日本でも導入が進む次世代交通LRT・BRTのポテンシャル
newsweek より210916 楠田悦子
モビリティのこれから
欧州では人口がそれほど多くない都市でもLRTが導入されている
<定時性・速達性を約束し、高い輸送力でドライバー不足にも寄与──海外都市と国内での導入事例を紹介する>
渋滞や鉄道の廃線問題などを抱える都市や地域では、輸送の効率化や地域の魅力向上のために次世代交通システムの導入が推進あるいは検討されている。
2020年10月にプレ運行を開始し、東京オリンピック・パラリンピック会場となった晴海から虎ノ門ヒルズまでを結ぶ東京BRT(バス高速輸送システム)には、国産初のいすゞの連節バス「エルガデュオ」が採用された。
渋滞や鉄道の廃線問題などを抱える都市や地域では、輸送の効率化や地域の魅力向上のために次世代交通システムの導入が推進あるいは検討されている。
2020年10月にプレ運行を開始し、東京オリンピック・パラリンピック会場となった晴海から虎ノ門ヒルズまでを結ぶ東京BRT(バス高速輸送システム)には、国産初のいすゞの連節バス「エルガデュオ」が採用された。
神戸市では2021年4月より、LRT(次世代型路面電車システム)を見据えた連節バス「ポートルーフ」が走り始めた。
23年春の開業に向けて準備が進む芳賀・宇都宮LRTは既存の路線を活用するのではなく、新規でLRTが建設される日本初の事例だ。
日本でも少しずつBRTやLRT、連節バスについて見聞きするようになった。
⚫︎定時性や速達性を実現するバス
実はLRTと路面電車、BRTと連節バスの区別が難しい。
国内外のBRTを研究する多くの専門家は、日本の多くのBRTは「BRTではない」と主張する。またLRTも欧州のそれと比べると物足りなさを感じることも多く、路面電車との違いがよく分からない場合が多い。
BRTと呼ばれている国内の事例は10年の間で徐々に増えてきている。大船渡、日立、千葉幕張、東京、新潟、岐阜、名古屋、福岡などがある。
BRTについては、東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授の中村文彦氏が詳しい。海外のBRTの事例として代表的な事例は、ブラジル・クリチバ市(約180万人)、コロンビア・ボゴダ市(約780万人)、インドネシア・ジャカルタ市(約1,056万人)、オーストラリア・アデレード市(約110万人)などがある(2013年「BRTについて先行海外事例と一般論」より)。
日本人にとってはバスというより、東京や大阪といった大都市を走る軌道のない鉄道とイメージした方が分かりやすいかもしれない。農村を古い列車で走る地方鉄道よりも先進的な印象だ。バスも使い方次第で鉄道の持つ定時制や速達性、輸送力を実現できることが分かる。
海外の事例を念頭に置いた上で日本でBRTと言われている事例を今一度見てみると、BRTの研究者が日本のBRTの多くはBRTではないと主張する理由が理解しやすくなる。
国土交通省はBRTについて、「BRT(Bus Rapid Transit)は、連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステム」と定義している。つまりバスが走る専用の道路、信号、停留所といった空間、定時性や速達性があることが前提となっている。
一般的なバス車両よりも輸送力があり、複数車両を繋いだ「連節バス」はBRTと似ているが、これはBRTと呼ばない。
LRTは国土交通省によると、「Light Rail Transitの略で、低床式車両(LRV)の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する次世代の軌道系交通システム」とされている。
国内で代表的な事例として富山と宇都宮が挙げられる。まったく何もないところからLRTを敷設するのは宇都宮が初めてだ。2006年に日本初の本格LRTとして注目を集めた富山市では、老朽化したJR西日本の富山港線を市が引き継ぎ、既存の鉄道の再生を図った。
また札幌、東京、岡山、広島、松山、高知、熊本など日本全国に路面電車が残っている。これらの路面電車を低床化し、スピード、定時性、輸送力、バリアフリー、快適性を向上させてLRT化していっている。そのため、岡山や広島などでは古い路面電車に混じってオシャレな低床式車両が走る光景も見られる。
欧州のLRTは支払環境を整え、都度払いではなく運賃箱を設けないエリア乗り放題の仕組みを運賃収受の方法として採用している場合が多い。一方、日本は交通系ICカードで都度管理している。
このような背景から、日本のLRTや低床式車両は欧州に比べると路面電車っぽさがある。日本のLRTと欧州を比較すると違和感を覚えるのはこのためだ。
⚫︎公共交通として定着した欧州のLRT
LRTの海外事例については、ヴァンソン藤井由実氏の『トラムとにぎわいの地方都市 ストラスブールのまちづくり』(学芸出版社)が有名だが、テレビの旅番組などで古い歴史的建造物が立ち並ぶ中心街をLRTが周遊する風景をよく見かける。
欧州の大都市であればLRTは地下鉄やバスのように一般的な公共交通として浸透している。ストラスブール(人口約26万人)、チューリッヒ(約38万人)、ヘルシンキ(約64万人)、フライブルク・ドイツ(約20万人)など、日本の大都市ほど大きくない都市でもLRTを大胆に導入されている。
日本のようにもともと路面電車(欧州では、トラム)が走っていて、低床式車両を導入した都市もある。また単にLRTを採用するのではなく、都心の歩行者専用ゾーン化・トラムの停留所設備の整備と一体化した景観整備、自転車政策、クルマの乗り入れ制限など総合的な計画の下、都市の魅力や移動の利便性の向上を図るべく推進されている。
日本の路面電車の中にはモータリゼーションの中で廃線の危機をかいくぐり、たまたま現在まで残っている路線がある。そのため「乗ったことがない」という市民も多く、まちのアイデンティティとして路面電車が活かされていると肌感覚で感じられないことが多い。
これまで見てきたように日本ではLRT化やBRT化が路面電車や老朽化したローカル鉄道で少しずつ検討されている。また連節バスは乗車人数が多い路線でドライバー不足を補う解決策として期待されている。
一方、LRTやBRTを走らせようとすると相当なハードルを越えなければならない。市民からの強い要望や関係者の合意形成を要する。宇都宮市は、通勤のクルマで慢性的な渋滞問題を抱えていたため、解決策として理解されたが、それでも反対の声が上がった。
またクルマ移動がメインの日本では、自動運転専用レーンを作ることすら難しい状況にある。鉄道のBRT化についても、自分の街から鉄軌道がなくなることに対して抵抗がある人も多いだろう。
神戸市など新設でLRTを導入したいと考えている自治体が日本にもいくつかある。導入には多くのハードルがあるが、長期的な街のあり方を考えた上で必要と判断したならば、綿密な計画を立て、時には思い切った舵取りをしてみるのも良いのではないだろうか。
日本でも少しずつBRTやLRT、連節バスについて見聞きするようになった。
⚫︎定時性や速達性を実現するバス
実はLRTと路面電車、BRTと連節バスの区別が難しい。
国内外のBRTを研究する多くの専門家は、日本の多くのBRTは「BRTではない」と主張する。またLRTも欧州のそれと比べると物足りなさを感じることも多く、路面電車との違いがよく分からない場合が多い。
BRTと呼ばれている国内の事例は10年の間で徐々に増えてきている。大船渡、日立、千葉幕張、東京、新潟、岐阜、名古屋、福岡などがある。
BRTについては、東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授の中村文彦氏が詳しい。海外のBRTの事例として代表的な事例は、ブラジル・クリチバ市(約180万人)、コロンビア・ボゴダ市(約780万人)、インドネシア・ジャカルタ市(約1,056万人)、オーストラリア・アデレード市(約110万人)などがある(2013年「BRTについて先行海外事例と一般論」より)。
日本人にとってはバスというより、東京や大阪といった大都市を走る軌道のない鉄道とイメージした方が分かりやすいかもしれない。農村を古い列車で走る地方鉄道よりも先進的な印象だ。バスも使い方次第で鉄道の持つ定時制や速達性、輸送力を実現できることが分かる。
海外の事例を念頭に置いた上で日本でBRTと言われている事例を今一度見てみると、BRTの研究者が日本のBRTの多くはBRTではないと主張する理由が理解しやすくなる。
国土交通省はBRTについて、「BRT(Bus Rapid Transit)は、連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステム」と定義している。つまりバスが走る専用の道路、信号、停留所といった空間、定時性や速達性があることが前提となっている。
一般的なバス車両よりも輸送力があり、複数車両を繋いだ「連節バス」はBRTと似ているが、これはBRTと呼ばない。
LRTは国土交通省によると、「Light Rail Transitの略で、低床式車両(LRV)の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する次世代の軌道系交通システム」とされている。
国内で代表的な事例として富山と宇都宮が挙げられる。まったく何もないところからLRTを敷設するのは宇都宮が初めてだ。2006年に日本初の本格LRTとして注目を集めた富山市では、老朽化したJR西日本の富山港線を市が引き継ぎ、既存の鉄道の再生を図った。
また札幌、東京、岡山、広島、松山、高知、熊本など日本全国に路面電車が残っている。これらの路面電車を低床化し、スピード、定時性、輸送力、バリアフリー、快適性を向上させてLRT化していっている。そのため、岡山や広島などでは古い路面電車に混じってオシャレな低床式車両が走る光景も見られる。
欧州のLRTは支払環境を整え、都度払いではなく運賃箱を設けないエリア乗り放題の仕組みを運賃収受の方法として採用している場合が多い。一方、日本は交通系ICカードで都度管理している。
このような背景から、日本のLRTや低床式車両は欧州に比べると路面電車っぽさがある。日本のLRTと欧州を比較すると違和感を覚えるのはこのためだ。
⚫︎公共交通として定着した欧州のLRT
LRTの海外事例については、ヴァンソン藤井由実氏の『トラムとにぎわいの地方都市 ストラスブールのまちづくり』(学芸出版社)が有名だが、テレビの旅番組などで古い歴史的建造物が立ち並ぶ中心街をLRTが周遊する風景をよく見かける。
欧州の大都市であればLRTは地下鉄やバスのように一般的な公共交通として浸透している。ストラスブール(人口約26万人)、チューリッヒ(約38万人)、ヘルシンキ(約64万人)、フライブルク・ドイツ(約20万人)など、日本の大都市ほど大きくない都市でもLRTを大胆に導入されている。
日本のようにもともと路面電車(欧州では、トラム)が走っていて、低床式車両を導入した都市もある。また単にLRTを採用するのではなく、都心の歩行者専用ゾーン化・トラムの停留所設備の整備と一体化した景観整備、自転車政策、クルマの乗り入れ制限など総合的な計画の下、都市の魅力や移動の利便性の向上を図るべく推進されている。
日本の路面電車の中にはモータリゼーションの中で廃線の危機をかいくぐり、たまたま現在まで残っている路線がある。そのため「乗ったことがない」という市民も多く、まちのアイデンティティとして路面電車が活かされていると肌感覚で感じられないことが多い。
これまで見てきたように日本ではLRT化やBRT化が路面電車や老朽化したローカル鉄道で少しずつ検討されている。また連節バスは乗車人数が多い路線でドライバー不足を補う解決策として期待されている。
一方、LRTやBRTを走らせようとすると相当なハードルを越えなければならない。市民からの強い要望や関係者の合意形成を要する。宇都宮市は、通勤のクルマで慢性的な渋滞問題を抱えていたため、解決策として理解されたが、それでも反対の声が上がった。
またクルマ移動がメインの日本では、自動運転専用レーンを作ることすら難しい状況にある。鉄道のBRT化についても、自分の街から鉄軌道がなくなることに対して抵抗がある人も多いだろう。
神戸市など新設でLRTを導入したいと考えている自治体が日本にもいくつかある。導入には多くのハードルがあるが、長期的な街のあり方を考えた上で必要と判断したならば、綿密な計画を立て、時には思い切った舵取りをしてみるのも良いのではないだろうか。