
例のごとくであるが、今回も「詳細につきましては、以下をご覧ください」という文言のみで同委員会の当該リリース・サイト(英文)へのリンクが張られているのみである。
筆者は、常日頃からこのような金融機関だけでなく研究者や広く国民に対する情報公開の観点から、その公表文や「要旨」部分だけでも仮訳で提供すべきと考えている。
さらにいえば、わが国の金融規制監督とBISとの関係を正確に理解したり、欧米主要国の金融規制監督のあり方を巡る最新の情報についてより具体的な情報提供も金融庁や日本銀行の重要な任務であると感じている。(注1)
このような問題意識を背景として、今回のブログでは久しぶりに作業部会の設置目的や同ペーパーの持つ意義等について簡単な導入解説を試みた。わが国の金融・経済の専門家による本格的な批判的検討を期待したい。(注2)
なお、本報告に引用される専門用語について参考として筆者なりに調べた範囲で注記を加えた。その内容の補完を含めたレポートを期待したい。
1.本報告の作成背景と検討範囲
まず、本ワーキング・ペーパーの標題である。リリース内容や本文から見て多少意訳とはなるが「金融部門と実体経済部門間の波及経路に関する既存の経験的分析に基づく研究文献に対する批判的考察(第一次報告)」と訳すのが本来であろうと思う。
(1)国際決済銀行(BIS)は特別調査委員会のもとに「金融部門と実体経済部門間の波及経路に関する作業部会」を設置
その設置目的は、各国金融当局が最大の研究課題としている金融安定化のための研究にあたり金融と経済の実態部門の間にある波及経路(効果)の正確な理解は重要な要素といえる。
「強固で安定的な金融システム」とは、プロパガンダや無意味な増幅を招く金融ショックに対抗しうる強さを持ち、かつ利益を確保できる投資機会に向けた貯蓄の配分において限定的な影響にとどまらせるものであると見られている。
実際に、金融安定化の定義や金融監督における「マクロ健全性(macroprudential)」といった取組みは、「G20金融サミット」や「金融安定化理事会(Financial Stability Board)」(注3)等の金融安定化支援国家・機関は、これは金融システム機能のマクロ健全性の破壊の結果であるという見方を強調している。
この問題の重要性に鑑みて、銀行監督委員会は金融部門と実体経済部門間の波及経路に関する検討作業グループ(Research Task Force on the Transmission Channels: RTF-TC group)をあらたに設置した。より具体的にいうと、本作業部会は既存の研究文献を批判的に見直すことおよび既存の枠にとらわれない検証を命じられたものである。
作業グループは、金融部門と実体経済部門に存在する3つの波及経路、すなわち、(ⅰ)借手のバランスシートからみる経路(borrower balance sheet channel)、(ⅱ)銀行のバランスシートからみる経路(bank balance sheet channel)、および(ⅲ)流動性からみる経路(liquidity channel)につき限定した。前2つの経路はしばしば金融活性化経路(financial accelerator channel)と呼ばれ、3つ目は銀行危機の流動性ポジションが強調される。
2.第一次研究報告としてまとめた既存文献の欠陥といえる問題点
7つの点に集約した。
①マクロ・ストレス・モデル (注4)の洗練化に関し、既存のモデルの最大の欠陥はフィードバック効果分析の欠如である。マクロ・ストレス・テスト・モデルは銀行のバランスシートの実際の状況の効果を考慮するものであるが、そのようなバランスシートの作成自体が初期のマクロショックの効果を強固なものにする点を考慮していない。
②実体経済においていかなる条件が金融部門に影響を与えるのかの問題について、注目すべき問題認識のずれとして本レポートはさらに一般的といえる借り手の債務不履行(default)や返済遅延結果(delinquency outcome)について借り手のバランスシートのポジションについて限定的な考慮しか行っていない点に着目した。借り手のバランスシート(債務不履行(default)や返済遅延結果が存しない場合でも)は借り手の信用度の正確な理解の上で関係する問題であり、順次借り手の与信や与信条件に影響を与え、また順次貸し出し行為や最終的には経済活動そのものに影響を与えるものである。
③金融部門と実体経済部門間の条件の相互作用に着目したモデルの開発問題に関し、主要な問題認識のずれ(マクロ・ストレス・テストでは共通的なもの)は、非線形性(nonlinearities)および構造上の不安定(structural instabilities)について限定的にしか考慮していないことである。
別の認識のずれは、金融と実体経済部門間の比較的銀行の処理の型にはまって内容を考慮する「動学的確率的一般均衡(Dynamic Stochastic General Equilibrium, DSGE)モデル」を優先して関係付けていることである。
一方、銀行の行動に関し有益な特性を提供し影響力が大である既存の研究論文は、何が最も実務者(銀行の資本制約、資産・負債の成熟期のミスマッチ等)にとっての最大の関心事であるいかについて把握していない。
④融資に関する銀行資本の影響の問題に関し、最近時の出来事で明らかなとおり、重要な認識のずれがある。民間対政府による資本注入とでは融資や経済活動において異なる意味があることである。現下の金融危機に即して、いくつかの国 (注5)が銀行部門に公的資本注入を行い、民間による資本注入と完全に類似物であり立案策定者にとっての明確な価値があるか否かについて検証した。
関連した取組みとして、システム全体として規制の効果についての分析の根拠の必要性を配慮した。例えば、銀行に対する規制・監督からイメージされる民間部門への動機付けはほとんど機能しなかった。しかし、規制による「自己資本裁定(capital arbitrage)」が金融危機の重要1つの根拠であることは示された。さらに、動機付けに関し理解すべき重要な点は、金融監督・規制は現下の過剰な規制のもとで作られている点である。さらに、その金融監督・規制規則が現下のオーバーホールの文脈の中で作りだす誘因効果を理解することも、非常に重要である。
⑤銀行や借手のバランスシートのポジションが経済活動に関する銀行レベルの変数にどのような影響を与えるかという問題についてみると、マクロ経済と実体経済を混乱させている借手と銀行のバランスシートの状況にかかる別々の影響について見過ごしている点がある。このことは、同時または最終的に衰退化または改善するマクロ経済の諸条件による双方とも影響を受ける借手と銀行のバランスシートから導き出され、研究者が監視している唯一の変数は貸出量や貸出金利(または利鞘)であるという結果になっている点が指摘される。
⑥国際的なビジネスのサイクルを巡る共同行動について国家間をまたがる金融波及経路に影響を与えるかという問題については、重大な認識のずれは大部分の分析が運用において正確な経路情報を限定的にしか提供していない誘導型の基礎に関する問題を見逃している点である。
⑦金融政策の経路に関する金融部門の変数の影響について、重要な認識のずれは貸付がどのように実体経済に影響を与えるかという疑問点である。最近の金融危機の結果として明らかになった別の認識のずれは銀行の融資経路における「証券化」とのかかわりである。この問題に関する今日までの全調査が本質的に予めこの危機を見逃しており、その結果、重要な疑問はこれらの結果が現下の金融環境の中でいかに支持できるかという点である。
また、RTF-TC作業計画は、金融政策のスタンスと銀行のリスクに対する姿勢(いわゆるリスクを引き受ける経路 (risk taking channel)の間の関係において、更なる進展を提供するものである。
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(注1) 筆者は翻訳の専門家ではない。しかし、毎日主要国の政治、経済、金融等に関する政府や行政機関や主要メディア等の情報を読みながら、その情報の価値や広くわが国民への情報開示の意味については勉強しているつもりである。
(注2)本ブログでも紹介したわが国におけるBISの”Working Paper”等の内容はいずれを見ても難解である。いくら翻訳作業で工夫してみても限界がある。しかしながら、そのことは仮訳作業が不要という理由にはならない。
(注3) 「金融安定化理事会(Financial Stability Board:FSB)」は、(1)国際金融システムに影響を及ぼす脆弱性の評価及びそれに対処するために必要な措置の特定・見直し、(2)金融の安定に責任を有する当局間の協調及び情報交換の促進、(3)規制上の基準の遵守におけるベストプラクティスについての助言・監視等を役割としている。第2回金融・世界経済に関する首脳会合(ロンドン・サミット:2009年4月)の宣言を踏まえ、旧金融安定化フォーラム(FSF)が、より強固な組織基盤と拡大した能力を持つ組織として再構成された。FSBには、そのメンバー国および地域の関連当局、金融監督当局による国際機関(バーゼル銀行監督委員会、証券監督者国際機構(IOSCO)、保険監督者国際機構(IAIS))および国際金融機関(国際通貨基金(IMF)・世界銀行)等が参加しており、我が国からは金融庁、財務省及び日本銀行が参加している。(平成21年11月12日時点での金融庁の説明を引用のうえ、筆者が各機関にリンクを張った)
(注4) 米国の金融監督機関であるFRB,FDICやOCCが2009年2月から4月にかけて行った「ストレス・テスト(正式には「監督資本評価プログラム(Supervisory Capital assessment Program:SCAP)」について基本的な点から説明しているものとしては、関雄太「資本市場クォータリー2009年(summer)」の「ストレステストの見方とバンクオブアメリカ、GMAC」が分かりやすいと感じた。
また、2010年7月23日に公表した欧州銀行監督者委員会(CEBS)、欧州中央銀行(ECB)による銀行ストレス・テスト(特別健全性審査)に関する論文として、代表的なものといえるかどうかは別として、伊藤さゆり「ストレステスト後の欧州経済と銀行市場」(ニッセイ基礎研究所:Weekly エコノミストレター:2010年8月20日号)の内容が興味深かった。
これらのストレス・テストの問題点として、次のような指摘がある。「近年では、特定のストレス・テストの数、深度、範囲を広げることで銀行はストレス・テストの改善に努めてきた。しかし多くの場合、これらのテストは事業活動、リスクの種類、資産の種類ごとに別々のものとなったままである。そのため、ストレス・テストの結果と全行的な資本充実度とを厳密な方法で結びつけるのが困難であった。」
(注5) 本報告では具体的に明記していないが、公的資本注入を最も大規模に行った国は米国であろう。
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