もし『ゴジラ-1.0』の舞台が現代の日本だったら? 軍事に精通するライターが“ゴジラVS軍事大国”をガチシミュレーション
映画チャンネル より 240307
©2023 TOHO CO., LTD.
全世界興行収入140億円のスマッシュヒットを記録している『ゴジラ-1.0』。戦後の荒廃した日本を蹂躙するゴジラの姿に恐れおののいた観客も多いことだろう。そこで今回は、もしゴジラが2024年の世界に現れたら、というテーマで安全保障の観点から考察。ただゴジラを倒すだけでは終わらない、世界の難しさが明らかになりそうだ。
—————————————
【著者プロフィール:宮永忠将】
昭和48年生まれ。上智大学文学部史学科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科中退後、雑誌編集者、Waargaming.netの品質保証担当などを経て、現在はフリーランスで執筆、編集、翻訳や映画、アニメーション、ゲーム作品の監修などを手がけている。第二次世界大戦を中心に軍事全般を扱うが、現在は世界的に進む欧州戦史の再評価を咀嚼して、日本のミリタリーシーンに紹介する活動に力を入れる。主著『ウォーズ・オブ・ジャパン』(偕成社)、『ファンタジー世界構築教典』(宝島社)など。Youtube「宮永忠将のミリタリーアーカイブ」を運営中。
●『ゴジラ-1.0』で焼け野原の日本に上陸したゴジラ。現代の軍事力に対しても軍事国家でもその力を発揮できる?
2023年暮れにスマッシュヒットを記録し、驚くべき事に北米を中心に海外でもウケまくっている怪獣映画『ゴジラ-1.0』(以下マイゴジ)。なんと2023年度のアカデミー賞特殊効果部門にノミネートされ、受賞候補作の先頭を走っているとの観測もされていて、桜の季節になっても、まだまだマイゴジ現象は続きそうな雰囲気だ。
そんなゴジラについて、本稿では、もし現在、あの「マイゴジ」のゴジラが出現したら世界はどうなってしまうのか?それを各国の安全保障という観点から考察してみたい。
敗戦日本にゴジラが現れて、復興にようやく手がかかった東京をめちゃくちゃにしていく。そんな設定がウケたマイゴジだけど、これを現代社会に置き換えてみても、大変な事態であることは容易に想像がつく。
それは当然、社会や既存の価値観を根底から変えてしまうインパクトがあるだろうけど、その全てを語るのは不可能。そこでゴジラとの対決の最前線に立つであろう軍隊と、その指示を出す国家安全保障問題に目線を絞るというわけだ。
関連する考察を始める前に、まず大前提となる条件を明確にしておきたい。これが曖昧だと「歴史のもしも」は収拾が付かなくなってしまうからだ。そこで筆者は「2024年のゴジラ問題」について次のように定義した。
1.ゴジラが上陸してくる状況に対して、アメリカ、ロシア、中国、日本の4カ国について国別に考察する。
2.各国とも世界で最初のゴジラ上陸国となる。ゴジラは基本、太平洋や大西洋、北極海など、大洋の中心部付近で生まれたものとする。
3.各国ともゴジラとのファーストコンタクトではない。マイゴジに倣うなら、重巡高雄喪失時の日本政府と等しい状況を経験している。ゴジラの大きさ、生物学的特徴、強い破壊本能と熱線攻撃力までは把握している。
4.原子力発電所や生化学兵器研究所のような各国内の危険施設の存在はここでは考慮しない。
5.上陸前の領海内でのゴジラ撃破は不可能とする。
6.ゴジラは各国の通常戦力で駆除できる。
5と6については、少々説明を要する。
マイゴジの戦後日本が、海神作戦や戦闘機震電の攻撃でゴジラの肉体的破壊に成功したことから鑑みるに、上記サンプルの4カ国が現在保有する兵器の火力であれば、ゴジラの物理的破壊は可能であるとみるべきだ。
また劇中のアメリカ政府がゴジラの移動方向を把握し、ある程度コントロールしていたと思しき描写からしても、現代の海軍力であれば、攻撃型潜水艦の魚雷攻撃や巡航ミサイルなどによって洋上で撃破できる可能性が高い。
それではこの4カ国を想定する意味がないので、何らかの事情でゴジラに本土接岸と上陸を許してしまったという状況からの考察とする。
●世界最強の軍事国家アメリカ。本当の正念場はゴジラを倒した後にやってくる!?
『GODZILLA』(1998年)に登場するゴジラ【Getty Images】
巨大モンスターがアメリカを襲う想定での上陸地点は、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008)やローランド・エメリッヒ監督の『GODZILLA』(1998)、あるいは『キングコング』シリーズのようにニューヨークとなるか、あるいは2014年のハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』や、『パシフィック・リム』(2013)の冒頭設定であったような、サンフランシスコなど西海岸の大都市群になるかのように、我々は刷り込まれている。
しかし実際のアメリカは広く、様々な上陸地点が想定される。そこでまずアメリカを大きくエリア分けすると、まずは太平洋と大西洋岸に二分され、それぞれが南北に分割される。これにアラスカとカリブ海沿岸を加えれば、大きく六分割されたアメリカの国土において、ゴジラ上陸を考えることになる。
もしアメリカ大統領の立場であれば、上陸範囲としてもっとも対処が容易なのは人口が少ないアラスカで、次に太平洋岸北側、次にカリブ海と大西洋岸南部ということになろう。避けたいのはニューヨークやワシントンD.Cがある大西洋岸北部と、カリフォルニア州がある太平洋岸南側だ。
しかし、どこに上陸されてもアメリカは揺るがない。ゴジラには辛い戦いしかない。というのも、アメリカにはすでにゴジラへの即応体制ができているからだ。それが合衆国州兵である。
アメリカには40万を超える陸軍、空軍州兵が存在する。彼ら州兵は、毎月1回の週末と年に2週間の訓練に参加することが義務づけられており、応召されればすぐに戦力となる存在だ。装備には外征型の攻撃兵器こそ少ないが、戦車や装甲車、対空ミサイルのほか、空軍力まで擁している。
州兵の指揮命令権は各州知事に委ねられているので、即応の動員規模は数千程度であるが、このようなことができる国家は、アメリカ以外にはない。また最強州兵を持つと言われるテキサス州の場合、2万を超える州兵を抱えているので、一見手薄なカリブ海にゴジラに上陸されても、それを迎撃するのが最強州兵という罠になっている。
他に戦力の大きさでピックアップすると、カリフォルニア州(太平洋岸南部)、ペンシルベニア州(大西洋岸北部)、ニューヨーク州(大西洋岸北部)、ジョージア州、フロリダ州(大西洋岸南部)と、どこに上陸しても強力な州軍が待ち構えている。
仮に州軍がへまをしてゴジラの内陸侵攻を許したとしても、その状況になれば合衆国軍、つまり我々が知るアメリカ軍の攻撃が待っている。1~2都市がゴジラの放射熱線により大損害を受けていても、アメリカ自身は揺らぐことはない。
ただアメリカの問題はゴジラを倒してしまった後だ。現在、アメリカ社会は深刻な階層の分断に苛まれている。そのことに深入りする余裕はないが、単なる貧富の差だけでなく、ジェンダーや人種、政治思想、宗教、環境問題への取り組みなど、ありとあらゆるものが社会の対立要因となり、他罰的な言動や行為の横行に社会が萎縮し、不満がマグマのように煮えている状態だ。
その場合、ゴジラの排除や対応が新たな社会的分断の要因になるのではないか。始まりが動物愛護や環境問題であったとしても、それはやがて信仰を揺さぶり、予測のできない反応を導くかも知れない。それはゴジラの被害予測より難しい。
●自然の要塞に包まれたロシア。ゴジラ上陸が戦争の核攻撃の口実になる場合も…
ゴジラの接岸上陸を許したとしても、もっとも被害が小さな国。それがロシアだ。
まず地勢的に見て、ゴジラがロシアの重要な都市圏に直接上陸してくる可能性は限りなくゼロだ。現在、ロシアの沿岸部にあって大都市と呼べるのはサンクト・ペテルブルクくらいだが、ここはバルト海の最奥にあり、ゴジラは北海やバルト海を縦断してピンポイントで上陸しなければならないので、まず起こりそうにない。
また太平洋側にはウラジオストクがあるが、これは日本海に面しており、ゴジラが日本をスルーして到達するのはかなり難しい。残るは北極海のムルマンスクくらいだが、ここはロシア海軍と空軍の一大拠点であり、即応されてゴジラは詰む。
そうなると北極海かオホーツク海からシベリアに上陸してくるのが、ゴジラの基本的な動きとして想定される。ロシアはこれを空軍(防空軍)主体の攻撃で排除することになるだろう。
現役戦力の大半をウクライナ戦争に投入している現在、ゴジラ攻撃に振り向けられる戦力は小さいが、広大なシベリアそのものが巨大な障壁となり、ゴジラによる損害は僅少である。
さすがに北極圏の石油や天然ガス採掘基地やダイヤモンド鉱山などが破壊、汚染の対象となると、経済的には無視できない損害となるが、それも国家の屋台骨を揺るがすほどのことはない。
またシベリアに上陸した場合、ロシア国民を含む世界の大半の人間は、どのようにゴジラが処分されたか知ることはできないだろう。そこで行われることの情報はほとんど外部に出ず、それを正確に知る手段はほとんどない。
アメリカなどは偵察衛星や戦略偵察機を使って実態把握に努めるだろうが、それも現在は難しい。ゴジラがどのように倒されたのか、そしてその死骸の処分や科学的調査などが国際社会に開かれることもないだろう。
生け捕りにして生物兵器に転用。そんな突拍子もない選択肢さえ、ウソとして片付けられない怪しさが、ロシアにはある。これが欧米や中国の疑心を招き、大きな国際問題になるのは間違いないだろう。
もう一つの変則的ファクターがウクライナ戦争だ。地政学的には考えにくいが、地中海経由で黒海に入り込んできた場合、これは大変な災厄をもたらす。例えば現在ロシアの実効支配状態にあるクリミア半島や、占領下のウクライナ領に上陸してきたとすれば、ロシアはゴジラ対処を理由に戦争の質を網一段エスカレートさせてもおかしくない。戦術核使用のハードルが大きく下がるということだ。
ゴジラの上陸場所次第であるが、ウクライナ戦争へのゴジラの関与は、悲劇的な結末しか見えてこない。
●地勢的に最弱の中国。ゴジラの攻撃が社会の大変革の引き金に!?
今回、ゴジラの上陸ターゲットとなる国の中で、もっとも苦しいのが中国だ。
まず地勢的な理由。中国の沿海部を発する海上交通路は、日本列島から台湾、フィリピン、インドネシアによって形成される「第一列島線」で蓋をされているのは有名な話。この現実を中国は安全保障上の障害と見なしていることが、東アジアの不安定な情勢の根本要因になっている。
逆を返せば、中部太平洋域を発するゴジラがこの第一列島線をかいくぐって中国に迫るには、
①台湾のその南側のフィリピンの間のバシー海峡
②台湾の北側、南西諸島一帯
このいずれかのルートしかない。
①の場合、上陸地点は香港がある広東省一帯、②の場合上海のある江蘇省・浙江省が濃厚だが、黄海~渤海方面に北上する可能性も。そうすると、首都北京の目と鼻の先に上陸する可能性があり、これは中国にとって最悪のシナリオとなる。
いずれの上陸パターンをとるにしても、人口密集地への被害は避けられない。中国経済の重要部分は、いずれも沿岸部に集中しているからだ。これに輪を掛けて事態を難しくしているのが、中国の軍事制度である。
中国は1980年代に七大軍区制度を導入したが、習近平政権下の2016年にこれを五つの「戦区」に再編した。戦区は平時には所在地の収税、軍関連のインフラ整備、警察事務、治安維持活動、学生・住民の軍国主義的教育など民生にまで広く関与した、独自性の強い組織である。
問題は、ゴジラの上陸が想定される場所が、五戦区のうち四つに該当してしまうことだ。有事の兵力移動や相互支援をスムーズに進めるための戦区導入であるが、まだ施行されてから日が浅く、これが十全に機能する可能性は低い。そうなるとゴジラ来襲への備えの社会的負担はかなり大きくなる。
また気になるのが2024年時点でかなり顕在化している中国の経済的後退である。日本のバブル崩壊など比較にならない規模の不動産業界発の不況と、先進国が進めている対中デカップリングに伴う輸出不振、地方政府の急激な財政悪化、若年層を中心とする高い失業率など、現在の中国は普通の国であれば政権がいくつ吹き飛んでもおかしくない「内憂」が蔓延している。
こうした状況になると、政権一新でリセットを図るのが中国の歴史のパターンであり、天変地異がそうした王朝交代の兆候とされるテンプレである。ゴジラの登場はそうした引き金としてうってつけだ。
もちろん初動で鮮やかにゴジラを片付けられれば、中国共産党の威信は否応なしに上がるだろう。しかし、動員が許可された各戦区の銃口が、全てゴジラに向けられていると考えるほど、中国共産党の指導層が楽観的とも思えないのである。
●海戦で力を見せつける日本。最大のネックは日本人の国民性!?
これまで見てきた「vs.ゴジラ」シミュレーションにおいて、各国ともゴジラの上陸地点が大きな変数となるが、日本は特にそれが重要となる。
具体的には、
①東京湾をはじめとする大都市圏
②地方中核都市付近
③それ以外
以上の区分で対応が大きく変わるのだ。
①の場合、とにかく被害拡大を食い止めるため、他の国ではしないような、もう一度ゴジラを海に誘い出しての撃退作戦を優先するだろう。「海神作戦」は旧海軍艦艇しかゴジラ戦で計算できる戦力がないための手段であった。これが現代になると、大都市圏での自衛隊の武器使用の決断が、特に日本は難しい。
しかし②の場合、状況は少し変わってくる。例えば宮城や静岡、高知などでの、各県庁所在地レベルの地方都市への上陸の場合は、上陸後の進路を見定めた上で、近郊農業地帯や比較的人口密度が低いエリアに移動を認めた時点での武力行使というのが基本的な判断になるだろう。
これは③と共通する。③の場合は、被害が大きくなる人口密集エリアへの移動前に叩くという判断になるだろう。
いずれの場合でも、ゴジラに直面した日本の問題は、コラテラルダメージへのコンセンサスの欠如だ。
これは「重大な政治的決定に不可避の犠牲」という意味で、例えば『シン・ゴジラ』(2016)に登場したゴジラの場合、最初、大田区蒲田に上陸したゴジラ第2形態(いわゆる「蒲田くん」)の段階で、武力行使を決断していれば倒し得たと主張する意見は強い。
しかし「戦争で命を粗末にし過ぎた」ことへの反動の心理のまま三世代以上を重ねてきた現代の日本社会において、住民の避難が不十分な状況での武力行使を決断するのは難しい。
最終的にゴジラを撃退できたとしても、『シン・ゴジラ』同様、初動の遅れによって、充分回避し得た損害が発生するのではないかと危惧される。
(文・宮永忠将)