特別対談 世界の人口動態は帝国を再編するか 『人口減少社会の未来学』(内田 樹)
本の話 より 内田 樹,藻谷 浩介
『人口減少社会の未来学』(内田 樹)
内田 70年代くらいまでは「人口問題」といえば「人口爆発問題」のことでした。このまま人口が増えたら地球環境が破壊される、食糧も水も足りなくなる。どうやって人口を減らすか。それが熱く議論されていた。でも、ある時から「人口問題」は「人口減少問題」のことになった。どうして問題のスキームが逆転したのか。いったいこれまで何を見落として、何を勘違いしていたのか。それについては誰も何も説明してくれませんでした。
藻谷 バブル崩壊後のどこかで「日本の問題は人口減少」だと、みんなの頭が切り替わりました。でも人口減少とは何がどうなることなのか、減るとどう大変なのか、具体的に考えている人は少ないですね。減っても大丈夫と言い張る一部の経済学者、減少は過疎地の話と勘違いする都会の若者、女が産まないからだと責任転嫁する高齢男性、どれもピントがずれています。新型コロナの流行でさらに出生数も減り、いよいよ本格的にまずい状況になってきたというのに、急迫感もないですし。もちろん地球環境のためには、人が減るのは良いに決まっているんですが……(笑)。
内田 21世紀末には世界人口が100億人に達すると予測されています。地球環境にとっては完全に人口過剰です。だから、人口減少は人類的には正しい選択なんです。以前、人口社会学者の古田隆彦先生が「キャリング・キャパシティ(環境収容力)」について書いていました。人間は、集団の人口が増え、キャパシティを越えたと判断すると、収容力が回復するまで集団的・無意識的に人口抑制行動を開始するのだそうです。集団存続のための無意識的な行動ですから、一度減り始めたら、人為的・政策的に出生数を回復させることはできない。
藻谷 なるほど。実は私も長年、人口減少は日本人の、生物としての無意識の選択の結果なのではないかと感じていましたので、そう伺って、変な話ですが勇気が出ました。人間は食物連鎖の頂点に立つ生物種ですので、出産を自動的に調節する機能がDNAの中に内在しているのではないでしょうか。そう考えて初めて、ここ半世紀の急速な位相の変化が説明できると感じます。
内田 最近、若い人たちが地方に移住し始めているのも、特に主導的な理論があるわけではないですし、リーダーがいるわけでもない。にもかかわらず、定点観測していると、無関係な場所で、同時多発的に、同じような行動を取る人が現れている。何か「見えざる力」が働いているとしか考えられない。さらに面白いのは、この「無関係に同じような行動をとった人たち」がいつのまにか緊密なネットワークで繋がっていることです。
藻谷 なるほど。そういう変化は内田さんの身の周りでも起きているんですか。
内田 増えています。
⚫︎中国の人口減少が世界を変えていく
藻谷 ところで、総人口だけでは実態はわかりません。少子化するとまず乳幼児の数、次いで若者の数が減ります。総人口が減り始めるのはその数十年後で、そこで騒いでも、もう手遅れです。
わかりやすいのは中国ですね。国連の人口部が2~3年に一度、世界各国の1950年~2100年の毎年の、年齢別人口推計と予測をエクセルで出していますが(HPから閲覧可)、2019年度版を見ますと、15年から20年の最近5年間の変化が半端ではない。総人口は3250万人増えているのに、15~44歳は4200万人も減っている。率では7%減少で、これは日本の9%減と大差がありません。空前の人手不足が起きていますし、消費の成長も前のようにはいかなくなります。
内田 一人っ子政策が終わったのは2015年ですが、そのあとも出生数は回復してないということですか?
藻谷 一人っ子政策を行っている間に、出生数が3分の2に減ったので、今は若い親世代が減り始めました。そのため、0~4歳の乳幼児も最近5年間は3%減です。他方で、一人っ子政策の前に生まれた世代の加齢で、70歳以上は23%も増えました。日本は同じ5年間に16%増ですから、中国の方がよほど深刻です。しかも年金制度も医療福祉体制も整備途上ですし。
台湾や香港の少子化はさらに深刻です。出生率も1.0近くまで下がっています。
内田 台湾や香港がそんなに低いんですか。それは知らなかった。
藻谷 台湾は地味豊かな火山島で降水も多く、人口も2300万人程度なので、そんなに自然の容量をオーバーしていないはずなんです。やはり、中国の脅威の影が差しているのかもしれません。将来はどうなるかわからないという漠然とした不安が出生率を下げている気がします。
ですが東南アジアや、インドなどの南アジアでも、少子化は始まっています。欧州や米国でも乳幼児が減り始めました。他方で中近東やアフリカの多くの国では、背景にイスラムへの回帰志向もあるのか、まだ出生数が増えています。中国でもムスリムのウイグル人は少子化していないでしょう。だから、漢民族がむちゃくちゃな弾圧を加えて、何とかおさえ込もうとしていて……。
内田 漢民族はウイグル人の人口増大を恐れていますよね。断種や不妊手術という出生数削減をめざした弾圧策からも明らかだと思います。
藻谷 露骨にひどいことをやっている。ムスリムの国々までもが中国を野放しにしていますね。
内田 欧米も、中国の政策については、どうしてそんなことをするのかよくわからないというのが本音じゃないかと思います。欧米の外交専門家の分析を読んでも、中国がいま何をしようとしているのか、その内在的なロジックまで踏み込んで解明したものはほとんどありません。せいぜい1、2年程度の、習近平の動きについて短期的な予測はできても、30年、50年というタイムスパンで中国が何をしようとしているのかについては言及がない。
藻谷 それはまずいですね。日本のネトウヨと同じで漢籍の素養がないわけですね。
⚫︎人口の均衡が崩れると世界地図が変わる?
内田 中国人はいまでも華夷秩序のコスモロジーの枠内で世界をとらえていると僕は思っています。世界の中心に中華皇帝がいて、そこから王化の光が同心円的に広がり、王土の外は「化外の地」であり、未開の蛮族が蟠踞している。「化外の地」は皇帝の実効支配は及んでいませんが、中国の領土であるようなないような、どっちつかずのエリアです。そして、その周縁に棲む蛮族たちは部族を統一して十分な実力をつけると、中原に侵入して、皇帝を弑逆して、自分たちの王朝を立てようとする。モンゴル族の元、女真族の金、満州族の清と、「化外の民」が王朝を立てた例はいくつもあります。豊臣秀吉も明を倒して、後陽成天皇を皇帝に頂く「日本族」の王朝を立てるつもりでした。20世紀に日本人が満州国を建国したのも、アイディアは同型的です。東アジアの人たちはそういうふうに華夷秩序コスモロジーの中に封じ込められている。それはいまでも変わらない。だから、漢民族にとっては、辺境の「蛮族」が侵入してきて、王朝を倒すというのはトラウマ的記憶なわけです。ウイグル族に対する異常な警戒心は「辺境」への恐怖という心理的な基礎があると思います。
辺境の少数民族だけでなく、漢民族自身も必ずしも一枚岩であるわけではありません。9200万人、総人口の6.5%に過ぎない中国共産党員と、それ以外の国民の間には歴然たる身分格差があります。いま中国政府は国防費以上の予算を治安維持に投じて国民を監視しています。高性能監視カメラ、顔認証システム、自動テキスト分析、ビッグデータ処理などの国民監視テクノロジーで中国は世界最先端の技術を誇っていますが、それは逆に言えば、少しでも監視の手を緩めたら、国民がどう動くか分からない、体制が転覆するかもしれないという恐怖と緊張感が政府の側にあるということを意味しています。
藻谷 それで思い出したのが、武漢でいち早くコロナの危険を訴えた李医師が死去して1周年のときに、勤務先だった病院の玄関に寄せられた献花を、当局が撤去したというニュースがありました。なんとも非人間的な話ですが、これはつまり、市民のささいな追悼がいつの間にか政府批判の大規模行動につながりかねないと、警戒しているわけですよね。何がきっかけで9000万人以外の13億人が「この野郎」と反乱を起こすかわからないということなのかもしれません。
内田 国民に対する「恐怖政治」がこれだけ露骨になってきているということは、むしろ政権基盤の脆弱さを示す徴候ではないかと思います。共産党政権にとって最大のリスクファクターは、藻谷さんが指摘された通り、人口動態です。2027年に中国の人口はピークアウトして、その後一気に急激な人口減少と高齢化が訪れる。一人っ子政策のせいで親族共同体がほぼ空洞化してしまったので、これから独居の高齢者が大量発生します。でも、それを受け入れる社会保障制度がいまの中国にはありません。
アメリカでも人口動態の動きが政治に直結しています。WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)の出生率が下がってきている一方、アジア系や黒人やヒスパニック系は依然として出生率が高い。2045年には白人の人口比が50%を切り、有色人種が多数派になります。このトレンドはもう不可逆的です。白人たちは自分たちが少数派に転落することを非常に恐れている。人口動態の文脈からは、トランプ支持は少数派に転落しつつある白人たちの最後の抵抗に見えます。
藻谷 だからでしょうか、主流派の余裕がなくて、やけくそで暴力的な臭いがありますね。
内田 Qアノンの陰謀論者たちが恐怖しているのは、有色人種がアメリカの多数派になり、白人が少数派に転落する事態だと思います。自分たちがかつて少数派をどのように迫害してきたかを記憶しているだけに、少数派になることの恐怖はそれだけリアルなんでしょう。
藻谷 中国にせよ、アメリカにせよ、日本以上にごく最近まで少子化が起きていなかったので、漢民族が減る、カトリックも含めた白人が減るという状況に、頭がついていっていません。しかも高齢者を含めた総人口はまだまだ増えているので、多くの人は呑気なままですから、気づいた人はついつい先鋭化します。日本でも総人口が減り始めたのは、少子化開始から40年以上も後でした。
ですが増え続ければいいというものでもありません。多くの国でまだ少子化の起きていない中近東やアフリカで問題になっているのは、生活用にせよ農業用にせよ、「水」が足りないことです。これは食べ物がない以上に深刻なことで、実際に紛争の種になっています。
内田 水争いで。
藻谷 ええ。たとえばイスラエルとパレスチナの対立の根底にも、減りゆくヨルダン川の水の取り合いがあります。中近東では海水の淡水化技術も普及していますが、莫大なエネルギーを消費するやり方がいつまで続くのか。アフリカの貧しい国々の多くの状況は、ましてや深刻です。
しかし、人口増加=国力増進という考え方は、特に中近東には根強いように思えます。トルコなど、エルドアンが登場するまでは少子化がかなり進んでいたのですが、彼はかなり強引な出産奨励政策で少子化を食い止め始めました。イランの保守派政権にも同じ傾向が観察できます。
内田 そうなんですか。前にイスラム法学者の中田考先生からトルコはオスマン帝国圏を復活させる計画があるのではないかという話を伺ったことがあります。たしかに、バルカン半島の危機や、中近東の紛争問題を解決するにはオスマン帝国の復活というのは奇策だと思います。スンナ派テュルク族ベルトは、トルコからアゼルバイジャン、カザフスタンを通って、新疆ウイグルまで西アジア全域に広がっています。宗教と言語と生活文化を共有する1億3000万人がこの地域に居住している。この人たちがある種の共同体を構築すると、その勢力は侮りがたいものがあります。何より、この人たちには集団を統合する「物語」がある。中国の「一帯一路」に対抗する、ユーラシア大陸を東西に貫くスンナ派テュルク族ベルトという壮大なイメージがあるいはトルコの人口のV字回復に関係があるかも知れませんね。
藻谷 私も中央アジアやコーカサス各国の旅行にはまっていまして、ウイグル、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、そしてトルコでは、基本的に言葉が通じ合うというと現地で聞いて驚愕しました。ただし現状ではトルクメニスタンが鎖国状態ですし、アゼルバイジャンのアゼリー人はシーア派で、また世界最古のキリスト教国アルメニアが楔のように邪魔をしています。それに帝国の復活を最も警戒するのはロシアでしょうから、彼らがどう出るか。
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